八十路の旅

平成20年8月3日、満八十才、傘寿になり、八十路の旅を、徒然なるままに記してみよう。

ぼけたらあかん

2017-05-15 11:08:43 | Weblog

<ぼけたらあかんで、長生きしなはれ>

{・・年をとったらでしゃばらず 憎まれ口に泣きごとに 人のかげぐち愚痴いわず 他人のことは賞めなはれ
聞かれりゃ教えて上げてでも 知っていることでも いつでもアホでいるこっちゃ 勝ったらあかん負けなはれ
いづれお世話になる身なら 若いもんには花もたせ 一歩下がってゆずるのが 円満にいくコツですわ
いつも感謝を忘れずに どんな時でもへえおおきに お金の欲をすてなはれ なんぼゼニカネあったとて
死んだら持って行けません あの人はええ人やった そないに人から言われるよう 生きているうちバラまいて
山ほど徳を積みなはれ そやけどそれは表向き ほんまはゼニを離さずに 死ぬまでしっかり持ってなはれ
人にケチやと言われても お金があるから大事にし みんなベンチャラいうてくれる 内緒やけどほんまだっせ
昔のことはみな忘れ 自慢話はしなはんな わしらの時代はもう過ぎた なんぼ頑張り力んでも 体がいうことききません
あんたはえらいわしゃあかん そんな気持ちでおりなはれ わが子に孫に世間さま どなたからでも慕われる
ええと年よりになりなはれ ボケたらあかんそのために 頭の洗濯生きがいに 何か一つ趣味(碁)持って
せいぜい長生きしなはれや・・}

  これは、天牛将富{てんぎゅうまさとし・1910年(明治43年)~1987年(昭和62年)}の詩です。彼のプロフィールは今ひとつはっきりしていないが、ネットで調べると大阪市藤井寺の出身で、病弱で6回も手術を受けるなど、まさに7転び8起きの人生で、仕事らしい仕事もしないで、1987年77才で亡くなっています。

  この詩に出会ったいきさつなどについては、2013、6,11「好々爺をめざして」<ええ年寄りになりなはれ>に、かなり詳細に記しています。・・この詩が遠藤実作曲、杉良太郎が歌っているからおどろきです。

  まあ、なんとなく共感の持てる言葉です。

 

<毎年「母の日」がやってきます>

  5月14日(5月第2日曜日)は「母の日」です。

  今年は、日曜日に用事があり、13日にお祝いパーティーをしました。殆どは倅の嫁のお世話です。いつも、思います。嫁もお母さんです。「母の日」の主役なはずですが、何故かいつもお婆さんが主役なんです。そりゃ、倅夫婦からは、お婆さんは、確かに「母」ですものね。・・こんなことを言うと、「またいうとってや」と、みなから笑われました。
 1週間前だったか、丹波新聞の「昭和」の記念写真アルバムの広告欄に、家庭バレーボールをしている家内の若い時の写真が載っていました。みな、「想像できへんわ」と言って、めったに新聞に載ったことのなかっただけに、喜ぶことしきりでした。

 

☆お祝いパーティー、手巻きずしです。お爺さんは、「欲張りだから、海苔にご飯をたくさん巻きつけるので、刺身などが入れられないのです」って話しでした。やっぱり、花咲か爺さんの話しではありませんが、欲張り爺さん、いじわる爺さん、わるい爺さんでした。(笑)

☆昭和40年ごろ、家庭バレーボールをしているお婆さんが写っていました。29才ごろでしょうか、左端で、ボールを見ている姿です。・・(家庭バレーボールは、昭和35年、弱冠32歳のわが輩が、西紀町でひろめたモノです)・・「昔のことはみな忘れ、自慢話はしなはんな」・・天牛さんはおっしゃいますが、過去は過去で大きく膨らんできますし、やっぱり自慢話をしたいものです。修養が足りませんねぇ。(笑)

 

☆倅夫婦(左)と六甲に住む長女夫婦(右)からの、お祝いの花です。感謝!その他に衣類もいただいています。

  「母の日」については、次のブログを参照してください。
{・・参照:2010、5,6「母の日思考」・・2011,5,25「5月の花素描」<母の日の花模様>・・2012、5,16「新緑の木々と花」・・2013,5,16「寒暖の差が激しい5月」<母の日の贈り物>・・2015、5,9「やる気まんまん」<今年も母の日に花束が贈られました>・・2016,5,8「母と花」・・}


<初収穫のイチゴです>

  5月14日、午後5時ごろ、家内が1号田から収穫してきたイチゴです。今年は、今のところ、防獣網を被せてはいません。従って、すごくもぎやすくて、みなで喜んでいます。
  でも、まいにち山猿の鳴き声がしています。エンドウ、トウモロコシには厳重に注意が必要です。
    

