人材育成社のブログ

 人粒を実らす人材育成の日々
(一粒=ひとつぶ)

腹式呼吸を極めるには

2016年04月27日 | コンサルティング

 「あまり騒がしくない静かなお店だと嬉しいです」

食事や飲み会のお店を決めるときに「お店の希望はありますか?」と聞かれたら、私は必ずこのように返事をしています。賑やかなお店だと、どうしても大きな声を出さざるを得なくなり、それだけで結構なエネルギーを消耗してしまうように感じるからです。

先日も事務所近くの中華料理店で遅い夕食をとりましたが、その店がとても賑やかで一次会と思われるグループも二次会と思しきグループも、声量豊かにノリノリで「乾杯!」を繰り返していました。

我達の会話はそのボリュームによって打ち消されてしまったため、早々と会話は諦めただ黙々と食事をして、慌てて店を出ました。

「相変わらず元気なビジネスマンが多いんだな」、「それはそれで結構なことだけれど・・・」と思いながら、その日は家路に就きました。

ところで、今年も4月に大勢の新入社員の方々に研修でお会いしましたが、全体的な印象として若い人の声が小さいなと感じました。

新入社員研修では、定型の「よろしくお願いいたします」などの挨拶の練習をしていただいたのですが、男女を問わずなかなか声が出ない人が多かったのです。

もちろん、決して真剣に取り組んでいないというわけではなく、一所懸命に声を出そうとしているようなのですが、思うように声が出ないようでしたし、こちらの問いかけに答えるときも目の前にいる私でも聞き取れない位の小さい声なのです。

たまらず「声のボリュームを2段階上げてみましょう」、「お腹から声を出してみましょう」と何度か声をかけましたが、それでも思うように声が出ない人もいました。

もちろん入社間もない新入社員ですから、緊張して思うように声が出せないということもあったでしょうし、そもそも大きな声を出すことが気恥ずかしいという人もいたとは思います。

しかし、そうは言っても、相手に伝わらないような声の大きさでは、これから仕事をしていく上でコミュニケーションの大きな障害になってしまいます。

では、どうして相手に聞こえるような声を出すことは難しいのでしょうか。

その理由を考えてみると、一つには周囲を気にして声が出せないというよりも、腹式呼吸ではなく胸式呼吸をしているからではないかと思います。胸式呼吸だと呼吸量が少ないため吐く息にスピードがつけられず、声にボリュームがなくなってしまうのではないでしょうか。

反対に、腹式呼吸をすれば胸部を動かさずにお腹から声をだしますから、強い空気圧で息を長く出せるために、大きな声や通る声が出しやすくなるのだと思います。

でも、これまで胸式呼吸しかしてこなかった人にいきなり腹式呼吸をしてくださいと言っても、簡単なことではないようです。研修では「あ、え、い、う、え、お、あ、お」などの発声練習を取り入れることもありますが、こうした発声練習だけでは問題解決にはならないと感じています。

ここで、あらためて腹式呼吸のメリットについて調べてみると、腹式呼吸をすると副交感神経がスムーズ動くようになるのでリラックスでき、また、ホルモンの分泌が活発になり免疫力もアップするために、病気になりにくい体を作ることができるようです。

また、一説では近年胸式呼吸をする人の増加とメンタルヘルスへの影響の因果関係を示唆す説もあるようです。

一方、胸式呼吸では常に浅い呼吸を続けることになってしまうために、副交感神経の仕組みが狂ってしまい、緊張したときに動き出す交感神経ばかりが働くようになり、結果として体のあちらこちらに支障が出ることもあるとのことです。つまり、浅い呼吸を続けていると、脳や自律神経にも影響を及ぼし、ストレスにつながることもあるということで、たかが呼吸と簡単に片づけることはできない大切な問題だと思います。

このように腹式呼吸自体は声のボリュームに影響するだけでなく、人間が健康に生きていくためにも役立つものですから、短期間の研修の中では解決は難しいにしても、ぜひ身につけて欲しいと思うのです。

時々、いつも「ハーハー」と周囲にも聞こえる位の大きさで短い呼吸をしている人を見かけることがありますが、そういう人は胸式呼吸なのかもしれません。そんなときは自分の呼吸はどうなっているか気にしてみるといいでしょう。

