八十路の旅

平成20年8月3日、満八十才、傘寿になり、八十路の旅を、徒然なるままに記してみよう。

立冬を過ぎて

2016-11-10 13:59:06 | Weblog

  11月10日です。7日の立冬を過ぎて4日目になりました。

  前のブログ(2016,11,5「小春日和」)の終わりに、「・・働け、動け、休め、良いことは思い出し、気に病むことはすべて忘れろ。・・老いの神髄を体感しろ、二郎さん!」と記しています。

  ですが、立冬を過ぎた8日、9日、10日と、威勢の良い「働け」「動け」は全くの掛け声だけで、殆ど、家の中でブラブラしていました。7日の夕方より、首筋、肩筋、両膝に痛みを覚えたのです。原因は、はっきりしています。いやあ、まったく、「働き」過ぎ、「動き」過ぎだったのです。老いの神髄の体感どころではなくなったのです。

  そこで、体の節々の痛みの直接原因となった「モミ入りヌカぼかしづくり」を記します。

<モミ入りヌカぼかしづくり>

  11月7日(月)、立冬の日です。天気予報では曇りでしたが、朝から晴れたり曇ったりのまずまずの天気。一週間前から準備していた活性液(2ℓペットボトル、4個)を使用して、早速、ぼかしづくりを始めました。
  準備するもの:プラ船容器4つ。モミガラ4k(1kx4)。ヌカ40k(10kx4)。活性液8ℓ(2ℓx4)

  作り方:(1)プラ船容器4に、モミガラ(1kx4)を入れる。
      (2)プラ船容器4に、活性液8ℓ(2ℓx4)を入れる。
      (3)モミガラと活性液をよく混ぜる。
      (4)ヌカ40k(10kx4)を、(3)に入れて、さらにかき混ぜる。
      (5)密閉容器(100k入り)に(4)を入れて、押し込む。

  使用した時間は午前11時ごろから昼までの約1時間。午後3時半ごろから午後4時半ごろまでの1時間。まあ、2時間ぐらいでモミ入りヌカぼかし40kを、100入りの容器に入れて密閉。(あと60kを作成して入れる)・・満杯にすると、約1年間は密閉して熟成する。

  活性液は、ヤブ菌や落ち葉堆肥菌など、いろいろ実施したが、EM1号(JAS指定)からの培養が一番手っ取り早く、確実です。

 

☆活性液2ℓペットボトルが4つ。

☆プラ船の活性液、モミガラ、ヌカを練り合わせる。出来上がりは、握ってパラパラ崩れる程度がベター。

 

☆熟成したモミ入りヌカぼかしです。ものすごい匂いです。奈良漬けの匂いです。

☆100k入りの密閉容器です。発酵は空気を入れないことが基本です。

・・まあ、実労働2時間ぐらいですが、準備などの時間を入れると3時間はかかっていると思います。だから、7日の晩に体調を崩したのです。


<弦月と夕日>

  11月7日、午後4時過ぎ、活性液づくりも一段落、石段で腰かけて一服。薄く暮れゆく東空に弦月が浮かんでいました。西の空には夕日が沈んでいます。いつもの風景ですが、弦月(正確には半月の一日前)が珍らしく、シャッターを切りました。
  立ち上がったとき、首筋に痛みを感じたわけです。

 

☆11月7日、東空に浮かぶ弦月。正確には8日が半月で、その1日前の月です。7日、16:28写。

☆11月7日、西空に沈む夕日。いつもの通り、久保柿の枝越しに沈んでいます。7日、16:37写。 


<心身脱落>

  11月7日(月)午後10時25分~午後10時50分、NHK・Eテレ放送、「100分de名著」道元禅師の第1回の放送がありました。前から予定していた番組でしたが、あいにく首筋を痛め、湿布しての観テレとなりました。

  第1回のテーマは、「正法眼蔵・随聞記」からの「心身脱落」でした。道元の世界は、宗教ですが、むしろ哲学の趣があり、親しみやすい。知ったかぶりは、つつしまねばならないが、ちょっと、「心身脱落」を述べます。
{・・あらゆる自我意識を捨ててしまうこと。自我意識を捨て、あらゆるこだわりをなくして、真理の世界に溶け込んでいくこと。それは、病気や苦悩、死すらもありのままに受け入れる境地。「心身脱落」すれば、何ものにも惑わされない悠々とした生き方が自ずとみえてくる。・・}(ネット調べなどから抜粋)

