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世界のメディアから、「バーチャル・マトリックス・タイムマシン」に掲載するために集めた面白そうな情報を紹介します。

ドイツ軍の落下傘部隊が、ムッソリーニを救出。

2017-04-19 19:40:14 | 戦争と平和
第二次世界大戦中の1943年09月12日に、ベニート・ムッソリーニ(Benito Amilcare Andrea Mussolini/1883日 - 1945)を首相から解任したイタリア国王のヴィットーリオ・エマヌエーレ3世(Vittorio Emanuele III/1869 - 1947)はピエトロ・バドリオ(Pietro Badoglio/1871 - 1956)をムッソリーニの後継として首班指名し、同時にエマヌエーレ国王が動員していたカラビニエリ(Carabinieri/イタリアの国家憲兵/l'Arma dei Carabinieri)によってムッソリーニは逮捕され、アペニン山脈で最も高い標高2,000mのグラン・サッソ(Gran Sasso)にあるホテル「カンポ・インペラトーレ(Campo Imperatore)」に霊閉された。

http://time-az.com/main/detail/59475

ムッソリーニが逮捕された翌日、アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler/1889 - 1945)の特命により、ドイツ空軍(Luftwaffe)のクルト・シュトゥデント(Kurt Arthur Benno Student/1890 - 1978)の指揮の下、独軍の落下傘部隊によるムッソリーニ救出作戦「ウンターネーメン・アイヒェ(Unternehmen Eiche)」が実行され、山脈の稜線上に所在するホテルからの救出という困難な条件を克服して無傷でムッソリーニの救出に成功した。

武装親衛隊のオットー・スコルツェニー(Otto Skorzeny/1908 - 1975)には救出後の保護を指令した。

イタリア王国軍は救出を妨げるためムッソリーニを様々な場所に移動させたが、スコルツェニーは1943年09月12日にムッソリーニの幽閉場所がグラン・サッソ山頂のホテルであることを突き止め、グライダー降下し、戦闘を発生させることなくムッソリーニを無傷で救出した。

オットー・スコルツェニーについては、ものすごい戦歴があり、ドイツでは多くの本になっている。
1952年にはドイツ政府から「ナチス主義者ではない」と宣言され、海外旅行が可能となった。

私は個人的に、ムッソリーニやヒトラーより面白いとおもう。

そっくりな場面は、007の映画にもなっている。

ホテル「カンポ・インペラトーレ(Campo Imperatore)」の緯度、経度
42°26'25.9"N 13°34'34.1"E

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