 

☆まだ、完熟とは言えません。甘みも今ひとつです。これからでしょう。初収穫としては満足。

 

<ハクロニシキ咲く>

  5月14日、午後6時、前庭のハクロニシキ(白露錦)緑の葉が淡いピンクに変色しています。いつもの風景です。当分葉の変化が楽しめます。

 

☆5月になってから緑の葉がピンクに染め上がってきました。少し緑の葉が少なくなりました。満開も間近いでしょう。

 

<テッセンも咲き始めました>

  5月14日、午後6時、前庭のテッセンです。ハクロニシキの横にきれいな紫の花を咲かせました。いつもながら、仙人を思わせ、フェルメールの絵をしのばせます。    

 

☆竹の支柱に6個のテッセンを咲かせました。この支柱にはノウゼンカズラも梅雨が明ける頃に花を咲かせます。

  ハクロニシキ、テッセンについては、次のブログを参照してください。
{・・参照:2011,5,25「5月の花素描」<テッセン><ハクロニシキ>・・2012,5,15「新緑の木々と花」<テッセン・ハクロニシキ>・・2014,5,14「大器晩成」<雨にけむるハクロニシキ満開です。・・2015、5,9「やる気まんまん」<今年もハクロニシキ・テッセンが咲きました>・・2016,5,8「母と花」<ハクロニシキとテッセン>・・2016,5,26「山家の猿」<ハクロニシキ(白露錦)満開です>・・}
  バックナンバーで開くと便利です。

 

<鉢植えのクリンソウ>

  5月15日、午前11時ごろ、庭の鉢植えにしているクリンソウです。家内がかれこれ20数年育てています。もとは、私が退職時にいただいたモノです。

 

☆今年は、例年と比べると、ちょっと少ないようです。多い時は5鉢も6鉢もありました。クリンソウは前のブログに載せたはずですが、ちょっと見当たりません。
  クリンソウは、篠山市・三岳山の中腹の湿地帯に群生しています。私も2度山に登りましたが、時期が適せず、クリンソウの湿地帯の場所だけ確認しました。保存区域になっています。
  ネットで調べると次のように載っていました。
{・・
10㎝程の鋸葉を持つ葉のロゼットを作り、夏季となる4~6月に、その中心から花茎が伸びる。花は花茎を中心ん円状ににつき、それが数段に重なる姿が仏閣の屋根にある「九輪」に似ていることから名前の由来となっている。花の色は濃い紅紫色が普通だが、ときにピンクや白も見られる。・・}

 

<1号田のキュウリの支柱づくり>

  2,3日前から、1号田のキュウリの支柱(棚)づくりが、気になっていました。
  5月16日、午前10時30分ごろから、急に棚づくりを始めました。杭は、2日まえに打っていました。支柱の竹、のり網などを用意するのに約30分ほどかかりました。準備ができれば、組み立ては意外と簡単なんです。
  午前11時30分には、ほぼ組み立てが終わりました。

 

☆5月16日、午後11時30分、支柱組み立て、のり網をかけているところです。あとはのり網の上を、横に渡した竹に、結わいつけるだけです。「なした、早ようしたたんじぇ」・・みなの言葉です。体調もまずまず。
 (午後は予約していた歯科の治療に行きました)

 

<バラが咲きました>

  今年も前庭にバラの花が咲きました。毎年、同じところに咲きます。紅色が鮮やかです。

  庭のバラの花については、次のブログを参照してください。
{・・参照:2011,5,25「5月の花素描など」・・2014,5,18「無理を知る」<今年もバラが咲きました>・・}

 

☆5月17日、午前10時30分に撮りました。17日は朝から曇り空。でも、この時間だけは日が射していました。

 

 

 

 

 

 

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
家庭円満ですね (白髪のモコ)
2017-05-23 11:14:33
母の日の催し凄いですね、息子さんの
お嫁さんも良く出来た方ですね
躾が良いのでしょう、また次に持ち越され
代々良い家訓が引き継がれ羨ましい限りです

君代奥さん今でも年と比較すればお若いですがバレーの時は素晴らしい美女やったんですよね、露地物が成り始めましたね、10a作って直売の時代が懐かしいです
お祝い (jiro )
2017-05-24 19:18:19
モコ様
「白髪のモコのブログ」10号、出版おめでとうございます。
モコさんの粘り強さに乾杯です。
目下、夏野菜の栽培に大わらわです。
近く、またお邪魔いたします。
お元気をお祈りします。

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