人材育成社のブログ

 人粒を実らす人材育成の日々
(一粒=ひとつぶ)

ブログで1番多く使われている言語

2016年06月29日 | コンサルティング

「ブログを頻繁に更新されているようですが、その目的は何ですか?」

これは、弊社のホームページ作成を委託している会社の担当者から受けた質問です。

このブログの目的は、もちろんお客様への情報提供なのですが、毎週2回の更新については正直に言うとあまり深く考えたことはなかったので、冒頭の質問を受けて改めてブログの目的や頻度を考えるきっかけとなりました。

また、たまたま最近、百田尚樹さんの「夢を売る男」(太田出版)を読む機会がありましたので、「ブログそのもの」についても調べてみました。

「夢を売る男」は自費出版を行う出版社と、出版を夢見る人たちを追った物語なのですが、「世界中のインターネットのブログで1番多く使われている言語は日本語だ」ということが書かれていました。実際、自分でも調べてみたところ、米国テクノラティ社の2007年4月の発表によると、日本語による発信量が英語を抜いて世界一と報告されていて、シェアは37%だったそうです。現在ではどれくらいのシェアになっているのでしょうね?

世界の人口は約70億人で、そのうち日本人は約1億人です。この数字と上記のシェアを考えあわせれば、いかに日本人でブログを書いている人が多いかがわかります(日本語のブログですから、書いている人はほぼ日本人と言っていいと思います)が、その理由は何なのでしょうか。

総務省 情報通信政策研究所の「ブログの実態に関する調査研究」(2009年3月)によると、ブログは特別な知識を必要とせずに情報発信が可能であることや、無料のブログサービスが数多く提供されるようになったことが急速に普及した要因としています。

2006年3月時点のブログ登録者数は868万人で、2007年中も月間平均4,000万件以上の記事が書き込みされ続けており、極めて活発な情報発信が続いていたそうです。また、2008年での国内ブログ数は1690万件、アクティブブログ(1か月に1回以上更新)は約300万で、全体の20%だそうです。ブログ登録者だけで考えると、日本人の14人に1人が登録していることになります。では、ブログ開設の理由は何でしょうか?主な動機は、「自己表現」(31%)、「コミュニティの形成」(26%)、「アーカイブ型利用」(25%)、「収益目的」(10%)、「社会貢献」(8%)の順に多く、開設する目的も多様化しているとのことです。

百田さんの「夢を売る男」では、「日本人は世界中で1番自己表現したい民族」という表現をしています。たしかに、身近な例でいえば電車の中の光景を考えてみても、老若男女問わず実に多くの人がスマホや携帯を操作しています。ゲームをしている人も多いようですが、きっとツイッタ―やフェイスブックなどのSNSで情報発信したり、メールをやり取りしている人も相当いるでしょうから、自己表現したい人が多いというのは納得できる気がします。

今回のデータと照らし合わせてみると、弊社もスタート後7か月間は毎日、その後は週に2回ブログを更新していますから、「自己表現したい人たち」?であるということでしょうか?

ブログをスタートさせてから3年2か月になりますが、継続してわが人材育成社のブログを読んでくださっている皆様、いつも読んでくださってありがとうございます。この場をお借りして改めてお礼を申し上げます。

弊社では引き続き「アクティブブログ」を続けていきますので、今後もどうぞよろしくお願いいたします。

(人材育成社)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

会計士監査に必要な視点

2016年06月26日 | コンサルティング

今回は多少長い文章になっています。タイトルに興味の無い方にとっては退屈な内容になっていると思われますので、ご了承ください。

2015年に明らかになった東芝の会計不祥事については、経営陣の交代と監査法人(新日本監査法人)に対する行政処分によって徐々に幕が下ろされそうな雰囲気になってきました。こうした会計に関する不祥事は、記憶に新しいところでもライブドア、オリンパスなどの事例があります。アメリカのエンロン、ワールドコム事件に至っては資本主義という国の根幹を支えるシステムを揺るがす一大事でした。

会計不祥事が起こるたびに、その原因の解明と抜本的な対策が叫ばれます。東芝事件(事件とあえて書きます)に対しても、多くの専門家が問題点を指摘し、様々な改革案を発表しています。専門的な内容にあまり立ち入らずに論点を整理するならば、概ね次のようになります。