もっとも、そんな私も失敗したり慌てているときには、過呼吸のように「ハーハー」してしまうこともあります。

あらためて、声の大きさ、そして呼吸を通じてゆっくりじっくりとした生活の重要性がわかるような気がします。

(人材育成社)

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魚とサメの関係・単純ではないが複雑でもない

2016年04月24日 | コンサルティング

アドリア海といえば、観光地として知られるベネチア(ベニス)を擁する美しい海です。今から100年ほど前、第一次大戦が終わり、戦争に駆り出されていた漁師達が久しぶりにアドリア海の港町に戻ってきました。戦争に行っている間、漁に出ることができなかったから、きっと魚が増えているだろう。大漁間違いなし!」と、はやる気持ちを抑えて船を漁場に走らせました。ところが、いくら漁をしても魚はあまり捕れませんでした。それどころか、戦争前より魚の数は減っていました。

どうやら、漁師がいなくなるとすぐに魚は増えたのですが、魚を餌にしているサメもそれにつれて増えたことがわかりました。その結果こんどはサメが増えすぎて、餌になる魚が激減したというわけです。

アメリカの統計学者ロトカとイタリアの数学者ヴォルテラは、この現象を食物連鎖のモデルとして定式化しました。

ロトカ・ヴォルテラの方程式(Lotka-Volterra equations)として知られるこのモデルは次のようにシンプルな構造をしています。

frac{dx}{dt} = a x - b xy 

frac{dy}{dt} = c xy - d y

理系の人はもちろん、文系でも経済学を学んだ人なら、xとyをそれぞれ時間で微分した連立式だということがわかると思います。

xは被食者(魚)の個体数、 y は捕食者(サメ)の個体数、t は時間で 、a、 b、 c、 d は正の実数のパラメータです。魚が増える→サメが増える→魚が減る→サメが減る→魚が増える→・・・という循環(振動)を表しています。

ロトカ・ヴォルテラの方程式は、捕食・被食の2生物間の個体数の変動を表す「生存競争モデル」ですが、非線形方程式の事例として非常によく紹介されています。

非線形とは線形、つまり「単純」ではないということです。y=ax+bのような形は線形ですが、世の中のあらゆる現象は、ロトカ・ヴォルテラの方程式のように基本的に非線形です。

ビジネスの世界では「物事を複雑にしようとすることは、間違いである」という認識が一般的です。「なにごともシンプルに、わかりやすくしなければならない」ということです。

それは基本的には正しいのですが、「単純=善、複雑=悪」という、まさに単純極まりない「線形思想」がまかり通っているようです。

世の中の動きを理解するためには、非線形の視点が必要です。ビジネスの現場でも日々起きていることはほとんどが非線形事象だからです。

もちろん、わざと複雑化して考えるのはナンセンスですが、複雑であることと非線形であることは別です。

もしも「わかりにくいから単純化しなさい!」という人がいたら要注意です。何でもかんでも「単純化」してしまうのは非常に危険なことだからです。

非線形で物事を考えるのは確かに難しいかもしれませんが、「本当に線形でいいのかな?」と、ちょっと疑ってみるだけでも大いに価値があります。

(人材育成社)

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予測のできない事態に対応するには

2016年04月20日 | コンサルティング

ホテルのフロント:「来年の4月15日は既に満室になっております」

私:「えっ!もう満室なんですか?予約の開始日はいつだったのですか?」

ホテルのフロント「1年前の同日からです」

毎年、桜の花が散った頃に京都に出かけています。今年も先週出かけましたが、今回泊ったホテルの宿泊予約が昨年の秋の時点でなかなか取れなかったために、今年の反省を生かして早めに来年のホテルを予約しようと考えて、インターネットで検索を始めたところ、既に満室表示になっていました。

これは何かの間違いではと考えて直接ホテルに電話をかけたところ、冒頭のやりとりになったのです。

これまでにも、ビジネスマンが急な出張時にビジネスホテルの予約が取れずに困っているという話は聞いていましたが、1年先の予約で、しかもビジネスホテルではなくシティホテルにおいても同様の事態が生じていることに驚きました。

そこで、京都の他のホテルの予約をとるつもりでいろいろ調べ始めると、ビジネスホテルのシングルルームでも15,000円を超えている事態が起きていることがわかりました。

一体、これはどういうことが起きているのでしょうか?

