八十路の旅

平成20年8月3日、満八十才、傘寿になり、八十路の旅を、徒然なるままに記してみよう。

春花鳥

2017-04-04 14:05:26 | Weblog

<春が来た>

  比較的寒い、ここ丹波篠山盆地も、4月2日、3日、4日、連続の快晴となりました。3日間、畑仕事に追われて、ノロノロとはいえ、必死の働きです。ブログする時間も生み出せません。みなが言います。「そんなに必死に頑張って馬鹿じゃないの、お爺さん!」

  でも、私は口ずさみます。
  {・・春が来た 春が来た どこに来た 山に来た 里に来た 野にも来た・・花が咲く 花が咲く どこに咲く 山に咲く 里に咲く 野にも咲く・・鳥が鳴く 鳥が鳴く どこで鳴く 山で鳴く 里で鳴く 野でも鳴く・・}

  毎日、働きどおしでした。はじめはルンルン気分で、鼻歌交じりで、鍬を使用しました。でも、夕暮れには、アカン、アカン、シヌ、シヌと、うなだれて家に帰ります。

  今回は、春、花、鳥と題して、写真を主にして、毎日の様子を記します。

<樋の修理>

  4月3日、午前9時から午後5時まで、豪雪で傷んだ樋の修理・取り換えを、予約していた専門業者にしてもらいました。幸いよい天気で、屋根樋仕事は、一日で終わりました。樋屋さんの話では、今年は忙しくて大変だそうです。今年の大雪は、屋根瓦・樋の損傷が多かったようです。

 

☆修理前のトイの状況(4月2日、8:30写)と集水器を取り換え、修理完了です。(4月2日、14:16写)

 

☆家、裏口のトイを全面的に取り換えてもらいました。箱型の大型のトイです。なお、落葉が入らないように、網をつけてもらいました。写真は修理中の様子(14:20写)と、完成写真(16:30写)

 

<2号田の畝づくり>

  4月2日から始めた2号田の畝づくり、4月3日、4日も続行中。
  4月4日、思い切って、寒冷紗の野菜(ブロッコリー、キャベツ、レタス)を、移し替え、畝づくり開始です。

 

☆4日、午前9時30分ごろ、寒冷紗を取り除き、午前11時ごろ、キャベツ5個、レタス1個を、空き地(カボチャを植えていた畑)に、移し替えました。ブロッコリーは収穫済み。・・私にとっては、なかなか大変な仕事。

 

☆(左)4月4日、午前11時、キャベツなど移し終わったあと、肥料(モミ入りボカシ・灰・ヌカ・活性液)を入れ、寒冷紗を被せて終了。

☆(右)2号田のタマネギ成長状況。「風雪に耐えて、よく頑張った。感動した」思わず呟きました。11:30写。

 

<間引いたニンジンと昼ご飯>

  4月3日、午前11時ごろ、畑仕事の合間に、ニンジンを間引きました。ちょうど家内が手伝いに来ており、たまたま、ニンジンの畑の前で、休憩中、雑草を引きながら、ニンジンを間引いたのです。間引く仕事は、やったことがなかっただけに、何とも言えない気持ちでした。

  4月4日、午前11時50分、私の昼ご飯です。 

 

☆(左)4月3日、間引いたニンジンです。(4日、11:00写)

☆(右)4月4日、午前11時50分、わが輩の昼ご飯です。タカナ巻きと、てんぷらの揚げ物のようなものはなんでしょう? ニンジンの葉っぱとチクワと卵を混ぜ合わせてあげたものですって・・。「うまい」まあ、私はなんでも食べます。でも、正直な話、ちょっと苦みがあるが、けっこう食べられました。

<わが腕と2号田畝づくり>

  4月4日、午後3時ごろ、久しぶりに汗をかき、下着を着かえました。その時、右腕の垂れ下がった皮膚(びょうぶのような)をみて、愕然として声無し。

  4月4日、午後4時30分、やっと2号田・3畝が耕せるところまでこぎつけました。夕日の中、最後のマルチを収納しているところを、家内がシャッターを切ってくれました。

 

