「氣」を出して、元氣に長生き!

   MTB介護予防研究会

不動産屋に見放された別荘地

2011-04-18 14:30:55 | Weblog
ご無沙汰しています。昨年暮から20年ぶりに不動産業を始めました。

主にバブル期に買った不動産(特に別荘地)を売りたくても売ることも出来ず、不動産屋からも見放され、途方にくれている高齢者の方々からの相談を受けることが多くなったからです。

私から不動産屋に話をしてみても「売れない物件を扱ってもしょうがない」と簡単に断られてしまう始末でした。

それならと、自分でもう一度不動産業を始めて、それらの問題を何とか解決してみようと試みているところです。

ご存知の通り不動産には固定資産税が毎年かかります。その土地を使用していなくてもかかってきます。この資産税は役所が決めた評価額によってい決まるわけですが、これが高い。

殆どの場合、バブル期の土地値で計算しているので、値下がりで当時の十分の一になっていても資産税は下げていないのが現実です。

温泉権利付きの別荘地はもっと大変です。資産税のほかに月に数万円を管理者に払わされています。

これら諸々の維持費が、収入の減少している高齢者には大変な負担になります。そこで売ってしまいたのですが、これが売れない。それを何とか売ろうと不動産業を再開したのです。
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正月の食事会に参加できない兄弟

2011-01-06 16:44:15 | Weblog
正月、多くお宅で家族が一堂に集い、楽しい食事にひと時を過ごされたことでしょう。
あるお宅での話ですが、兄弟姉妹やその家族が一堂に集う中で、一人だけ参加できない兄弟がいました。
病気のために食事制限をされているため、楽しい食事の席につけないのです。
みんなが参加を呼びかけましたが、食べるものもないし、みんなに迷惑をかけるからと一人で正月を迎えていました。
なんとも寂しい話ですが、仕方がありません。
いろんな意味で、健康の大切さを痛感させられる出来事でした。
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来年が皆様にとっていい年でありますように

2010-12-24 20:59:01 | Weblog
今年もあと1週間を残すのみとなりました。地球規模で、国家規模で、家庭規模で、そして個人規模でいろんなことがありました。
皆さんにとっては今年1年はいかがでしたでしょうか。
介護の仕事をされている皆さんには、年末年始も休めない方が大勢いらっしゃること思いますが、いい年を迎えられることを心からお祈りしております。
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歳(とし)と年(ねん)

2010-12-15 11:16:03 | Weblog
何歳まで生きるかではなく、何年生きるか。その意味が少しわかる気がしてきています。年齢で考えると、つい、今の年齢と残りの年月を考えてしまいですが、年(ねん)で考えると自然体で抵抗なく生きていけるような気がします。まだうまく表現できませんが。
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米寿を迎えた姉

2010-10-13 18:03:42 | Weblog
私達兄弟姉妹の一番上の姉が88歳になった。先日、子供達や孫達と米寿のお祝いをしたとの便りが届いた。私達は男5人、女3人、合計8人の兄弟姉妹である。

戦時中、「生めよ増やせよ」の国策の結果の多人数である。上の2人が女性であったこともあって、誰一人として戦争に行くことなく、全員生き残り、今日に至っている。お陰さまで全員元気である。

姉や兄達が元気に長生きしていることは、後からついていく妹や弟にとって、とても励みになる。ちなみに私は下から3番目である。兄弟姉妹で、よく「元気に長生き」の話をする。和気あいあいの中で楽しい一時が過ぎていく。

いずれ誰かが欠けていくのは間違いないのだが、楽しい話の中でそんなことは誰も考えない。それはそれでいいと思う。誰かが欠けるまではみんな元気なのだし、欠けたら欠けたで、すべての兄弟姉妹がいなくなるまで楽しく過ごせればそんな幸せなことはない。

父や母の兄弟からは多くの戦死者がでた。幸いにも戦争に参加せずに生き残れている私達兄弟姉妹。平和な時代に生きていることを感謝せずにはいられない。
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元気に百年生きる

2010-10-08 17:13:34 | Weblog
「百歳まで元気に生きる」という表現と、「元気に百年生きる」という表現。「元気に百年生きる」というとき、「60歳のままの健康体で」、あるいは「70歳のままの健康体で」百年、という響きがあるように感じるのは私だけだろうか。

