付け焼き刃の覚え書き

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「鼻行類」 ハラルト・シュテュンプケ

2007-08-26 | エッセー・人文・科学
 南太平洋のハイアイアイ島にはマダガスカル島やオーストラリア大陸のように他の世界から孤立していたため、他の地域では見られない独自の生態系が残されていた。だが鼻行類…この島独自の進化を遂げたほ乳類は、核実験により島もろとも消失した…。

 ナゾベームと呼ばれる小動物をご存じでしょうか? ゾウのように長く伸びた鼻を複数持ち、それを器用に使って逆立ち歩きする生き物です。ナゾベーム以外にも、この島にはさまざまなハナアルキたちが棲息していました。
 この生態系ごと消え去ってしまった鼻行類について、残された資料を再構成してまとめた報告書……といっても、もちろんすべて架空の存在。最後までネタばらしせず、こういう島にこういう特異な生態系が存在していました、今は核実験で島ごと消えてしまいました、おわり!という研究レポートの形式を貫いた歴史的怪作なので、知らない人は鵜呑みにしそうで怖いですね。
 その"鼻を使って逆立ち歩きする"というインパクトのある形態とあまりにもっともらくし(終始一貫して)論文形式が貫かれた体裁のため、原典であるハラルト・シュテュンプケの研究論文『鼻行類』以外にも、ちょくちょく不思議な生き物の代名詞として姿を現しています。

 そして架空の生物をつくるなら、単に生き物だけをデザインするだけで済ませるのではなく、それが生息する生態系、あるいはそれを取り巻く人間の社会や歴史とのかかわりまで作らなければ「嘘っぽくなる」ということを教えてくれる空想世界創作のテキストともいえます。
 我々にいちばん馴染みが深いのは、PBM『蓬莱学園の冒険!』での登場でしょう。どんな不思議な生き物でも棲息しかねない(PBMの舞台である)宇津帆島を表現するのに使われていました。
 もうちょっと古くなると、柴田昌弘のコミック『ミッシング・アイランズ』にも登場しています。柴田昌弘は最近では「アワーズ」などの青年誌で活躍していますが、元々は「別冊マーガレット」でデビューした漫画家。やがて「花とゆめ」に移りますが、少女マンガ雑誌上で、当時では少年誌でも珍しかったSF色を前面に出したアクション作品を書き続け、代表作『ブルー・ソネット』の登場人物を明らかにモデルにしたNPCが『クレギオン#1』に登場するなど、少女誌時代から男性ファンも多い作家でした。その柴田昌弘の短編で舞台となったのは、ハイアイアイ島そのもの。事故でタイムスリップしてしまった主人公たちが、核実験で消滅する前に島から逃げ出そうとする話でした。

 そんな架空生物の代表である鼻行類についての本が手に入るなんて夢のようです。自分の持っているのは1987年の思索社版ではなく1995年の博品社版ですが、今は平凡社ライブラリー版が普通に手に入るという良い時代です。しかも書店をあちこち探し回らなくても、アマゾンドットコムでポチッとな♪で買えてしまうという素晴らしい時代です。文明の進歩に感謝。

【鼻行類】【新しく発見された哺乳類の構造と生活】【ハラルト・シュテュンプケ】【ミッシング・アイランズ】【秘境】【偽書】【ナゾベーム】【ハナアルキ】

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