知命日記

歯科医、現在 休養中、「木偶庵」庵主、メインサイト http://www.jiro-taniguchi-fan.com/

谷口ジロー先生追悼文 by 中島かずき

2017-05-17 02:09:08 | ★「谷口ジロー」中心街
谷口ジローさんが亡くなった。

本当に急で驚いた。お身体を悪くされていたのだろうか。双葉社を辞めてからは、マンガ業界にもすっかりうとくなったので、耳に入っていなかっただけかもしれないが。
でも早すぎる。まだまだ作品を発表してほしかった。

谷口ジローさんには、「漫画アクション」編集者時代に何度かお会いしたことがある。
『坊っちゃんの時代』を連載していた時期だ。担当編集者である先輩が休暇を取ったか出張だかで、代理で僕が原稿をいただき入稿したこともある。
その前から谷口さんの作品は好きだった。大学の漫研時代に『青の戦士』に出会い、狩撫麻礼氏の語り口と谷口さんのタッチに圧倒された。

力強いタッチが魅力の、狩撫麻礼(作)谷口ジロー(画)『青の戦士』アクションコミックス版(双葉社)の書影。「このカバーイラストのすばらしさ! この顔に一目惚れしました」(中島)とのこと。
力強いタッチが魅力の、狩撫麻礼(作)谷口ジロー(画)『青の戦士』アクションコミックス版(双葉社)の書影。「このカバーイラストのすばらしさ! この顔に一目惚れしました」(中島)とのこと。

関川夏央氏とのコンビはそれまでにも『事件屋稼業』などの傑作があった。だが『坊っちゃんの時代』は、お2人とも新しい世界を描こうと挑む好企画だった。
関川氏の、漱石が実在の人物をモデルに『坊っちゃん』の構想をかためていくという趣向がまずおもしろい。名作の誕生が、明治に生きた人々の状況をあぶり出す。古典といわれている作品が、生きている人間たちの息吹をもって蘇る。意外な人物同士の出会いも描かれ、山田風太郎の明治もののような伝奇的味わいもある。その原作に応えるように、谷口さんもそれまでの荒々しい劇画的な線からもっと細い精緻なタッチに移行しようとしていた。


入稿しながらその描線の美しさに惚れ惚れとしていた。当時は写植だから自分が貼ったネームが曲がったりしないように緊張したものだ。
当時の「漫画アクション」の文字指定に細かいフォーマットはなかった。だからナレーションや独白などの字体をどうするかは、担当の判断にまかされていたのだ。自分の担当作品は自分の感覚で決めていた。
『坊っちゃんの時代』は特に凝っていて、囲みの中のテロップ、絵にかかるナレーションなど普段使わない字体が決められていた。担当から渡されたメモを片手に文字指定しながら「凝り過ぎだよ、○○さん」とグチりながら作業したが、おそらく谷口さんの絵を活かすための担当なりの配慮なのだろうと思ってもいた。

忘れがたいのは、ある日、編集部で受けた読者からの電話だ。
落ちついた声からするところ40代くらいの男性だろうか。彼は、「自分は明治時代の文学を調べていて、『坊っちゃんの時代』も非常に面白く読んでいるのだが、この作品の種本となっている太田西崖の『明治蹇蹇匪窮録』がどうしても見つからない。どこで読めるのだろうか」と問い合わせてきたのだ。
たしかに連載時から“太田西崖著『明治蹇蹇匪窮録』(東亜同文書院出版部 昭和六年刊)による”と注が入っていたし、作品中にも太田某は登場し、「自分が『坊っちゃん』のモデルだと主張した」というエピソードがある。

太田は物語の主要人物として登場。本作には、坊っちゃん=太田と思える描写が多く見られる。
太田は物語の主要人物として登場。本作には、坊っちゃん=太田と思える描写が多く見られる。

「ああ、すみません。その本、関川さんの創作なんです。作中に出てくる太田某も虚構の人物なんです」
僕が答えると、電話の向こうでその方は一瞬絶句し、そのあと「ああ、やられた。よくできてますね」と感心した風にいわれた。
「ですよね。僕もだまされた口なんです」
じつは、僕も連載中に同じ質問を担当にしたのだ。そこで担当から教えられたのが、先の事実だ。
今でも電話口の彼の感心した口ぶりは忘れられない。嘘をつくならこのくらいハイレベルで鮮やかなものにしたいと、これは作り手として目標にしている。

数日前、電車のなかで谷口さんの『神の犬』を熱心に読んでいる20代の男性を見かけた。
今回の原稿を書くために、谷口作品をいろいろ考えていたところだったので偶然に驚いてしまった。
でも、その偶然が嬉しかった。まだ読み継がれていくんだな。読み継がれていってほしいな。そう思う。


  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E3%81%8B%E3%81%9A%E3%81%8D
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