  テレビでは、今ひとつ不明瞭でしたが(こちらの体調不良のせい)、何とか25分を痛みを忘れて観ることができました。あと、風呂に入り、肩、腰、首を温めて就寝。

  第2回は、11月14日(月)「迷いと悟りは一体である」午後10時25分~午後10時50分。
  第3回は、11月21日(月)「全宇宙が仏性である」午後10時25分~午後10時50分。
  第4回は、11月28日(月)「すべての行為が修業である」午後10時25分~午後10時50分。

  全部の放送を観るかどうかは、目下不確実。因みに、前のブログで「正法眼蔵(しょうぽうげんぞう)・随聞記」から、心身一如(しんじんいちにょ)、只管打座(しくわんだざ)、心身脱落(しんしんだつらく)など、私見をまじえて記載しています。{・・参照:2016,2,13「心は二つ身は一つ」<{心身一如の世界>・・}

 

<知ったか振り>

  前のブログ「小春日和」<老いについて一考察>で、安西篤子さんの「老いの思想」を紹介しています。<忘れることこそ老境の上手な生き方>と題して、一番最初に、吉田兼好の徒然草を述べています。
  徒然草の第168段を読みながら、私たちは、だれもみな、知りもしないことを、さも知ったように話している場合が多いことに気が付きました。原文を紹介しても、おそらく、あまり興味を持たれないのではないかと思い、割愛することにしました。

  私が満80才、傘寿を記念に記し始めたブログも8年は経ちました。初めごろは、日ごろの思いを書いてみようということでした。しかし、人に読んでもらう文章をかくのは、大変難しいと思いました。同時に、日ごろの生活の記録、自給自足の野菜づくりを、記してみようと思いました。
  そのころから、ブログに写真を掲載するようになりました。やっと、記事に写真を取り込めるようになったのです。あまり嘘は書けません。
  最初の、文章で勝負するという気持ちは、書き綴るうちに、やっぱり写真を入れて説明する方が分かりやすいと感じました。ふんだんに写真をダウンロードしました。ある意味で、観やすい、開きやすいという言葉をいただきました。どうなんだろう? 現代、文字を読む人は少なくなったのでしょうか?新聞記事のように、写真入りの文章が見やすいのでしょうか?読みやすいのでしょうか?

  でも、やっぱり私はブログしながら、毎日の暮らしの中から、「老いの哲学・宗教」を、自分流儀で語ってみたいと思います。読んでいただかなくてもいいのです。あくまで、自己満足のブログなんです。でも、できる限り、「知ったかぶり」は、しないように、謙虚・謙遜を続けたいと思っています。

  ・・機会があれば徒然草・第168段は原文と注釈文は掲載予定。

  ところで、首や肩の痛み、腰の疲れ、膝の痛みなど、8日、9日、10日の3日間のブラブラ生活で、何とか元に戻った感じでした。


<今年も庭で獅子が舞いました>

  一週間前に、神道伊勢大神楽教より「11月11日、清祓にお伺い致します」と案内がありました。年中行事の一つです。毎年11月に入ると、わが集落に獅子舞がやってきます。
  11月11日と記されていますが、時間が書いてないのがミソです。毎年、昼頃に、太鼓や笛の音がすると、わが集落に神楽がやってきたあいづです。しかし、今回は午後2時になっても、一向に太鼓や笛の音がしません。一番、気をもんだのは家内でした。ろうそくに火をともさねばならないからです。それと、毎年、「頭噛みの儀式」をしてもらうからです。

  でも、午後14時10分に、わが家に神楽がやってきて、清祓の儀式は無事終わりました。

 

☆玄関先で獅子舞。獅子の裾をたくしながらの横笛。見事でした。いっしゅん、獅子が天に昇る姿を演じました。今までにあまり見ない姿で、記念にパチリ。14:10写。

 

☆恒例の頭噛み儀式。今年は吾が輩も噛んでいただいた。「獅子が噛みつくと神がつく」と縁起かつぎの意味があるとの話。また、頭がよくなるとか、魔除けになる、その人についた邪気を食べてくれる。悪魔祓いや疫病退治をしてくれるそうですよ。11日、14:12写。

