ジネンカフェだより

真のノーマライゼーション社会を目指して…。平成19年から続いているジネンカフェの情報をお届けします。

ジネンカフェVOL.082レポート

2014-05-27 22:42:29 | Weblog
VOL.082のゲストは、NPO法人まちの縁側育くみ隊の理事であり、事務局でもある名畑恵さん。名畑さんはもともと建築家志望で、大学でも建築を学んでいた。ところが現在はNPOの事務局をこなしながら、そのNPOの代表でもあり、名畑さんの学問の師匠でもある延藤安弘先生の秘書として全国のまち育て支援に飛び回る日々を過ごしている。建築とまちづくりは同じ工学系だが、似ているようでいて微妙に違う。そんな名畑さんの人生の転機のきっかけは何だったのか? その時名畑さんはどう思い、何を考えていたのか…? そして現在行っているまちづくり支援のことなど、名畑さんのライフストーリーをお話いただいた。後半は名畑さんがコレクションされている絵本の中から、参加者がそれぞれ自分のお気に入りの絵本を選んで読み、どういうところが気に入ったのか? 自分はどう感じたのか? あるいは外国語の絵本で内容が掴めなければ、絵だけの印象で自由に物語をつくり、発表してゆくというワークショップを行った。お話のタイトルは、『私たちのまちはこんなに面白い~はじまりは絵本から~』

【まちの縁側育くみ隊ってなにをしているの?】
ライフストーリーのお話に入る前に、名畑さんからご自分や私(大久保)が関わっている〈NPO法人まちの縁側育くみ隊〉が、どんな活動をしている団体なのか紹介があった。2003年に設立された当法人の活動には、三つの柱がある。一つ目は〈まち育て支援〉。これはいろいろな地域に出向き、その地域を元気にしたいという人々のお手伝いをするのである。例えば最近では3.11以降、宮城県仙台市の沿岸部、荒浜地区でふるさとを取り戻したいという人々の支援活動を展開している。具体的には『黄色いハンカチプロジェクト』といって、ふるさとの再生を願う荒浜の人達に共感した全国の人からのメッセージを黄色いハンカチに掲げて、それをふるさと再生の旗印にしたり、全国からまち育て活動に関わっている人々に集まってもらい、荒浜の人達との話しあいの場を設けている。二つ目は〈まち育て人養成〉。これは各地で催されている『まち育て塾(まちづくりワークショップ)』などで、こういう進め方をすると創造的な結果が得られますよ…というようなことを技術的に支援するのだ。例えば言語だけではなく、模造紙とペンを使って会議の参加者全員で共有することによって会議が可視化出来てわかりやすくなる…とか、写真の力を活動に活かすために、どういうアングルで写せば良いかなどの学びの場を展開している。三つ目が〈まち育て交流拠点の運営・支援〉である。まちの会所の運営とかジネンカフェや、まちの縁側GOGO!の運営支援などもこれに位置づけられている。この三つの柱はそれぞれ単独で行われることもあるが、相互にリンクしながらゆるやかに繋がっているのだ。まち育ての支援はいわば〈総合芸術〉なのだと思う。ひとつの視点、一方向の視野ではなく、多視的で、多角的な視点や視野が必要なのである。何故なら〈まち〉にはいろいろな人達が住んでいて、その人たちの数だけ〈想い〉があるからだ。まちは人々の想いの集合体であり、それらが渾然一体となり、絡みあい、響きあうから魅力的なまちに育まれてゆくのだ。また、愛知県内に点在しているコミュニティカフェのガイドブックを作成するのに先駆けて、コミュニティカフェを開設したいという人達を集い、『コミュニティカフェ開設講座』を開講したこともある。 ゛