1.企業経営者の問題

確かに東芝ほどの大企業のトップなら、不適切な会計処理がどのような結果を招くかわかりそうなものです。優れた頭脳の持ち主だからこそトップの座に就けたはずなのですが・・・。東芝の不正な会計処理の発生原因は、調査に当たった第三者委員会が「経営トップによる関与によるもの」と指摘しています。そして、「経営トップがチャレンジと称して、毎月の定例会議の場で、利益などの目標の達成を強く迫っていた実態が明らかになった。」と報告しています。

これについては、ある大企業の経理部門で40年近く勤め上げてきた私の知人がかつて口にした言葉が思い出されます。「会社で出世するのは保守本流でバリバリ実績を上げてきた猛烈社員だよ。そういう奴に限って間接部門を見下す奴が多い。経理なんて帳簿を付けるだけだから、まずいことがあっても適当に処理しとけ、なんていう感じだね。」

オリンパス事件で逮捕され、懲役3年執行猶予5年の判決(金融商品取引法違反)を受けた前川剛前会長などはその典型と言えそうです。2007年(不正発覚前)の前川氏のインタビュー記事「今、若者たちへ※1」」の中で、仕事のコツは「スピード最優先、ものおじしないこと」と述べています。そして、ご自身の経験から「至誠、天に通ず」を実感したとのこと。至誠ではなく、不正が天に通じてしまったのは皮肉としか言いようがありません。

2.監査法人の問題

公認会計士は、弁護士に並ぶ非常に難しい試験に合格した企業会計の専門家です。会計士の仕事は、企業の財務情報が適正に表示されているかどうかについて、独立した立場から監査を行なうことです。会計士監査は、上場会社など社会的に影響力の大きい会社に義務付けられています。そうした会社は通常、会計士1人では手に負えないので、監査法人という会計士のチームで監査します。

ところで、監査法人の報酬は被監査会社から支払われます。「おや?不正を暴く側が暴かれる側から報酬を貰うのはおかしいのでは?」と思われたかもしれません。しかし、監査法人の仕事は不正を暴くことではなく、その会社の決算書が正しいことを証明することなので、決しておかしくはありません。健康診断を受けた人が病院に検査料を払うようなものです。

とはいえ、やはり高額の監査報酬は監査法人にとって大事な収入源ですから、長年付き合いのある会社(顧客)には、できればダメ出しをしたくはないでしょう。また、企業規模が大きくなればなるほど監査は難しくなります。特に、東芝事件に見るような大規模なシステム開発に関わる業務をしっかりとチェックすることは、情報システムの専門家ですら至難の業です※2。その結果、東芝事件で監査を担当した新日本有限責任監査法人には金融庁から21億円の課徴金と3カ月の新規契約の締結禁止などの処分が下りました。

さて、他にも法律による罰則の甘さや、内部告発が機能しない制度上の欠陥など様々な問題点が挙げられますが、そこは専門家に任せるとして、門外漢である私が処方箋を書くとするならば、次のようになります。

「会計監査に文化人類学のアプローチを取り入れる」

文化人類学とは、人の集まりである国や民族などの生活様式、言語、習慣、思考、規則や掟などについて比較研究する学問です。一般的には研究対象である集団に実際に滞在し、その文化に参加して観察する「参与観察」という手法を使います。具体的には人々の生活を観察し、統計的なデータを取る、インタビューやアンケートを行うなど、生活を共有しつつ様々な情報を集めます。このときにポイントとなるのが「いかにして本音を引き出すか」ということです。よそ者がやって来て、いきなり色々と質問されても普通は建前しか話さないでしょう。その点、参与観察の手法は外部の人には閉ざされているような特異な集団の調査では威力を発揮します。多少脱線しますが、当社のコンサルティング業務においてもその手法(ディープインタビュー)は本音を引き出す上で非常に役に立ちました。

さらに重要な点は、文化人類学が考える文化の概念がきわめて多様であるということです。すなわち「互いに異なる集団に属する人間は、互いに異なる習慣や考え方を持っている」という大前提です。したがって、調査に当たっては先入観やあいまいな情報はすべて排除してかかることになります。

