やばい、またマタギのこと、考えてる!
このままでは頭の中をマタギに占拠されて廃人になってしまう!
去年の12月の後半ぐらいからだろうか、どうもヴァイタリティが低下しているというか、やらなきゃいけないのにやる気が出ないというか、疲れやすくてダルい感じが続いて、何も手につかないのだ。その傾向は年が変わってますます強くなっていたのだが、疲れたこころとからだにマタギの妄念が取り憑いたら、もうわたしはいけなくなっちゃうんじゃないか!そもそもマタギの妄念に取り憑かれたから、こんなんになっちゃったんじゃないか?
そういう危機感を感じたわたしは、現在のクリティカルな状況を脱するには、まず現状の自己分析をして問題を把握する必要があるだろう、そして、問題を解決するまでには至らないかもしれないが、「わたしはこれこれのことが問題だと考えている」と文字に書き起こしてみれば、少しはきもちが落ち着くのではないか、何かについて文章にして書いてみると、当初感じたり考えたりしていたことと微妙に違う形に表現されてしまうことは往々にしてあるものの、文章という輪郭を与えることでひと安心できるということもあるだろう、そう思って、まず手始めにマタギ問題に取り組むことにした。
まじめに問題に取り組む必要があるので、文体は「ですます調」ではなく、「だである調」の方が好ましいと考え、「だである調」で書くことにする。完全に自分のためだけに、セラピーとして書こう。
(1)マタギ問題
気がつくと、今日もマタギのことを考えていた。
去年の暮れ、オーチャードホールでの菊地成孔ダブセクステットのコンサートに行った。途中からUAさんがヴォーカルで加わった。最高の演奏、最高の歌だった。
昔、J-WAVEの深夜に成さんがやっていたラジオ番組を好んでいたわたしは、成さんのおしゃべりが好きなので、わたしにとっては成さんのMCもコンサートの楽しみのひとつなのだけれども、もちろんこの日も成さんのMCはあった。
例年、成さんのバンドによるコンサートホールでのライブでは、男女共にドレスアップすることになっており、幕間に供されるワインとあわせて、オーディエンスが一方的に音楽だけを楽しむのではなく、きれいな格好をして酒に酔いながら音楽が鳴る空間をオーディエンスとプレーヤーが共に楽しむというのが、成さんのコンサートに対するよい臨み方であった。だから、わたしはもちろんきれいな格好をしていたし、この年はドレスアップ率が低かった気がするものの、ふさふさのファーなどを襟に巻いてきれいにドレスアップしている女性も多かった。
しかし、この日は雨であった。成さんは晴れ男であるにもかかわらず、UAさんが雨女である故の雨のようであった。以上のような状況設定において、MCで成さんが「ファーをまとってきた女性の方々は、雨に濡れてマタギのようになってしまいますね」という旨の発言をされたのだ。
その日から、わたしの頭にはマタギというキーワードがブックマーク登録され、しばしばマタギのことを考え、マタギについて言及するようになった。
そしてまた別のある日、もう完全に別件なのだけれども、マタギを祖父にもつ女性がバイアスロンのオリンピック代表に選ばれたというニュースを目にした。その選手は鈴木芙由子選手という20歳の自衛隊所属の女性の方だった。バイアスロンというのは、クロスカントリースキーとライフル射撃を組み合わせた2種競技で、まさに冬山で狩猟するマタギの血を引く者にとってはうってつけの競技と言えるだろう。マタギの孫がバイアスロン。このニュースに触れて、わたしのマタギ熱は更に高まることになった。
冬は真冬になりつつあった。外は寒い。寒いとあったかい恰好をする人が多くなる。街に出ると、ファーのついた上着を着ている人を見る。そのたびに、あ、マタギだ、と思うようになった。寒くなると、ファーのついた上着を着ている人は増えるので、あ、マタギだ、と思う機会は日に日に増えていった。成人式の日など、テレビのニュースで成人式の模様が報道されると、もう映像の中にはマタギだらけで、ちょっとしたパニックになるほどだった。かくのごとく、冬という季節がら、視覚刺激によって内なるマタギ問題が惹起されるというカスケードが頻繁に繰り返されるのだった。
そして、今では2日に1度はマタギのことを考えるようになっている。一度マタギのことを考え始めるとマタギから離れることが難しく、しかし考えてもしようがないから、インターネットでマタギについて調べたりする。そして、今のところ、次のようなことがわかった。
・マタギについてインターネットで調べても、詳しい情報は得られない。
・その中で、『森の狩人・マタギ』というホームページにわりとまとまった情報が載っている。
http://www3.ocn.ne.jp/~ohana/
・マタギに関する書籍は幾つか出ており、比較的安価に入手できる。
・マタギに関しては暗黙知が多いらしく、その全貌を外部の人間が把握するのは難しそうだ。
