日鉄鉱業に謝罪を求める会 with 西鉄也(ブログ編)

国も責任を認めたじん肺裁判で、唯一未だにその責任を認めていない日鉄鉱業。私たちは絶対にあきらめない!

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

日鉄鉱業の24連敗が確定しました

2008-03-17 19:52:53 | コメント募集
3月17日 「西日本石炭じん肺福岡訴訟」の控訴審判決が、福岡高裁で言い渡されました。概要は各ニュースサイトをご覧下さい。

ただ、当然ですがニュースの内容は裁判の結果を知らせる内容であり、20数年間に及ぶじん肺訴訟については触れられていません。

なぜ、我々は日鉄鉱業に謝罪を求めるのか。

そして、そのためになぜホームページやブログを立ち上げたのか。

詳細は追って「日鉄鉱業に謝罪させよう」サイトでもご案内します。

Yahooニュース(NNN-日本テレビ系) 動画あり

YOMIURI ONLINE(読売新聞)

infoseek楽天ニュース

msn産経ニュース

ジャンル:
ウェブログ
コメント (50)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 皆さんはなぜ、日鉄鉱業にこだわ... | トップ | 西日本石炭じん肺訴訟の福岡高裁... »
最近の画像もっと見る

50 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (松岡 肇)
2008-03-19 17:41:29
日鉄鉱業について         
                東京にて松岡 肇
「砂漠ではあの駱駝でさえ、砂嵐が吹けば自分で鼻の穴を閉じて砂ほこりを吸い込まないようにする。まして人間ならば炭坑の中の粉じん作業では自分で炭塵を吸い込まないようにマスクなどをして身を守るべきだ」。これは日鉄鉱業が北松じん肺訴訟の準備書面に書いたものの一部です(手元に書面がないので趣旨だけです)。
炭坑夫じん肺訴訟に関し、あくまで、執拗に謝罪を拒み、三審制と称して最高裁まで争う日鉄鉱業の姿勢を見るとき、私が最初に思い浮かべるのはこの言葉です。
日鉄は、粉じんの危険性も教えず、マスクもまともに支給せず、粉じん発生の防止もせずに、「自ら身を守らない」といって、炭鉱労働者を駱駝に劣ると言わんばかりでした。駱駝は本能的に砂塵、粉じんの恐ろしさを知っているでしょう。しかし人間は「どんな粉じんをどれだけ吸えばじん肺という病気になるのか、それがどんな病気なのか、一度じん肺になったら一生治らず、死ぬまで進行を続ける病気」だなどということを知るはずもありません。
最近ではさすがにこんなことを書面にはしませんが、日鉄鉱業は結局「自分で身を守らず病気になった労働者が悪い」「自業自得」だという考えを変えていないということではないでしょうか。裁判所が責任を認めても、謝りもせず、裁判で負ければお金は払うが、和解はしないという態度を変えようとしない、そこには反省のかけらもありません。新自由主義、新保守主義が叫ばれ出してから「資本主義のルール」が無くなったと言われますが、30年も前から日鉄鉱業の姿勢は変わらないと改めて思います。本当か嘘かはともかく、とにかく謝らせることが必要です。日鉄鉱業が、財界からも批判されるような世論の包囲網を作りたいものです。
西判決について (平川道治)
2008-04-02 11:11:45
日鉄鉱業に対する24回目の判決が言い渡され、原告勝利の喜びを再々度かみしめたものであるが、判決内容については、いささか釈然としない部分もあった。
ひとつには日鉄鉱業の応訴態度について。日鉄鉱業は同様内容の裁判で24回も敗訴判決を受けているのである。私の感覚では裁判の判決というのは社会のルールを知らしめる事だと思う。お互いの言い分を充分に聞きましょうと言うことで三審制があるのだと思う。
しかし、それも三審(最高裁)までですよ。最高裁の決定が示されるとそれが一定のルールとなり、見聞の目安になるのだと思う。日鉄鉱業はお金さえ払えば文句はないはずだ。との態度である。西コートはペナルティーを課すほどではないと日鉄鉱業の態度を容認した。東京八重洲口新日鐵前でのビラ配り、ある中年の紳士がビラを受けとり、「日鉄はお金は払ったのですか」はい「お金ははらいました。しかし、謝罪をしません」「信じられませんね」と言われた。これが普通人の感覚だと思う。西コートは世間からずれている。今ひとつ。じん肺合併症の原発性肺ガン死をじん肺死と認めないこと。平成14年11月11日法改正により、管理区分2に併発する原発性肺ガンもじん肺合併症と認定されるようになった。このことにより多くのじん肺患者が労災認定・遺族補償の業務上認定を受け救済されるようになった。労災補償上は管理区分2以上の者であれば労災認定も遺族補償も業務上である。
西コートはじん肺合併症、原発性肺ガン死を共同原因死として減額した。私は多くのじん肺患者の死亡に立ち会ってきたが、じん肺患者の最期は哀れである。最期を感じながら、じん肺と合併症の症状にもがき苦しみながら亡くなって行く。合併症はじん肺その物である。だから業務上認定されると思う。西コートは世間とのずれがある。そんな西コートでも日鉄鉱業の責任は断罪した。日鉄鉱業は謝罪せよ。 
「日鉄鉱業」の21番目に上がっている (パンドラ)
2008-04-04 09:04:21
 このブログの50番目の書き込みです。
 Googleで「日鉄鉱業」を検索すると、この1カ月くらいで関連項目が倍の数に増えています。3月15日ころには、この「日鉄鉱業に謝罪させよう」のブログが40番台に入ったのに、17日の判決の後に関連項目の掲載が増えて何百番台かに下がってしまいました。
 それが、この何日かの書き込みの増加で、今日は21番目に出てきました。みんなで書き込みを増やし、一気に順位を上げましょう。
仏の顔も・・・ (wakimizu)
2008-04-10 13:34:02
「仏の顔も三度まで」とよく言われますが、さすがの仏さんも日鉄鉱業に対しては怒った顔で見下ろしていると思います。
悪いことに謝らない、裁判所が悪いと開き直る・・・。こんな日鉄鉱業の態度は子ども教育にも悪影響を及ぼします。日本の将来を担う子どもたちの為にも、日鉄鉱業を謝罪させるまでのみなさんの運動の発展を願っています
合掌
日鉄鉱業の覚え書き (平川道治)
2008-04-24 14:54:40
今、私の手元に日鉄鉱業の覚え書きがあります。日鉄鉱業と裁判をしていないじん肺患者が取り交わしている覚え書きです。内容はとてもひどいものです。
例えば、じん肺被害に対する賠償ですが、管理区分3で労災休業補償継続受給3年未満の者及び合併症がない者は200万円と欠いてあります。裁判では日鉄鉱業は1300万円払っています。
又、管理区分2労災休業補償継続受給3年以下の者及び合併症がない者は100万円と書いてあります。更にひどいのは下請け労働者の取り扱いについてで有ります。じん肺患者の「下請けの人から聞かれるこのような人はどう考えているのか」の問いに「下請けと会社がはっきりと別個の物であることは、みなさんがよく承知していると思う、他社の事まで言われても会社は対応できない。それぞれの企業が考えることである」と書いてあります。日鉄鉱業も含めて今のじん肺裁判では下請け労働者も平等に賠償補償していることから見れば、いかに日鉄鉱業が非人道的か、非社会的存在か、垣間見ることが出来ます。 
日鉄鉱業は謝罪せよ (平川道治)
2008-05-16 09:05:57
頑迷・非常識な日鉄鉱業は自社の炭鉱で働き職業病である「じん肺」に罹患した労働者に対して謝罪すどころか、「裁判で賠償したお金は裁判に使わせる」と控訴を繰り返しています。そんな反社会的な企業にインターネットを活用した新たな運動が始まりました。
 日鉄鉱業のHPはものすごい量のアクセスがあり、私たちの書き込みが入れる隙はないように見えましたが、ついに今週頭(5番目)の部分まで上がってきました。西鉄也ブログへの書き込みも続いていますし、新たな広がりも見せています。日鉄鉱業の反社会性は国民の中や世界中のインターネット利用者の中に益々浸透して行くことになるでしょう。
 日鉄鉱業は無駄な抵抗はやめて、一日も早く謝罪してじん肺問題に決着を付けなさい。これが国民の声です。
日鉄要請 (西日本大牟田請求団)
2008-05-30 10:57:40
5月23日全労連の東京争議団総行動で日鉄本社に要請を行うことが出来た。
日鉄側から2名の担当者が見えられ対応された。対応と言っても上司に伝えるだけの対応で自分の気持ちとか意見は言うつもりはありません。と何を聞かれても、何を云われても無関心、無表情を決め込んでいた。こうした態度を見ていると日鉄鉱業は会社はじん肺患者を発生させた責任も、企業の社会的責任も全く感じることが出来ない企業であることがよくわかる。弁護団や原告の懇切丁寧な訴えにも無関心な態度には日鉄鉱業の明日の姿を想像するときゾットスルこんな企業ばかりだったら、日本の将来はどうなるのか。いやいや、他の企業はすべて謝罪し、円満に解決している。日鉄鉱業だけが特異なのだ。社長のメンツと企業の社会的責任と秤に掛ければどちらが重いかよく思慮していただきたい。
Unknown (wakimizu)
2008-08-18 18:07:20
いよいよ来月24日は、第2次訴訟の判決日(日鉄のみ)ですね。日鉄鉱業もそろそろ悔い改めて、労働者を大切にする姿勢に転換して欲しいと思います。
日鉄鉱業に25回目の判決 (岩城邦治)
2008-10-10 10:21:27
 9月24日、福岡地方裁判所は、日鉄鉱業に対し、同社のじん肺加害責任を厳しく断罪する25回目の判決を言い渡しました。
 判決は、同社の責任について、『(原告らが働いていた当時)既に炭鉱におけるけい肺又はじん肺の研究が多数積み重ねられていたため、その発生機序、病理、病像等がかなり詳細に解明され、炭鉱におけるじん肺患者も多数報告されていたことが認められる。そして、じん肺防止対策の工学的知見についても十分に発展していた。したがって、上記時点において、被告は、炭鉱におけるけい肺及びじん肺につき、発症の原因、病理、病像等のほか、症状の重大性及びその対策の必要性、緊急性についても、明確かつ詳細に知り、又は少なくとも容易に知ることができたというべきであり、炭鉱における粉じんの有害性を直視して、炭鉱夫じん肺に対する科学的、合理的な対策が要求されてしかるべきことも知り又は容易に知ることができたというべきである』と指摘しています。判決は、日鉄鉱業の故意責任を正面から認定することまではしていませんが、以上の認定からすれば、それに近い、厳しい責任の認定を行っているということができると思います。
 さらに注目される点は、判決が、『被告は、和解を拒否して責任の所在を強く争うにもかかわらず』と、日鉄鉱業が和解の席に着こうとしていない点を指摘して、日鉄鉱業での就労期間が8カ月であった原告についても基準金額全額の賠償を命じた点です。これまでは、短期間の就労にとどまる原告については3分の2あるいは3分の1の賠償にとどめるという扱いが続いてきておりましたが、本判決は、日鉄鉱業に対して基準金額全額の支払いを命じました。そこにも、かたくなに和解を拒否してじん肺問題の解決に背を向ける日鉄鉱業に対する裁判所にいら立ちが示されているように私は思います。
 こうした裁判所の指摘も武器にして使いながら、日鉄鉱業に対して“あやまれ、つぐなえ、なくせじん肺”と迫っていこうと思います。ご支援、ご協力をよろしくお願いいたします。
Unknown (新山)
2008-11-20 10:49:49
日鉄鉱業はじん肺問題を解決しなさい
日鉄鉱業“恥ずかし”言行録① (北松の風)
2008-11-22 11:14:41
 日鉄鉱業に謝罪を求めるブログに載った「日鉄鉱業発言録」を、以下に転載します。第1回は、『砂漠のラクダ』です。