【活動のきっかけはナンパ?】
名畑さんがこのような、まち育て活動に関わるようになったのは、大学二年生、19歳の時であり、きっかけは一冊の絵本であったという。名畑恵さんは、愛知県春日井市生まれ。椙山女学園大学の建築学科の出身である。学生時代の名畑さんは居酒屋でバイトをしながら建築を学ぶ、普通の建築学生であった。ある日。バイト先に建築家で市民活動もされているT氏がお客さんとして来店した。名畑さんが建築科の学生だと知っていたのか、接客した折りにでも名畑さん自身が話をされたのか、そのお客さんから誘われて、翌日名古屋市東区にある昭和初期に建てられたお屋敷、橦木館(現・文化のみち橦木館)に赴くことになった。現在の〈文化のみち橦木館)は名古屋市の市民文化財になっているが、当時の橦木館は個人の所有物で、そこを四人の店子さんが借りて住んでいたり、設計事務所やカフェなどを営まれておられた。その傍らでその橦木館という場を市民が使いあい、憩えあえる、まちの縁側にしようという志をもった人々が集い、毎月一度の〈つきいち縁側〉を催していた。名畑さんが誘われたのは、その〈つきいち縁側〉であった。

【カッコイイ大人たちー価値観の転換】
初めて遊びに行った橦木館で、名畑さんは人生のターニングポイントとなる出会いをする。建築科の学生で、橦木館を素敵な建築物として見学に行った名畑さんは、そこで橦木館が好きで、その場を護ろうとしている大人たちと出会う。橦木館を護るーといえば、旧い建築物ゆえに崩れないように補修をしようとか、保存運動などのハード的な意味として捉えがちだけれど、例え橦木館が存続したとしても、その地域に活気がなければ橦木館は護れないだろうという考えのもと、橦木館を拠点としてその地域まるごと好きになってもらおうと活動をしている大人たちだった。名畑さんが行ったその日は〈文化のみち界隈グルグル巡るマップづくり〉が行われ、文化のみち界隈のまち歩きをしてそれをマップにまとめてゆく…という作業をした。演劇の公演が行われたり、落語会が催されたり、橦木館がお化け屋敷に変身したこともある…。名畑さんの眼には、そこで活動している大人たちが格好良く映ったという。そこで名畑さんの価値観が転換した。建物を単に〈物〉としてみるのではなく、その建物に人々が愛着をもち、その地域まるごと愛着をもって育んでゆくから、その地域が活気づくのだーという、建築物に対する価値観の転換である。建物は使われて本来の輝きを放ち始めるのだ。自分たちが愛情を込めて育もうとするから、その地域が元気になるのである。

【衝撃! 師匠との出会い、ある絵本との出会い】
この橦木館の育み活動には、当時千葉大学の教授であった延藤安弘先生を毎月お招きして展開されていた。あるとき延藤先生が幻燈会で、絵本をスライド化して映しながらプレゼンテーションをするという機会があり、そこで名畑さんは『トンネル』という一冊の絵本と出会ったのである。名畑さんはこの『トンネル』から強い衝撃を受ける。この絵本はイギリスの絵本なので当然文字も英語で書かれているし、表表紙にはイギリスの国旗を掲げたモグラが描かれているのだが、裏表紙にはフランス語のタイトルとフランスの国旗を掲げたモグラが描かれていて、文字もフランス語で書かれている、いわゆる仕掛け絵本なのだ。この絵本はイギリス~フランス間のユーロトンネルの開通を記念して出版された絵本で、従兄弟同士のロンドンに棲むモグラくんと、パリに棲むモグラくんは、親交を温めたくてもモグラはフェリーには乗せてもらえないので、なかなか会うことが叶わない。では、互いの街から街へとトンネルを掘ったら、行き来出来るのではないかと思ったモグラくんたちは、相互に手紙のやりとりし、CADに向かって測量する機械を設計する。しかしながら、何かに懸命になっている人がいると、必ず茶々を入れる人が現れるのも世の習いである。ネズミくんに「この図面間違ってるよ」というツッコミを入れられる。こういう些細な技術基準を押しつけてくる人達のことを〈テクノラット〉と呼ぶのだそうだか、この絵本はそのことも揶揄しているのだ。それでも他の動物たちの声援を受けながらめげずにトンネルを掘り進めて行くと、宝物を掘り当てた。その宝物を売り払い、最新の掘削機を手に入れたモグラくんたち。モグラのくせに掘削機を使うのか? というユーモア精神も忘れてはいけない。現実のまちづくりにおいてもいろいろなトラブルが発生するものだが、ロンドンのモグラくんやパリのモグラくんも地下に棲まうモンスターたちに遭遇する。モンスターが言うには「ここは俺の土地だから通さないぞ」と言う。そうして凄まれたモグラくんたちだったが、一計を案じて〈ダーツの勝負をしよう〉と持ちかける。このモグラくんはなぜか穴掘りよりも、ダーツが得意なのであった。〈もし僕たちが勝ったらそこを通してくれない?〉とモンスターと交渉をし、勝負して見事にモンスターに勝つ。と、絵本をぐるぐると回してみると、ロンドンのモグラくんとパリのモグラくんは、めでたく出会うことができ、ふたりで凱旋門を眺めることができたのだった。