官公庁の統計によると、今年の1月の客室稼働率は52.4%で、現在の集計方法となった平成23年以降1月としては過去最高の稼働率。内訳はシティホテル(70.0%)、ビジネスホテル(65.5%) 、リゾートホテル(51.5%) で、それぞれ1月としては過去最高だったそうです。

通常、1月は年間で最も稼働率が低くなる月なのだそうですが、大阪府ではシティホテル、リゾートホテルの客室稼働率が80%を超えたそうです。

このように数値を押し上げている理由は、もはや言うまでもないかと思いますが訪日外国人旅行者数の増加で、1月は前年同月比が+46.3%という数値になっています。

では、こうした事態を踏まえて確実に予約を取るには一体どうすればよいのでしょうか。

これまではシーズンのオン、オフを問わず、先手を打って早く予約をすることが有効な解決策だと考えていましたが、冒頭のホテルの予約のような問題は、これまで同様に先手を打つだけでは思うようには解決できないようです。

少なくともこのホテルの予約の問題に関しては、4年後に迫った東京オリンピックまでには抜本的な解決は難しいように思われますし、その後も有名な観光地などでは状況が大きく変わることはないのかもしれません。

これはあくまで一つの例ですが、その他にも例えば今回の熊本の地震も、14日の最初の地震の段階では、1週間後の現在ここまで事態が拡がっているとはほとんどの人が予想していなかっただろうと思います。

私たちを取り巻く環境の中では、このような予想もできなかったような様々な問題が起こってきましたし、今後も同様に起こるのでしょう。

はたして、これまででは予想もできなかったような事態にどのように対処していくのか、単にこれまでと同じ対応をするのでなく、状況をきちんと把握して受け止めたうえで、的確に対応していく力がこれまで以上に求められていくのだと思っています。

個人として、組織として具体的に何をどう準備すれば良いのか、答えは簡単に見つけられそうにありません。

(人材育成社)

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PDCAが納得できません

2016年04月17日 | コンサルティング

PDCAサイクルは仕事を円滑に進める手法として知られています。1950年に「デミング賞」で知られるエドワーズ・デミング博士によって日本の産業界に紹介されました。

PDCAとはPlan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)の順に仕事を繰り返すことで、仕事の質が螺旋(らせん)を描くように継続的に向上して行くというものです。
PDCAという考え方は非常にわかりやすいため、多くの会社で基本的な仕事の「作法」のように教えられています。

ところが、Act(改善)とその後に続くPlan(計画)の繋がりがよく理解できないという人がおり、次のような言葉を聞くことがあります。

「多くの仕事は1回限りではなく、絶え間なく繰り返されています。PDCAに従えば、改善した後に計画することになりますが、改善と(新しい)計画は別のものなのですか?別物だとしたらサイクルは途切れますし、同じものなら2つある必要はないのでは?むしろP→D→C→P→D→C・・・というサイクルが正しいように思います。」

実は、PDCAを単なる「念仏」ではなく、きちんと理解しようとする真面目な人ほどこうした疑問を持ちます。実際、PDS(Plan→Do→See)という、See(評価:結果を振り返り、計画の修正や改善につなげるフェーズ)を組み込んだサイクルもあります。

では、なぜAct(改善)があるのでしょう。
PDCAサイクルでは、C(評価、検証、分析)を行なった後に、A(その結果に基づいた改善策の実施)という流れになります。そして次に、新たなP(計画)を設定します。

その際、Cの結果を使ってすぐに新たなPを作ればそれで良いように見えます。

ここで、わざわざAct(改善)を入れる理由をわかりやすく言えば「確かに改善策を作って実行したという事実(あるいは成果)を明確にするため」です。

たとえば・・・
月に100台生産する計画(P)を実行(D)したが、目標が達成できなかったので原因を調べたら設備の能力不足だった(C)。そこで新しい設備を導入した(A)。それにより生産能力がアップしたので、新しい計画(P)は月に120台の生産とした。
・・・となります。

これを・・・
月に100台生産する計画(P)を実行(D)したが、目標が達成できなかったので原因を調べて新しい設備を導入した(C)。それにより生産能力がアップしたので、新しい計画(P)は月に120台の生産とした。
・・・としても間違いはありませんが(A)が独立しておらず、デミング博士の言う「改善のプロセス」がはっきりしません。

