恐山あれこれ日記

院代(住職代理)が書いてます。

無記と空

2017年04月20日 | 日記
「机が無い」という認識(言い方)が成り立つのは、机が在ることを前提にしています。そもそも全くないものを「無い」と言うことはできません。つまり無いことそれ自体は認識できず、無いことの認識はあくまでも在ることに依存しているわけです。この、いわば「無い」ことを可能にする「在る」は、当然、普通我々が言うところの「在る」とは、その「在り方」が違うでしょう。

 他方、「机が在る」という認識は、それを自分が見ている、触っているなどの経験を通じての認識であることが普通です。では、経験的に認識していないとき、すなわち見ても触ってもいないときに、「机が在る」と言えるのかと問うた場合、即座にイエスと即答できるでしょうか? 見ても触ってもいないものを、「在る」となぜ、どういう理由で言えるのかは、非常に困難な問題です。これは原理的に「在ると信じている」以上のことは言えません(さらに言えば、すべての「在る」は実際には「在ると信じている」である)。

 以上の事情を言い換えると、「机が在る」「机が無い」などと普通に言うときの、「在る」「無い」という経験的判断をする手前の、「在る」「無い」の述語のつかない「机」それ自体は在るのか無いのか、という問いになります。これは、論理的必然として、「在る」とも「無い」とも言えない、と答えることになるでしょう。

 経験的に認識できない「机」とは、いわば「形而上学的」に存在する「机」、つまり個々に認識される机を超えた「本質」としての「机」と同じ意味です。

 大乗仏教の「空」は、この「本質」としての「机」が「在るとは言えない」という認識であり、いまここに現前している机の「在り方」は、「机」として使う人間の行為に依存しているという意味で、「縁起」していると言うのだと、私は考えます(だから「無いとは言えない」)。

 すると、この「空」のアイデアの原型は、ゴータマ・ブッダの「無記」になります。世界が永遠か否か、有限か無限かなど、形而上学的問題について答えない認識論的態度を、我々の日常の判断にまで拡張すると、『中論』に展開される論理になるでしょう。

 すなわち、『中論』の「空」解釈は、ゴータマ・ブッダの「無記」思想の直系なのであり、これ以外のすべての「空」解釈は、すべてどこかに「形而上学的」思考を持ち込むことになるでしょう。
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424 コメント

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Unknown (机のような者)
2017-04-20 00:45:48
机を「私」に置き換えてみる。

実存のお話になるのかな。
Unknown (Unknown)
2017-04-20 01:56:26
「机」っていうのがそもそも「実在しないもの」だし。言葉の役目はそういうことでしょ?
Unknown (Unknown)
2017-04-20 04:24:24
コメントちゃんとみてくださってんだねぇ

ありがたや ありがたや
Unknown (李)
2017-04-20 06:32:32
『(さらに言えば、すべての「在る」は実際には「在ると信じている」である)』

おっしゃる通りだと思います。「神」であれば、同意する方もいらっしゃるかもしれません。
しかしながらその様な方であっても、自分が見て、触ったなどの経験を通じた認識の延長にある「故人」については、同意しかねる方も多いのではないでしょうか。


「外」と「非」の思考
http://blog.goo.ne.jp/jikisaim/e/aca87ed6f7ddbcf8744f3d1ee13fe7ee

『ある者がブッダに、「神はいますか?」と単刀直入に質問すると、ブッダはこんなふうに答えたと言うのです。

(中略)

すると、ブッダは驚くべき回答をします。

「『神はいる』ということは、世間で声高に同意されているものだからである」』

ゴータマ・ブッダであれば、自身の思想を超えて、「恐山の在り方」を大肯定するでしょう。

方丈様、いつも大変お世話になり、誠にありがとうございます。
Unknown (徴)
2017-04-20 06:41:59
恐山は「故人」と縁を結びなおすのに、また自身の「故人との過去」とを結びなおすのに、最も適した霊場かと思われます。