【遊びごころをもって事を企てる】
名畑さんはそのオシャレでユーモアも効いた仕掛け絵本にすっかり魅了されると同時に、何事も遊び心をもって事を企てる重要さを学んだという。それまでは若かったということもあってどこか社会に対してシニカルに構えていたそうなのだが、遊びごころをもつことや、みんなと笑って共有すること、対話をすることの重要性を感じたという。それに加えて〈絵本〉というものは、自分の自由に解釈して読んでも構わないんだな…。自分に引きつけた解釈が許されるんだな…と思ったのだという。『トンネル』は表表紙から読むと英語、裏表紙から読み進めるとフランス語で文章が書かれている絵本なのだが、延藤先生にかかるとそれがどちらとも関西弁の語りになるのだ。逆に言うなら絵本の世界は、それほどに懐が深いとも言えようか…。『トンネル』に魅せられた名畑さんは、自分も『トンネル』がほしくなって探したそうだが、絶版になっている絵本だったので〈Yahoo!オークション〉で出品される度にチェックを入れ、とうとう手に入れたという。

【自分の好きなものをもって、しなやかに、したたかに】
橦木館はその後、いろいろと現実的で難しい問題もあって、売却されてマンションになってしまいかねない状況になったが、そこに集う大人たちは粘り強く声をあげ続けた。結果的に橦木館は壊されずに市民の居場所として残り、活用されることになった。名畑さんはここからも〈声をあげ続ける〉ことの大事さを学んだ。そうなのだ。どんな不利な情勢に陥ろうとも、粘り強く声をあげ続ければ、結果は必ず好転するものなのだ…。強く願えば夢は必ず叶うものだ。橦木館の活動は決して声高にシュピレヒコールを挙げたり、強硬に建物の存続を訴えるものではなかった。演劇会や落語会など、自分の好きなものをもって活動し、人々がどれほど橦木館に愛着を持っているか示しながら、しなやかで、したたかに橦木館の必要性を広めようとしていたのである。名畑さんはここからも市民活動やボランティア活動の極意を学ぶ。自分の趣味や好きなことが地域のためになることもあるし、地域のためだと思って活動していることが、実は自分のためにもなっていることもある…。若いときにそういう体験をした名畑さんは、そういう大人になりたいなと思ったという。

