「谷口ジロー」のウラ街 2

谷口ジロー情報 Y.Kizawa

負けないお店選び、孤独の仕事ライフ

2017-08-28 03:30:46 | Weblog
各界の一線で活躍するキーパーソンが、「仕事と健康」について語るインタビュー連載「賢者の仕事、賢者の健康」。今回のゲストは漫画家・ミュージシャンの久住昌之さんです。『孤独のグルメ』他の原作者としても知られ、「おれカラ」では"男の仕事飯"を連載している久住さん。今回は特別編として「賢者の仕事・賢者の健康」にもご登場いただくことに。
(聞き手:河尻亨一)

やっぱりお店は「自分で」選ばないとね

- 久住さんもこのサイトで「久住昌之の突撃!男の仕事飯」という連載をやってらっしゃいますけど、今日はそのお話もうかがいつつ、仕事と健康についてご質問してみたいなと。いかがですか?

久住(昌之氏 ※以下、久住)いいですよ、なんでも。「仕事飯」では若者が好きそうな食べ物って言うんですかね?例えばスタミナ丼みたいに、僕が普段あまり食べないものを食べたり、自分では入らないなあっていう汁なし担々麺のお店に行ったりして、なかなか面白いですね。

今回の餃子のお店もよかったです(高輪台「壇太」)。予約の紙がいっぱい壁に貼ってあって。「○○様」「□□様」って、ぶおーって貼ってあるのが面白かったなあ。

- 「仕事飯」の場合、お店は編集部のセレクトと聞いていますが、久住さんご自身でお店を選ぶ時は、どうやって決めるんでしょう?

久住いやあ、勘です。「行ってない街に行ってみよう」って、ぱっと思いついたら行く。昔からそうですね。「そう言えば大田区のほうって行ってないなあ」とふと思うと、地図を見て普段は乗らない路線で行ってみる。そういうことが多くて。

やっぱり自分が初めての場所に行きたいんですよ。そしたらドキドキするし、お店に入ってからも「ホントにここで良かったのかな?」なんてすごく迷う。そうやって真剣勝負してる感じがいいんですね。

- お店選びは賭けの部分が大きいというか、たまたま入って当たりだったときの喜びは大きいですね。

久住でも、ハズレの店に入って「なんだここ、失敗じゃん?」って思ったとして、そこから勝ちに持っていくっていうのもまた醍醐味で。「つまんないなあ」と思うことの中から、何か面白いと思えるものを持って帰りたい。「あまりにつまらなくて面白い!」とかね(笑)。そういう気持ちかな?

だから「自分で選ぶ」ことが大切。クチコミサイトとかを見て行くと、「ネットに書いてある通りだった」とか逆に「なんだよ?読んでたのと全然違うじゃん!」で終わりなんだけど、それってただの答え合わせでね。面白くないじゃないですか?何もわからない状態で入ると、その店の答えっていうものがわからないんだけど、自分で選んだからには負けにはしない(笑)。


- それは店選びだけじゃなく、人生のいろんなシーンで重要なことかもしれません。ところで久住さんは、いつ頃から飲食店に取材して原作を書いたりする仕事を始めたんでしょう?久住さんの肩書きは漫画家でありミュージシャンですから、その経緯が気になってまして。昔からお店へのこだわりが?

久住いや、僕はお店というのは、本当にあまりこだわりがなくて、近所のおいしい店、食べやすい店でいいんですよね。昔からそうで。三鷹で生まれ育ったんですけど、三鷹や吉祥寺にはそういう店あるじゃないですか。新しい店を開拓しようとか、いわゆるグルメみたいなことにはあまり興味ないんです。

食べ物より、そこで食べてる人とかお店の人が面白いんですよ。若い時からそうだったんじゃないかな?大学生の時に立ち飲みが好きな先輩がいて、「そういうところで一人で飲んでるおやじとかがいいんだよ」って言うので行ってみたんですけど、飲みながらなぜかしきりと首をかしげてたり、ビールケースに足を乗っけて大相撲中継見てるような姿がなんともいい感じで。

で、そのあと「江ぐち」っていう三鷹に昔っからあるラーメン屋のことを書くことになるんですけどね。

- その「江ぐち」っていうラーメン屋はどんなお店なんでしょう?

