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オーストラリアとニュージーランドが、ベトナムからの撤兵。

2016-10-19 19:35:50 | 戦争と平和
ベトナム戦争で、オーストラリアとニュージーランドが1971年08月18日に、ベトナムからの撤兵を宣言した。

http://time-az.com/main/detail/57320

タイやフィリピン、オーストラリア、ニュージーランドなどの反共軍事同盟SEATO(Southeast Asia Treaty Organization/東南アジア条約機構)の加盟国も、アメリカの要請によりベトナムへ各国の軍隊を派兵したが、韓国軍はSEATO派兵総数の約4倍の規模で、アメリカ以外の国としては最大の兵力を投入した。

その原因は、米韓の協定により、派兵規模に応じた補助金と対米移民枠を得られたこと、さらに韓国自体が、北朝鮮や中華人民共和国などの軍事的脅威を身近に感じていたため、共産主義勢力の伸張に対して強い危機感を持っていたことが理由であった。

この5カ国の中で最も積極的に戦ったのは韓国軍とオーストラリア軍だった。

ベトナム和平交渉は1970年11月20日,再開されたが,ここでは双方が従来の主張をむし返し,合意にいたらなかった。12月13日,交渉は行詰まった。12月18日にアメリカは北爆に対する制限を解除し,機雷封鎖を続行するとともに北ベトナム全土の猛爆に踏み切った。タイとグァムの第7艦隊から数百機が出撃した。とくにB52の爆撃によってハノイ、ハイフォン両市は徹底的に破壊された。12月後半の2週間だけで9万トン以上の爆弾を投下したと言われる。しかし,北ベトナムの対空砲火も激しく,アメリカ側の発表でも米空軍はB52の15機を含めて27機を失った。北ベトナムは76機を撃墜したと発表している。

北爆再開に対する反対は、どんどん拡大し、世界世論になり、とくに北ヨーロッパの諸国では民衆のみならず,政府そのものがアメリカに抗議した。これまで参戦国であったオーストラリア、ニュージーランドの抗議運動もニクソン政権にとって打撃であった。

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