【大人って怖いなぁ~ー橦木館での絵本展ー】
橦木館は存続されることになったが、活動の次のステップを考えた時に、橦木館での経験をほかの地域にも広めて行きたいね。こういう気持ちの良いまちの縁側がほかの地域にも広がるといいねということで、NPO法人まちの縁側育くみ隊は誕生することになったのだ。その設立パーティーを橦木館で開くことになり、名畑さんは「『トンネル』が好きだ」と表明したばかりに大人たちから無茶ぶりされて、洋館の一部で延藤先生のコレクションによる絵本展を担当することになった。何千冊とある先生のコレクションの中から500冊ぐらいを展示をするから、それをリスト化して名畑さんの感性でカテゴリー分けして展示して…と言われていた。その日から、彼女の闘いは始まったのだ。先ずは千葉から大量に送られてきた絵本のリストを作成していたのだが、500冊ぐらいと言われていたのに、500冊が過ぎてもリスト化は終わらなかった。600冊を過ぎても終わらない…。幾晩も橦木館で徹夜をして、結局絵本のリストは1000冊ほどに膨れあがっていた。大学時代の名畑さんが、〈大人って怖いなぁ~〉と感じた出来事であったという。しかし、その絵本展を担当したことが、現在の名畑さんの核になっているそうだ。

【〈好き〉ということのパワー】
このような経験を重ねてきた名畑さんは、〈好き〉ということのパワーの凄さを感じている。大人たちが好きなことをして、その力によって橦木館が市民文化財になって護られたように、絵本を読めば読むほどにいろいろなものへの愛着が増して来るという。まちのことが書かれた絵本を読めば、自分が住むまちのことが好きになるし、友達のことが書かれた絵本を読むと、自分の友達を重ねあわせて読んだり、自分のストーリーと絵本のストーリーを重ね合わせることで、いろいろな愛着や好きという感情が育まれてゆく…。

【絵本の発想をまちづくりに活かそう】
現在名畑さんが取り組んでいるのは、絵本の発想力をまちづくりに展開させることだ。その中でのキーワードは〈物語〉である。前述したが、まちにはいろいろな人が住んだり、働いている。その誰もが自分のストーリーをもっているものなのだ。さだまさしさんの曲に『主人公』という名曲があるが、そうなのだ。その人の人生の中では、誰もが主人公なのである。それをまちづくりの中に活かす…ひとつの例として、VOL.079のゲスト・原愛樹さんの回のレポートでも紹介した『色は匂えど長者町カルタ』である。このカルタについては原さんの回のレポートに詳しく書いたので、それを参照してもらえればよいかと思う。なるほど…。言われてみれば、このカルタは長者町のまちの歴史や、人々の物語を凝縮した絵本のようでもある。このカルタを作るために、名畑さんたちは長者町の人々ひとりひとりからお話を聞き、遊びごころをもってまちを好きになるアイテムを作ろうと考えたそうだ。例えば〈都市の花〉という絵札がある。この札の元ネタになっているのは、長者町にある繊維問屋の社長・滝さんの「小さくてかわいらしいものを守りたい」という想いと、そのふるまいである。春になるとビルの前のコンクリートの隙間からスミレの花が顔を覗かせる。そのけなげな小さき生命を目障りだと摘み取らず、そのままにして愛しげにそっと見守っている。そして季節が進み、種が取れる頃になると、その種を他のコンクリートの隙間に植えに行くのだ。名古屋のど真ん中でコンクリートのビルとアスファルトに囲まれた長者町を、花いっぱいにして人々に潤いを与えたい…。そんな想いからのふるまいであるという。そんな心温まる滝さんならではの逸話が、この札になっているのである。〈主人(あるじ)〉という札には、毛糸屋の女主人・棚橋さんの立ち姿があしらわれている。これは棚橋さんから聞いたあるお客さんとの逸話が元になっている。ネットショッピングが隆盛の昨今だか、やはり商売の基本は(顔の見える関係)で、四十年ぶりに会ったお客さんが棚橋さんのお顔を見た途端に感極まって泣き出されたとか…。棚橋さんの笑顔とやりとりがお客さんの心に残り続け、それが宝物のように大切にされてきたのだろう。棚橋さんと四十年ぶりに会った時に、そのお客さんの中で四十年という長い来し方の記憶が甦り、思わず涙になって流れ出したのだろう。