・マタギとは、単なるハンターではなく、森や動植物といった自然の中で自然と共に生きるひとつの人間のあり方である。
・マタギはマタギ言葉を話すが、それがいかなる言葉かは秘されている。
・環境保護団体の運動により、マタギの生きる白神山地での狩猟が禁止された(クジラ、イルカのことも含めて、環境保護団体は文化破壊団体である)。
http://travel-lab.info/tech/pblog/article.php?id=60
https://my-mai.mainichi.co.jp/mymai/modules/manafuji21/details.php?blog_id=1
これらのことがわかっても、逆にわからないことが増えるばかりで、わたしの苛立ちは募る一方だった。しかし、現時点では心脳問題といっしょでこれ以上の問題解決は望むべくもないので、上記のようなステータスを文字に起こして書いてみたということで、いったんは問題を横に置いてみることにしよう。いわゆるプロブレム・リストというやつである。
(2)オザワ問題
しかし、マタギ問題がいったん棚上げになって、ああ、すっきりした、というわけにはいかない。そもそもわたしの頭の中を占拠しているのはマタギ問題だけではなかった。マタギ問題は2日に1度浮上する程度だったが、今年に入って毎日のようにわたしの頭を悩ませるのは、むしろオザワ問題だった。
オザワ問題と書いた。しかし、本当はオザワ問題、すなわち小沢一郎問題ではなく、検察問題とマスゴミ問題だ。このところの検察とマスゴミを見ていると、ひょっとして戦時中の軍部と新聞はこんなんだったんじゃないか、と思う。政治によるブレーキが効かない検察は暴走する旧日本軍のように見えるし、小沢一郎下ろし・民主党下ろしに躍起になって検察の暴挙というか愚挙を指摘しないマスゴミは、戦争万歳で軍部ヨイショの戦時中の新聞と同じように見える。野党もマスゴミも選挙のことしか考えてないし、彼らがほんとうに闘うべきは与党ではなくて検察なのに。
そういうことを考えながら、こんなの↓を見たりして、僅かに溜飲を下げたりしていた。
http://www.videonews.com/interviews/001999/001329.php
しかしわたしがどうこうできる問題ではないので、このオザワ問題も横に置いておこう、そう思った矢先のことだった。
第2のオザワ問題が浮上したのだ。
http://hihumiyo.net/
やっと第1のオザワ問題がが落ち着いたのに、別のオザワ問題が火を噴いた。90年代が生んだ日本を代表するソウルシンガー、小沢健二。かのオザケンが"LIFE"期のナンバーを中心に、当時のメンバーでバンドを編成してライブをするのだ。こうなると胸が躍ってしまう。
わたしは踊りっぱなしの胸を一通り躍らせて疲れさせて休憩すべく、オザケンの旧譜を立て続けにプレイした。"LIFE"と"刹那"は、そのハッピー・ヴァイブレーションに乗れるか不安だったのでとりあえずお預けにして、"毎日の環境学"から"球体の奏でる音楽"、"Eclectic"、そして"犬は吠えるがキャラバンは進む"へ。"天使たちのシーン"は、歌詞カードを見ながら13分間歌った。そして、少しだけ、落ち着いた。第2のオザワ問題も、一旦横に置いておこう。
(3)コタツ問題
しかし、わたしの抱えている問題は、マタギ問題やオザワ問題といった、思考に関わる、いわばソフトウェアの問題だけなのだろうか。そうしたソフトウェアが起動しやすい環境、すなわちハードウェアの問題があるのではなかろうか。
そう考えて思い至ったのが、わたしの家の環境だった。わたしは家に帰ると、手を洗ってうがいをしたら、まずソファーにすわる。ソファーから2.5mほど離れた場所にはテレビが置いてあり、1m離れた場所にはコンポが置いてあり、30cm離れた場所にはPCが置いてあり、周囲にぐるりと教科書・小説など各種の書籍が置いてあり、足元にはヒーターがふたつ置いてある。わたしはいったんソファーにすわる、というかごろり横になってくつろぐと、その場所から離れなくていいのだ。ずっとくつろげる。すべてがソファーの上で解決する。タオルケットを横になった自分とふたつのヒーターの上にかけると、とてもあったかい。ダラダラしてしまう。そして、その日が終わってしまう。
わたしは、これってアレだ、と思い当たった。『のだめカンタービレ』で、のだめが千秋の家にコタツを持ちこんだら、のだめたちだけでなくあのストイックな千秋までも怠惰な生活に陥った、というやつだ。いくら自分に厳しく、自分を律することができる人間でも、コタツの誘惑には負けてしまう。
千秋はこのことに気がついて、コタツを粗大ゴミに出すという解決を図った。私もこのことに気がついた。だから、ソファーから離れよう。今、こうして書いている文章が書き終わったら、ソファーから離れよう。そうだ今すぐ離れよう。