 北松じん肺訴訟の法廷で、日鉄鉱業の代理人が突然立ち上がり、『砂漠のラクダは、砂嵐が来ると鼻の穴を閉じ、砂が鼻に入らないように蓋をする。ラクダだって自分で自分の身を守るのだから、じん肺にならないように人間が自分の身を守るのは当然のことだ。』と発言。なにを言っているのか分からず、法廷の全員が一瞬キョトンとなりました。
 ラクダの鼻の構造は、砂漠での長い長い進化の過程で、環境に適合するように変化するにいたったもの。それに対して、人間は、坑内のような異常な粉じん環境の下で生活し進化するという経験はもたないので、ラクダの鼻のような進化は経験していません。だから、そのような異常な発じん環境下で作業をさせる日鉄鉱業の側に、防じん対策の実施が義務付けられているのです。そうした進化の違いのイロハも無視した、そして自らの防じん対策義務を棚に上げた日鉄鉱業代理人の非常識な発言に、そのあとの法廷は怒りの渦と化しました。
 それにしても、日鉄鉱業が非常識だと、その代理人まで非常識になるもののようです。それとも、日鉄鉱業関係者の鼻の構造は、粉じんが多いところでは鼻の穴が自然に閉じる構造に変化しているのでしょうか。
日鉄鉱業“恥ずかし”言行録② (北松の風)
2008-11-22 11:47:24
 第2回は、『昨日控訴しました』です。

 1985年3月25日に長崎地裁佐世保支部で北松じん肺1審判決がありました。日鉄鉱業のじん肺加害責任が認められた最初の判決でした。
 翌26日午後1時、北松原告団と弁護団は、当時の東京弁護士会館で日鉄鉱業担当者との協議に臨みました。結審前に裁判所が和解について原・被告双方に意向打診をしていたこともあり、また日鉄鉱業が判決後の賠償金支払いについて「執行協定」の締結を求めてきたこともあって、「判決後に解決に向けて協議しよう」と呼びかけ、日鉄鉱業側も「協議に臨む」と回答してきたのです。それで、東京弁護士会館での協議がセットされました。多くの原告が判決も見ずに亡くなっていくのを目にして、原告団・弁護団は、この協議を解決のための糸口にしようと決意もし、期待もしていました。
 現れた日鉄鉱業担当者は、古賀法務室長(のちに監査役)と高橋三郎室員(のちに社長)他1名の計3名でした。この協議が解決のスタートとなると意気込んだ原告団・弁護団が、「事前に要請したように、判決に従って控訴せずに、和解協議によって解決を実現していきたい」と切り出すと、古賀と高橋の様子がおかしく、居心地悪そうにもじもじしだすのです。不審に思った熊谷弁護士が、「ひょっとしてもうあんたたち控訴したんじゃないか」と問い詰めると、二人は、「はい、昨日の判決のあとに控訴しています」と白状したのです。
 これが一部上場企業である日鉄鉱業の対応です。「控訴せず、判決後の協議によって早期解決を実現しよう」と原告側から呼びかけられ、「協議に応じる」と回答しておきながら、実際には、判決内容を検討するどころか、判決に目すら通さずに「即時控訴」し、そしてのこのこと解決協議の場に出てくる、その非礼と背信。
 日鉄鉱業は、この非礼と背信を以後の対応の基本に据え、そして合計25回の敗訴判決を重ねて今日に至っているのです。
日鉄鉱業“恥ずかし”言行録③ (北松の風)
2008-11-22 12:07:40
 第3回は、『原告が死んでもやむを得ない』です。

