
藤崎八旛宮の由来
承平5年(935年)、敕願により藤原純友の乱の追討と九州鎮護のために、国府の所在地であった宮崎庄の茶臼山に石清水八幡宮から勧請を受けて創建された。九州の石清水五所別宮の一社である。鎮座のとき、勅使が馬の鞭としていた石清水の藤の枝を地面に刺したところ、芽を吹き枝葉が生えたので、「藤崎」を社名としたという伝承がある。国府八幡宮として国司や朝廷の崇敬を受けた。鎌倉時代以降は歴代領主の崇敬を受け、江戸時代には熊本城の鎮守社とされた。
明治10年(1877年)、西南戦争で社殿を焼失し、現社地に移転して復興した。大正4年(1915年)国幣小社に列格した
熊本市に住んでいる人は、秋季例大祭が始まるのを楽しみにしています。
祭りも楽しいのですが、熊本の気候が夏は殊のほか暑く、夕方くらいには風がそよとも吹かない異常な暑さに辟易してるからです。
しかしこの時期になると朝晩は涼しくなり、とても過ごし易くなります。
そのことを秋季例大祭の別名隋兵祭り(ずいびょうまつり)からとって隋兵寒合(ずいびょうがんや)と言います。
秋季例大祭は5日間続きますが、9/13〜9/17まで。1番のクライマックスは、最終日に行われる神幸祭です。今年は9/17です。
神幸祭は肥後熊本藩主加藤清正公の朝鮮出兵に際して御加護を得た礼に、自らも供奉した事を伝える祭りで、100騎の甲冑武者や67頭の飾り馬が市街を練り歩く武者行列で知られます。今年は67団体、約1万7千人の勢子が市街地を練り歩きます。
プチ情報ですが、甲冑武者行列の中で雑兵役は熊本市内の有名予備校の生徒君たちが扮しています。なぜかわかりませんが、武者行列に出た生徒君たちの合格率が良いそうです。この情報は私が高校生の時に既にありました。
飾り馬追いは勇壮ですが、とても危険ですので馬を制御する口取りは、男の中の男が担当するようになっています。
祭りに参加する男たちの憧れの的です。馬追いの口取りは、熊本弁で言う「むしゃんよか」男ですね。
「むしゃんよか」は古い言葉で武者振り(むしゃぶり)が良いから来てるみたいですね。江戸弁で言うなら、「いなせな」といった意味に近いでしょうか。
熊本を代表する祭りの一つですから、これに命を懸けているといっても過言でない人たちがいるのも事実です。
この人たちは1年1度のそれもたった1日のために全てを犠牲にして祭りに参加してくるのです。こういった人たちがいるからこそ祭りが盛り上がるのです。
どこかブラジルのリオのカーニバルを連想させるところがあります。
そういえば熊本も南国ですし、太鼓やラッパのリズムがラテン系かなと思わせるところもありますね。 ちょっと地元びいき過ぎたかな(笑)
私の大叔父が奉納団体を持っていましたので子供の時に父と一緒に初めて参加しました。その後、その奉納団体もなくなり、20年ほど前に参加して以来出ていませんが、今でも太鼓やラッパのリズムを聞くと身体の中から熱いものがこみ上げて来ます。そういう時はやっぱり熊本の人間だなと再認識させられますね。
まだ熊本へ来られてない方も1度この時期に来られると熊本人の祭りに対する情熱がわかると思いますよ。
最後に熊本弁で「1回祭りば見にきなっせ、熊本のよかとこがわかるけん来てはいよ」
藤崎宮・秋の大祭


こちらから動画が見られるようになっています。
火の国ネットワークさんのお祭りスナップ写真集


こちらからは熊本の「むしゃんよか」男性、「むぞらしか」女性の祭り姿が見られるようになっています。
「むぞらしか」は可愛い、綺麗なといった意味の熊本弁です。
承平5年(935年)、敕願により藤原純友の乱の追討と九州鎮護のために、国府の所在地であった宮崎庄の茶臼山に石清水八幡宮から勧請を受けて創建された。九州の石清水五所別宮の一社である。鎮座のとき、勅使が馬の鞭としていた石清水の藤の枝を地面に刺したところ、芽を吹き枝葉が生えたので、「藤崎」を社名としたという伝承がある。国府八幡宮として国司や朝廷の崇敬を受けた。鎌倉時代以降は歴代領主の崇敬を受け、江戸時代には熊本城の鎮守社とされた。
明治10年(1877年)、西南戦争で社殿を焼失し、現社地に移転して復興した。大正4年(1915年)国幣小社に列格した
熊本市に住んでいる人は、秋季例大祭が始まるのを楽しみにしています。
祭りも楽しいのですが、熊本の気候が夏は殊のほか暑く、夕方くらいには風がそよとも吹かない異常な暑さに辟易してるからです。
しかしこの時期になると朝晩は涼しくなり、とても過ごし易くなります。
そのことを秋季例大祭の別名隋兵祭り(ずいびょうまつり)からとって隋兵寒合(ずいびょうがんや)と言います。
秋季例大祭は5日間続きますが、9/13〜9/17まで。1番のクライマックスは、最終日に行われる神幸祭です。今年は9/17です。
神幸祭は肥後熊本藩主加藤清正公の朝鮮出兵に際して御加護を得た礼に、自らも供奉した事を伝える祭りで、100騎の甲冑武者や67頭の飾り馬が市街を練り歩く武者行列で知られます。今年は67団体、約1万7千人の勢子が市街地を練り歩きます。
プチ情報ですが、甲冑武者行列の中で雑兵役は熊本市内の有名予備校の生徒君たちが扮しています。なぜかわかりませんが、武者行列に出た生徒君たちの合格率が良いそうです。この情報は私が高校生の時に既にありました。
飾り馬追いは勇壮ですが、とても危険ですので馬を制御する口取りは、男の中の男が担当するようになっています。
祭りに参加する男たちの憧れの的です。馬追いの口取りは、熊本弁で言う「むしゃんよか」男ですね。
「むしゃんよか」は古い言葉で武者振り(むしゃぶり)が良いから来てるみたいですね。江戸弁で言うなら、「いなせな」といった意味に近いでしょうか。
熊本を代表する祭りの一つですから、これに命を懸けているといっても過言でない人たちがいるのも事実です。
この人たちは1年1度のそれもたった1日のために全てを犠牲にして祭りに参加してくるのです。こういった人たちがいるからこそ祭りが盛り上がるのです。
どこかブラジルのリオのカーニバルを連想させるところがあります。
そういえば熊本も南国ですし、太鼓やラッパのリズムがラテン系かなと思わせるところもありますね。 ちょっと地元びいき過ぎたかな(笑)
私の大叔父が奉納団体を持っていましたので子供の時に父と一緒に初めて参加しました。その後、その奉納団体もなくなり、20年ほど前に参加して以来出ていませんが、今でも太鼓やラッパのリズムを聞くと身体の中から熱いものがこみ上げて来ます。そういう時はやっぱり熊本の人間だなと再認識させられますね。
まだ熊本へ来られてない方も1度この時期に来られると熊本人の祭りに対する情熱がわかると思いますよ。
最後に熊本弁で「1回祭りば見にきなっせ、熊本のよかとこがわかるけん来てはいよ」
藤崎宮・秋の大祭


こちらから動画が見られるようになっています。火の国ネットワークさんのお祭りスナップ写真集


こちらからは熊本の「むしゃんよか」男性、「むぞらしか」女性の祭り姿が見られるようになっています。「むぞらしか」は可愛い、綺麗なといった意味の熊本弁です。










