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水のように生きる
・自ら活動して他を動かしむるは水なり、自ら潔うして他の汚れを洗い、清濁併せ容るるの量あるは水なり

母とのつながりの大切さ

2017年06月30日 | 子育て支援

最近、話題になっている子どもの貧困。
厚労省の調査では、平均所得の半分以下で生活する子ども(17歳以下)の割合は16.3%(平成24年)と実に6人に1人が貧困状態にあったが、平成28年は7人に1人と改善されたと公表された。しかし、「生活意識の調査で、「生活が苦しい」と答えた世帯は2年連続で減少しているものの、全体の6割近くを占め、特に母子家庭では8割以上が「苦しい」と答えている。また、「夏休みが終わる頃、体重が減る子どもがいる」学校教育の現場では、給食がない夏休みに食事を十分取れず、体調を崩す子どもの存在が危惧されている。背景にあるのは、貧困世帯における「食の貧困」だ(2014年9月25日(木)NHK放送。)と、食事を作らない、与えない親がいるという現実があり、家庭で食事を取れない子ども、1人で食事をしなければならない「孤食」の子どもたちがいる。
国は子どもの貧困対策・重点施策として、「保護者の子育て力の向上」と「母子保健から児童福祉への切れ目のない連携の仕組みづくりによる児童虐待の防止」、「住まい・就労・生活への支援」を保護者等への支援策の抜本強化としている。母子保健から児童福祉への切れ目のない連携が重となる「子育て世代包括支援センター」の役割は大きい。

「こども食堂」は、主に市民団体がボランティアで運営しており、各家庭や地元のスーパーや生協、商店などから余った食材などを集め、格安や無償で温かい食事を提供する社会奉仕的なサービスを提供している。活動していた方の話を聞くと、家庭以外での自己表現の場として、自分のモチベーションで活動しているようで、栄養バラン
スがとれた食事、野菜を食べてほしい、みんなで食べる楽しさを知ってほしいと、無意識のまま大人は子どもに理想を押し付けている?
活動状況は、「こども食堂」といえども経営が重要で、「ひと・もの・かね」が尽きたことにより中止になった。活動に至るきっかけや想いは熱く!あるが、どこか大人の都合で、「子ども食堂」が「おとな食堂」になっている感じがした。

ある親子の話しを思い出す、保育園で出す食事を食べない子どもの話し。その子のご飯はスーパータイムセールスの茶色いお弁当でした、夜も朝も。栄養士さんが作ったメニューや味をその子は受け入れなかったと言うことだった。その母親は知的障害を持ち料理を作る事が出来ないながらも子どもに食事を与える事をしていた。本能的にある母性で、この親子の「絆」なんだろうと思った。

経済的な貧困、精神的な貧困にある人たちを、「子ども食堂」は精神的な支えにあるかも知れないが、家庭という共同体で子どもを育てる文化が薄らいでいくようで、「子ども食堂」が家となり、食堂のスタッフが親となり、いつの間に子どもを親から離しやすくなり、それが子育てに良いとされる事に危機感を覚える。子どもを親から離し、美味しい食事を確保しても、子どもの健全な精神は育まない。
「子ども食堂」を単に食事を提供する場ではなく、家庭力や地域力を復活させるきっかけとなり、生まれてから義務教育の期間に親も参加した生活を共有できるコミュニティであるべきと考えるのは私だけではない。
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