「故人」や「故人と過去」などにより凍った心を溶かし、より良い縁を結びなおして、より良く生活できることになりますことを、心より深くお祈り申し上げます。
Unknown (南京ハゼ)
2017-04-20 07:58:44
もとを決めた境界線を前提としないような時、ひとつひとつにその断定ではないという伝え方が様々の事柄を可能性として省みるような問いを常に与えられるような気がします。それは同時に澄んだ広やかさと慈しみの視野を感じるようでもあります。ハナミズキが咲きますが気温差の大きな折、どうぞ御自愛下さいますよう心よりお祈り申し上げます。
Unknown (たかはし)
2017-04-20 10:14:02
はじめまして。

机には、常住な実体、不滅の本質が無い、というのが、中論の空ですよね。不滅の実体が無いと断言してますよね。

そこに机が有ることは疑っていない。そして、その机には、不滅の実体は無いと断言する。机は不滅ではなくて無常な存在であって、その机は、不滅の実体にではなく、他の無常な存在によって成立している、すなわち縁起であると。

中論の空は、そういうことだと私は理解しています。
Unknown (senrigan)
2017-04-20 10:25:13
ヒトは言葉によって喜怒哀楽を感じ表現し時にはそれにより他を嫉妬したり憎んだり恐れたりします。そして、言葉の亡霊が肥大化しその幻影に慄き人殺しさえすることはまま有ります。それが国家レベルまで膨張し戦争になることは歴史が証明しています。
 ギリシャのイデアのようなものを釈迦や竜樹は信用していません。言葉の機能の負の部分を排除しその呪縛から自由になります。東洋の素晴しい智慧だと思います。
Unknown (たかはし)
2017-04-20 10:40:43
釈迦は、当時の常識だった存在の本質たる不滅の実体について、それが有るという見解を持つなと言い、そして、それが無いという見解も持つなと言っています。

その一方で、どれも不滅の実体ではない、とも言いました。諸行無常、諸法無(非)我ですよね。

それをどう解釈するかで、後世の仏弟子は見解が割れた。

説一切有部は、我は無常だが、そこに常住なものが有ると言い出した。

それに対して、龍樹の中論は、不滅の実体は無い、常住不滅なものなど無い、そこに例外はないと断言した。

初期経典に依拠しているテーラワーダも、不滅の実体は無い、そこに例外はないと解説します。

だから、厳密には、どの宗派も、釈迦から微妙に離れたと私は思っています。

なお、最近話題のテーラワーダのスマナサーラ長老が、実は、不滅の実体が無い、ではなくて、正確には、不滅の実体は見つけられない、が正しいと解説したことがあります。

それが釈迦に近いと私は思いますね。

どんなに探したって見つけられないものを、探すな、執着するな、ということですね。

見つからないものは、有ると言えないのは当然ですよね。そして、見つからないからといって、無いとも断言できない。

言えるのは、見つけられるものは、どれも不滅の実体ではない、無常なものだということまで。

だから、そんなものには執着しないということ。

無常なものには執着しても仕方ないですから。無常とは、変わってしまうということですから。
Unknown (たかはし)
2017-04-20 10:57:24
そこに机が実在してるわけではない、そこに机が有るという人の認識があるだけである、というのが唯識ですかね。

初期経典で釈迦は、全ては夢幻のようなものだと思え、と言っています。

夢幻のようなものだと思え、ということが、夢幻だ、と解釈されていったのが唯識の流れかな、なんて思っています。
Unknown (Unknown)
2017-04-20 11:35:05
てゆうか
そこに「机だと思っているもの」がある、んじゃないの?
なにか、は、あるんでしょ。
それを「机」と呼ぶことは、それを「机だと思っている、机として使うものだと思っている」ことを表明してるんだよね。
人によっては「ワインの空き箱」かもしれないし、「作業台」かもしれないし。

「机」そのものなんかないよ。それは「言葉」だもん。
Unknown (Unknown)
2017-04-20 11:43:11
自分の肉体を主軸として 自分の身体を主体 世界を客体として観るのなら因果はある、生も死もある、物事は変化していく。肉体の生存 保存を基準にしての倫理や道徳もその然るべき場所がある。