久住いや、なんてことない小さいラーメン屋なんだけど、そこの店員3人が面白かったんですよね。で、その3人に勝手に「アクマ」と「タクヤ」と「オニガワラ」ってあだ名をつけて、漫画雑誌の『ガロ』に3回続けてエッセイ書いたんですよ。西武の有楽町マリオンができた頃で、80年代初頭ですから、かなり前の話なんですけど。

そしたら仕事で糸井重里さんに会うことがあって、「『ガロ』の連載読んでるよ。あれ、一冊にならない?今、新しい本を作りたいって言ってる人がいるんだけど、その人に電話してもいい?」って、その場で事務所から電話したんです。それで江ぐちのことで1冊書くっていう話になっちゃって、いきなりホテルニューオータニに1週間缶詰。

それが『近くへ行きたい』ってタイトルの本でね、イラストもオレが描いて、タイトルは糸井さんがつけたんだけど、すごい速度で作ったから、ものすごい誤字脱字の多い本だった(笑)。そのあと10年くらい経ってから、今度はそれが『小説中華そば江ぐち』っていう文庫本になったんですけど、その時はものすごく長いあとがきを書いて。

- 愛される店、愛される本、という情景が浮かびます。

久住でも、そのあとお店がなくなったんですよね。で、7年前に『孤独の中華そば江ぐち』という本にしたんです。お店がなくなることになって「どうなるのかなあ?」と思ってブログに書いたものなんかも入れて。結局25年かかった本なんですけど、最初のほうの文章なんて20代前半で書いてるから、ものすごい恥ずかしくて。

『孤独のグルメ』の井之頭五郎は実はアレを我慢している

- 完成まで25年というのがすごいですね。加筆を重ねて年輪が加わっていく本というか、思い出のアルバムみたいというか。

久住まあ、中学生の時から行ってる店を、そのまま書いただけなんですけど、面白いよね。そのお店の人間模様とか、食う時の心の動きが。

それで言うと『孤独のグルメ』っていうのも実は"グルメ"関係ないんですよ。グルメって人との比較の話で、他人よりもおいしいものがわかる人がグルメマンなんでしょうけど、あれは孤独の話なんだから他人は別に関係ない。自分がよければいいってことだから。

よく「下ネタ」に対する「上ネタ」って言ってるんですけど、"食べる"っていうのは結局うんこの原料を一生懸命摂取してるわけじゃないですか?(笑)それをグルメなんて言って、「ここの店がどうのこうの」とかエラソーにするのはなんかおかしいよね。

そう考えていくと、『孤独のグルメ』の井之頭五郎っていうのは、うんこ我慢しているときの状態に近いんですよ(笑)。街中で突然「食べたい」という欲望が来て、お腹が減ってどうしよう?と。それでどうしようもないから飯屋を探してるっていう。そういう"緊急事態"をどう打開するか?がテーマですから、食べ物そのもの、お店そのものはわりと、どうでもいいところがあるんですよね。

- 今おっしゃったような久住さん独特の"グルメ観"がベースにあることで、『孤独のグルメ』は共感を呼ぶものになっているのでは?と思うのですが、「孤独」のほうはどうなんでしょう?お好きなんですか、「孤独」が。

久住「一人でなんとかしないと!」っていう状況が面白いんですよね。例えば二人でいると、「このお店どうしよう?入りづらいよね」なんて相談したり、冗談言い合っちゃったりしてドキドキしないんです。基本、負けがないっていうか。それはつまらないんですよ。

最近『ニッポン線路つたい歩き』って本出したんですけど、これは、日本中のいろんな鉄道の線路を、丸一日つたい歩いて電車で帰ってくるっていう企画なんですね。富山の氷見線や佐賀県の三角線とか、本当にいろんなところに僕一人で行く。編集者もカメラマンもつけずにね。

独りは面白い。でも人と組むのもいい

- それで言うと、久住さんの仕事のスタイル自体が「孤独」なんでしょうか。「孤独のグルメ」ならぬ「孤独の久住」なのでは?と。

久住いやあ、そうでもないんですけどね。僕はまず泉晴紀さんという人と一緒に組んで漫画家としてデビューしたわけだし、自分の弟と組んだ「Q.B.B」というコンビで漫画の賞をいただいたり。『孤独のグルメ』も谷口ジローさんとの仕事だからむしろ人と組んでることのほうが多くて。