会計士監査の最大の問題は、監査対象である企業を「文化を持つ集団」として見ていないことです。

公認会計士法第1条に、公認会計士の使命は「会社等が作成する貸借対照表、損益計算書等の財務書類はもちろんのこと、広く財務に関する情報の信頼性を公認会計士が監査を通じて付与する」とあるように、財務に関する情報については十分に調査をしますが、それ以外のことについては触れていません。「会計士」という専門家としては当然のことでしょう。

しかし、東芝事件を見てもはっきりとわかるように、会計不正の根幹にあるのは企業文化です。企業を一つの民族や宗教集団とみなすのは行き過ぎでしょうけれど、文化人類学のアプローチを身に付けていれば、東芝という集団を見る目も確実に違っていたはずです。

会計士が文化人類学を学ぶことで財務とは異なる視点を持つことができれば、監査自体が非常にやりやすくなることは間違いありません。監査対象である財務数値を作りだすのは、独自の文化を持つ企業という集団に属する人間なのですから。

(人材育成社)

※ 以下を参考にしました。

1)http://www.adnet.jp/nikkei/morning/young/kimini/03.html

2)http://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1509/09/news019.html

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

言うことをためらう上司と、声をかけることを遠慮する部下

2016年06月22日 | コンサルティング

 「監督者として、どこまで部下に言ってよいものか」

さらに、「部下のほうからも声をかけやすくするためには、監督者としてどうすればよいのか」

これは監督者研修の事前打ち合わせのときに、研修の担当者から監督者が抱えている悩みとして伺った内容です。

部下にどこまで言ってよいのかわからず、言うこと自体をためらってしまう理由は、「部下にパワーハラスメント(以下パワハラ)と受け取られたらどうしよう」と監督者が心配してしまうからとのことでした。

実際、この組織にはパワハラを扱う専門部署が設置されているとのことで、部下にここに駆け込まれることを心配している監督者がいるようです。

この話しを伺っていて、改めて大変な時代になったものだと思いました。

確かに、明らかにパワハラに該当する行為をして部下の士気を低下させたり、パフォーマンスを悪化させたり、メンタルヘルスの不調に追い込んでしまう上司がいるのも事実ですが、そういう人は一部の人であって、大半の上司はそういう行為は行っていないはずです。

実際、厚労省のデータを見ると、都道府県労働局の労働相談コーナーに寄せられる「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数は年々増加しているそうですが、パワハラに関する相談を1件以上受けたことがある企業は回答企業全体の45.2%で、実際にパワハラに該当する事案のあった企業は回答企業全体の32.0%とのことです。

この数字一見すると、多いと感じられる方が多いと思いますが、2010年から2012年の3年間で1件以上の相談があった件数ですので、驚くほど多いとは言えないと思います。

しかし、パワハラに関わる問題は以前よりも顕在化してきているわけですが、それでもパワハラを受けている人の数で言えば、上記のように受けていない人よりも圧倒的に少ないのです。それにもかかわらず、パワハラを気にして部下に声をかけることをためらう上司いることこそが問題だと感じます。(もちろん、数が多くないからと言ってパワハラが許されるわけでないのは当然です。)

この話を聞いていて思ったのは、今でもパワハラの定義をきちんと認識していない人が多いということです。

パワハラの定義については、厚労省では「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」としています。

必要な指導を適切に部下に行うのであれば、それはパワハラではないことは言うまでもありませんし、逆に必要な指導を部下に行わないのは上司として部下の育成を放棄していることになりますから、それこそ問題です。

このように、上司、部下それぞれがパワハラの定義を今一度確認する必要があります。

一方で、部下の方も上司が忙しそうにしていると、質問をしたくても声をかけるのを遠慮してしまうことが多いのだそうです。上司がひと段落したら質問できるように、先に一声をかけておけばよいのではないかと思いますが、こちらも必要に以上に遠慮してしまって、それができないのだそうです。

上司が忙しそうに見えるからと言って、質問すべきことや報告・連絡すべきことをしないことも仕事のルールから言えば問題です。

これらのことから、上司も部下も本来自分がするべきことを行わない理由を、パワハラや忙しそうだからといった別の問題にすり替えているのではないかと感じます。

パワハラを起こさない職場環境に必要なことは当たり前のことではありますが、職場内のコミュニケーションが有効であることをきちんと理解し、遠慮する前に上司は部下に言うべきことは言うこと、部下も上司に質問すべきことはすること、まずはそこから始めるしかないのだと思います。