日常業務では、PDCAを段階的に区切って進めることはほとんどないと思います。

だからこそ(A)をはっきりと意識する必要があるのです。

(人材育成社)

 

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踊る!山中教授

2016年04月13日 | コンサルティング

「できない踊りを一緒に踊ったり、ワインをついだり、芸者になろうと思いました」

これは先日のNHK「SWITCHインタビュー 達人達(たち)」で、俳優の渡辺謙さんからのインタビューの中で京都大学iPS細胞研究所教授でノーベル賞受賞者の山中伸弥教授がおっしゃっていた言葉です。

山中教授は「科学ジャーナルのエディターはほとんど女性。彼女らにファーストネームで呼んでもらおうと、そういう関係が作れないと対等にいけないから」ともおっしゃっています。

ファーストネームで呼んでもらうためには、オープンマインドが役に立つとのことで、彼女らをいかに笑わすか。今日はどのネタにしようとネタを事前に仕込んでいるともおっしゃっていました。

世界に名だたる山中教授が日々IPSの研究に力を注がれているだけでなく、アメリカ人のエディターとの関係構築のために並々ならぬ努力をされているとのことで、びっくりするやら親しみを感じるような、頭が下がるような思いがしました。

さて、多くの会社などでは先週から新入社員研修が続いていますが、今年も弊社が担当させていただいている研修の中で、新入社員から「飲みに誘われたときに、断ることは可能か」という質問が出ました。

質問の背景には、「お酒はあまり好きではないし、さらに年長者との飲み会は気を使わなければならいので可能であれば出席したくない」との思いがあるようです。

言うまでもありませんが「ノミュ二ケーション」によって人間関係が築けることありますし、人脈を広げることもできます。さらに、上司や先輩の仕事のときとは異なった一面を見られることもあります。

このように、飲み会の良さは数え上げればきりがありませんが、「ここだけの話なんだけれど・・・・」というFace to Faceならではの情報を得られることも、とても大きなメリットだと思います。

先の番組で、山中教授はこのようにもおっしゃっています。

「情報のやり取りはインターネットで出来るけれど日本にいたらだめ。向こう(アメリカ)に行って、ワインを飲みながら教えてもらった情報がとても有効。毎月向こうに行くのは情報の入り方が違うから」

デジタル先進国と言われるアメリカであっても、大切な情報はメールではなく、顔を突き合わせてアナログでやりとりされているということです。最近の日本では情報の発信や共有の手段というと、すぐにSNSやグループウェアなどのデジタルツールが最適のように言われていますが、実のところはアメリカであっても本当に大切な情報はアナログでやりとりされているということです。

「オフレコでお願いします」という話は、間違いなく耳元で囁かれるものであって、オフレコの話がSNSやグループウェアを通して発信されるということはないとあらためて思います。

IPS細胞にかかる論文に関しても、他のグループがサイエンスに投稿するとの情報が入り、慌ててセルに投稿したとのことで、タッチの差でこちらが早くできたと思ったところ、サイエンスの方も特例で掲載を早めてしまい、結局は同じタイミングでの掲載になったとのことでした。

いずれにしても、山中教授がもしその情報を得られていなかったら、ノーベル賞をとっていたのはアメリカの研究者になったのかもしれません。

情報はやはり、現場に足を運んで得るものだということです。

(人材育成社)

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「大丈夫ではない、『大丈夫』の使い方」  

2016年04月10日 | コンサルティング

「部下が『大丈夫です』と繰り返していたので上司は安心していたところ、実は全然『大丈夫』ではなくて、品質問題になってしまったんです」

これは、先週新入社員研修を担当させていただいたある製造業の人事担当者の方々から伺った話です。

製造部門の上司が部下に指示した仕事の進捗状況を何度か尋ねたとき、その都度「大丈夫です」と返答したため、予定通りに進行していると安心していたところ、実際には完成品には不具合があり、あとで大きな問題になってしまったとのことでした。

上司としては、これまで指示してきたものより難しい仕事であったため、折々のタイミングで「予定通りに進んでいるか、またフォローの必要があるか」を尋ねているつもりでした。ところが、部下としては上司から何度も「大丈夫か」と確認されることが少々うっとうしく感じていたのか、「確認はもう結構です」というお断りの意味合いで「大丈夫」を使っていたようです。

