必読!人生を豊かに生きる!あんな人達のこんな日々

年齢の壁を乗り越え常識を打ち破る!新感覚の若さを手に入れた者達の日々を綴る。
そこに浮かび上がる自成道とは!

「わかる」から「できる」へ        (vol. 6)

2016-10-15 15:20:16 | エム氏の見つけた宝物 -私の自成道日記-
多くの方々が体験されることとおもいますが、「わかった」と思いやってみると「できない」ことって意外と多いものですね。

私は、この間には見えない「深い河」があると思っています。そう、男と女の間のように。(なんちゃって)

自成道でも様々な稽古をします。

たとえば、斜めの歩法の練習。説明を聞き、先生の動きを見て、「なるほど」と納得。

「よしわかった」ということでやってみるわけですが、体がいうことを聞いてくれません。

それでも繰り返しの練習で何とかできるようになります。

すると先生は、「それでは手の動きを、突きに変えましょう。」

あら不思議。手と足がバラバラ。突きを意識すると歩法がぎこちなく、歩法に意識をもどすと手の意識はゼロ。 

やっぱり深い河が邪魔をします。

どうこの河を渡るかと思案に暮れます。それでも、くり返し・くり返しの中で何とかできる日がやってきます。

「神様は、私を見捨てなかった」としみじみ思う自分があります。

すると先生は、「では、二人で同じ練習をしましょう。一人は突きを出しつつ前に、相手は突きを下がりながら受けます。」

というわけで、少しずつ組み手に近づいていきます。

どうなると思いますか。

手だけは、相手の突きに反応しますが、動きがバラバラ。さすがにこれは自分でもよくわかります。

相手を意識するだけで、今までの動きが吹っ飛んでしまいます。

「うーん、これはアマゾン川だ。どうわたるべー。」

さすがに、私も落ち込みます。逃げるわけにもいかず、できない自分を叱咤激励し繰り返します。

「だーれも渡らぬ川なれど えんやこら今夜も船を出す。」 (加藤登紀子の歌の心境かな)

それでも、くり返しの繰り返し。この根性。しばらくすると、向こう岸が見えてきます。

「オー、俺もなかなかやるじゃん」なんてうぬぼれた自分が顔を出します。

さあ、次はどんな練習と相成るのでしょうか。

つづく。

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1 コメント

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Unknown (カズ)
2016-10-17 14:02:08
普通にできていた手の動きが、その手を突きに変えただけでおかしくなってしまうのは、攻撃としての突きを意識しすぎることで筋肉に余分な緊張を生み(拳を握りしめたり的を狙いすぎたりとか)、それが神経における情報伝達の邪魔をするのではという気がしています。個人的には、動きが体になじむまでは、突きなんて当たればラッキーくらいの感じで良いかもと思っています。

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