 北松じん肺控訴審の審理が続いていた1988年9月19日、日鉄鉱業での本社交渉の席上、高橋三郎法務室次長(のちに社長)は、「高裁で判決が出ても、日鉄鉱業の主張が認められなければ最高裁まで争う。原告がしかけた訴訟だから、その間に原告が一人、二人死んでもやむを得ない」と言い放ちました。
 その時点で、日鉄鉱業は福岡高裁から和解解決についての打診を受けていました。裁判長は悪名高き高石博良でしたが、その高石裁判長ですら「早期解決」を口にせざるをえないほど被害原告のじん肺死が続いていたのです。
 まさにそのような深刻な事態の中で、日鉄鉱業高橋三郎は、「原告患者が死んでも抗争を優先させる」と宣言したのです。
 それにしても、「原告がしかけた訴訟」とは、なんという言い様でしょうか。閉山でヤマを追われ、ボロ雑巾のように捨てられ、そのうえじん肺という不治の病に冒された被害者が、、あるべき補償の実現を求めて立ち上がった訴訟、それがじん肺訴訟です。その被害者らの無念やるかたない心情に一片の理解も示さず、石もて追うごとく、「「一人二人死んでもやむを得ない」と長期の抗争を宣言する高橋三郎の非情な言葉には、身が震えるような怒りを覚えます。
日鉄鉱業“恥ずかし”言行録④ (北松の風)
2008-12-11 11:06:54
 1994年2月22日、北松じん肺最高裁判決がありました。しかし、判決後の本社交渉で日鉄鉱業は、「最高裁が責任を認めても、納得できないから差戻審で争うし、再度の上告もする」と言い放ちました。
 発言録③でも紹介したように、日鉄鉱業は、「主張が認められなければ最高裁まで争う」と言っていましたが、その最高裁判決が出たわけで、これに従うべきは当然のことです。しかし、その最高裁判決が出ても、日鉄鉱業は、「時代時代の対策は尽くした。責任はない」と、およそ道理も反省もない主張を繰り返し、「納得できないものは納得できない」「差戻審でも争う」と開き直ったのでした。
 発言録③で紹介したように、1988年9月当時、日鉄鉱業は「原告が一人二人死んでもやむを得ない」とうそぶいていましたが、現実には「一人二人」どころではなく、この最高裁判決が出るまでの5年半だけでも6人の原告が亡くなられました。翌年の差戻審を加えると、7年間で実に10人の原告が亡くなられたのです。
 こうした亡くなられた原告の方々の無念さを思うと、この間の力及ばない私たちの取り組みが残念で、とにかく日鉄鉱業に謝罪を行わせるまで、全力を尽くしていこうと決意を新たにするこの頃です。
日鉄鉱業“恥ずかし”言行録⑤ (北松の風)
2008-12-11 11:30:20
 「裁判に加わらない者には払う」

 北松じん肺訴訟提起に当たって、日鉄鉱業は、被害者宅を回っては「弁護士から家も土地もとられるぞ」「裁判には時間がかかる。生きているうちに判決は出ない」と提訴妨害を繰り広げました。その妨害を乗り越えた原告たちにより裁判が始まると、今度は裁判に加わらなかった被害者が裁判に加わるのを阻止するため、元従業員宅を回って、「裁判が確定したら判決に準じた金を払う」と言って密約に署名させ、被害者の訴訟参加を妨害しました。
 同訴訟が差戻審判決で確定した3日後、日鉄鉱業は、密約組代表と「判決に準じた取り扱い」についての覚書を取り交わしました。その後の株主総会での報告によると、この覚書により日鉄鉱業が96年度に密約組に支払うこととなった補償額は50億8000万円に達したとのことです。
 98年11月の日鉄じん肺全国訴訟で11回目の敗訴をした日鉄鉱業は、判決後のコメントで、「納得できない点があり控訴する。弊社は裁判を提起していない元従業員らと解決基準に関する覚書を結んでおり、この覚書に基づく和解であればいつでも受け入れるが、覚書以外の和解には応じることができません」と述べています。「責任」は認めず、被害者に対する謝罪もしないが、金で済むなら「覚書」水準でくれてやるというわけです。
 これがじん肺被害と被害者に対する日鉄鉱業の姿勢・考えであり、対応なのです。
日鉄鉱業“恥ずかし言行録”⑥ (北松の風)
2008-12-13 11:47:47
 第6回は、高橋前社長の“お褒めいただきたい”です。

 とかく物議をかもす発言を繰り返してきた高橋三郎前社長ですが、株主総会での日鉄鉱業じん肺株主会の質問に対して、当時の社長として次のように答えたそうです。
① わが社は、創立以来数万の人が働きじん肺に罹患したのはわずか数千人、お褒めいただきたい。(…数千人ものじん肺罹患者を出しておきながら「お褒めいただきたい」とはなんたる言い草か。まともな感覚の持ち主の発言とは到底思えない。こういう非常識な発言をする人が一部上場企業の社長で許されるのか。それとも、日鉄鉱業だからこういう人が社長で勤まるのか。)
② 時効の問題一つをとっても、賠償額は半分ですんだ。お褒めいただきたい。(…密約組との裏の協定で、時効対象者(それだけ早くからじん肺で苦しんできた被害者)への賠償を思い切り値切ることができたという意味か?)

 こうした厚顔無恥な発言を繰り返す高橋三郎社長(当時)の態度に、腹をすえかねた被害者たちは、東所沢に住む高橋社長との直談判のため、自宅を訪問しました。この訪問を迎えた高橋社長は、後日、次のように述べたそうです。
③ 皆さんが私の自宅に来た日にわが社の株が上がった。(…「じん肺問題があっても日鉄鉱業は持ちこたえる」という虚勢?)

※ 「日鉄鉱業“恥ずかし言行録”」は今回の書き込みをもって終わりますが、続報や思いだしたことがある方は続きをよろしくお願いいたします。
日鉄鉱業…最高裁でも、高裁でも、地裁でも (岩城邦治)
2008-12-18 12:28:38
 被告として、裁判所で顔をさらし続ける日鉄鉱業

 弁護団山本事務局長がブログ「皆さんはなぜ日鉄鉱業にこだわるのですか?」で報告したように、松本悟さんが、西日本石炭じん肺2次訴訟5陣原告として、日鉄鉱業に対する新規提訴に立ち上がられました。松本さんは、昭和40年代に日鉄鉱業が有明海で進めていた有明炭鉱開坑作業に、下請け労働者として従事していました。5陣原告のうち日鉄鉱業を被告とするのは松本さんだけなので、提訴決定にはそれなりの勇気と決断が必要だったと思いますが、先輩原告とともに頑張っていく決意を固めて提訴に臨まれました。
 さて、これで日鉄鉱業に対するこれまでの新規提訴事件数は10件となりました。それだけでなく、日鉄鉱業は、最高裁判所と福岡高等裁判所、福岡地方裁判所の3つの裁判所で、同時期に併行して裁判を受けなければならないこととなりました。一部上場の企業が、審級を異にする3つの裁判所で同時期に併行して裁判を受けなければならないというようなことは、日本の裁判史上でもきわめて異例なことです。なぜなら、どんな企業であっても、判決で1回責任を指摘されたら、その意味をまじめに考え、責任の取り方、事件解決の仕方を決断して、訴訟を終わらせるために努力するからです。それが一部上場企業の倫理であり、矜持でもあるからです。その点では、法廷で被告側席に座り続けてうそぶき続ける日鉄鉱業のありようは、ただただ「醜く、見苦しく、ものすさまじい」というほかありません。
 日鉄鉱業のこの対応を終わらせていくためにどうしたらよいか、皆さまのご支援とご助言をよろしくお願いいたします。
敗訴を重ねて30年…日鉄鉱業はなにを考える (北松の仲間)
2009-01-19 13:28:29
 日本の恥=日鉄鉱業