でも そうではなくて 空の考え方は私の肉体から世界を観るという視点から離れている。自分の肉体から離れて主観と客観 主体と客体が合一するところまでいくと つまり存在自体が私自身であると考えて観ると、存在自体は未来も過去もすべての時間を含んでいるし、そしてあっちもこっちもあらゆる空間を含んでいるのだし、つまり過去未来すべての現象を含んでいるのだから「わたしが在る」という言い方しかできない。「存在自体」のほかに生まれるとか死ぬとか、因果があるといった言い方はできない。

また「他にはなにもなく存在自体のみが在る」といってしまうと それを認識するものと認識される対象としての「存在自体」とがあるような誤解がある。また「在る」というのは「無」が相対としてあっていえることなので、「有」と「無」を判断する主体があるような誤解があるので あらゆる存在論的問いに対して沈黙でしか応答できない。

難しいのはこの時間とか空間とかいったものは私の身体を基準にして感じとられるものであって、人間はこの時間とか空間に依らなければ物事を認識できない。肉体としての私という自己を離れて時間とか空間とかいったものは存在自体にはない。

時間のひろがりは空間を前提にしなければならないし、空間のひろがりは時間を前提にしなければならない。時間と空間が共にお互いに依存している、時間と空間は同じものであって、けれども人間には同じものとして認識できない。

ウスペンスキーや大森正蔵や半田広宣がいうように、人間の眼は平面しか知覚しない。一つの視野 知覚 すなわち知覚正面の無限集合が つまり平面の無限集合を平面と直交する線 またその線の無限遠点として立体を構成する。構成するのは人間の心であり、

それと同じように人間の心によって構成された立体という概念の無限集合が 立体と直交する線 またその線の無限遠点としての不生不滅 不増不減 の空間 すなわち無限としての時間と空間を構成する。しかし人間の肉体は有限であるから この無限の時間と空間(同じものであるから すなわち「存在自体 または物自体」)を認識できない。

人間の肉体にできるのは この「無限」または「存在自体」を分割して直線として無限に伸びる時間のなかを その都度の分割された空間が(立体世界)移行していく または埋めていく かのように感覚すること。そのようにして無限としての存在自体をおぼろげに認識する。でもあくまで認識に留まる。

この「無限」 または「存在自体」を空間と時間に分割したうえで 無限にマクロ方向に拡大していけば 存在自体に一致するし、無限にミクロ方向に収縮収斂していけば「ただ今ここ」に一致する。

だからマクロとミクロが一致すること つまり私という個と全体としての存在自体が一致することは梵我一如であり、存在自体と「ただ今ここ」が一致するということ。ただそれは認識ではなくて、すべてが一度に流れ込むような直観であること。それがエクスタシーとか恩寵とか天啓とか呼ばれること。

わたしが思うには 空の考え方は固定された視点を絶対に認めないことであって、逆に一元論は一点からあらゆることを俯瞰 鳥瞰するようなことであって、二元論は一元論に至る より細かい説明に近い気がする。多元論はより人間の固定された認識に近い。

多元論から二元論 二元論から一元論 一元論から空の考え方にいくに従って、固定された視点から徐々に離れていく。そんな気がする。

イェーイ みんなハッピー?
元気してる〜?
チョベリグww
Unknown (Unknown)
2017-04-20 13:26:51
見つけられないとは、人間目線でないかい?
つまり、形而上学視点だから、見つからないわけで、それで無いとも在るとも言えないわけで、不滅の実体という、無いものは無いでしょ。
Unknown (Unknown)
2017-04-20 16:24:54
複数の紙があり、それぞれの紙に同じ位置、同じ寸法の机の絵を書いたとする。
紙芝居、パラパラ漫画のようにめくった場合、机が動かないようにみえる。