私自身は引き続き、研修やコンサルティングをご依頼くださっている企業等にはしっかりそのことを伝えていきます。

(人材育成社)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「教育に投資する組織は残業時間は少ないのか」

2016年06月19日 | コンサルティング

日本の長時間労働はこれまでも度々問題視されています。厚生労働省の「毎月勤労統計調査」によると、パートタイムで働いている人以外の労働者は2014年、1年で2,020時間働いており、主要国では最長の水準だったようです。

皆さんのまわりにも連日遅くまで残業したり、休日に出勤したりと長時間労働をしている人がいるのではないかと思います。

では、この残業時間、実際にどれ位の時間なのでしょうか。単純計算ですが、仮に1日8時間労働で1週間に40時間働くとすると月に160時間、1年では1,920時間働くことになります。2,020時間から1,920時間を引くと100時間ですので、これが年間の残業時間ということになります。

そうすると、1か月あたりの残業時間は約8.3時間ということになりますが、この8.3時間という残業時間は長時間なのでしょうか?それとも短時間なのでしょうか?

この時間だけで見ると、世間で言われているほど長時間ではないのではとも感じられます。もちろん、これは単純平均の数字ですので、もっと長い時間働いている人もたくさんいらっしゃるわけですが、全体を均すとイメージとはちょっと違うようにも感じます。

ところで、弊社がタイムマネジメントに関わる研修やセミナーを実施する場合、冒頭に受講者それぞれが仕事をしている時間を計算していただく項目を必ず設けています。これは、受講者それぞれに勤務時間内と残業時間に分けて計算していただくことによって、自身の残業時間を客観的にみてもらうために行っています。

その結果、先週実施したタイムマネジメント研修では残業時間が月に5時間以内の人が6割、20時間以内が3割、残りの1割が40時間、1人だけ80時間という結果でした。

この結果からは、大部分の人の残業時間は世間で言われているほど多くはないとともに、1人の残業時間が全体の平均を押し上げていることがわかります。この時は、残業時間が80時間以上という人が1人いたわけですが、これはメンタルヘルスへの影響という点で心配される状況です。今後この状態が長期に及ぶようであれば、他の人との仕事のバランスなども考える必要がありそうです。

また、別の機会に行った公開セミナーでは、受講者は別々の企業から出席されていたのですが、やはり残業時間が20時間を超えるという人は全体の2割ほどでした。

では、多くの人の残業時間がイメージされるほど多くないという理由はどこにあるのでしょうか。業種や職種によって様々なことが考えられると思いますが、私は最近改めて企業のトップが仕事を効率的に進めることに力を入れていることが、大きな理由だと考えています。

たとえば、人材の育成に時間をかける企業では、社員が効率的な仕事の進め方をするようになる結果、長時間労働が減ることになるのでしょう。

タイムマネジメントという研修を設けたり、セミナーに派遣する企業はタイムマネジメントに問題意識を持っている結果、社員の育成にそれなりの時間というコストを投入しているのでしょう。そのような企業だからこそ社員は長時間労働にはならず、さらなる生産性の高い仕事の仕方を身に付けようとするのだと思います。

社員教育に熱心な企業と、そうでない企業の残業時間には何かしらの因果関係があるのではないかと考えています。

(人材育成社)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

アンケートの使い道

2016年06月15日 | コンサルティング

先日、あるレストランで食事をしたときに、店員さんから「よろしければ、お願いします」と言ってアンケート用紙を渡されました。私は、アンケートの作り方と統計分析について研修を行なうこともあるので、「勉強のために」とお店の方に頼んで1枚頂戴してきました。

ひと目見て、大変よくできた調査票(アンケート用紙)だと思いました。

質問項目の1~3が来店時の状況について、4~7が料理について、8~9が施設について、10~13が店員のサービスについて、それぞれが個別のグループを形成しています。このうち「料理」と「店員」についての質問グループが大事な部分です。なぜなら、来店状況や施設についてはコントロールしにくい部分だからです(もちろん、施設の雰囲気が悪かったり、化粧室が汚れていたりしたらアンケート以前に大問題です)。

