八十路の旅

平成20年8月3日、満八十才、傘寿になり、八十路の旅を、徒然なるままに記してみよう。

老人と仕事

2016-12-12 14:33:35 | Weblog

<老人と仕事>

  12月も中旬です。片付けなければならない仕事が、次々とやってきます。焦ります。焦ってもどうにもなりません。ついつい「あれ、してくれないか?これ、してくれないか?」と、言いたくなります。「くれない」を云う回数で、年の数が分かるといいます。「くれない族」は、完全にお年を物語るとは、曽野綾子さんの言葉だったでしょうか?・・

  しかし、わが輩の家には家内しかいません。私のできない仕事を家内ができるわけがありません。だから、日中は「・・してくれない」は、言いたくでも言えないのです。でも、「ちょっと手伝ってくれないか」は言えるのです。また、手伝ってもらう仕事が、次々とやってきます。

  でも、家内も仕事が山ほどあります。目下、私の弱気は通用しません。「ええい、面倒だ。わが輩がひとりでやるわい!」と、強気まんまん。心の底に弱気の虫を抱えながら・・。12月の中旬を歩む私に、強気と弱気が交互にやってきます。つくづく、老人と仕事について考えている毎日です。

  今回は「老人と仕事」について私見を述べながら、年の暮れにむかって進む、私の毎日を綴ります。


<信州・夜間瀬からリンゴが来ました>

  12月11日、午後5時、あたりが夕闇につつまれたとき、リンゴが郵便局から宅配されてきました。信州・夜間瀬のリンゴです。今年で3年目になります。

  いつものことながら、箱をあけると、A3のコピー用紙が一枚入っていました。半面に説明文、あと半面に白黒の、リンゴ、モモ、ブドウなどの写真。何回もコピーされて、かなり不鮮明。・・生産者S・Wさんの営利主義でない人柄をしのばせます。また、説明文を読みながら、いつも瞼が熱くなってくるのを感じました。(あとで、説明文を抜粋します)

 

☆宅配されてきたリンゴの箱です。二箱だけ掲載。中は二段になっています。上段は大が13個、下段はちょっと小さいのが18個入っていました。昨年と全く同じです。

 

☆早速 、上の段から、2個取り出し、その一つに包丁を入れました。芯のあたりに、蜜がまいているのが見えます。まだ初期で、これからどんどん密度が増してくるそうです。これぞサンフジというリンゴです。

 3年前までは、弘前市一野瀬(岩木山の麓)リンゴ農園のEMリンゴを届けていただいていたんですが、ご不幸があったりして、贈答用の生産ができなくなったのです。このリンゴは、超有名な木村リンゴに、勝るとも劣らない逸品でした。味見をされた皆さんから圧倒的なお声を寄せていただきました。それだけに残念です。つがるリンゴについては、次のブログを参照してください。
{・・参照:2012,12,6「慌ただしい師走」<リンゴが来ました>・・2013,12,8「人生いろいろ」<青森からリンゴがきた>・・}

  なお、信州・夜間瀬のリンゴについては、次のブログを参照してください。
{・・2014、11,28「11月最終章」<信州からリンゴが届いた>・・2015,11,28「11月終わりの頁」<信州の夜間瀬からリンゴが来ました>・・}

<S・Mさん、よませのりんごの紹介文・原文>

  {・・私の果樹園は高社山の南斜面にあります。海抜は500mぐらいあります。その土地で除草剤を使わないで、また化学肥料、ホルモン剤を使わないで、農薬を減らして、くだものをつくりました。
  海抜が高く、内陸の盆地なので、昼と夜の温度差が多くあり、くだものが、あまくおいしくなります。
  りんごは落下防止剤を使いません。畑にいれる水は、山に降った雨を、ためた水で、たいへんきれいな水です。それをスプリングクーラーで畑にいれています。
  化学肥料やホルモン剤を使用すると、くだものの生産の効率が上がり、見た目のよいものができるのです。除草剤も私は使わないので、草かりをするので、疲れます。除草剤、ホルモン剤は何年ぐらいで使用禁止になるでしょうか。
  りんごジュースは、3月末までねかせてしぼった濃厚ジュースです。
  硬いモモは2~3日で、やわらかくなります。・・}

  高社山は、こうしゃさん、または、たかしろやまと呼び、高井富士と地元では呼ばれているそうです。
  「草刈りをするので、疲れます」には、思わずぐっとこみあげてくるものを感じます。

<2年連続でユズを収穫したぞ>

  12月12日、朝からしきりに山猿の鳴き声が聞こえます。山裾の柿やユズなどが目当ての様子。
  「昨日(きのう)隣家のユズに山猿が上って、ちぎりほかしたそうです」家内の言葉です。
  「そうやなぁ、うちも、そろそろもがな、猿にやられるなぁ。と言って、今日の午前中は、いろいろ用事があり、午後に二人でもいでしまおう」と、私の返事。

  午前中に、郵便局、JAなどの用事を済ませました。午後の昼寝どき、裏山が妙に騒がしい様子。
  「裏山に山猿が降りてきている」との家内の言葉に、ゆっくり昼寝しているわけにもいかず、「よし、今からユズをみんなもいでしまうぞ」と掛け声勇ましく、起き上がりました。