バンドもそうでしょう?バンドはいくつもやってるけど、いろんな人と一緒にやっているわけで、孤独ではないですね。エッセイとか切り絵とか、そっちは孤独な作業ですけど。

- では人と組んで仕事をすることについてご質問すると、その面白さとか難しさってなんですか。

久住一人だったら恥ずかしくてできないことができる(笑)。もう一人いるとその人は「久住に言われたから描く。仕方ないなあ」って言いながら描きますよね。それってすごく楽だし自由になれるんですよ。もちろん気を遣うというか、その人がやったら面白いものを考えないといけないんだけど。

『孤独のグルメ』のドラマでも、「ウシなのにウマい」なんてセリフは松重豊さんがあの顔で、真面目に言うからおかしいんですよね。「牛なのに、うまいわあ」とか、ほかの人が言うのとは違うわけですね。

『花のズボラ飯』も、水沢悦子さんというかわいい女の子をちゃんと描ける人が描くから、僕の考えてることとその人の絵柄のギャップが出て面白いわけです。そういう仕事は自分一人だと自己完結しちゃってつまらないのかも。ギャップという意味では松重さんなんかもう最高ですよね。

- 結局、仕事で大事なのは「自分でやる」部分と「他人と組む」部分の兼ね合いということなのかもしれませんが、独りでやっても負けない力があるから、組んでも面白くなるんだとお話聞いてて思いました。

久住とはいえ両方、孤独は孤独だとも思うんですよ。漫画でもバンドでも最後の最後は自分の責任で何か作らなきゃいけないわけだから。

各界の一線で活躍するキーパーソンが、「仕事と健康」について語るインタビュー連載「賢者の仕事、賢者の健康」。漫画家・ミュージシャンの久住昌之さんのお話後編です。『孤独のグルメ』『花のズボラ飯』等の原作者としても知られる久住さんの"健康法"とは?淡々とふつうに仕事を続ける「やめない力」についても聞いてみました。
(聞き手:河尻亨一)

デビュー作は男が夜行列車で弁当を食べる話

- 久住さんの"負けにしない"お店選び、そして独りで動きつつ人とも組むことで自由になっていく仕事のスタイルについてお話うかがってきました(前編)。ところで久住さんの肩書きは漫画家・ミュージシャンですが、エッセイ等の連載や装丁デザインの仕事も多くされてます。なんなんでしょう?この仕事の幅広さは。

久住(昌之氏 ※以下、久住)なんなんでしょうと言われても(笑)まあ、肩書きを「漫画家、ミュージシャン」にしているのは、漫画には文章の要素もあるし、デザインの要素も絵の要素もあるから、漫画家って言っておけば絵も字も書けると思われるだろうってことなんですけど(笑)。

- どんな風にキャリアがスタートしたんですか?

久住最初はね、まだ学生の頃、年上の友だちが勤めていた編集プロダクションからの依頼で、PR誌に4コマ漫画やイラストを描いたりしてましたね。あと、大学でバンドやっていたんで、いろんな小劇団の音楽をやったりだとか。

そもそもデザインの仕事も、僕が美学校に通っているというだけで「劇団のチラシを作らない?」って言われて始めたんですよね。で、印刷屋さんに行って「こうなってるんだ!」ってことがわかったり、桑沢デザインに通ってる友だちに写植や書体のことを聞いたりするうちに色々覚えて、ポスターを作ったりして。僕は学生と仕事が限りなくグラデになってたんですよ(笑)。大学に通いながら週に一度、美学校にも行ってましたし。

- 美学校と言えば"伝説のスクール"ですね。赤瀬川原平さん(前衛芸術家・作家)が主催されていた。

久住19歳の時、赤瀬川さんのところに1年間行っていて、そこで付き合うようになったのが南伸坊さん。80年だったかな?僕は大学3、4年ぐらいの時にデビュー作の『夜行』っていう漫画が『ガロ』に載ったんですよ。男が夜汽車で独り弁当を食べる話なんですけど。

当時、南さんは青林堂(漫画雑誌『ガロ』などを発行)の社員で、まだフリーのイラストレーターにはなってなかったんですけど、その後、南さんからいろんな仕事を紹介してもらって雑誌にイラストを描いたりしてたんですね。そしたら担当じゃない編集者の人から「文章も書かない?」って言われて書くほうの仕事もするようになったと。

