バルカンの古都ブラショフ便り

ルーマニアのブラショフ市へ国際親善・文化交流のために駐在することに。日本では馴染みの薄い東欧での見聞・体験を紹介します。

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ある漫画家との出会い

2008年04月11日 10時07分17秒 | 活動
 2006年10月26日のブログで、ルーマニアでも漫画(「Manga」で通じる)が盛んで、特に日本は世界マンガ・アニメ・ブームの家元と思われていることを述べた。当センターへ日本語を習いに来る学生も、TVの日本アニメを見て日本語を学習する動機になったと答える学生が80%を占める。当地で放映されているアニメ・チャンネル(文字通りアニメ専門のTVチャンネル)でも夜のゴールデン・タイムは日本アニメのオンパレードである。
 TVのほかインターネットで最新のアニメを見ている若者も多い。やはり英語版を見る人が多いが、中には日本語版を見て日本語を独習し漢字も覚え解読力は相当なレベルに達している人もいて驚かされる。なるほど、こういう外国語学習の方法もあるのかと認識を新たにする次第である。ただし読解力のみで、会話は出来ないという面白い現象ではあるが。これらオタク族は、アキバの最新情報やメイド喫茶・コスプレなどに滅法詳しく、こちらはついてゆけない。
  茶道・華道といった古典文化のほかに、このようなポップ系を文化交流にどう組み入れ活用するかは、今後の大きな課題である。当センターでも、美術学校の若者がリーダとなってマンガ教室を週2回開催しているが、なかなか盛況である。

 話は変わるが、日本の拙宅の隣に20台半ばの漫画家K氏が数年前に引っ越してきた。ちょうど少年ジャンプに連載を始めたところだったが、その後彼の漫画は大ブレークしTVで毎週放映され、劇場版アニメも毎年作られ、ミュージカルにもなり、アメリカでも放映されるようになり、ジャンプのカバーストーリーにもたびたび採上げられ、人気ランキングでも常時5本の指に入る売れっ子作家になった。 ほとんど外出も出来ないほど多忙を極めるK氏であるが、時々拙宅で夕食を共にした。K氏の漫画は単行本が出版される毎に初版を贈ってくれるので、かかさず読んでいたが、前から気になる箇所があったので、夕食時に聞いてみた。

 

自然院: このサブタイトルの「パラダイス・イズ・ノーウェア」は、カタカナと英語で書いてありますが、英語の方は文の途中に人の顔が挟まっており(上図参照)、 Paradice is nowhere. (天国なんて何処にもない。)が、Paradice is now here. (天国は今ここのある。)と読めてしまいます。これではカタカナと英語で全く逆の意味になってしまいますが、これは何か意図があるのですか?
 K氏: いやあ、よく気が付かれましたね。たまに読者の中にも、それに気が付いてメイルなんか貰うことがありますが、そういう時ってすごく嬉しいんです。実はこれは隠し味なんです。一見正反対の意味ですが、もっと深読みして頂くと、どちらも正しいという筋書きになっているんです。
 自然院: へえー。二つの相矛盾するように見える命題が、更に上位の統合したレベルで見ると双方とも正しいということですか。弁証法でいう止揚」のようなものですね。
 K氏: そうなんです。弁証法の「アウフヘーベン」そのものです。

 自然院は、この夜の会話を一生忘れないだろう。漫画に隠し味があることも知らなかったが、そのことよりも20台半ばの若者が弁証法を勉強していたのは驚きだった。実は「アウフヘーベン(止揚)」という単語はドイツ語の中で自然院が最も好きな言葉でもあり、生甲斐である。自分は少しでも多くのアウフヘーベンを体験するために、この世に生きているのではないかと思うことさえある。

 自然院は全共闘世代。70年安保と学園紛争で揺れ動いた時代である。大学の卒業式も大学院の卒業式も学園封鎖のため流れた。安保は粉砕すべきなのか否かについては賛否両論があったが、少なくとも学園民主化のニーズは身近な問題として感じられていたから、あの頃の学生は、学園紛争を機に大学や世の中を少しでも変えて行きたいという真面目な期待を、ほぼ全員持っていたと言っても良いと思う。過激派学生は「黙っている者は何も与えられず、乞う者は少しだけ与えられ、奪う者は全てが与えられる。」を合い言葉に、強硬戦術として大学封鎖を主張した。一般学生は、そこまでの戦術には躊躇したが、少なくとも過激派の言い分は否定できないところも多々あったし、自らを理論武装するためにも過激派の左翼思想とその根源である(唯物史観)弁証法くらいは、程度の差はあっても勉強したものだった。左翼思想に陶酔した友人は、「共産主義の下では、皆が一人のために働き、一人は皆のために働く。素晴らしいじゃないか。」という。この理論は完璧に思われるが、しかし人間はもっと利己的であり、そんな理屈通りに行かないのではないか、と当時の自燃院は本能的に(左翼思想には理論では敵わない。)考えて同調はできなかった。結果的には共産主義は失敗に終わり、その時の本能的な判断は正しかったことになる。しかし、その時学習した中で、弁証法の止揚に関する考え方だけは今でも大切な宝物と思っている。
 大学紛争はやがて弾圧され、過激派もノンポリ派も深い挫折感を味わった後、次にそのエネルギーを自らを企業戦士に変えて行くことに向かわせた。成長時代であったから、この世代は企業戦士としての達成感は概ね味わえたのではないかと思う。(少なくともバブル期までは)

  という訳で、自然院の世代には弁証法は身近な存在であったが、若いK氏までがそれを勉強していたのは嬉しい驚きだった。K氏の漫画はルーマニアの若者にも人気がある。この人気の裏には、隠し味を入れたり、弁証法を含めた広い勉強・努力があったのだ。日本の漫画は頼もしい。
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2 コメント

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すばらしい! (ハッペ)
2008-04-11 23:45:44
作者も読者も一体になる瞬間、うらやましいです。
確かに漫画から、勇気や優しさを教えてもらいますね。
漫画で (narann)
2008-04-12 00:01:39
小学5年生などで、歴史のまんが、有名人の伝記の
マンガ本が必ず付録にあった。
4年生ぐらいから、そうだったとも思うが・・・
その漫画の付録によって、しっかり知りえたことが
今の土台になってるかな??と思う程である。

それなのに、漫画なんか読んでといわれた時代に育ってもいる。
今は、世界に認められて・・・
それには、自然院さんの言われた事が、
底にあったのだという事を教えられました。
納得しました。 ありがとう!!
素晴らしい、自然院さま。

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