ここで問い。
それぞれ紙一枚一枚にかかれた机は「同じ」ものなのか?「違う」のか?
一枚一枚「違う」机の絵とみなした場合、「同じ」机が動かないといった表現は正しいか?
「同じ」机の絵とみなした場合なにと比較して「同じ」なんだろう?
Unknown (Unknown)
2017-04-20 16:40:50
脳による認識で机があると思っている。それも解る。が、はたして脳によるモノだけだろうか?
俺達人間は、ビット数の少いこのクソ脳と二つしかない三次元用の目ん玉でしか判断できない。
超弦理論で11次元なんて言うけど、11次元人から見た机はどう見えるのかね?
さぁみんな、今日も後少しクソゲー人生ガンバロー!
Unknown (Unknown)
2017-04-20 19:18:44
いつも法話ありがとうございます
「無記と空」大変とらえにくいお話ですね。
存在の本質、不滅の実体が、あるとかないとか。
存在の危機、すなわち「死」を意味します。そんなことがはっきりわかれば、人はいつ生まれ、いつ死ねかもわかるかもしれませんね。いつも、ありがとうございます。
(李)さんへ (蓮の花)
2017-04-20 23:22:56
Unknown (李)
2017-04-20 06:32:32
上記のコメを書いて下さった李さんへ

リンク先を添付してくださったお陰様で、辿ってきた道筋をもう一度、考え直せました。
ありがとうございました。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 02:02:36
>脳による認識で机があると思っている。それも解る。が、はたして脳によるモノだけだろうか?

五蘊によるものではないでしょうか。
つまり心といわれるもので、脳は心の道具です。

それが無我なった時、机が机でなくなり、また、縁起で机にもなります。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 02:37:36
詰まるところ、

空は無記すべし、議論すべからず!!…
という意味なんでしょうか??

詰まってもつまらなくても・・・
Unknown (Unknown)
2017-04-21 04:53:09
陰陽道「呪」
Unknown (たかはし)
2017-04-21 06:43:58
初期経典にも、空という言葉が登場します。その空の意味が、後の大乗仏教の空と、どう違うのか。そこは、議論してしかるべきだと思いますね。

大乗仏教の有名な般若心経を批判したテーラワーダのスマナサーラ長老は、その違いを無視している、理解していない、あるいは知っててわざとか分かりませんが、それでスマ長老の批判が大乗の側からするとトンチンカンなものになっていると思いますね。

スマ長老は、初期経典の空は、認識論で、それを大乗は、存在論にした、と説明します。

初期経典の空は、頭の中の認識を無にするという意味。大乗の空は、存在には不滅の実体が無い、という存在論。

スマ長老に対して、空は何も無いという意味ではない、と反論した大乗の若い僧侶がいたそうです。大乗の空の意味からすると、まさにその通りだと思います。そこに不滅の実体が無い状態で存在する、それが大乗の空でしょうから、何も無いわけではないですよね。

それに対して初期経典の空は、頭の中の認識が、何も無いことを意味します。現実の存在を問題にしていません。詳しくは、小空性経、大空性経にあります。

初期経典に依拠するテーラワーダの僧侶たるスマ長老は、初期経典の言葉の意味を変えることを極端に嫌います。初期経典が釈迦の言葉なのだから、それを変えるな、釈迦に帰依しろと。まあ、テーラワーダの僧侶ですから、当然なんでしょうけど。

でも、存在には不滅の実体は無いというのは、テーラワーダも同じこと言っているのですけどね。

だから、お互いの言葉の意味の違いを了解すれば、空についてテーラワーダと大乗で無用な論争はしなくて済むと思いますね。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 07:46:11
空は空ではないですか?

認識論とか存在論などと区別することは戯論と呼ばれませんか?
Unknown (Unknown)
2017-04-21 07:56:13
すいません
間違えました
たかはしさんのおっしゃる通りです
Unknown (Unknown)
2017-04-21 08:42:59
スマ長老って説一切有部の立場にある人なの?
テーラワーダは説一切有部を支持するの?
いまいちわからないのだけど。
説一切有部って無為法で大乗と対立したんだよね。
なんかwikiしか参照できるものがなくてそのあたりわかる人助けてほしい。
Unknown (たかはし)
2017-04-21 08:50:33
仏教学者の中村氏によると、金剛般若経では、大乗の空の思想を説いているのに、空という言葉を使っていないそうです。それを中村氏は、まだ大乗で空という言葉が成立していない時代のものだからだろう、と推察しています。