☆垂れ下がったわが腕。左手、指先でつまむと、屏風のように広がりました。いやぁ、まいりました。手榴弾投げ60mの面影は全くありません。草笛光子さんの言葉「1に筋肉、2に筋肉、3,4がなくて5に筋肉」を、思い出して、苦笑。

☆4月4日、2号田・3畝の状況です。ルンルン気分から、アカンアカン、シヌシヌに変化。でも、久しぶりに汗をかき、晩御飯、すこぶるうまし。すべてにやや満足。


<2号田の畝づくり・急ピッチ・ほぼ完成>

 4月5日、朝早くから、管理機(耕運機)を持ち出し、3畝を耕し、元肥(牛糞、灰、ボカシ、活性液)を入れ、もう一度、元肥と土を耕し、やっとこさ、3畝の畝づくりを終わりました。孫が、私のコーチで管理機を動かしました。

 

☆4月5日、午後2時30分、管理機を動かすわが輩の雄姿。でも、これはジェスチャで、孫が2号田まで運んでくれました。それから、耕し、元肥入れ、もう一度耕す仕事のほとんどは、孫の手になるものでした。管理機のコーチで、付きっきりで、写真のシャッターチャンスを失しました。

☆4月5日、午後3時30分ごろから、畝づくりの殆どはわが輩がやりました。鍬で畔の土をあげ、畝をつくっています。

 

☆(左)立ち仕事は30分持ちません。腰がだるくなってきます。こうなると、立ち仕事はムリです。腰掛台車に腰を下ろして、鍬で土を上げ、畔をつくります。川﨑流の畝づくりですねん。午後4時30分には完成です。(畝と畝の間隔が広いのは、運搬車(腰掛台車)で仕事をするためです。

☆(右)4月6日、午前8時30分から約1時間で、2号田の畝にマルチを被せて完了しました。「今からマルチを張ってしまうぞ!」の、わが輩の掛け声に、家内と居合わせた孫が手伝ってくれました。ただし、右の1畝は、もう一度耕す予定。・・・天気予報は午後から雨。家内と孫に感謝!


<ちょっと嬉しい話二つ>

(1)4月3日からNHK朝ドラ「ひよっこ」の始まりです。時代背景が、昭和39年(1964年)のオリンピックの時代です。話しの筋は何も知りませんが、東京に働きに出ていた男の人が、田舎(茨城県?)に帰ってきて、土を両手ですくい上げている様子が映っていました。
・・昭和39年は私は中学校の教師(3年生担任)をしていました。そのころ、高校進学希望が激増。中学生で就職する生徒はきわめて少なくなっていました。でも、一人の女生徒が、将来看護婦になる希望があり、神戸の病院へ就職しました。将来は看護婦の免状を習得する条件でした。女生徒と母親と私は、1時間も田舎のバスにゆられて、電車に乗り換え、大阪駅で、母親と別れました。別れの際、プラットフォームで、涙を流す母親の姿を、50数年たった今も、私は克明に覚えています。・・女生徒は、看護婦の資格も取り、結婚し、子供も授かり、現在は大変幸せに暮らしています。

  誰かさんは、過去は捨てろとおっしゃいますが、母親と生徒が流す涙を、どうして忘れ去ることが出来るでしょうか。ちょうど、オリンピックの時代、金の卵が東京上野にやってくる。・・どこかに故郷の香りを乗せて、入る列車のなつかしさ、上野はおいらの心の駅だ・・。