【私の好きなカルタの札を語ろう】
そうした人々の物語を詰め込んだ〈色は匂えど長者町カルタ〉が完成した時に、「カルタ語り大会」を行った。自分のお気に入りの札を選んで、その札を選んだ理由を語るという会である。そうすることにより、まちへの愛着が更に深まってゆくからだ。〈まいど〉という札を選んだ人に言わせると、正確には〈みゃーど〉と発音するんだと教えてくれたり、伊勢湾台風)という札から55年前のまちの歴史と人々の記憶を物語ってくれた人もいた。1959年9月26日の伊勢湾台風は、死者・行方不明者5041名という未曾有の被害を東海地方にもたらした。長者町自体は那古野台地の高台に位置しているので被害は出なかったのだが、各問屋の得意先が郊外に多く、甚大な被害を被った。長者町の各問屋は得意先を救えとばかりに各社あげて大量の〈おにぎり〉と〈一升瓶に詰めた水〉をもって舟に乗って被災地をかけまわった。泥にまみれた反物なども洗濯をし、アイロンをかけて再び得意先へと届けたそうだ。そのようなまちを挙げての救援作業は三ヶ月も続いたという。

【聖地巡礼とアイドル】
この〈長者町カルタ〉か作り手の手を離れ、ひとり歩きを始めているのは原愛樹さんの回のレポートにも書いたが、これは名畑さんも予想外だったそうだが、最初に面白がってくれたのは長者町外の若者だったという。現在も長者町ゼミというグループが独自にカルタ大会を行ったりしているが、まちの外の人達が盛り上がっていると、まちの人も自分たちのまちを見直し、長者町主催のカルタ大会なども企画され、大人も子どもも盛り上がっている。ファンも増え続けており、そのファンの間では滝さんが蒔いたスミレの場所を聖地巡礼みたいに訪れる人がいたり、毛糸屋の棚橋さんも小学生に写真を一緒に撮って下さいと頼まれたり、アイドルのようになっているという。でも、棚橋さんも決して困惑しているわけではなく、そんなふうに子どもたちから言われることを心の張りにしていらっしゃるようだ。高齢ではあるが、名畑さんと会うと「毎日オシャレしなきゃあね…」と元気におっしゃっておられるとか。まさに絵本(カルタ)効果であろう。

【遊びごころがもたらす効果】
こうして絵本やカルタなどの遊びこころを取り入れることによって、これまで割りと高齢の大人の男性しか関わりがなかったまちづくりに、子どもや若いお母さんなどの多世代の人々が関わってくれるようになってきたという。カルタ大会と一緒に餅つきをすれば、若いお母さんも活躍出来るし、新しいつながりもつくれる。まちの町内会長さんとまちの外から来た若者が一緒に活動したりするようになっているという。

【まちは私たちだけのものではない】
※このあと、名畑さんの一押しの『ちいさなこま犬』という、中国のある村の狛犬の物語を参加者の方々に読んでもらいました。ご興味のある方は、http://www.ehonnavi.net/ehon/14731/%E3%81%A1%E3%81%84%E3%81%95%E3%81%AA%E3%81%93%E3%81%BE%E3%81%84%E3%81%AC/ へ。この絵本からも名畑さんはいろいろなものを感じ取っている。まちは現在生きている私たちだけのものではないということ。建物や狛犬とか歴史を呼吸してきたものが生き物に思えた時、このまちを守らないとなという想いになった。自分よりも何代も先の子どもたちのために、まちはどうあるべきなのか…そういうことを考えさせられたという。そうなのだ。自分がこの世界から退場したあと、このまちがどうなっているのか? 自分に子どもがいなくても、親戚や友人や知りあいの子どもや、またその子どもたちのことに想いを馳せながら、現在のまちを、現存しているものを大切に育んでゆく。そう、まちづくりとはロマンなのだ。