 日鉄鉱業を最初に提訴した北松じん肺訴訟は、原告団結成が1979年10月で、提訴は11月1日です。
 それから30年、日鉄鉱業は25回の判決・決定で敗訴を繰り返し、それでもいまだに最高裁・福岡高裁・福岡地裁で被告席に座り続けています。日鉄鉱業はいったいなにを考えているのでしょうか。
 
 提訴から30年の節目の年に、この日本の恥の日鉄鉱業が被害患者に謝罪するようにするために、みんなで力を合わせていきましょう。
日鉄鉱業よ、他の集団訴訟の解決を見習え! (岩城邦治)
2009-01-22 17:44:41
 被害者救済を求めた集団訴訟で、訴えられた被告の対応を見てみよう。以下は、解決年順に見た被告側の訴訟上の最終対応である。

1971年 新潟水俣病訴訟…地裁判決に控訴せず
1972年 四日市公害訴訟…地裁判決に控訴せず
1972年 イタイイタイ病訴訟…高裁判決に上告せず
1973年 水俣病1次訴訟…地裁判決に控訴せず
1974年 サリドマイド訴訟…地裁で和解
1979年 スモン訴訟…地裁判決後に確認書締結、和解
1981年 六価クロム訴訟…地裁判決に控訴せず
1989年 遠州じん肺訴訟…高裁で和解
1990年 常磐じん肺訴訟…高裁で和解
1992年 北海道金属じん肺訴訟…地裁で和解
1995年 細倉じん肺訴訟…地裁で和解
1996年 HIV訴訟…地裁結審後、判決前に和解
1999~2002年 全国トンネルじん肺訴訟…地裁で和解
2001年 ハンセン訴訟…地裁判決に控訴せず

 これらの解決例をみると、集団訴訟で訴えられた被告側が、被害者救済=解決の世論に押されてではあれ、訴訟の解決にそれなりに真剣に向き合っていることが分かると思う。
 これらの解決の経験に照らしてみたとき、25回の判決・決定で責任を認められながら、30年もたった現在も被告席から離れられない日鉄鉱業の姿はあまりに異様である。
 日鉄鉱業は、自らの訴訟に向き合い、これをどのように解決するのかについて、真剣に考えるべきである。
最高裁要請で、松本団長が壮絶な訴え (Unknown)
2009-02-03 11:53:44
 西日本石炭じん肺訴訟1陣の日鉄関係原告14名分の事件は現在最高裁に係属しています。原告団と弁護団では、1月30日に、最高裁に対する要請行動を行いました。
 当日はあいにくの雨・風で、集まった22名は、通用門前で裁判所職員が案内に来るのを身を震わせて待たなければなりませんでした。そうした中、長崎請求団1陣の松本隆団長は、降りしきる雨に打たれながら道端にうずくまっておられました。体調を心配して、みんなが「ホテルに戻った方がいいよ」と声をかけたのですが、松本団長は、「大丈夫。今日は言わなければならないことがある」と言って、迎えを待ち続けました。
 迎えがやっと来て、要請のための部屋に案内され、深堀寿美弁護士が要請書を読み上げました。そして、弁護団長から日鉄関係じん肺訴訟解決の必要性について指摘があった後、松本団長が発言を求めて立ち上がられました。
 松本団長の発言は衝撃的でした。主治医から余命月数を宣告されているというのです。だから、通用門前で待つ間、きつさをこらえるために、雨・風の中を道端にうずくまっているほかなかったのでした。
 松本団長は言いました。
 『日鉄鉱業だけは許せない。日鉄鉱業に対して厳しい判決を言い渡してほしい。そのことをどうしても最高裁判所に申し入れたくて、この余命いくばくもない体を引きずって長崎から出てきました。日鉄鉱業に対して、厳しい裁きをお願いいたします』
 松本団長自身は日鉄原告ではありません。それで、すでに他の企業との間で和解が成立し、事件としては解決しています。だから、自宅で療養に専念していてもいい身なのです。しかし、一緒に訴訟に立ち上がった14名の日鉄原告が、日鉄鉱業の不当抗争に会い、他の原告の解決から取り残されて最高裁まで争わなければならなかったことが、どうしても納得できず、この日鉄鉱業を糾弾して仲間14名が最高裁で勝利できるように要請するため、痛む身、苦しい体を無理して東京まで運び、雨の中、最高裁要請を行ったのでした。
 この壮絶な訴えに、原告・弁護団は、いずれも日鉄鉱業を最後まで追い詰める決意を新たにしました。対応した書記官も、緊張で顔をこわばらせながら、松本団長の要請に聞き入っていました。
 
日鉄鉱業に対して和解期日が指定される! (岩城邦治)
2009-02-03 14:45:27
 日鉄鉱業は真摯に「和解」と向き合え!

 昨2月2日、福岡高等裁判所が日鉄鉱業に対して和解を勧告、3月4日午後2時30分を和解期日と指定しました。これは、地裁・高裁レベルで残っている日鉄関係原告が、同高裁の田中、山下両原告と、地裁の松本悟原告の3名であることを知った同高裁が、①和解は必要…被害者の救済の観点から早期和解解決が望ましい、②和解は可能…今後次々に訴訟が起こされることはないだろうという視点から、日鉄じん肺訴訟を和解により解決するための最後の機会と考え、和解勧告・期日指定に踏み切ったものと考えられます。
 無論、原告側としては、和解成立による“あやまれ、つぐなえ、なくせじん肺”の実現を心から望んでいます。
 これまでの日鉄鉱業の対応を考えると同社との和解を実現させることは限りなく困難とも思えますが、今年が日鉄関連じん肺訴訟提起から30年となることを踏まえ、原告・弁護団一体となって和解実現に向かって、全力で取り組んでいきたいと考えています。
日鉄鉱業の2日のコメントは許せない! (Unknown)
2009-02-04 12:32:48
 既報のように、福岡高裁は2日の西日本じん肺の法廷で、日鉄鉱業に対して和解を勧告し、3月4日を和解期日と指定しました。
 ところが、この和解勧告を報じた3日付けの西日本新聞の記事によると、当日取材を受けた日鉄鉱業の窓口は「従来の方針通り和解に応じるつもりはない」とコメントしたということのようです。
 しかし、事は高等裁判所から正式に発せられた和解勧告に関するものです。少なくとも取締役会において勧告の経緯を弁護士より確認し、対応を検討するか、社長において熟慮決断する必要のある事項ではないのでしょうか。それとも、日鉄鉱業では、高等裁判所から正式に和解を勧告されても、それを決済部署にも伝えることなく、窓口部署で勝手なコメントをすることが許されているのでしょうか。一部上場企業でありながらそのような安易・安直な対応を平然と行う企業について、社会の信頼を得られると考えているのでしょうか。
 日鉄鉱業は、1979年に最初の訴訟提起を受け、以後、30年間で25回も判決や決定を受けてきた企業です。私は、いまこそ日鉄鉱業がこの過去を振り返り、この間に示された判決や決定の重みを熟考して、福岡高裁の和解勧告に従うように強く求めます。
日鉄鉱業松本社長は福岡高裁の和解勧告に従うべき (北松の仲間)
2009-02-22 12:19:09
 日鉄鉱業松本社長の責任は重大