  因みに、神楽に関するブログは次の通りです。バックナンバーで開くと早いです。
{・・2012,11,7「立冬余談」<今年も神楽がやってきた>・・2013,11,10「立冬を過ぎて」<今年も神楽がやってきた>・・2014,11,16「暮秋の行事」<暮秋の獅子舞>・・2015、11,23「小雪を過ぎて」<年中行事・今年も神楽がやって来た>・・} 

 

<わが村・恒例の敬老会>

  11月13日(日)わが村・恒例の敬老会に、今年は夫婦で参加しました。
  わが村のしきたりで、毎年、黒枝豆の仕事が一段落した時期に、村自治会会長さんはじめ、役員の方のお世話で敬老会が開かれます。20数年前は、私も村の役員で敬老会を開く側でした。また10年前は、老人会の会長として務めたこともありました。

  13日はまたとない小春日和です。今年も、西紀の北にある「大谷にしき荘」で開催されました。今年は久しぶりに家内も参加しました。毎年、今頃になると体調を崩して、いつも欠席していました。

  敬老会の日程は、午前11時20分に、村の公民館まで、にしき荘から迎えの車が来て、12時から午後2時ごろまで、食事、カラオケ、ビンゴゲームなどがあり、午後2時ごろ終わり、にしき荘の玄関で記念写真を撮って、村の公民館まで車で送っていただき、午後2時30分ごろには、帰宅しました。

  今年の老人会の参加者は男性5人、女性7名、そのほかお世話してくださる村の役員の方が3名、計15名の敬老会となりました。村も高齢化が進み、わが村では老人会は75才以上となっています。(前は70才以上)今回は男性2名、女性1名の欠席でした。

 

☆11月13日、午前11時、出発前に、せめて記念にと玄関先で撮ってもらいました。

☆11月13日、午前11時40分ごろ、にしき荘に到着。玄関を入ったところにイノシシ(剥製)お出迎え。

 

  

☆会食中に、自治会長さんが、アベックの老夫婦をパチリ。「手を肩にかけてください」との注文。13:20写。

☆食事の終わりごろ、「岸壁の母」を熱唱。13:30写。

☆懐石料理・昨年と全く同じ料理です。始めに撮るのを忘れました。右の黒い鍋はすき焼き、左は炊き込みご飯。3年連続で同じ場所で同じような料理でした。 

 

☆食事会も終わり、大谷にしき荘の玄関先で、記念写真を撮る前に、有名な吊り橋をバックにパチリ。14時20分写。

☆食事のあとのビンゴゲームの景品です。珍しく家内が最初のビンゴ。景品はカイロ。わが輩はヘルスメーター。その場で開けて、ヘルスメーターを皆に見せると、早速、体重をはかる人がいました。みなで大笑い。写真は家に帰って、晩に撮りました。21:30写。

・・因みに、これまでブログした敬老会の記事を記載します。バックナンバーで開くと早いです。
{・・2011、11,23「勤労感謝の日前後」<集落恒例敬老会>・・2012、11,25<晩秋の日々、その2>・・2013,11,19「日々去来」<敬老会の参加>・・2014,11,16「暮秋の行事」<敬老会の出席>・・1015,11,14「晩年の知恵」<今年も敬老会に参加しました>・・}

 

<一日遅れのスーパームーン>

  11月15日(火)午後9時48分、東空の雲間に、絵にかいたような満月が、浮かんでいました。そうです。昨夜撮れなかった一日遅れのスーパームーンです。
  1948年以来68年ぶりの満月(11月14日)だそうです。昨夜はあいにくと雨降りでダメ。15日も、あまり良い天気ではなく、諦めていたんです。9時30分過ぎ、外がやけに明るいので、外に出て、びっくり。一日遅れの満月が中天に泳いでいました。

☆11月15日(火)午後9時48分、何とか私のデジカメで、一日遅れのスーパームーンをとらえました。ほとんど満月です。ひときわ大きくてきれいでした。・・最近の我が輩の体調、すこぶる不安定。でも、この一瞬だけは、すべて忘却のかなた。われを忘れて、飽きずに(と言っても、それほど長い時間ではない)眺めていました。風邪をひかないように、もちろん毛布のガウンを羽織っての観月です。 おわり

 

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 小春日和 | トップ | 青息吐息 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL