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明治天皇の即位の大礼を挙行。

2016-12-07 19:43:08 | 宗教
1867年1月30日(慶応2年12月25日)に孝明天皇の崩御を受け、1867年2月13日(慶応3年01月09日)に儲君睦仁親王が践祚して皇位を継承した。

http://time-az.com/main/detail/57902

当初は1867年11月に即位の礼を行う予定であったが、大政奉還など時勢が急速に変化していく中で、国事多難を理由に見送られた。

明治新政府は、翌年の1868年06月(慶応4年05月/明治元年05月)に新時代の到来を宣布する為、変化に相応しい新しい即位式の挙行を目指し、津和野藩主で神祇官副知事の亀井茲監をして「御即位新式取調御用掛」に任命した。

岩倉具視は亀井に唐風儀式の撤廃と古式復興を命じた。新時代の象徴として、式典に於いて地球儀を用い、皇威を世界に知らしめる事を目的とした。

孝明天皇即位に使われた高御座は内裏とともに焼失していたので、例年の節会などに使う帳台をもって高御座と称した。

唐風とみなされた装束や装飾は全廃されたため、礼服は廃止され、平安時代以来礼服に次ぐ正装であったといっても礼服は朝賀が中絶した平安中期以降即位だけに使用する装束であった束帶が使用された。

庭に建てる儀仗用の旗の類も廃止され、幣旗という榊がたてられた。

1868年10月02日(慶応4年08月17日)に、10日後の1868年10月12日(慶応4年08月27日)に即位の礼を行うことを発表し、1868年10月6日(慶応4年08月21日)から関連儀式を執り行った。

殊に崇徳天皇に勅使を遣わし、命日である1868年10月11日(慶応4年08月26日)に霊前で宣命を読み上げた。1868年10月12日(慶応4年08月27日)に京都御所で、即位の礼当日は、宣明使が宣明を読み上げ、参列者中筆頭位の者が寿詞を読み、古歌を歌われた。そして「拝」と一同唱和し、式典が終了した。

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