 ブログで紹介されているように、日鉄鉱業は10のじん肺訴訟で25回も敗訴を重ね、その責任を指摘されています。その責任の重さはいまさら言うまでもないところですが、岩城弁護士が1月22日のブログに、これまでの著名な集団訴訟の解決時期をまとめてくれたので、それを見ながら、改めて日鉄鉱業の対応のあまりの異常さに開いた口がふさがらず、激しい怒りを覚えました。
 日鉄鉱業には、良識や常識がないのでしょうか。
 これまでの著名事件が、地裁や高裁の判決を契機として解決していることを、日鉄鉱業松本社長は本気で考えてください。福岡高裁が今回和解期日を指定したのは、日鉄鉱業の社長となったあなたに裁判所が与えてくれたチャンスです。このチャンスを生かして、長かったじん肺訴訟に終止符を打つようにしてほしいと思います。
日鉄鉱業は三菱重工を見習うべき (岩城邦治)
2009-02-22 13:41:41
 三菱長船じん肺訴訟で、三菱重工が上告を断念して、福岡高裁判決に従う予定です。

 去る2月9日、福岡高等裁判所は三菱長船じん肺訴訟で三菱重工の責任を断罪する判決を言い渡しました。
 同訴訟で、三菱重工は、CT鑑定と元請け責任を争点に据え、「じん肺の有無はCTによって判断されるべき」とか、「下請け労働者のじん肺については三菱重工に責任はない」などと主張し、この主張を退けた1審判決に強く反発して、福岡高裁で争ってきました。福岡高裁が提示した和解案すら拒否し、判決を求めていましたが、9日に示された高裁判決は、三菱重工側のこの主張を退けたうえ、基準金額も和解案より高めの金額を示しました。
 判決当日、原告・弁護団は東京でも判決を速報する体制を整え、各地の被害者や支援の協力も得て判決を待ちうけ、判決後は約40名で、遺影を掲げて三菱重工本社に「上告するな」の要請を行いました。さらに、翌日以降も本社に対する要請行動を続けていたところ、上告期限を前に、「上告しない意向」との情報が弁護団に入ったのです。
 「上告期限内での解決」は、日鉄鉱業じん肺のこれまでの経緯を見れば明らかなように、画期的と言えます。
 高裁判決を受け入れ、訴訟の解決を選択した三菱重工の対応は、日鉄鉱業にとってのお手本となると思います。日鉄鉱業松本社長は、判決を尊重しじん肺訴訟の解決を正しく選択する他の企業の対応をしっかりと受け止め、西日本じん肺訴訟の和解解決を求めた福岡高裁の和解勧告に従うべきです。
 
三菱長船じん肺解決に続こう (支援する会有志)
2009-02-23 17:26:37
 三菱重工長崎造船所じん肺が解決する予定とのこと、よかったですね。三菱重工も、日鉄鉱業に続いてなんでも上告するのかなと思っていましたが、さすがに日鉄鉱業とは違って、「三菱」の看板をしょっている企業らしく、良識ある対応をとってきましたね。
 日鉄鉱業にも三菱重工を見習ってもらいたいところですが、だめなのでしょうか。なんとかしないといけませんね。
日鉄鉱業も解決すべき (北松の仲間)
2009-02-24 15:40:31
 21日の長崎新聞の1面トップに「三菱重工が上告断念」の見出しが大きく躍っていました。ふくおか高裁判決後に東京本社行動と長崎事業場行動を集中的に取り組んだ成果ですね。
 こん後、謝罪や時効問題で要請を続けるようですが、とりあえずは一区切りがつき、よかったですね。
 それにしても、日鉄鉱業じん肺の解決はいつになるのか、腹が立ちます。日鉄鉱業も三菱重工にならって解決を決断するように、取り組みを強める必要があると思います。みんなで頑張っていきましょう。
三菱長船じん肺の皆さんに質問です。 (Unknown)
2009-02-27 16:15:44
 三菱重工長崎造船所じん肺訴訟の皆さん、「上告阻止」をブログで知りました。おめでとうございます。
 三菱重工が、CT鑑定による被害者切り捨てと下請け労働者切り捨てに執念を燃やしていると聞いていたので、上告となるのかと思っていました。天下の三菱重工に上告を断念させたわけですから、記念すべき勝利と思います。
 
 それにつけても、解決を妨害し続ける日鉄鉱業の無道さ、悪らつさを思うと、はらわたが煮えくりかえるような怒りを覚えます。
 この日鉄鉱業を追い詰めていくために、三菱長船じん肺訴訟の皆さんに質問があります。どのような取り組みによって三菱重工を追い詰め、上告を断念させたのでしょうか。この点を教えてください。お願いします。
 
日鉄鉱業松本六朗社長に要請します。 (西日本石炭じん肺弁護団団長 岩城邦治)
2009-03-03 10:51:46
 ILOとWHOは、2015年を期限とするじん肺の根絶を各国に対して勧告しています。この期限まで、残された期間は6年となっています。
 いうまでもなく「じん肺根絶」は粉じん作業従事労働者すべての有史以来の悲願であり、ことに、日鉄鉱業北松じん肺訴訟以来のじん肺訴訟判決は、じん肺発生とその防止の責任が粉じん作業を行う企業にあることを厳しく指摘してきました。
 企業のみならず、国もじん肺発生についての責任を認め、その根絶を約束している今日、25回もその責任を指摘された日鉄鉱業が、訴訟開始から30年となるいまもその責任を認めず、被害者に対する謝罪やじん肺根絶の約束を拒否し続けているのはどういうことでしょうか。この点は、貴社がどのように説明、弁明を行っても、人々を納得させる説得力を持ちません。それどころか、ILO/WHOの勧告に背を向け、じん肺根絶を求める国際世論に敵対する行為であると評価されるでしょう。
 貴社に対し、福岡高裁が和解を勧告している現在、貴殿が率先してこれまでの日鉄鉱業の対応の誤りを改め、明日の第1回和解期日において、和解への第1歩を踏み出されるように、強く求めます。
日鉄鉱業に対する判決および決定 (平川道治)
2009-03-03 14:29:48
明日はいよいよ、日鉄との和解協議、かたくなな日鉄鉱業が裁判所の和解勧告にしたがい和解のにじるのか和解を拒否するのか、大きな岐路にあります。
 あらためて、日鉄裁判を振り返ってみたいと思います。和解を拒否すればこの判決、決定は31回まで続くことは決定的です。
長崎北松じん肺提訴  1979,11,1
1審判決       1985.3.5
控訴審        1989.3.31
上告審        1994.2.22
差し戻し審      1995.9.8
東京松尾じん肺提訴  1982.4.21
1審判決       1982.4.21
控訴審        1990.3.27
上告審        1994.3.22
筑豊じん肺提訴    1985.12.26
1審判決       1995.7.20
控訴審        2001.7.19
上告審        2004.4.27
伊王島じん肺提訴   1985.12.26
1審判決       1994.12.13
控訴審        1996.7.31
上告審        1999.4.22
釜石鉱山じん肺提訴  1987.12.10
1審判決       2001.3.30
控訴審        2003.1.20
上告審        2004.6.8
全国訴訟1陣提訴   1996.12.25
1審判決       1998.11.25
控訴審        2000.7.28
上告審        2001.5.14
全国訴訟第2陣    2000.7.4
1審判決       2002.12.25
控訴審        2004.7,12
上告審        2005.2.22
西日本じん肺提訴   2005.24.27
1審判決       2007.8.1
控訴審        2008.3.17

西日本じん肺2次提訴 2007.3.22
1審判決       2008.9.24

西日本じん肺3次訴訟 2008.12.16

25件すべて敗訴の判決及び決定を受け、まだ続けるのか、日鉄が続けるのであれば、俺も原告を探さなければならないだろう。それはいとわない。  
3・4日鉄鉱業和解期日の経過 (弁護団事務局長 山本一行)
2009-03-05 11:55:56
 昨4日午後2時30分より、福岡高等裁判所で、日鉄鉱業との和解に関する協議が行われました。経過は以下の通りです。

ଠ 日鉄鉱業の出席者 弁護士3名 日鉄鉱業職員1名
ଠ 裁判所より、和解に対する日鉄鉱業の考えを聴取
ଠ 日鉄鉱業の見解等について裁判所が原告側に説明した内容は以下の通りでした。
 ・「和解に応じることはできない」との回答だった
 ・日鉄側に応じられないとの決定の経緯を質した
 ・取締役や総務部長などの次回の出席を求めた
 ・「即答できないので持ち帰る」との返事だった
 ・裁判所としては、最後まで粘り強く努力してみる

 以上のやりとりのうえで、次回和解期日を3月25日午後3時とすることが確認されました。
 ただし、それ以前に日鉄鉱業側から取締役・総務部長などの出席を拒否する回答があった場合には、やむを得ないので、期日を取り消し和解を打ち切るとの説明が裁判所からありました。
 
 
日鉄鉱業への要請 (山本一行)
2009-03-09 09:39:48
 福岡高裁で和解期日がもたれた4日に日鉄鉱業九州支社へ、翌日に本社へ、和解に応じるように、また、裁判所に責任者を同道するように要請をしました。新日鐵本社へも要請を行いました。日鉄鉱業本社前では、東京や全国の労働組合の方々にも集まってもらい、また港湾労働者のデモ隊とも合流をして、要請行動を行いました。
 日鉄鉱業は、裁判所から和解を勧告され、責任者を同道するよう言われていることについて、「今後、取締役を交えて協議して対応を決める」とのことでした。和解に応じるようよう、日鉄鉱業への要請を強めて行きたいと思っています。
 3月13日にも日鉄鉱業本社への要請を行う予定にしています。
3・5日鉄要請行動 (平川道治)
2009-03-09 09:58:59
3・5中央行動の一環として、日鉄要請行動に参加しました。千代田区労協のデモを久しぶりに見ました、数は少なくなりましたが、東京の労働者もまだまだ捨てたもんじゃない、数の上でも必ず復活することを感じさせました。
日鉄鉱業は、相変わらず「あきれ果てた態度」に終始しましたが、ただ、対応した担当者はじめ、社員一同は日鉄が和解で解決することを嫌ってはいないのではないかとの思いを強くしました。トップが和解しても誰も文句は言わない。世論も当然と考えるのではないか。それくらいは現社長も分かっていると思えます。それがなぜできないのか、やはり、前社長の意向(威厳)なのか、日鉄のじん肺裁判を解決するのはひとえに現松尾社長一人の決断一つにかかっています。
 100年に1度といわれる世界同時不況、日鉄鉱業も厳しい経営状況が示されています。これを乗り越えるには「じん肺問題の解決」が必要なのではないでしょうか。高橋前社長の威厳を乗り越えてこそ、新しい視界が広がり前進の糸口が見いだせるのではないでしょうか。生意気なことを申しあげましたがそんな気がします。もうひとつ、大牟田にも日鉄で働いた人はまだいます。いろいろな事情があり提訴まではしていませんが、日鉄がまだ争いたいのであれば、私も動かざるを得ません。今の裁判がすべて判決となれば31回の敗訴判決になることは明らかです。30年も35年も被告の席に座り続け、31回の敗訴判決を聞き続ける所業のどこに取り柄があるのでしょうか。日鉄鉱業の汚点だけではないでしょうか。松尾社長の英断を切に望みます。
3・16高裁協議での真摯な対応を日鉄鉱業に要請 (岩城邦治)
2009-03-14 10:32:03
 千代田区労協主催の春闘共闘総行動に参加し、日鉄鉱業本社に対する要請を行ってきました。

 既報のように、福岡高等裁判所は日鉄鉱業に対し和解を勧告し、担当役員の出頭を求めておりました。これに対して、日鉄鉱業は、同社取締役ほか1名を3月16日に派遣することを同高裁に連絡しました。
 千代田区労協の総行動に参加し、日鉄鉱業本社への要請を行うことを決めていた原告・弁護団では、13日の要請行動で、日鉄鉱業側がこの16日の福岡高裁での協議にあたり、問題の全面解決の視点に立つべきこと、協議を1回で終わらせることなく、全面解決につながる協議を続けるべきであることを強く要請してきました。
 要請を受けた日鉄鉱業和辻氏から直接のコメントはありませんでしたが、解決の遅れにより日鉄鉱業に得るものがないこと、本件については早期の解決が望まれていることの指摘を受けた時は、これを否定することなくうなずいていました。
日鉄鉱業の高裁和解勧告拒否について (岩城邦治)
2009-03-17 11:43:05
 日鉄鉱業が、福岡高裁の和解勧告を拒否しました。

 すでに西日本石炭じん肺弁護団メールで山本弁護団事務局長が報告している内容ですが、昨15日午後4時過ぎに、高裁の主任裁判官からあった電話連絡の内容について転載します。

 『いま日鉄鉱業の塩川取締役と小山総務部長に来てもらって話をした。
 裁判所の方から話をしたが、日鉄鉱業は従前の態度を変えないとのこと。「覚書によって会社の従業員とは信頼関係ができている。和解をすると、その方々との関係がおかしくなるので、和解はできない」とのことだった。
 完全に平行線で、進展しない。和解は困難であり、3月25日の期日は取り消さざるを得ない。』

 連絡内容は以上の通りですが、弁護団としては、期日が取り消しとなった3月25日に高裁から直接話を伺うこととし、高裁の了解を得ました。
 日鉄鉱業側のこの不当極まりない和解拒否に対して、原告・弁護団として今後どのような対応を行っていくかについて、検討を行いたいと考えています。ご意見等をお寄せいただけると幸いです。
日鉄鉱業の和解拒否には一片の理由もなかった (岩城邦治)
2009-03-26 09:30:29
 既報のように、日鉄鉱業が和解を拒否したことから25日の和解期日は流れましたが、予定期日の時間を使って経過説明を伺えるということで、昨日3時に裁判所を訪問し、日鉄側の「言い分」について主任裁判官と裁判長から聞いてきました。
 日鉄側は、
① いま和解に応じれば、「覚書」処理に応じた元従業員との関係を保てない、
② 短期就労者についての司法判断には納得がいかない
との2点を理由に挙げて和解を拒否したそうです。
 しかし、これは、なんら正当な理由になっていません。こんな理由で和解を拒否されるのでは、被害者も裁判所もたまったものではありません。
 第一に、「覚書」は、もともと提訴妨害のための“密約”に端を発したもので、訴訟の切り崩しを意図した不当なものですし、「覚書」水準での解決を選ぶか「判決」水準での補償を求めるかは被害者の選択の自由の問題であって、「判決」水準を求める被害者とは最高裁判決以外の解決を拒否するというのは、不当きわまりません。そのことは、日鉄鉱業以外のすべての企業が和解による早期の救済を選択していることからも明らかです。
 第二に、短期就労者についての判決基準に不満があるのであれば、それを和解の席で堂々と述べればいいのであって、この点については、原告・弁護団としても、いくらでも折り合いをつけられた問題です。それを、和解の席にも就かずに、ただ「拒否」の理由として持ち出すというのは、「和解」という訴訟上の制度の意味をはき違えたものと言えます。
 以上、とりあえずコメントします。 
日鉄鉱業を許してはいけない! (北松の仲間)
2009-03-28 09:56:58
 「日鉄鉱業和解拒否」の報をブログで見ました。日鉄鉱業というのはなんという非常識な企業なのでしょうか。
 日鉄鉱業のこれまでの悪行ぶりを知る者としては、福岡高裁が和解を勧告したという報に、正直、「あの日鉄鉱業が勧告に従うだろうか」と思いました。しかし、これまでのじん肺患者のつらく、苦しく、そして長かった闘いを思うと、和解解決が実現してほしいと心の底から願ったことも事実です。
 しかし、やはりだめだった。日鉄鉱業は日鉄鉱業でしかなかった。あんな非道な会社との和解を願ったのがばかだった。
 日鉄鉱業に対してどう対応していくか。この怒りを晴らすためにどう闘ったらいいのか。
 みんなで知恵を集めましょう。
日鉄鉱業との闘いを跡づけてみましょう (プロメテウス)
2009-03-30 16:13:59
 日鉄鉱業がまた和解を拒否したようですね。理性を失った企業の行動には許しがたいものがあります。

