須藤甚一郎ウィークリーニュース!

目黒区議会議員・目黒区行政監視団代表・ジャーナリスト須藤甚一郎のウィークリーニュースです。

640号 立花隆が本郷の樋口一葉の井戸消滅を嘘の随筆を「文藝春秋」に!

2011-06-15 | 記 事
立花隆が本郷の樋口一葉の井戸消滅と嘘を書いた!
ひどいことを書くヤツがいるものだ。
有名だから、ご存知の方も多いはずだが、東京の文京区は本郷の菊坂の横丁に、「たけくらべ」「にごりえ」などの小説の作者・樋口一葉(明治5~明治29年、1872~96年)が使ったという井戸「一葉の井戸」と呼ばれている古い井戸が現存している。
 
「一葉の井戸」をご覧になっていない方は、つぎのホームページを見てください。カラー写真が載っている。
 
立花隆(71)という評論家を知っているでしょう。かつて田中角栄の金脈を暴露して有名なったジャーナリストであり、東大の特任教授も勤めた。立花を経歴などについては、つぎ「ウイキペディア」の立花隆の項目で見ればわかる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E8%8A%B1%E9%9A%86
 
前置きが長くなった。が、6月10日発売の月刊誌「文藝春秋」7月号の巻頭随筆欄の最初に、『現代のグスコーブドリ』立花隆(評論家)が掲載されている。この巻頭随筆欄の最初に書く者は、いわば日本の知性を代表する人物といっていいだろう。古くは、小泉信三、慶応義塾塾長で経済学者、そして東宮顧問として、いまの天皇・皇后の成婚をまとめ上げた人物。哲学者の田中美知太郎。作家の司馬遼太郎。作家の阿川裕之などが巻頭随筆のトップを書いた。そして、いまは評論家の立花隆だ。
 
★立花の問題の随筆の中身はこうだ!
月11日夜、ぼくは汚れたベッドに横になって、「文藝春秋」の立花の随筆を読んで、大地震のようにビックリして、立ち上がりそうになった。
立花の随筆は、つぎのようにはじまる。
「私は本郷菊坂の近所に住んでいる。久ぶりに菊坂のあたりを散歩したら、その辺があまりに変貌していたのでびっくりした。
本郷菊坂というのは、本郷通りの本郷三丁目交差点近くから白山通りの西片交差点方面へ向かう、長さ五、六百メートルの裏通りの坂道をいう」
 
ちなみに、ぼくが生まれて育ったのは、東京は板橋区の志村清水町だ。が、昭和30年に志村一中を卒業して、本郷の東大正門前の大きな古書店に就職し、都立小石川高校の定時制に通った。本郷で約5年間働いたから、いわば第二の故郷みたいなものだ。
 
 
立花の随筆は、菊坂には貧乏だった一葉一家が通った伊勢屋質店の建物が現在も残っているなど、周辺の説明をする。そして、舞台演出家・蜷川幸雄が芝居「にごりえ」(浅丘ルリ子ら)で、いまの残っている一葉の井戸と横丁の長屋をそのまま舞台のセットとして再現したことなども説明。
問題なのは、それに続く立花の文章だ。
 
「そこは昔から文学通の間では樋口一葉旧居をしてよく知られている露地だった。しかし、いまは存在しない。
そこにそのような露地や井戸があったことを示す説明パネルすらない。」
 
「大変化が起きたのは、しばらく前のことだ。あまりにもおかしいと思って、区役所に問い合わせた。文京区は区の文化財を誇りとして、そのような歴史的文化的ゆかりの場所には、説明パネルを必ず設置してきたはずだし、その露地もずっとあったのである。」
 
「区役所の説明によると、それは住民の希望によってそうなったのだという。あの露地は露地全体が個人の所有地で公有地ではなかった。前々から観光客が無遠慮に入り込んでおしゃべりをしたり記念写真を撮ったりすることを住民がいやがっていたのだという。
蜷川の「にごりえ」以後、特に観光客が多くなり、住民一同もう我慢できないと、みんなで申し合わせて一切排除を区に申し入れたのだという。」
 
「あのあたりは、樋口一葉旧居だけでなく、近代日本の文化遺産的史跡がゴロゴロころがっている地域なのに、その最大の遺産を一部の住民の意志で全部放り投げてしまったのだ。」
 
★立花を住民エゴで貴重な文化遺産がなくなったと嘘を!
 