それから、その経典では、小乗に対する大乗という意識も明確ではない、と解説しています。

小乗だ、大乗だと無用な論争をするようになったのは、いつ頃からなんでしょうね。
Unknown (たかはし)
2017-04-21 09:00:24
スマ長老は、説一切有部も批判します。

説一切有部は、我は無常としますが、そこに常住な実体の存在を認めます。それを我空法有とか言われますよね。大乗は、我空法空で、常住不滅な実体など一切認めないですよね。テーラワーダも常住不滅な実体の存在を認めません。そんなことは、初期経典に書かれていないからです。

ではなぜ、後の説一切有部は、そんなことを言い出したのか。

それは、釈迦以前からあるインドの伝統的な宗教たるバラモン教、後のヒンズー教の影響からだろうと推察する学者がいるようです。

ちなみに、説一切有部は、現代では存続していないらしいです。
Unknown (たかはし)
2017-04-21 09:07:58
ただ、現代の大乗では、不滅の仏、常住な法身、大日如来、毘盧遮那仏の存在とかを言う宗派がありますよね。それもまさに、バラモン教、ヒンズー教の影響じゃないかと思われます。

大日如来も空だ、と説明するようですが、空なのに不滅って、それじゃ説明にならないですよね。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 10:14:48
>説一切有部は、現代では存続していない
そうなんですか。情報感謝します。
三世実有・法体恒有とwikiにかいてましたが大乗ではどちらも否定されるのでしょうね。
>大乗は、我空法空で、常住不滅な実体など一切認めない
実体を認めないなら認めないでいいんだけどその口で仏性は常住常在だってのは説明にならないですね。
三世実有を否定しながら久遠実成の釈迦を持ち出してきてくるってわからない。
三世実有を否定するなら久遠もないでしょう。

現代の合理的批判精神からみて法華経のような創作ファンタジーをぶっちゃけ信じられますか?
Unknown (はしぐち)
2017-04-21 10:24:54
突然現れた、たかはしさん。
ありがとう。

宜しくね。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 10:29:25
「呪」
あ、そんな感じかも。
とはいえ、わたしの「呪」に関するデータは夢枕獏「陰陽師」あたり由来ですけど。

ひろまさとせいめいが羅生門の鬼に会いに行くとき
名前を名乗るな、どう呼ばれても応えるな、ってせいめいに言われてるのに
鬼に呼ばれてまんまと応えちゃったひろまさが
鬼の「動くな」で縛られて動けなくなるんだよね。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 10:34:58
玄奘三蔵がインドからもってきたものはヒンズーの影響大といっていい。
空海が中国からもってきたものも源流をたどればヒンズーと考えられる。
ここまで混濁した状態にあって原点回帰しようとするのはわからないでもない。
肝心なところは無記という。
無記なら原点がなにかわからないではないか。
いや無記だったが故に様々な物語が創作されたのかもしれない。
一体なにを信じていいのだろうか。

私が唯一信じられるとすればカーラーマ経だけだ。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 10:36:47
信じるとか信じないとかじゃなく 方便だっつーの
Unknown (Unknown)
2017-04-21 10:41:54
うそも方便で正当化されるんだ?
そりゃご都合主義ですわ。
Unknown (たかはし)
2017-04-21 10:42:42
法華経は、ヒンズー教と仏教の融合で、古来から神道を信じてきた日本人には、国民性として馴染みやすい、ということかなと。

初期経典は、徹底的に合理的ですね。でも、それそのままでは、日本人の多くは受け入れられないでしょうね。そんなの仏教じゃない、間違ってる、と言うでしょうね。

子供の頃から浄土真宗に親しんできた宮沢賢治は、青年になって法華経に触れて、身が震えるほどの感動を覚えた、と言ったとか。

そういう人が多いと思いますね。

法華経の何がそうさせるのか。

やはり、常住不滅、現世利益、みんなと共に幸せに、信仰によって偉大な存在に守られる、救われる、とそういうことですかね。

そういうのって、世界共通ではないかと。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 10:48:21
空について諸々の解釈を 滔々と比較説明しながら 最後の最後に合理的批判精神持ち出すとかどんだけw