 しかし、日鉄鉱業のこの無法の積み重ねが、被害者の団結を促し、じん肺闘争を育て、“あやまれ、つぐなえ、なくせじん肺”という現在の成果を紡ぎだしてきたことも事実です。日鉄鉱業と闘ってきた30年間で、闘いがどのように工夫され、どのように発展し、どのような成果を実現してきたかをみんなで確認する必要がありそうです。
 日鉄鉱業にはそのような自覚はないでしょうが、期せずして、日鉄鉱業がこの闘いを作り出したとも言えるのだと思います。これだけは、日鉄鉱業がどのように否定しようとしても否定できない歴史的事実です。
 日鉄鉱業とのこれまでの闘いをしっかりと跡づけることで、その中から、また成果と前進が生まれるのではないでしょうか。
 
夫が日鉄鉱業との裁判に立ち上がった理由 (岩城邦治)
2009-04-10 15:02:16
 北松訴訟の高富キマさんの「陳述書」から

 日鉄鉱業は、夫が訴訟に参加するかもしれないということを知って、元の従業員を差し向け、訴訟に参加しないように夫を説得しました。その従業員は、「会社は裁判費用に5億円用意しとる。裁判はあんたたちが負けるとやけん、起こさんがよか」と脅しました。
 夫は、金がほしいとは思っていなかったので原告団に加わるか迷っていたのですが、日鉄鉱業のそのような不誠実な姿勢を見て、「そんな金があるなら、いま苦しんでいる人のために使ったらいいじゃないか」と怒りだし、あとの人たちのためにも裁判をして日鉄鉱業の責任を明らかにしなければと考え、提訴を決意したのでした。
 夫は、日鉄鉱業から勤続15年と20年の表彰を受け、その記念品としてもらった花瓶と木椀のセットを保存していたくらいですから、日鉄鉱業で働いていたことを誇りに感じていたと思います。その日鉄鉱業からそんなことを言われて怒ったのです。夫は、私に、「裁判に勝つまでは墓を建てるな」と言い残してこの世を去っていきました。

 
 
「時代時代の最善の対策」の中身 (岩城邦治)
2009-04-13 12:41:36
 日鉄鉱業は、口を開けば、「日鉄鉱業に責任はない」「時代時代に最善の対策をとってきた」「最高裁で判決が出ても、納得できないものは納得できない」と繰り返す。
 では、日鉄鉱業のいう「最善の対策」とは何か。

 日鉄鉱業の準備書面には、「粉じん発生の不可避性」ということが書かれ、「国の基準を守ることは安全配慮義務を尽くしたことになる」と書かれて、そして「日鉄鉱業は国の基準を守ってきた」と書かれている。これが、日鉄鉱業が尽くしたという「最善の対策」の中身であり、「日鉄鉱業に責任はない」という責任の中身なのである。
 労働安全衛生法3条には、
 『事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない』
と明記され、これが「自業者の責務」とされている。この法の考え方の延長上にあるのが、労働者に対する使用者の「安全配慮義務」の考え方なのである。
 しかるに、じん肺訴訟の被告席に30年も座っていながら、日鉄鉱業はいまだにこの「安全配慮義務」についての考え方を理解することができず、「石炭産業における粉じんの発生は不可避」と言い、国の規則制定権限不行使の違法が確認された今日になっても、「不可欠の基幹産業である石炭産業は、国の石炭政策の下に遂行されてきたのであるから、各時代における鉱山保安法等の公法上の基準を守れば責任はない」と言い続けているのである(実際には、法の最低基準すら無視し違反していた)。
 ものごとを理解する能力に欠けているのか、それとも理解することを拒否しているのかは知らないが、安全配慮義務責任のイロハを解しない日鉄鉱業の主張は見苦しい。そして、このような理屈もなにもない見苦しい主張を繰り返して被害者を苦しめる日鉄鉱業は、反社会的な存在というほかなく、許しがたい。
日鉄鉱業が26連敗 (山本一行)
2009-04-30 14:39:31
 本日、最高裁判所から、西日本じん肺訴訟の1次訴訟について、上告を受理しないという決定が来ました。日鉄鉱業は26連敗(最高裁で8連敗)です。日鉄鉱業は、もういい加減に対応を変えなければとは思わないのでしょうか。あきれるばかりです。
 なお、原告2患者の上告受理申立も受理はされませんでした(肺がん死の損害額について)。
北松の灯は消えず…日鉄鉱業と闘って30年 (青春の門)
2009-05-30 11:56:28
 
 5月23日、北松じん肺記念碑近くの佐々町公民館で、なくせじん肺北松の会解散総会が開催されました。
 総会では、北松じん肺を掘り起こした方、原告、遺族、弁護団、支援者の立場から、それぞれ北松じん肺闘争とのかかわり、苦しかった局面、励まされた出来事等々について感動的な発言が続いて、涙がこぼれて仕方がありませんでした。
 私の心に特に残った発言は、北松原告団の中で勝ち組、負け組を作らず、団の団結を重視して運動を組み立て、それを実践したことの報告でした。本来なら自分たちの争議が解決したら報告集とお礼の報告集会で原告団を解散する組織が一般的な中で、じん肺という重い病気を抱えながら、“あやまれ、つぐなえ、なくせ”のスローガンを掲げ、まさに命がけの闘いでじん肺運動の前進に献身した姿に、『北松じん肺に学べ』がじん肺運動に定着した原点を確認できた思いです。
 また、北松原告団の副団長を務められた故谷村シズノさんの娘さん、現姓服部さんの、病をおしての発言は、日鉄鉱業グループで働いている人たちにぜひ聞いてほしかった報告でした。私は、一人の人間として、服部さんの人生と日鉄鉱業グループで働く企業ロボットのようにいつまでも太陽に向いて歩くことのできない人間性を対比しながら、そのモラルの違いを考えないではいられませんでした。
 北松じん肺闘争30周年を目前にして、改めて“北松の灯は消えず”じん肺運動の前進を照らし続けてほしいと願います。
     2009年5月26日 青春の門より
日鉄鉱業27連敗 (山本一行)
2009-06-25 13:05:16
6月22日、福岡高裁はまたも日鉄鉱業の責任を断罪し、日鉄鉱業は27連敗となりました。高裁の強力な和解勧告を断り、4月28日には最高裁で26回目の敗訴(最高裁では8回目)決定を受けながら、またも判決を受けたのです。
翌日の社長宅では全く反応がなく、本社要請でも解決に向けた姿勢は全く見られませんでした。
日鉄鉱業は、23日には、無駄な上告受理申立を行っています。あきれるばかりです。
「じん肺診査ハンドブック」の30年 (岩城邦治)
2009-08-24 12:01:55
 九州社医研の田村先生を囲み、ケース研究を行った。「最近の労災認定の窓口は狭まっている。今年のキャラバンでは、この点を福岡労働局に質す必要がある」との問題意識からだった。
 その席でのこと、「じん肺診査ハンドブック」のページ数を言われ、開いたが、原田、深堀両弁護士のハンドブックに記載されている内容と中身が合わない。版が違っているようで、私のハンドブックの奥付けを見てみると、「1979年9月20日改定第1版」と書かれている。日鉄鉱業に対する最初の裁判、「北松じん肺訴訟」の提訴を準備していたころの日付である。
 記憶を巡らすと、労働科学研究所副所長だった佐野辰雄先生からじん肺についての医学的説明を受けたことや、そのお話を聞くために九州安全衛生サービスセンターに行ってじん肺関係の書籍をあさったことが、走馬灯のように思い出された。
 あれから30年、北松や筑豊で成果を上げることができたとはいえ、日鉄鉱業は被害者への謝罪を拒否している。「評価は客観的に」とはいえ、やはり日鉄鉱業に謝罪させることのできない現状に対して、忸怩たる思いが湧いてくる。
最高裁に「日鉄鉱業に対する制裁」を申し立てる (岩城邦治)
2009-10-05 09:50:14
 日鉄鉱業に対する福岡高裁の判決が6月22日にありました。これで日鉄鉱業に対する判決や決定は27回目となり、日鉄鉱業の主張はそのすべてで退けられました。ところが日鉄鉱業は、性懲りもなく、この判決に対しても上告受理申し立てを行いました。
 この上告受理申し立てに対して反論の書面を提出する必要があるかどうかを検討するため、念のために目を通してみたのですが、実に驚くことに、その内容は、筑豊じん肺訴訟のときの申立理由や西日本石炭じん肺一次訴訟のときの申立理由とまったく同一内容でした。
 考えてもみてください。日鉄鉱業は、すでに筑豊じん肺でも西日本石炭一次でも、その上告受理申し立てを棄却されているのです。にもかかわらず、一度ならず、二度、三度と、日鉄鉱業は同じ上告受理申し立てを最高裁に行ったのです。
 『棄却されるのが分かっていて上訴する』、これは明確な上訴権の濫用です。これは許すことができません。
 これに対して、弁護団では『上訴権濫用に対する制裁の申し立て』を行いました。申立書については、このブログの先頭のところに新たなブログ『日鉄鉱業による不当上訴への制裁の申し立てについて』を立ち上げましたので、ご一読ください。日鉄鉱業の不当抗争の数々についても書き込んであり、“日鉄闘争史”として読むこともできます。
 この申し立ては日鉄鉱業に対してとどめを刺すための取り組みですので、私たちの『制裁申立書』についての感想やご意見をブログに書き込んでいただけると幸いです。
日鉄鉱業に対する制裁を求める要請書について (岩城邦治)
2009-10-30 15:24:36
 北松じん肺弁護団事務局長で、長崎北松の灯は消えず代表世話人の河西龍太郎弁護士より、「日鉄鉱業に対する制裁を求める要請書」を最高裁に送る取り組みについての呼びかけがありました。それで、日鉄鉱業じん肺訴訟に取り組んでいる西日本石炭弁護団も、この取り組みをともに進めていくことにしました。
 1日に全国弁護団連絡会議がありますので、そこで了承を得たうえで、各地に取り組みの呼びかけを行います。日鉄鉱業に対する制裁を勝ち取り、日鉄鉱業を最終的に追い詰めるため、ご協力をお願いいたします。
 