「百歳まで元気に生きる」、「元気な状態で百年生きる」。百歳という時の歳は「年令と共に老ける」イメージが付きまとうように思えるし、一方、「百年生きる」と言えば、「年とともに老ける」のではなく、歳に関係なく「元気に何年も生きる」というイメージが浮かぶように思うのだが。

「百歳まで元気に生きる」、「元気に百年生きる」。暫らく考えてみようと思う。
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死ぬまでの毎日は選べる

2010-10-02 16:16:07 | Weblog
9月28日の東京新聞に「いのちの落語」10年、という記事が載っていた。ガンと闘いながら落語に挑戦している樋口強さんの話である。

その記事の中に「人はいずれ死ぬ。死に方は選べないが死ぬまでの毎日は選べる」という部分に強い印象を受けた。正にその通りだと思う。死ぬ時期も死に方も自分で選ぶことは出来ない。神のみのなせる業である。

いつ死ぬにしても、どんな死に方をするにしても死ぬまでは間違いなく生きているのである。その「生きている間の生き方」は生きている間の人間に選ぶ権利が残されいる。その期間をどう生きるか。そこが夫々に残された人生そのものであるように思う。

死を漠然と待つのではなく、また、死に方を心配すのでもなく、残された人生を感謝しながら精一杯生きたいものである。樋口強さんの生き方に私も強く共感する。
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人生百歳時代

2010-09-23 14:40:22 | Weblog
高齢の方と話しをするとき、100才まで元気に生きましょう!、という話を良くする。80才あるいは90才前後になると元気がなくなり、一気に老け込んでしまう方が多い。

今や100才は当たり前の時代になりつつある。医学の驚異的な進歩のお陰が大きいのは言うまでもないが、「氣」を出して生きる方法を、皆さんが会得し始めたのも影響しているように思うことが時々ある。

人生100才と思うと、70才あるいは80才の方でも、まだまだいろんなことに挑戦できる機会がかなり膨らむ。夢も膨らむ。

人生100才の話をすると、皆さん結構喜んで下さるし、「そうか、あと○○年あるな〜」と残された年月に夢を託そうとする方もいる。その「氣」になれば多くの方々がまだまだ元気に長生きできる。皆さん、100才を目指して元気に生き抜きましょう!
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母の墓

2010-09-21 11:50:50 | Weblog
母の墓
母は土葬だった
数十年前、母の墓は移転した
骨は土に融けてなくなっていた、と聞いていた
お彼岸に姉妹と一緒に母の墓参りをした
墓前で姉から思いがけない話を聴いた
母の骨は少しだが「ある」と
いっぺんに涙があふれ出た
骨を取り出して抱きしめたい思いに駆られた
涙が止まらなくなった
母は私が八歳のとき四十二歳でなくなった
母の年をはるかに越えてしまっている子供
母への思いは募るばかりである

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琉球処分

2010-09-18 19:24:46 | Weblog
小説・琉球処分(講談社文庫・大城立裕著)を読んだ。

清国とヤマト(沖縄を除く日本)のどちらにも属することなく、平和な琉球王国として安定していた沖縄が、ヤマト(日本)の明治維新を堺に混乱していく有様と、琉球王国国民として諦めることのないヤマトへの抵抗が手に取るように分かる小説である。

この小説を読んでいる最中、米軍基地問題を抱える沖縄の現状とがあまりにも似ているのを覚えたのは私だけだろうか。米軍基地問題の解決が沖縄の県民にとって、どんなに困難な問題であるとしても、抵抗せざるを得ない心情に、沖縄県民の悲劇と言えるものを感じる。

薩摩の侵略、明治維新による琉球処分、そして太平洋戦争での計り知れないほどの犠牲。それでも日本の一部として逞しく生き抜こうとしている沖縄県民。この現実をどれほどの日本人が理解しているだろうか。

最近、沖縄の普天間基地問題がクローズアップされたとき、ある県知事は「沖縄には感謝しているが、当県にに持ってくることには反対である」と堂々と言っていたのを覚えている。
戦争を知らない年代の知事かもしれないが、あまりのも理解のない発言と言わざるを得ない。

私は沖縄と沖縄県民が好きである。人間の本質を失うことなく、逞しく生きぬく姿にはいつも感動している。願わくはこの小説、琉球処分を機に少しでも沖縄と沖縄県民への理解が深まることを期待したい。
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