上司から指示された仕事が上手く進んでいないのであれば、その時点でSOSを出すべきだったはずです。本人としては上手く進んでいると思ったのか、もしくは度々進捗状況を尋ねる上司を少々うっとうしく思ったのかどうかはわかりませんが、「大丈夫です」を繰り返しました。上司としては上手くいっているものと判断してしまった結果、品質に問題が生じてしまい、全く「大丈夫」ではない事態に発展しまったとのことでした。

最近、若い人を中心にこの「大丈夫」の言葉の意味が、本来の意味とは異なる使われ方をしていると感じますが、改めて「大丈夫」の意味を広辞苑で調べてみると、(1)立派な男子、(2)しっかりしているさま、(3)間違いなく、たしかに とあります。

しかし、現在では先述のように「結構です」や、他者からの誘いなどを遠回しに拒否する語として「そんな気遣いは必要ない」という意味にも使われているようですが、これは本来の意味からは不適切な使い方です。

冒頭の話を伺って初めて、最近の若い人が使う「大丈夫」には本来の意味とは異なる使い方があることをあらためて理解しました。これまで研修の途中で「質問はありますか?」と問いかけて「大丈夫です」と返答があると、研修内容を十分に理解してもらえたと思い次の項目に進めていたのですが、実のところこの「大丈夫」は「もう確認しないでください」という意味だったのかもしれません。

明日からの新入社員研修でも、「大丈夫」の返事には「本当に大丈夫ですか?」と再度確認をしたほうがいいのではと考えています。

そんなことを考えながら、数時間前に近所のスーパーでレジ待ちの列に並んでいたところ、目の前で若い店員と若い買い物客との間で「大丈夫」をめぐってやりとりがなされているのをリアルタイムに目撃しました。

店員:「箸は大丈夫ですか?」、

買い物客:「大丈夫です」

思わず「もしもし、その『大丈夫』の使い方、間違っていますよ」と割って入りたくなりました。

(人材育成社)

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統計は嘘をつかない、嘘をつくのは人である

2016年04月06日 | コンサルティング

「世の中には3つの嘘がある。嘘、大嘘、そして統計である」。

これは「トム・ソーヤーの冒険」で知られるアメリカの文学者マーク・トウェインが、19世紀のイギリスの首相・ディズレーリの言葉(Lies, damned lies, and statistics)として紹介したものです。

「正しさを装っている」ことが、ディズレーリの統計に対する嫌悪感の根っこにあるのだと思います。しかも、数字を使っていかにも客観的であるかのように見せている点が許せないのでしょう。

特定の意見や考え方を「正しい」と思わせるためにしばしば統計が使われることを皮肉った言葉ですが、それにしても「大嘘」の次に位置しているとは、統計とはなんとひどい奴なのでしょう。

私も学生時代に「統計でウソをつく法」(ダレル・ハフ 著、講談社ブルーバックス)の中にあった次の話を読んだとき「統計には気をつけよう」としみじみ思ったものです。

「米西戦争の間、海軍の死亡率は千人につき9人だった。一方、同期間のニューヨーク市の死亡率は千人につき16人だった。海軍はこの数字を使って海軍に入ったほうが安全だと宣伝した。」・・・確かに死亡率は海軍の方が低いようです。しかし、海軍は壮健な若者だけで構成されていますが、ニューヨーク市民には老人や乳幼児も多数含まれています。

他にも「統計数字を疑う」(門倉貴史 著、光文社新書)、「ウソを見破る統計学」(神永正博 著、講談社ブルーバックス)など多くの本があります。

こうした「悪名」の数々を聞くにつけ、新聞やテレビのニュースなどで示される統計数値を疑うようになってしまいそうです。しかし、それは危険なことです。

たとえば料理に使う包丁も、それを使って人を脅したり傷つけたりすれば凶器になります。統計手法そのものは、数学的な考え方に裏打ちされた単なる手順にすぎません。使う側の意図が正しくなければ「嘘」になりうるというだけの話です。

ですから、統計そのものよりも、それを使っている人や組織の考え方、立場、行動に注意を払わなければなりません。

同時に、データそのものを提供している側の人たちの属性についてもよく見ておく必要があります。最近、インターネットでYahoo!の意識調査(アンケート)をよく見るのですが、1万人以上の人が回答している調査も多く、世の中全体の風潮をなんとなく表しているようにも見えます。