今回のネタは中論だろ。中論は合理も非合理も超えてるだろ。合理的批判精神でいきつくのは世俗諦。

合理も非合理もないから無記なんじゃないか。なんのために世俗諦と勝義諦に区別してんだよ〜。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 10:52:52
嘘も方便で正当化されるんだ。そりゃご都合主義ですわ。だってw

李さんがコメントで貼ってる、南直哉さんの「外」と「非」の思考読んでないのかよw
Unknown (Unknown)
2017-04-21 11:00:51
すんげえタイムリw

あんたすんげえよw

ホームランだよw
Unknown (Unknown)
2017-04-21 11:09:49
あーそれみたよ
「道理から『神はいる』と私は知る」
これもおかしいわな。
梵天勧請で梵天とあって説法依頼されたわけだ。
梵天ってなによ?
帝釈天ってなによ?
神じゃなかったらなんになるんだ?
あってお願いされて神はいるらしいとかなにいってるんですかね?
ファンタジー乙。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 11:12:18
サンユッタニカーヤ
「神々との対話」
対話しておきながら神はいるらしい。
なにいってるんですかね?
合理的でもなんでもありません。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 11:23:57
おいおい煽るだけでなにも答えないのかよ。
2chレベル乙。
ホームランどころか空振り三振って感じ。
と煽ってみる。
Unknown (たかはし)
2017-04-21 11:24:29
仏教における神は、天界の住人で、寿命があるとされています。だから、神も悟りたがってるとされます。それで釈迦から教えを請います。

合理的でしょ。

その神が真実か、方便かは、また別の話。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 11:33:07
unknownさんはなにいってるのかわかんないから やり直し。いいか。よく読めよ。「外」と「非」の思考だぞ。この言葉よく読めよ。

たかはしさんは 神もだから方便でしょうよ。なんのために勝義諦と世俗諦の区別があんのさ。

空の考え方のどこに神のいる余地があんのさ。
Unknown (たかはし)
2017-04-21 11:43:24
この世の他に天界が有るというのは、非合理的とは言えない。

そこに住人がいて、その住人に寿命があるというのも、非合理的とは言えない。

その住人が悟りに興味があるというのも、非合理的とは言えない。

その神に、すべては無常だから、執着を捨てよ、と教えることは、非合理的とは言えない。

釈迦が神を持ち出したのは、既存の神の宗教を信じている人を安心させるための方便だったと解釈することは、非合理的とは言えない。

大事なことは、神と対話したとされる内容に、非合理的なものがあるかどうか。

そこが大事でしょ。その内容に、空だけど不滅、というような非合理的な話があるかどうかですね。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 11:46:25
なんでもウソの方便で正当化されるとかなんとかのことか?
それもいわば価値観のひとつ。

一般的にいわれるような「ウソはいけない。」(善悪道徳的価値判断)
なにかの目的があって害さないかぎりは方便は正当化される。これも価値判断のひとつ。
相手を利するか害するかの基準は価値判断。
絶対的基準がないなら
価値判断する基準がなにも規定できないと同じ。
相手を利するか害するか価値基準を規定する根拠がないと結論できる。

あとちなみにホームランいったやつ。
お前のバットは空をきった。
バットもお前も空だったからだ
なんつって。
さあムキムキ怒り狂いなさい。
ムキは無記だ。なんつって。
貪瞋痴なんやで。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 12:00:22
unknownさんはね、いってることがいまいち読みにくいんだよね。もっと素直にコメントしたらいいのに。
あと、さっきといってることが違うじゃない。あーた さっきは「嘘も方便」が正当化されるならそりゃご都合主義ですわ。っていったんだよ?素直に間違いを認めなよ。

