八十路の旅

平成20年8月3日、満八十才、傘寿になり、八十路の旅を、徒然なるままに記してみよう。

無茶苦茶

2017-02-08 20:47:33 | Weblog

  「もう無茶苦茶でござりまするわ」漫才師アチャコのセリフです。

  1月中旬に降った大雪は、家の北側に雪を残しています。1月終わりごろから2月8日ごろまで、老体に鞭打ってやっと、猿除け網などの修復作業を終えました。もちろん完ぺきではありません。細かい仕事は残っています。まあ、雪害前の畑に8割ぐらいは回復したでしょうか・・。

  ところが8日の夕方の天気予報は「9日から12日ごろにかけて、冬型の気圧配置が強まったため、日本海側では西日本を中心に大雪となる見込み」なんです。

  2月9日の朝、雪降りです。これ以上の積雪なら、「もう無茶苦茶でござりまするわ」と、手を回して叫ぶのも、お分かりいただけるでしょう。

  2月7日、8日の仕事ぶりを記します。

<2月7日>

  寒い。でもまずまず天気。午前11時~12時、猿除け網の支柱(鋼管メッキ)の購入に農業資材Kスーパーに車を走らせました。5.5mの鋼管メッキのパイプを2つにカット。つまり2.75mを軽自動車に積み込むわけです。ピッタシ。余裕は1cmもありません。4本購入しての帰路、右窓に映った盃山の雪を頂いた姿を撮りました。盃山については、2015,12,9「盃山情趣」<盃山と法連峯です>を参照してください。

  2月7日の午後3時ごろ、1号田のタマネギに防獣網を被せました。2号田の猿除け網の補修は後回し。何といっても、山猿に侵入されてせっかくのタマネギを引き抜かれてはとの思いが先決。午後3時ごろ30分で終了。 

 

☆盃山の雪景色と1号田のタマネギの防獣網(1mx20m)を被せた写真です。これで、一応1,2,3号田のタマネギの防護は完了です。


<2月8日>

  8日は朝から天気。何とか2号田の猿除け網を修復せねばと思うものの、気ばかりで、体が思うように動きません。昨年も杭打つ作業で右肩を痛めました。1か月も治らなかった苦い経験があります。・・(昨年のブログを見てびっくり。やっぱり猿除け網が雪の中に埋没していました。また、補修で杭を打っている姿をブログしています。)
{・・参照:2016、2,7「積雪無残」<積雪無残><残雪風情とわが家の畑>・・2016,2,13「心は二つ身は一つ」<心身一如の世界>・・}

  1年前と全く同じ光景です。丹波篠山は霧と雪の土地柄なんです。霧は黒豆を作りますが、雪は何の利益もありません。毎年雪による被害は甚大です。

  でも、いかに年とったとはいえ、何とか手足を使うことができます。ムリの限界は、百も承知しているんですが、それはそれ、自分の体調と相談しながら、カケヤで杭を打ちます。支柱を立て、網を張ります。

 100才の精神科医、高橋幸枝先生が、「こころのさじ加減」に、次のような言葉を書いておられます。
{・・年齢を重ねて、死生観について問われることが多くなりました。
  ズバリとお答えしたいところなのですが、死についてはよくわかりません。実際にあの世を見てきたわけではないですし、仕方ありませんね。
  とりたてて信仰などがあるわけでもありません。お恥ずかしいのですが、私の死生観は「体調次第でコロコロ変わる」というのが実際のところなのです。
  私は元気なときには「老齢だからいつ死んでもよい」と威勢よく話しています。
  でも、「長生きなんてしなくていい」「死ぬことなんて怖くない」などと言いながら、血圧の薬をきちんと飲んだりしているのですから矛盾していますね。
  やはり、私にも「できるだけ死を遠ざけたい」という気持ちは、無意識下では強くあるようです。
 「私にも生きることへの執着が強くあるのだな」と実感するのは、体調を崩したときです。
  たとえば、風邪や発熱に見舞われたときは「大丈夫かしら」と不安になります。
  歳を重ねるにつれ、そのような時間はおのずと増えるようになりました。そして「生きることとは、不安と共生しているようなものだ」とつくづく思うようにもなりました。
  私は「不安」という気持ちがでてきたとき、それがまるで生き物であるかのように感じます。そして「不安をうまく飼いならし、手なずけていければいいなぁ」ととらえています。・・}

  高橋先生は100才ですよ。これほど当たり前のことを、当たり前にすらすらと書かれており、共感を覚えるのですから不思議です。 

 

☆杭とカケヤを持って歩いています。2号田の猿除け網の状況です。側溝にねかせていた竹が腐り、畑側に折れて落ちていました。その上の残雪も6日にとけたところです。2月8日、10:30写。

 

☆竹を取り出し、網を取り外し、杭を打ち、支柱を立て、再度、網(2mx8m)を張りなおして終了です。8日、午前10時30分~午後4時ごろまで、かかりました。でも、何とか立て直し完了です。

 <大雪情報つづく>

  2月10日、朝、雪景色です。それでも2、3㎝は積っているでしょうか。このくらいの積雪ならば、何とか猿除け網も持ちこたえます。20㎝、30㎝の積雪になると、ちょっとやばい。50㎝では、完全に防鳥網は畑に埋没し、支柱は倒れます。
  予報は11日、12日、西日本沿岸地域は大雪との話。丹波篠山地方も、いたって厳しい。湿雪,乾雪のマークがついています。12日はとりわけ雪だるまの姿は大きくなっています。