- デビュー作にすでに『孤独のグルメ』の片鱗があるようにも感じます。『孤独のグルメ』は久住さんが文章を書いて谷口ジローさんが絵を描く進め方だったんでしょうか。

久住そうなんですよね。谷口さんには文章で渡してました。泉晴紀さんや弟と組む時は、僕がコンテを描いてコマ割りまでするんですけど、谷口さんの場合、構図やコマ割にも確立された作風がある方なので、そこまで指定すべきではないと思ったんです。

で、文章だけで原作を作って渡したら、最初「こんなのとても8ページに収まらないから、もっともっと短くしてほしい」って言われて、少し驚きました。もうしわけないようだけど、「うわあ、楽。すっげえ楽」って思いましたね(笑)。そのぶんそれに見合った濃い内容を作り、店を探すのは大変だったけど。

谷口さんはその8ページを1週間ぐらいかけてやってました。アシスタントを2人くらいつけて。それ完璧な赤字ですよ。原作者がいて人件費もかかるわけだから。

『孤独のグルメ』はアンチ・バブルの企画なんです

- テレビドラマ化されるなど、『孤独のグルメ』がこんなにヒットするとは、その頃は想像されてなかったんじゃないですか。

久住想像してなかったですね。最初の連載はもう20年以上前ですから(1994年から96年にかけて月刊「PANJA」に掲載された)。その頃、僕30代ですよ、まだ。

- そもそもどういう経緯で始まった企画なんでしょう?

久住80年代のバブルの頃、本格的な「グルメブーム」というのがあったんですよね。『恨ミシュラン』とか『東京いい店、やれる店』みたいな本が売れたりして。でも、編集者の中にはバブリーなその空気に反発を覚える人もいて、このタイミングで「アンチ・グルメ」みたいなものを世に出したいと。で、それなら久住に書かせたらいいんじゃないか? というのがそもそもの話です。

そこから考えて、何回も何回も打ち合わせをしていくうちに、だんだんこれで行こうという形が見えてきて、作画を谷口さんにお願いして、で、「タイトルをどうする?」って話になった時に会議で、「孤独なグルメみたいなことを匂わせるものがいいんじゃないですかね?」なんて話をしていたら、編集の人が「じゃ、『孤独のグルメ』でいいんじゃないかな?」って言って。

谷口ジローさんはふつうのお店をふつうに丹念に描いてくれた

- そう言えばさっき中華そば屋「江ぐち」の本も改訂を重ねて、24年かかったというお話もありましたが(前編)。

久住いやあ、かかったというか、たまたまね(笑)文庫になる時、その後の話を書いて、それが新装版になる時、つぶれるまでの話を書いて。『孤独のグルメ』は最初の単行本(1997年)3刷でしたもん。それが絶版になって、そのあと文庫本(扶桑社文庫)になったのが2000年かな?その頃からじわじわ売れ始めたんですよ。

どんと売れるのはテレビで紹介された時だけで、半年に1回くらい増刷かかるみたいな。そうこうするうちにまた何年か経って、このままじゃもったいないから新装版を出そうって話になり、ドラマ化はさらに10年後ですから。

今、文庫本が68刷ぐらいなんですけど、考えてみるとすごいですね。今はね、フランス行ってもイタリア行っても、本屋さんに置いてあったりして、「おおっ!本当にあるよー」って驚きますから。

- なんなんでしょうね?世界で通用するその魅力っていうのは。

久住まあ、まず美味しそうっていうのは世界共通ということでしょうかね。漫画っていうメディアはモノクロだから、本来食べ物は難しいんですけど、イタリアの人に「よく分からない料理だけど、美味しそうに食べてるから自分も食べてみたい」って言われて、ああ、そうかって思いましたね。

でも、僕の場合「美味しい」は二の次だから。そこも関係あるんじゃないですかね?グルメ漫画って世の中にいっぱいあるんですけど、僕にとってはほとんどが面白くないんですよ。だって「美味しい」のことしか描いてないから。

自分にとっては「美味しい」はオマケみたいなもので、その周辺のことを描きたいんです。食べるに至るまでの人の焦りや周辺の風景、お店のたたずまいなんかをね。谷口さんはそれをものすごく丹念に描ける人だった。着実に赤字を積み上げながら、単行本になるまで我慢して。月刊誌の連載だったので、1冊になるまで1年半くらいかかるんですけど、まあ、そこまでやる人、いないですよ。