たかはしさんはね 「八不」のなかのどこに合理とか非合理とかの余地があんのさ。なんのために勝義諦と世俗諦に区別してんのさ。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 12:03:00
勝義諦と世俗諦
ほんと2chレベルはこれだから。
と煽りいれてっと。
勝義諦を実相、世俗諦を現象
空を実相、現象とわけ実相に言及不可な超越を内在しようと思えばなんでもできるってことだ。
超越を言及不可な勝義諦に忍び込ませることができるってこと。
これが空即是色。空から色が生成される思想が生まれるわけね。
例えば絶対無みたいな超越的概念がそう
。こうなっちゃったらブラフマニズムと差別化できんわけ。
この形而上学的超越を空に内在させようとすることを南さんは拒絶してるようだ。

俺はどっちかわからない。
ホームランくん。キミはどうおもう?
法華経は「ヒンズー教との融合」ではありません (イエスちゃん)
2017-04-21 12:08:07
『法華経は、「ヒンズー教」と仏教の融合』

いいえ、違います。

この植木雅俊先生は、厳密に、法華経の翻訳を行いました。

その上で「法華経の思想構造」を以下の新書で示しています。

「大乗仏教で、様々なブッタが創作されたもの」を、再び、歴史上の釈尊に再び回帰させている、
そのことを示しています。ぜひ確認して下さい。

「法華経」の内容は、事実・歴史的事実ではなく、記述形式として「物語を用いて」教えを説いています。

(なお、だから、内容を事実として信じる必要はありません。)

「ほんとうの法華経」
(ちくま新書) 新書 – 2015/10/5
植木 雅俊 (著) 、 橋爪 大三郎 (質問者)
Unknown (たかはし)
2017-04-21 12:20:06
言葉、想いを超越した世界、勝義諦は、言葉で表現できない。

それをあえて言葉で表現しようとすると、〜でない、を羅列するしかない。〜である、という言語表現は、世俗諦だから。

しかし、その否定の羅列も、言葉による表現だから勝義諦ではなく、やはり世俗諦である。

後は瞑想実践によって、その境地を体得せよ。もはや言葉では語れない。

合理的ですよね。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 12:20:47
「嘘も方便」が正当化されるならそりゃご都合主義ですわ
あのさ。
ホームランくん。まだまだだなあ。
絶対的基準が規定できない以上条件によって価値判断はいくらでも変えることができるってこと。
それは解釈次第で良くも悪くもいえる。
それが問題でしょっていっているわけ。
「嘘はだめだともいえない」だからといって「条件によっていい」ともいえない。
なぜならその条件を明示できないから。
ではホームランにお聞きしたい。
釈迦がいった嘘も方便が正しいとされる条件は絶対的なわけ?
相手を利する害する価値判断はなにを根拠にするわけよ。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 12:26:49
ブーメランだね。さっきのくだりにしても そうだけど 才能あるよ あーた。
ウィキで勝義諦を読んでごらんよ。概念的に把握受容される世界の真理(世俗諦)を超えた ありのままの世界の実相 真理を指す言葉ってかいてあるよ。いい?概念的把握を認めないんだよ。わかってる?

あと 絶対無のような超越的概念?絶対無なのに超越?ブラフマニズムと混同?なにいってんの?
それでは「現に今、実在している」と実感している「我」「自性」「自己」「本当の自分」は、一体何なのか? (イエスちゃん)
2017-04-21 12:33:57
『この「本質」としての「机」が
「在るとは言えない」という認識であり』

『いまここに現前している机の「在り方」は、「机」として使う人間の行為に依存しているという意味で、「縁起」している
…だから「無いとは言えない」』

それでは「現に今、実在している」と実感している「我」「自性」「自己」「本当の自分」は、一体何なのか?