日鉄鉱業28連敗 (平川 道治)
2010-05-24 13:01:55
 2010年5月19日午後13時10分福岡地裁303号法廷高野裁判長は厳粛な中、静かに日鉄鉱業に28回目の敗訴判決を言い渡されました。
 大牟田請求団はこれまで日鉄鉱業を相手とする裁判は1件もありませんでした。しかし、日鉄鉱業のあまりにもかたくなな態度にこんな企業は日本の恥、いくらお金があり、老舗の企業でも「社会的責任はあり」国民とともに歩いてこそ日本の企業として尊ばれるものでありそのように要請行動の度に申し上げても聞く耳を持たない様子に、まだわかってない水戸黄門じゃないけれども「助さん、格さんもう少し懲らしめてやりなさい」の発想から、じん肺患者の掘り起こし、とりわけ日鉄鉱業に籍を置いていた労働者探しのすえ、今回の松本さんを見つけ出し裁判を始めたものであります。三井鉱山(石炭)三井建設には20年をこえる職歴があり、それぞれ和解で解決していました。
 日鉄鉱業は1年間の在籍で若干の心配はありましたが満額認められるとは、いままでのじん肺裁判の実績は大したものだと思いました。日鉄鉱業は裁判を引き延ばすことはじん肺患者をさらに苦しめることになることを自覚して、控訴を断念していただきたいと思います。いたずらに引き延ばせばさらにじん肺患者の掘り起こしをしなければならないことになります。
制裁条項の発動も順調に進んでいます。28連敗にくわえ制裁まで出されたら、一部上場企業として幾重にも恥の上塗りになります。控訴を断念し、全面和解の席に着いてください。
日鉄29連敗 (大牟田の炭鉱太郎)
2010-07-20 16:16:59
ついに日鉄鉱業が29連敗をしでかしました。今の原告は短期就労者と聞きます。たぶん和解で解決できたらわずかの金額で済む内容だと思います。それをあくまで判決に持ち込みさらに控訴、上告を繰り返し、敗訴判決、敗訴の決定を積み重ねる行動のどこにメリットがあるのだろうか。新日鉄の担当者は「私だったらしない」と言ったそうですが、それが当たり前だと思います。日鉄鉱業は高橋前社長の呪縛で、金も名誉も失い続け企業存亡の危機に立ち至らねばよいがと心配でならない。労働者は振り上げたこぶしの落とし先がない、企業は落とし先はいくらでもある。と思う。
ブログの製本化 (平川 道治)
2010-09-16 12:57:09
 弁護団の原告の裁判所の説得も聞かない「わからず屋」の日鉄鉱業に対して全国の多くに人たちが、私たちのブログに真実の人間の声を寄せてくれました。上訴権乱用最高裁申立てに間に合えばよかったのですが、残念ながらそれには間に合いませんでした。しかし、第21回「なくせじん肺」全国キャラバンの中で大いに活用していこうとなんとか間に合わせました。
製本は福富先生の表題がぴったりとおさまり素晴らしい表紙に仕上がりました。内容も岩城先生はじめ原告支援の仲間が日鉄鉱業に対して、人間として、社会的存在としてどうあるべきかを心の底から訴えています。厳しく心のこもったものとなっています。
日鉄の皆さんも是非読んでください。在庫は少しあります。0944-53-5844までご連絡ください。
日鉄30連敗 (大牟田の炭鉱太郎)
2011-02-08 09:59:14
みなさん。みなさん。聞いてください。日鉄鉱業がついに30連敗です。今年の1月31日福岡高裁で判決があったそうです。日鉄鉱業は就労関係でずいぶん抵抗したそうですが、何分、次分処の社史にも反するような主張で裁判所は認めなかったそうです。当然ですよね。日鉄は上告するのでしょうか?、まさか、上告は会社の方針だ!ではないですよね、30回の積み重ねがあり、内容的にも覆るようなものではありません。それでも上告するのでしょうか、「なんのために」金さえあれば何をしてもよいのでしょうか。ただ負けの回数を増やし、原告患者を苦しめるだけではないのでしょうか。日本を代表する大企業にふさわしい行動をとってほしいですね。
日鉄無謀な上告 (大牟田の炭鉱太郎)
2011-02-16 10:43:30
ああ、残念!
日鉄が2月9日に上告したそうです。日鉄は何を考えているのでしょうか。
以前、日鉄の高橋なんですか、日鉄に逆らうものは徹底的に金を使わせてやると言うような意味のことを言われたそうですが、それをまだ実行されているのでしょうか、驚きですね。しかし、原告団もそんなにバカではないでしょう。ちゃんと、使えるお金と使えないお金ぐらい分けているんじゃないですか。あくまでも枠内だと思いますよ。解決が遅れるのは悔しいけれどお金の心配はないと思いますよ。
 私はやっぱり、上告は無謀だとおもいます。最高裁に却下されたら敗訴の回数が増えるだくだし、また、本社前で抗議され、要請も受けなければならないし、何もいいところはないじゃないですか。恥の上塗りではないですか。原告団も怒っているのじゃないですか。私は原告団をとことん応援していきますよ。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。