お店としてコントロール可能な「料理」と「店員」の評価が、14~15の「満足度」にどの程度影響を与えているかを調べ、改善すべき点を見つけるのです。

これは想像ですが、店長に対する「けん制」にも使っているかもしれません。このレストランはチェーン店ですから、アンケート結果を店舗ごとに集計、比較して点数の低い店舗にプレッシャーをかけることもできそうです。

このようにアンケートにはいろいろな使い方があります。

最も有名な(悪名高い?)使い方をしている例は、週刊少年ジャンプの「読者アンケート」でしょう。

「ジャンプ」の中には、愛読者アンケートハガキが付いています。これを読者が切り取って、切手を貼って送ります。抽選で「豪華賞品」が当たるので、それがインセンティブになっているわけです。そして、このハガキには、その号で面白かったマンガ上位3つを書く欄があります。

編集部はその結果をマンガごとに集計し、上位からランキングを付けます。毎回、上位に位置するマンガは大体決まっているようです。そうした人気マンガは連載が続きます。一方、下位ランクのマンガは連載打ち切りの対象になると言われています。

このように「ジャンプ」はアンケート至上主義を徹底することで、雑誌内でいわば自然界の淘汰のような機能をはたらかせ、他誌を凌駕する面白さと売上を実現してきたと噂されています(同誌の編集部はその噂を否定しています)。

さて、研修講師も受講者のアンケートで仕事の存続が決まることがあります。ただし、研修の受講者は「読者」ではありませんので、アンケートの点数が高いからといって必ずしも良い研修を行っているとは限りません。

面白おかしい研修をやれば、アンケートの点数は良くなります。しかし、研修は娯楽ではありません。

そこで大切になってくるのが「自由記入欄」です。そこに書かれた受講者の生の声の中には、少数ですが納得できる良い指摘が見つかることもあります。それは本当にありがたいことです。

ですから、点数で評価するだけのアンケートは不十分であると言わざるを得ません。

レストランのアンケートにも自由記入欄は必要です。それがあれば、お客様の生の声が拾えるからです。

たとえば上記のアンケートに自由記入欄があれば、私なら間違いなく「量が少ない」と書きます。

(人材育成社)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

IoTからROEへ

2016年06月12日 | コンサルティング

最近話題のIoT(Internet of Things)は「モノのインターネット」と言われています。機械に限らず様々なモノ同士がインターネットにつながることで、今まで生活の中には存在しなかった利便性が生まれます。

例えばビルや道路、橋梁などインフラを構成する構築物にセンサーと通信機能を付ければ、経年劣化や地震による崩壊を事前に防ぐことができます。また、すでに家電の一部ではスマホで家のエアコンを制御したり、冷蔵庫の中に何が入っているのかを確かめたりできるようになっています。

このように、身の周りのあらゆるモノがインターネットにつながることで新しい市場が次々と生まれ、経済も活性化していくだろうと言われています。

このようにIoTは商売のネタになりつつあります。そこで多くの企業がIoTに投資し、市場はますます拡大して行きます。

先日、大手銀行のある方とお話をする機会があり、IoTが話題になりました。

その方は「これからIoTに投資するとしたらどの会社が良いですか?」という質問を私にしました。

「研究分野では大手家電メーカーが最先端ですが、センサーやアクチュエーターを使った制御技術に強い産業機器メーカーや電子部品メーカーが良いのでは?」と私。

「なるほど、A社やO社、K社あたりですね。サービス産業に比べるとまだROEが低めですね。今のうちに出資できそうなところを探してみますか。」

ROE(Return on Equity)とは自己資本利益率のことで、株主が出資した資本(自己資本)に対する利益の割合のことです。計算式は、当期純利益÷自己資本(純資産から新株予約権、少数株主持分を指しい引いたもの)で、投資対象としては10%以上あれば日本では優良株です。

多くの投資家たちは企業を「Cash-Generating Machines」すなわち現金生成機械と見ています。ROEはその機械(企業)の儲け具合を判断する最も重要な指標です。

「投資の神様」として知られるウォーレン・バフェット氏も、ROE15%を目安にしていると言われています。

IoTが注目されるにしたがって、新たな利益を目指してお金が市場に流れ込んできています。これからは、小さな企業やベンチャービジネスにも投資マネーがたくさん入ってくるでしょう。

IoTもエンジニアの手から投資家の手に渡りつつあります。

では、IoTはどのくらい人々の生活を豊かにするのでしょうか?