  朝ドラが始まったところですが、何となく希望を持たせる話の展開になることを祈っています。


(2)日曜日の夜の番組で、女城主・井伊の直虎を、漠然と観ています。いつも観ているわけではありません。4月2日の夜、番組の終わりごろに、銀盤を転がすような、乾いた澄んだバイオリンの音色が聞こえてきました。なにかしら、どこかで聞いた音色でした。
  その番組の終わりに、バイオリン伴奏・五嶋みどり・・と文字が流れました。ほんの、わずかな時間ですが、確かに五嶋みどりの伴奏でした。世界的に有名なバイオリン奏者です。
  そして、五嶋みどりさんは、バイオリンを慈善事業・奉仕活動にも、捧げておられるのです。
  毎日曜日の午後8時45分ごろには、五嶋みどりさんのバイオリンの音を、ごくわずかだけれども、楽しむことにしています。

 

<わが家の緋寒桜(ヒカンザクラ)が満開です>

  4月6日、わが家の裏土手の緋寒桜が満開です。毎年、3月終わりごろには満開になるのですが、今年は天候のせい(雪害など)で、遅れたようです。
  この緋寒桜は、30年前ごろ、隣の人から、いただいた苗木です。2,3回、台風などで折れましたが、今年も元気に花を咲かせました。緋寒桜やソメイヨシノについては、次のブログを参照してください。
{・・参照:2012,4,9「この世の移ろい」<暴風雨・春の嵐>・・2014,3,28「3月終わりの頁」<緋寒桜(ヒカンザクラ)満開>・・2016,4,7「老人と春」<わが家の桜も満開です>・・}

 

 

☆4月5日、午後5時40分、裏の土手に咲く緋寒桜です。淡いピンクの花が満開。右は、花のマクロ写真。鮮やかなピンクが、うまくピンと出来かねました。4月6日、午前8時40分に撮りました。

 

<ネコヤナギが今が盛りです>

  このネコヤナギの木は、10年前ごろ、倅の嫁の実家からいただいたものです。3年前、害虫で枯れかけ、剪定しました。やっと、また持ち直した感じです。(前のブログにも掲載)
{・・参照:2017,3,13「早春譜」<猫柳>・・}

 

☆4月3日、午後5時30分、夕陽を受けるネコヤナギです。右の拡大写真は4月6日、午前8時30分に撮りました。銀白色の毛が目立つ花穂に成長しました。

 

 

 

 

 

 

 

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龍潭寺 (naomi)
2017-04-08 10:19:55
こんにちは。
こちら座間は桜が満開になりましたが、昨日の強風と今日の雨でだいぶ散ってしまいそうです。
さて今年の大河ドラマ「女城主・井伊直虎」の舞台である井伊谷は私の父の実家があったところで、龍潭寺は両親のお墓があります。
子どもの頃、両親に連れられて井伊谷の家に遊びに行っていた頃は山間の田舎という感じでしたが、浜松市に合併されるころから宅地開発が進み、今はちょっとした住宅地になってしまいました。
龍潭寺に隣接する井伊谷宮には天皇家の血筋の皇子が祀られています。父方の祖母の先祖女性が、その皇子の乳母だったと伝え聞いています。
そんな訳で今回の大河ドラマは縁が深いのですが、この「直虎さん」のお話は一切聞いたことがなく、突然降った湧いたように知ることとなりました。
また今年の1月頃に「直虎は男だった」という説を発表した人もあり、直虎に素性が確かなものでないことを土台に作られたドラマなので、興味を失っています。
それより元々観光寺だった龍潭寺を訪れる観光客がさらに増え、あの辺りが混むのは少々迷惑でもあります。
それにしても、仰るとおり五嶋みどりさんのバイオリンは素晴らしいですね。
歴史 (jiro)
2017-04-08 20:17:31
naomi様
お寺はネットで調べます。
歴史のあるお話を聞きました。地図で調べて、井伊谷が解りました。
雨中の畑仕事、楽しそうですね。土もかなり肥えている様子。生ごみ堆肥も、よい土になりますよ。
とこどき、あなたのオペラを聞いています。
こちらの城の桜も、どうにか満開との話。近く、足を運んで写真を撮ってきます。今後とも、よろしく・・。

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