   作業服に着かえ、長靴をはき、長柄挟を用意し、皮の手袋や籠などの準備に、行ったり来たり、なんとなく無駄な時間を過ごし、実際ユズもぎにとりかかったのは、午後3時30分を過ぎていました。

  ユズの収穫を終わったのは、午後4時30分でした。しかし、実際もぐのに要した時間は約30分ぐらいだったでしょうか。ともかく、高いところは、長柄挟で全部切り落としました。

  はじめ、低いところは、家内も鋏でもいでいましたが、ともかく、ユズのトゲは大変危険です。落としたユズの拾い役にあたりました。まあ、数えきれないくらいのユズです。

  昨年もユズは大収穫でした。2年連続は珍しいです。でも、今年のユズは器量が悪く、とても売れるような代物ではありません。わが家でユズ湯を飲むのには事欠きません。

 

☆12月12日、午後3時30分、もぎ始めたユズの木です。はじめ、家内も手の届くところに鋏を入れてもいでいましたが、危ないので、拾い役に回りました。

☆高いところや、枝の中の難しいところは、私が長柄鋏で、殆ど切り落としました。殆ど少なくなったユズを、私が切っているところです。写真は家内がシャッターを切ってくれました。16:10写。

 

☆収穫したユズをわが輩の愛用運搬車で、家に持ち運びました。籠に2杯ありました。器量が悪いが大収穫です。

☆一個のユズを輪きりにして、カップに入れ、砂糖をまぶし、湯を注ぐと「ユズ湯」のできあがりです。これほど簡単な飲み物はありません。私は半分のユズで、2回湯を注いで飲みます。残った皮や種は、袋に入れて、風呂に入れます。種をガーゼで包み、風呂で使用すると、ヌカ袋以上の効果があるようです。すべすべ、つるつるの肌になるから妙なものです。まあ、しかし、気分だけで、実際はごつごつした肌ですが・・・。

<ジロウ爺さん採点簿>

  半分のユズで、2杯、3杯と「ユズ湯」を飲み干す吾が輩に、家の者みなが言いました。
  「おじいさんは、案外ケチなんと違うか?」「そや、そや、ケチジロウや」・・大笑いとなりました。
  12月の夕食時から、13日の午前中にかけて、私と家内で、ジロウ爺さんの採点簿なるものを、点検しました。13日は、家内と2人で笑いどおしとなりました。それを、いくつか記してみます。

「ブロジロウ」・・この年になって朝からブログに凝っている爺さん。
「ケチジロウ」・・案外、物事にケチンボウなところがある爺さん。
「ヤスジロウ」・・安物買いをする爺さん。
「セキジロウ」・・急いて急かせる(せいてせかせる)爺さん。
「カマジロウ」・・ともかく、かまいたがる爺さん。
「カイジロウ」・・一日中、痒い痒いという爺さん。
「ツメジロウ」・・爪をきる、爪をのばすと、気にしている爺さん。
「ハナジロウ」・・鼻を気にする、呼吸を気にする、鼻毛を気にする爺さん。
「ダレジロウ」・・話に割り込み、だれ?という爺さん。
「ナニジロウ」・・話に割り込み、なに?という爺さん。
「ハイジロウ」・・なんにでも、すぐヘタな俳句をつくる爺さん。

・・ある日の晩の食卓で、家内が問題を出しました。

「お爺さんとかけて、温泉と解く。その心は?」・・みな、いっせいに答えました。
「湯う〈言う)ばかりです」

「お爺さんとかけて、山の木と解く。その心は?」・・みな、いっせいに答えました。
「木(気)ばかりです」 

  食後、そんな話題で笑いあうのは、家族団らんの楽しいひと時です。いつまで続くのか、それは全く不明です。今は生も死もそこにはありません。でも、いつかは死がおとずれます。それはそれで目をつぶるしか方法はございません。


<雨降りの仕事・年賀状宛名書き>

  12月13日、朝から雨。冬の雨は冷たく、加えて風がきついく、外の仕事は全くムリ。天気でも無理なのに、雨が降れば、なすすべ無しといった状態です。

  昨年のブログを見て、びっくり。10日には年賀状の宛名書きを完了していました。そう、そう、年賀状の宛名書きをしよう。・・早速、取り掛かりました。

  昔、還暦過ぎたころは、400枚近く年賀状を書いていました。・・今では約200枚が限界です。半分に減ったとはいえ、一日で、できあがるわけにはまいりません。午前中に、休み休みで、約60枚。午後に60枚の宛名書きを終了しました。20枚は余分にとっておくので、あと60枚は、14日にまわしました。

  昔は、一気に仕上げていました。現在はそういうわけにはまいりません。眼が疲れる、肩がこる、肘が痛い、腰や膝がだるくなる、といった状態で、・・「来年からは年賀状を控えさせていただきます」と書かれた人の言葉がわかります。

  年賀状については、いろいろな解釈もありますが、私は、やっぱり今年も年賀状を出そうと決心しました。しかも、今年は新品のプリンターに取り換えました。郵便光沢ハガキに写真入りの年賀状も刷れました。その宛名書きの仕事を、まったくムリすることなく、13日、14日の2日間で180枚を仕上げました。(あとは24日ごろ、投函する前に、ちょっとしたコメントを書く予定です)

  

 

 

 

 

 

    

 

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