医療や福祉、社会インフラに大きな進歩をもたらす可能性は大きいと思います。

しかし「生活の質」がどう変わるのか、私にはいまひとつ読み切れません。

先日エアコンを買い替えたのですが、たしかに賢くはなっているようでした。

※画像は2000年に日本の会社がサンフランシスコの展示会で使用したものの一部です。

(人材育成社)

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「思います」を連発するのはなぜか

2016年06月08日 | コンサルティング

連日、舛添東京都知事の政治資金流用問題にかかる記者会見や都議会でのやりとりでの報道が続いています。これらの報道を見ていて私が疑問に思うのは、数々の問題点はもちろんなのですが、答弁で知事が連発する「思います」という表現です。

 

「心から深くおわび申し上げたいと思います。」、「ご説明申し上げたいと思います。」、「都民の皆様にお応えしていきたいと思います。」、「湯河原の別荘は売却しようと思います」と、「思います」のオンパレード。

 

これほどまでに「思います」を連発されると、なぜ「深くおわび申し上げます。」「ご説明申し上げます。」とはっきり言わないのだろうと、思わず違った角度から突っ込みを入れたくなります。

 

「思います」表現については、以前このブログでも取り上げています(「言い切れば実現する可能性が高くなるのではないか」http://blog.goo.ne.jp/jinzaiikuseisha/d/20141001)が、ここ最近は、前にも増して「思います」表現を使う人が増えたように感じています。

 

以前ある案件に関して、その道のプロとしての見解を聞きたくて質問をした際にも、「○○だと思います」と言われたことがあるのですが、「思います」では、主体的な意思がまったく感じられず、答えがどこか他人事のように感じたことがありました。

また別の場面では、セーターの購入を迷っているときに「このセーターは家で洗濯しても大丈夫ですか?」と店員に質問したのですが、「たぶん大丈夫だと思います」と言われ「本当に大丈夫なのだろうか?」と心配になってしまい、購入をやめたことがありました。

しかし後日、別の店で同じセーターを見つけ同様の質問をしたところ、今度は「大丈夫です」とはっきりと返答が得られたので、安心して購入したことがありました。「思います」という表現と明確な表現の違いを大きく感じた瞬間でした。

 

「〇〇と思う」は、意思や事実を意図的にあいまいにし、「自分はそう思うけれど、事実は必ずしもそうとは限らない」と物事の断定を避けている表現です。

 

それではなぜ、事実をあいまいにしたり、断定を避ける言葉を使うことが多いのでしょうか?

いろいろな理由が考えられますが、一つには、はっきり断定してしまったが違った結果となってしまった場合に、あとでその責任を追及されたり、責任を取らされる事態を避けたいという意識からなのではないでしょうか。

 

もちろん、状況によっては自分の主観的な意見を言ってはいけないような場面もありますので、意識して「〇〇と思います」を使うこともあります。それでも前記の例のようにはっきりと言い切ることを求められている状況も多いでしょうから、今が「思います」を使うべき時か否かを見極めて発言することが大切なのでしょう。

 

今回、都知事が「思います」を連発するのを聞いていて、「思います」の裏側にある心理はどういう状態なのか、という点に関心が行ってしまっていいます。皆さんはどのように感じましたか?

 

(人材育成社)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

市場調査はちゃんとしたのか?

2016年06月05日 | コンサルティング

マーケットリサーチの手法として最も一般的なものはアンケート調査でしょう。レストランなどで料理の味や店の雰囲気、従業員のサービスぶりを記入してもらうアンケート用紙も目にすることがあります。

では、そうした「顧客の声」であるアンケート調査は本当に役に立つのでしょうか。

実は意外なほど「役に立たない」と断言する人は多いのです。

その理由は「お客は自分の欲しいモノをきちんと答えることができないからだ」ということに尽きます。

だから、「お客の言うことをいちいち真に受けて商品を変えていったら、最後は誰からも支持されないものになってしまう」というわけです。

こうしたプロダクトアウトの発想は、製造業をはじめサービス業にも散見されます。

このブログでも一度紹介しましたが、スティーブ・ジョブズが1984年にマッキントッシュ(Mac)を発売したときに、新聞記者から「市場調査をしたのか?」と聞かれて、「じゃあ、グラハム・ベルは電話を発明する前に市場調査をしたのかい?」と答えたという有名な話があります。