ぼくは、6月11日夜、この立花の随筆を読んで、「そんなはずはない。嘘だ!」と思った。半年前に、タウン雑誌「荷風」が昭和30年代前半の特集をやることになり、東大の中を当時、東大仏文科の学生だった小中陽太郎さんが書き、東大前の本郷についてぼくが書くことに、小中さんのアイデァでなった。
そのときに、菊坂あたりを歩き、一葉の井戸を見た。その後、井戸も露地もなくなったなんて話は新聞記事にもなってなかった。
 
12日(日)の午前10時ごろ、家をでて菊坂の一葉の井戸に向かった。都営三田線の「春日」で降り、菊坂の下から上っていった。
菊坂の中ほどで右へ階段を降り、紫陽花が満開の露地の入り口を入っていくと、何の変わりもなく、褪せた緑色の丸い土台の手もみ井戸があった。一葉の井戸だ。汲んだ水をバケツにいれる樋(とい)の先に、つける白い木綿の井戸袋も替えたばかりで真っ白だ。デジカメで写真を撮った。
 
「立花隆は、嘘ばかり書きやがって!」と腹が立った。
立花は、現場にいって確認することをせず、菊坂を久しぶりに歩いたを嘘をつき、その上「その最大の遺産を一部の住民の意志で全部放り投げてしまったのだ。」と住民エゴで、最大の文化遺産を葬り去ったと嘘っぱちをデッチ上げた。
何が評論家だ、ジャーナリストだよ。菅直人を一緒で、ペテン師で嘘つきめ!
 
★露地の住民たちは、排除なんかしていない!
 
井戸の上の板には「防災協定井戸 飲むときは必ずわかしてください 所有者並びに文京区役所」と書かれている。
立花の随筆のコピーを渡し、井戸端すぐ隣りの家の奥さんに話を聞いた。見物客の中には、井戸の写真を撮るために、植え込みの木の枝を手で曲げる者がいるという。が、住民が立花がいうように「みんなで申し合わせて一切排除を区に申し入れた」ことなどないという。
 
ぼくは近所の喫茶店「いちは」(一つの葉)で、コーヒーを飲み、立花の随筆の載っている「文藝春秋」を見せた。デタラメさにあきれていた。当然だ。
ぼくは、このことを知り合いの週刊誌編集者、新聞記者など数人に知らせた。今日、明日中にきっと記事になるはずだ。
 
デタラメを書いた立花隆は、どんな言い訳をするのか?まさか、政治家のように「一葉の井戸の確認は、秘書がやりました」「スタッフに調べさせたが、それが間違っていた」なんて、マヌケなことをいうのかな?
「文藝春秋」もこんな原稿を掲載し、どう責任を取るのだ!
 
★目黒区は児童の水筒持参を禁止!人工芝校庭の放射線測定を禁止!特別委員会で須藤が追及!2件とも許可することになった!
 
先日の目黒区議会の震災対策特別委員会で、ぼくに区民から情報提供があった件を質疑して、解決したので、簡単に報告しておく。詳細は次号で。
 
(その1):中目黒小学校で、保護者が飲料水の放射能汚染から守るため、子どもに水筒を持たせようとしたところ、学校側は「児童が水筒を持たせることを禁止する。目黒区は国の基準に基づいてやっていて、安全である。校長の判断ではなく、教育委員会の判断である」といったというのだ。
持参させて欲しいという保護者をまるで、「モンスター・ペアレント」扱いだったという。情報提供者によれば、中央区は各学校の判断で、持参オーケーだそうだ。
 
その情報に基づいて、質疑をしたら、伊東教育次長が「1校の校長が問い合わせてきた。が、教育委員会は水筒持参はダメとはいってない。水筒の持参は、問題ない」と答弁した。すぐ、情報提供者に知らせた。
 
(その2):目黒区の市民グループが、放射線の測定器を自腹で購入し、先週、区内のあちこちで測定した。人工芝にしている校庭で測定しようとして、校長を交渉した。が、ダメだと許可せず。
 
ぼくは特別委員会で、なぜ、許可しないのか。目黒区、目黒区教育委員会は、東電と菅ペテン政権の方を持って、人口芝校庭の放射線測定を禁止しているのか、と質疑をした。伊東教育次長は「禁止はしていない。申し込みを受けたら、許可する」旨の答弁をしたのだ。これも情報提供者に知らせた。
どちらもさっさと許可すればいいじゃないか!みんながあの手、この手で放射能の危険を防がねばないないのだ。
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