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1951年の事件の再審で、釧路地裁が梅田義光に無罪判決。

2016-12-07 16:49:04 | 犯罪と裁判
北海道北見の営林局職員大山正雄殺害の共犯者として無期懲役が確定していた梅田義光(Umeda Yoshimitsu)の再審裁判が行われ、釧路地方裁判所が無罪を言い渡した。

http://time-az.com/main/detail/57900

1950年10月10日、北海道北見営林局会計課の20歳大山正雄(Masao Oyma)が公金19万円を待ったまま失踪した事件と、その8ヶ月後の1951年に今度は留辺蘂営林局会計課の28歳小林三郎(Saburo Kobayashi)が480万円を持って失踪した事件は、「横領逃亡」として処理されるところであったが、2年後の1952年09月、野犬が射殺体の小林三郎を掘りだしたことから同様に大山正雄も殺されている可能性があるとして、市警は捜査を開始した。発生した2件の強盗殺人事件で、北見市警察によって1952年09月03日に、犯人として逮捕された清水一郎(当時53歳)はすぐに犯行を自供した。

首謀者が、公金横領の「共犯」として取調べを受けていた元営林署職員羽賀竹男(当時28歳)であることも判明し、潜伏先の義兄宅の天井裏で逮捕された。

羽賀竹男は第一の事件のことも自白したため、事件は全て解決したと考えられた。しかし、羽賀竹男は1952年10月02日に発掘された第一の被害者の遺体の向きが供述と若干食い違っていたことを警察に追及された際に、翌日になってHは自分は現場に行っていない、実行犯は軍隊時代に顔見知りだった梅田義光(当時28歳)が第一の事件の殺害の実行犯であると虚偽の「自白」をした。

そのため、当時は自治体警察であった北見市警は1952年10月02日に、梅田義光を逮捕し、殴る、蹴る、制裁、詰問の末に自白させた。
その後梅田義光は、自供を一転し、検察官に無実を訴えたが、共犯者の自白を完全に鵜呑みしていた検事は否認調書を作成しないまま、殺人罪で起訴した。

その後の裁判では羽賀竹男に死刑、清水一郎と梅田義光に、暴力があったことを認めたが、無期懲役を宣告し確定した。

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