  畑仕事は、後片付けがわんさと残っています。でも、これ以上雪が降れば、してもしなくても同じことです。迷いながらも、やっぱり性分ですね。木切れの一つ、二つ抱えて持ち運びました。力仕事はそれくらいです。久しぶりに、体を休めました。

  2月10日、午後5時20分、西空を夕日が茜色に染めていました。どうやら、明日も雪が降りそうな夕焼けです。同時に1号田の猿除け網に凍り付いた雪模様を撮りました。

☆2月10日、午後5時20分の西空です。いかにも雪が降ってきそうな雲行きです。

 

☆西空を撮った同じ場所から、東の1号田を写しました。棒でたたきましたが、網の着雪はすでに氷の塊になって、落ちません。タマネギの防護網に雪が積もっています。これ以上降ると、かなりやばいですね。

 <無茶苦茶の話・つづき>

  私の少年時代、まあ、昭和16年頃でしょうか、漫才といえば、エンタツ・アチャコが、圧倒的な人気を博していました。ラジオで聞くか、映画で見るか、興業舞台で本物を見るかの、3つの方法がありました。とりわけ映画でお目にかかる場面が多かったように思います。ほんまもんの「お笑い芸人」でした。(最近のテレビで観るお笑い番組には、少し嫌気がしています。あまりにもギャクにこり、ギャラを稼ごうとしている様が見え見えなんです。そんなもんで飯が食えるかと言いたいです)

  当時の喜劇俳優にエノケンがいました。また英国では映画俳優・映画監督・コメディアンのチャップリンが一世を風靡していました。4人の年代をネットで調べると、殆ど同世代を生きてきた人でした。・・{エンタツは1896年~1971年、アチャコは1897年~1974年、エノケンは1904年~1970年、チャップリンは1889年~1977年・・}でした。

  太平洋戦争が始まった年は1941年です。昭和16年12月8日です。私は中学1年生でした。彼らが活躍したのは戦時下です。小学校の講堂や、時としてお宮さんの境内で映画が開催されました。風でスクリーンが飛んだことがりました。時として、坊主頭がスクリーンに映っており、それがスクリーンの後ろ、つまり部屋からお坊さん一家が鑑賞されている姿と分かり、ひときり笑い話として持ちきりだった思い出があります。

<何とか無茶苦茶を逃れました>

  2月11日、12日、丹波篠山地方は何とか雪の被害をまぬがれました。「もう無茶苦茶でござりますわ」のセリフを言わなくてすみました。

  全く雪が降らなかったということではなく、11日、12日とも、朝は同じくらいの積雪(5cmぐらい)があり、時々雪が舞いましたが、ともかく積るほどではありません。昼過ぎには道路の雪も溶けました。しかし、同じ兵庫県でも日本海側沿岸地方は、50㎝~70cmの積雪があり、テレビで何度も映像が流れました。

<12日のわが家の畑の様子を記します>

*1号田と2号田です。

  

☆(左)1号田を東からわが家に向けて撮りました。家の北側や畑にはところどころ雪が残っています。猿除け網も何とか無事に立っていますが、老朽化はまぬがれません。12日、10:19写。

☆(右)2号田の様子。11日、12日の雪(5cm~10cm)では、被害は殆どありませんが、30cm以上の積雪では、防鳥網などは畑に埋没し、また支柱などは倒れます。12日、10:21写。 

 *3号田です。

☆3号田です。西側から、わが家に向かって撮りました。トマトハウスの支柱は健在。ですが、トマト支柱(竹)などはみな、ロープが切れて修理が必要。でも、これは暖かくなってから、トマトの苗植え(5月初め)に間に合えばいいのですが、それにしても、冬とはいえ、草がぎっしり敷き詰められています。今年は草引きのあと、マルチを敷く予定。

  やらねばならぬ仕事を横眼で眺めながら、じっと腕組みをして休養しているところです。こういうと、60才や70才ごろの自分の姿と重なってくるようですが、ほんとうは、寄る年波を肌で感じているところです。 

 

 

 

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4 コメント

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無茶苦茶でござりまするわ (すけつね)
2017-02-11 13:30:22
私がアチャコのセリフを知ったのは、戦後の小学4年生ころと思います。
ラジオか映画で知ったように思います。もう忘れていたアチャコのセリフを思い出しました。
猿の被害は深刻ですね。栃木県でも農作物の被害があります。
《猿害:もう無茶苦茶でござりまするわ》 
エビチリ (jiro)
2017-02-11 18:14:40
すけつね様
やっぱり昔はなつかしいですね。
それにしても、手料理、手がけられるだけでも、すごいです。
エビチリに乾杯です。私は、食い役です。でも、なんでも食べます。
丹波の山猿も有名ですが、日光にも猿がいましたね。
でも丹波は、50匹ぐらいのABCDE軍の5集団がいて、にぎやかです。
ご活躍をお祈りします。
Unknown (せたしじみ)
2017-02-12 10:00:17
大雪のニュースを見るたびにそちらの方は大丈夫かしらと思っています。こちらは昨日の朝10センチ程積もりましたが昼にはもう溶けていました。田、畑が気になることでしょうが、くれぐれも除雪などで無理をされませんように。
キセル (jiro)
2017-02-12 11:11:14
しじみ様
案じていた雪も、昼には溶けました。2日の休養のおかげで、小康状態です。
あなたのブログ:キセル・キザミ・コヨリなど、久しぶりに昔を思い出しました。生意気に中学生時代、おやじのキセルでキザミを吸っていました。でもタバコはやめてから40年になります。
梅は私のとこ、今年はダメの様子です。録画できてよかったですね。えらい!
お元気をお祈りいたします。

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