一方、プロダクトアウトについては「良いものと悪いものがある」という主張もよく聞きます。「悪い」のは顧客のニーズを無視することであって、「良い」プロダクトアウトはニーズを踏まえた上で先取りをすることだ、というわけです。

確かにもっともらしい言説ですが、私は賛成しません。

良いも悪いもなく、結果として売れたかどうかです。マーケットインについても同じことです。どちらが売れるのか」わかるならば苦労はしません。

ただし、向き不向きはあると思います。

画像は松下電器(パナソニック)が1980年に発売した「ラジカメ」です。松下電器は、現在もマーケットインの指向が強い会社だと思います。

わたしはなぜ松下のような会社がこのような「プロダクトアウト的な商品を世に出したのかいまだにわかりません。

「ラジカメ」が本当にプロダクトアウトだったのかどうかはわかりませんが、同じ年にソニーは「ウォークマン」を発売しています。こちらは明らかにプロダクトアウトの商品です。

向き不向きと簡単に言い切ってしまうのは良くないかもしれませんが、企業の文化のようなものがこうした新商品の開発のなんらかの影響を与えているような気がします。

ですから、「向き不向きはある」と信じています。

(人材育成社)

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

間接的欲求をしていないか

2016年06月01日 | コンサルティング

受講者 「グループの皆で話し合いをしていますが、まだ意見がまとまっていません」

私    「そうですか。意見がまとまっていないのですね」

受講者 「・・・・」

私    「意見がまとまっていないことは理解しました。それで・・・・?」

 これは先日のある研修の中での、受講者の1人と私との会話の一部です。

この研修ではグループでディスカッションをして、意見をまとめてもらうことを何度か行ったのですが、その際、時間内に意見がまとまらないと判断したグループの受講者が上記のように私に声をかけてきたのです。

 しかし、「意見がまとまっていません」と状況を伝えた後の言葉が続かず、しばし沈黙の時間が流れたため、私が「意見がまとまっていないことは理解しました。それで・・・・?」との発言をしたわけです。すると、ようやく受講者から「意見がまとまっていないので、話し合いの時間を延長して欲しい」と具体的な要望が出てきました。

 最近、このようなやりとりが研修の場面のみならず、日常の生活の中でも行われることが増えているように感じます。こうした自分の欲求を具体的に表明せず、聞き手が自分の意図を察してくれるのを期待して、遠まわしに頼むような間接的な欲求表現です。

 上記の例では、「意見がまとまっていないので、話し合いの時間を延長して欲しい」と初めから求めるのではなく、「それでは話し合いの時間を延長しましょう」と私が言うことを期待しているのです。つまり、文脈に頼って間接的に相手に要求しているわけです。

 これは一体、どうしてなのでしょうか。「直接的には要求しにくい」というように遠慮をしているのでしょうか。それともただ単に甘えているのでしょうか? あるいは断られることを怖れているのでしょうか? 

 直接的に要求をしない理由は状況により、また個々人によってもいろいろあると思いますが、本人がそれを意識している、いないに関わらず、物事をはっきりと言わずに相手が空気や文脈、行間を読んでくれることを期待するコミュニケーションの文化が日本にあるからなのかもしれません。

 私自身、研修で上記のような場面に遭遇することは珍しくはないため、つい間接欲求を受け入れてしまうこともありますが、先日の研修はテーマがコミュニケーションであったため、間接的欲求は受け入れず、直接的な欲求の表現をするように促したのです。

 間接的な欲求は、発言する本人と受け入れる側の双方がそれを意識している場合はよいです。しかし、欲求側がそれに気づかずに発言をしている場合、言われた方は「だからどうしたいんだ」と嫌な気持ちになってしまうことがありますから、気を付けなければいけません。

 つい先日も、身近でこのようなやりとりがありました。

発言者 「暑いんだけど。暑い!暑い!暑い!」

聞き手 「はい、暑いんですね。それで・・・?」

発言者 「エアコンを入れたいんですけれど」

聞き手 「どうぞ」

 このようなやり取り、結構されていませんか?

 自分は間接的な欲求をしていないか?皆さんも時々振り返ってみてはいかがでしょうか。

 (人材育成社)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加