【語り部】
この『ちいさなこま犬』からヒントを得て作ったカルタの札もある。その札には〈四つ角〉という言葉が掲げられ、ちょっと前まで長者町に建っていた遠山産業ビルが使われている。読み札には〈古くて渋いまちの語り部〉という言葉が紡がれているのだが、長者町カルタをつくる時にはこの建物は壊され、駐車場になってしまっていた。『ちいさなこまいぬ』の狛犬とこの遠山産業ビルがオーバーラップしてみえたので、読み札に〈語り部〉という言葉を入れたそうである。

※このあとで、絵本を自由に面白がれる体験をしてもらうため、名畑コレクションの中から参加者のみなさんが一冊の絵本を選び、その絵本を選んだ理由や気に入ったところなどを自由に語ってもらうワークショップを行った。同じ絵本を選んでも、当然のことながら選んだ理由や何を感じたかはそれぞれ違っている。その違いを共有することによって、その絵本の新しい魅力を発見出来たり、自分と異なる感想に「そういう解釈もあったのね」と思ったり、面白かった。

【まとめに代えて】
名畑さんと私(大久保)は、もう13年来のつきあいになる。また、延藤安弘先生に引き合わされたり、橦木館育くみ隊(現在のNPO法人まちの縁側育くみ隊)に誘われたのも同じ人からということもあり、親近感を感じてきた。また、現在NPOの事務局長とWEB関連担当者、文章担当者、またはジネンカフェ担当者として顔をあわせる機会も多く、またいろいろとうちあわせることも多い。しかし、今回のようにじっくりとまとめてライフストーリーを聞く機会は、いままで一度もなかった。名畑さんが絵本好きということは知ってはいたが、延藤先生の幻燈会で『トンネル』という絵本に出会って衝撃を受けられたのは知らなかった。私もやはり延藤先生の絵本のプレゼンにガツンとやられたひとりだが、ここではあまり関係ないのでそれが何の絵本だったのかということは書かないでおこう。ただ、私が興味深く思うのは、私が『トンネル』を読んでも楽しいとは思うが、それほどの衝撃は受けない。それと同じように私がガツンとやられた絵本を読んでも、名畑さんはおそらく私以上の衝撃は受けないと思う。そこなのだ。同じ人に誘われ、同じぐらいの時から共に活動をしてきた仲間でも、その人を取り巻く環境や経験などによって、感銘を受ける絵本が違ってくるということだ。しかし、それは違っていて当たり前で、異なっているから面白いのだ。近頃の社会情勢をみていると、自己と異なるものを排除しようと声高に叫んだり、没個性的、皆と同じであることをよしとする風潮がみられる。居心地の良いコミュニティとは、それぞれの違いを確認し、その違う部分を共有して、「それも悪くないよね」と認めあうことから始まるものだ。そう、名畑さんが後半で行った絵本ワークショップは、そういう意味で極めて創造的な面白さに満ちており、〈好き〉から創発したコミュニティ・デザイナー名畑恵の面目躍如たるものがあった。私自身も面白かったし、参加者のみなさんも楽しんでくれたようなので、名畑さんには機会があるごとにこのワークショップを続けて行ってもらいたいと思っている。
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2 コメント

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Unknown (M)
2014-06-01 08:28:04
コミュニティ・デザイナーという役割が注目されそうですね。
こういう振り返りいいね。
Unknown (dacou)
2014-06-01 13:05:22
Mさん、コメントありがとう~。そうだね。コミュニティデザイナーは職業ではないけれど、その役割はまちづくりの分野だけでなく、企業内とか、学生さんのサークルとか、地域の町内会や商店街組合など、人間関係が生ずるところには必要不可欠な存在ではないかなあ~? そのコミュニティが円滑に機能するにはなにが必要で、どんなことを大切にしなければいけないのか考え、導く人だからね。

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