しかし、その回答者の性別はいずれも男性が8割、女性が2割程度になっています。国民の半数は女性ですから、この調査の結果はほぼ「男性の意見」ということになります。

ちなみに、女性の回答が37.1%というかなり高い数値を示したYahoo!意識調査は「[16年冬ドラマ]一番満足したのは?」というものでした。また、「サッカー日本代表、シリア戦での戦いぶりは何点?」では女性の回答率は12.6%でした。

ここから「男性と女性とでは好むテレビ番組が異なっている」かどうかは、χ(カイ)2乗検定をしてみないと何とも言えないと思います。

ご興味のある方は調べみてください。

(人材育成社)

 

 
 
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わかりやすいアンケートは要注意?

2016年04月03日 | コンサルティング

あなたがある会社に転職したとします。あなたの適性に合った職場はA課とB課の2つあり、人事部はどちらを選んでも構わないと言っています。

「A課の課長は仕事はとてもよくできますが、人間的には冷たいところがあります。B課の課長は時々仕事でミスをすることもありますが、人間的にはとてもあたたかい人です。あなたはどちらの課を選びますか?」

ある研修で、この質問を書いた紙を受講者20人に渡して回答してもらいました。Aを選んだ人が8人、Bが12人でした。

「仕事ができる」とか「人間的に冷たい」というのは、とてもわかりやすい表現です。しかし、仕事ができるとはどういうことなのか、あえて定義しようとするとなかなか難しいと思います。さらに、人間的に冷たい/あたたかいとなるとかなり主観的、曖昧になります。

このように、私たちのまわりには正確に説明しようとすると意外に手間取ることがたくさんあります。

「運転しやすい自動車」、「使いやすいスマホ」程度なら統計分析手法(たとえば主成分分析や因子分析※)を使ってかなり正確に定義できるかもしれません。しかし、「おしゃれな服」や「おいしいお菓子」となると好き嫌いが判断基準ですから、そうした手法を使ってもかなり曖昧な結果になると思います。

では、「わかりにくい」とはどういうことでしょう。

よく「専門家の説明はわかりにくい」という人がいます。専門家は概念を正確に伝えようとするため、曖昧さを極力排除しようとします。専門家は、わざとわかりにくくしているのではなく、正確に伝えようと努力をしているのです。

その結果、正しく伝えようとすればするほど言葉や説明が多くなり、わかりやすく伝えることができなくなってしまいます。すべての場合がそうであるとは言いませんが、わかりやすいということは正確さを犠牲にすることです。

問題があるとすれば、専門家が「煙に巻くためわざと難しくしている」かもしれないことです。しかし、実はもっとたちが悪いのはわかりやすさを装った誘導です。アンケートはわかりやすい言葉で質問をすることが原則ですが、わかりやすさを利用(悪用?)して望ましい答えに誘導することです。

さて・・・

あなたがある会社に転職したとしますあなたの適性に合った職場はA課とB課の2つあり、人事部はどちらを選んでも構わないと言っています。

「A課の課長は人間的には冷たいところがありますが、仕事はとてもよくできます。B課の課長は人間的にはとてもあたたかいのですが、時々仕事でミスをします。あなたはどちらの課を選びますか?」 

ある研修で、この質問を書いた紙を受講者20人に渡して回答してもらいました。Aを選んだ人が15人、Bが5人でした。

この質問と冒頭の質問とでは、A課とB課を選んだ人数は逆転しています。

しかし、もう一度読み返していただければわかりますが、両課長それぞれに関する記述は「人間性」と「仕事」の順番を変えただけで、内容は全く同じです。ちなみに、この20人の回答者と冒頭の20人の回答者は、同じ会社の同じ階層に属しています。

このように、わかりやすい表現を上手く使えば結論を操作しやすくなります。

アンケートに限ったことではありませんが、たとえ「わかりにくい」と非難されても、時間をとってしっかり説明し、正確に伝えなければならないことはたくさんあります。

そのことを忘れないように仕事をしていきたいと思います。

(人材育成社)

 両者の定義はここを参照してください→ 主成分分析は因子分析ではない!

 

 

 

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