- 谷口さんの作画だと『「坊っちゃん」の時代』もすごい漫画でした(原作・関川夏央氏)。夏目漱石ってホントはこんな人だったんじゃないの?と思わせるリアルさがあって。

久住それで手塚治虫文化賞を受賞されましたよね。そういうものも描かれてたので、『孤独のグルメ』については「こんなくだらないものを先生に描かせやがって!」みたいな声も周囲にあったみたい。本人も「無理やり描かされちゃったんだよー」なんて冗談ぽく言ってたけど。

この冬に谷口さんが亡くなって、僕、このあいだ偲ぶ会で話すことを色々考えてる時に気づいたんだけど、谷口さんはふつうのお店をふつうにちゃんと描いてくれたんですよね。谷口さんの絵って、漫画らしいデフォルメや大袈裟な表現がないんだけど、食べるシーンもふつうに淡々と描かれてる。そこが自分と合ってたところだと思います。

僕はグルメじゃなくて、ふつうにおいしいものが好きなんですよ。ラーメンでもふつうのラーメン、ふつうの味噌汁、ふつうの定食がいい。とんがった食材とか、ずば抜けて美味しい料理にはそんなに興味が持てなくて。

谷口さんがすごいグルマン※だったら、この漫画は失敗していたと思う(笑)だからふつうの料理を、ふつうにおいしそうに描いてくれた。


僕の場合「続けてる」んじゃなくて「やめてない」っていうだけ

- すごくいいお話だと思います。仕事でも「ふつう」の偉大さっていうのはありますよね?

久住難しいですよね、「ふつう」を作り上げるのは。すごく時間がかかるものだと思う。お店でもだいたい20年以上やっているところはいいんです。続けるうちにどこかふつうになっていく。近所の人に繰り返し食べてもらおうと思うと、飽きがくるようなものじゃダメなわけで。

でも、そのふつうって思うものは、全員違うでしょう?だから難しいんですよね。最初から「ふつうのものを作ろう」と思ってできないですよ。時間をかけて磨かれるうちにそうなっていく。

- それは普遍っていうことに近いのかもしれませんね。

久住そうかもしれないね。そう言えば、僕、赤瀬川さんの美学校に行ってた時、自分と似たようなこと考える人だなあって思ったのは、面白いことを淡々とやろうって言ってたところ。それでいて、赤瀬川さんは言うことがおかしくて。一緒にプロ野球とか見に行くと、ゴロが2塁手を抜けた時、「いまの審判が取ればいいのに」とかね(笑)。淡々とそういうこと言うんです。

- その時の絵が浮かぶようで面白い。では、ふつうを目指して淡々と続けるために必要なものってなんですか?

久住いや、僕の場合、続けてるんじゃなくて「やめてない」っていうだけなんですよね。

- それはまた赤瀬川さんの"老人力"的な(笑)。続ける力というより「やめない力」ですか?

久住うん、音楽も20歳の時に初めてライブハウスに出て、それからずっとやってるんですけど、半年ぐらい全然音楽やらないときもあったんです。でも、バンド解散なんて言ったことは1回もない。また集まればできますから。なので、やめたんじゃなくてたまたまやってないだけ、と(笑)。切り絵でも「最近切ってないな、でもやるか!久し振りに」みたいなのはあるんですよね。

- 確かに「続ける力」って言うと肩に力入ってやめたい気持ちになりそうですけど、「やめない力」と言われると。

久住そうなんですよ。で、ちょっと違う話かもしれないけど、旅の極意はリラックスだと思うんです。リラックスしてれば、アクシデントがあってもそれを楽しめる。雨が降ったら「いいじゃないか、雨」くらいに思えればいいんですよね。「うわあ、雨かあ!」ってなっちゃうと力入っちゃうので。

- さっきのお店選びの話に近いですね(前編)。何があろうと負けてない状態にどう持っていくか?という。

久住そう。肩の力が抜けてリラックスしていれば、どっちにも行ける。テニスのサーブを受ける側の人って、じっと待ってるんじゃなくて、小刻みに動いてるでしょう?あれはどっから球が飛んできても動けるように、自分をリラックスさせようとしている状態だと思うんですけど、あれに近いかな?

