世界メディア・ニュースとモバイル・マネー

世界のメディアから、「バーチャル・マトリックス・タイムマシン」に掲載するために集めた面白そうな情報を紹介します。

オリンピックで女性が認められる前、人見絹枝は個人総合優勝。

2016-12-20 23:23:07 | スポーツ
オリンピックで女性の出場が認められたのは、1928年のアムステルダム大会からで、1924年の岡山県陸上競技会で、岡山高校の17歳の人見絹枝は、三段跳び10m33cmで世界新記録を出している。

http://time-az.com/main/detail/58061

スウェーデンで開催された第2回国際女子陸上競技大会で1926年08月29日に、19歳の人見絹枝が走り幅跳びで5m50cmで世界新記録を出し、個人総合優勝を達成している。

1927年には、20歳になった人見絹枝が女子体育大会で、200m26秒1で世界新記録、立幅跳びで2m61で世界新記録を出した。

そして、待望の女子選手の出場が認められた1928年のオリンピック・アムステルダム大会では、人見絹枝が得意と
する種目がオリンピック女子競技には無かった。

次回のロサアンゼルス大会に向けて精進していた人見絹枝は何と、1931年08月に、急性の肺炎で享年24歳で亡くなった。

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« イタリア人宣教師シドッチが... | トップ | ベルリンのトラック突入は亡... »
最近の画像もっと見る

スポーツ」カテゴリの最新記事