健康の秘訣はリラックスとマイペース。そして食う、寝る、歩く

- では、久住さんの健康法はやっぱりリラックスですか?自然体で無理しないというか。

久住そうですね。例えば寝たい時に寝る(笑)。僕、サラリーマンの方々にゴメンナサイって思うのは、仕事場でいつでも寝られることなんです。仕事してて、眠いなと思ったら、その眠さがぐぐっと上がるまで集中して、机の後ろのソファでパタンと寝る。で、20分くらい寝るとパッと目覚めて、スッキリしてるんです。

あと歩く。歩くのは好きだから。自宅が仕事場から歩いて30分くらいのところにあって、最後に井の頭公園を通って行くのがご褒美って感じなんだけど、歩いてるあいだは何も考えてない。

そう言えば、もうなくなっちゃったんですけど、仕事場の近くに森が大きく見えるすごくいい喫茶店があってね。家から歩いて行って、最後にそこに座ると、だいたい面白いこと思いつくんですよ。「あ、この手があったか」みたいに。

漫画の原作なんて思いつくのが仕事で、思いつくまでが大変なんですけど、他人から見たら手も口も動いてないでぼーっとしてるように見えるんでしょう。何もしてないような状態が仕事っていう(笑)。

- 歩いていって座ると自然と仕事になる。仕事と健康がふつうにドッキングしてますね(笑)。

久住そうね。でも「歩いたりしないとダメだ」というのは感じます。やっぱり年だしね。年齢は完全にきてるから、朝まで仕事はできないし朝まで飲むこともできなくなった。だいたい二日酔いになれなくなったから。疲れちゃって二日酔いになるほど飲んでられない。でも、自然に飲めなくなってるのはいいですよね。なにも頑張って飲む必要ないんで(笑)。

年とると食欲も減るから、自然と1食1食を大事にするようになるんです。そしたら自然とバランス取りますよ。野菜が食べたくなったりして。ただ、男の人は年とると考えるのが面倒くさくなって、同じものばっか食べてるみたいな状態に陥りやすいよね。うちの父親がそうだったんだけど、母親が入院して外食するようになると、毎日同じ食堂でとんかつ定食しか食べないのね。そういうのは注意したほうがいいのかも。

でも、うちの父親ってほんとマイペースな人でね、それは健康にとって大事なんじゃないかな。会社をリタイヤするとやることなくて、すぐボケちゃうんじゃないか?なんて思ってたんだけど、ものすごくうれしそうなの。これで思う存分寝坊ができるって(笑)。で、家族や親戚が集まってる時でも「楽しいなあ、みんながいるといいなあ」なんて言いながら、眠くなると何も言わずに寝ちゃうんだよね。ものすごい気ままというか。タバコも吸いたいように吸ってるし。

僕もそのマイペースさは引き継いでるところがあって、自分の健康法としてはやっぱり「寝る」ですかね。寝ればなんとか直る。それが一番かな?

- このインタビュー連載をやっていて思うのは、お話いただく皆さん、結構気ままなんですね、いい意味で。「食べたい時に食べたいものを食べる」「眠たくなったら寝る」「言いたいことは言う」――それを自然と実践されている方が多くて。

久住そういうことなのかもしれませんよね。そう言えば僕、30代始めから寝る時はカセットで落語を聴きながら眠るんですよ。志ん生(しんしょう)の落語を聴いていると眠くなって朝になると終わってるから、いつも一番最後まで聴けないっていう(笑)。

でも、それで十分面白いのね。落語は最後のオチなんて別になんでもいいじゃない?みたいなところがあってそこがいい。特に志ん生(しんしょう)は「この先は長くなるので、今日はこのくらいで」なんて高座がいくつもある。音楽もそうなんだけど、オチじゃなくて過程が面白いんですよ。結果なんてどうでもいい(笑)。漫画も最後に無理矢理オチをつけたりするんだけど、本当はなくてもいいんですよ。

それで言うと『孤独のグルメ』も、とりたてて何か事件が起こるわけでもなく、主人公の日常とか私生活はどうなの?みたいなことも出てこない。道で腹減ってお店入って何か食べたらそれでおしまいですからね(笑)。だけど、テレビとかのいわゆる「あるある」と、まるっきり違うのは、その日常をどこまでも深く描写して、そこにどこにも無かった小さな台詞を与えてることだと思う。そこに日常からの永遠の浮遊感が生まれている。そこが、この漫画の長いこと何度も読んでもらえてる理由じゃないかな

https://www.daiichisankyo-hc.co.jp/orekara/kenja/kusumimasayuki1/?cid=yh_cdc_okr_08

 

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