法華経の宮沢賢治は…

・「電燈」は実体、実在。
・「わたくし」「照明」「ひかり」は、現象。


「わたくし」といふ「現象」は
仮定された有機交流「電燈」の
ひとつの青い「照明」です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流「電燈」の
ひとつの青い「照明」です
(「ひかり」はたもち その「電燈」は失はれ)
Unknown (Unknown)
2017-04-21 12:36:45
unknownさんはね 主張が一貫してなくて ちぐはぐだから なにをいいたいのかわかんない。
あーた 自分で嘘も方便が正当化されるならそりゃご都合主義ですわっていったんだよ?自分のいったことの意味わかってる?
まず嘘も方便が正当化されるならば なぜそれがご都合主義なのか説明してくれよ。

たかはしさんはね もはや言葉では語れない なら合理も非合理も超えてるってことだろ。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 12:44:11
ブーメランだって?
何言っているのかわからんが。
もうちょっと論争するなら論理的になりましょうね。

で嘘も方便の価値判断の根拠なによ?
いってみてよホームラン。
絶対的にいえないならどうにでもなるよね。
逆に良かれと思ってやったことが災いするなんてことはどう説明するわけ?
良かれとも思わずやったことが偶然功を奏するなんてザラよ。
これどう説明するわけ?
Unknown (たかはし)
2017-04-21 12:45:15
法華経は、仏教とヒンズー教の融合でないなら、ヒンズー教の要素を方便として使って、最終的に勝義諦に導いているもの、というふうに言うのはどうでしょうか。

その際に、ヒンズー教の要素を強く取り入れたがために、合理性を欠く部分が生じたが、最終的には、勝義諦に導かれると。

でも、それを方便だとは思わずに、それを真理と固く信じている人が多いように私には感じられますね。

釈迦が、不滅の法身仏の生まれ変わりと信じている人が多いですよね。

ヒンズー教においては、釈迦は、ヒンズー教の神の化身とされているそうです。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 12:48:42
>まず嘘も方便が正当化されるならば なぜそれがご都合主義なのか説明してくれよ。

どう読んだらそうなるんかね。
「うそも方便で正当化されるんだ?
そりゃご都合主義ですわ。」
疑問形だろ?問いなんだよ。
これは違うよねという意味が入ってるんだよ。
揚げ足とってどうすんだ?
日本語からやり直せ小学生。
Unknown (たかはし)
2017-04-21 12:50:57
非合理的な言葉で、言葉の合理を超えられる、と思える人が、法華経に共感するタイプの人なのかな、と思えますね。

私は、言葉の合理を超えるには、一貫して合理的な言葉が必要と思うタイプです。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 12:57:13
unknownさんはね 次元が違うわ。話が通じないから 返答に困る。

ぜんぶ ぜーんぶ なにもかも 概念的なもの 理論的なもの ぜーんぶ方便です。ヒンドゥー教とか仏教とか宗教宗派は関係ありません。

以上!終わり!
Unknown (Unknown)
2017-04-21 12:59:09
なんだよ。ホームランいじけんなよ。
あつくなれよ。ホームラン。
がんばってかかってこいよ。
あつくなれよ!!
Unknown (Unknown)
2017-04-21 13:10:45
>ぜんぶ ぜーんぶ なにもかも 概念的なもの 理論的なもの ぜーんぶ方便です。

あのさこの手のちゃぶ台返しは般若心経の後半で全否定するわけで言及済み。
焼き直しです。残念でした。

ホームランくん。
次元が違うで相手を無価値化するのはダメよ。
俺とあいつは次元が違う。俺のほうが次元が上と思い込むことで自己防衛してるだけ。

「相手の利害」について絶対的価値判断があるのか否か。根拠だしてみて。
煽るだけ煽って逃げんなよ。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 14:02:51
たとえばプラシーボ偽薬効果がある。
これは薬だと思い込むことで小麦粉のむと効果があるわけだ。
そういう言葉があるくらいだから効果があるのだろう。
効果があるないという価値基準にのせて考えれば偽薬もありなのかもしれない。

しかし偽薬とわかったらもうその偽薬は薬として機能しないのだ。
病人すべてに偽薬で通用するとは思えない。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 16:11:07
「机」という本質、なんかないでしょ。
様々な程度の合意のようなものがあるだけでしょ。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 16:12:51
釈尊は全き人と言われる。
全き人はおそらくやることなすこと尽く正しいのだろう。
全き人が正しいとすれば絶対的に正しいのかもしれない。
凡夫に正しい価値判断ができるのだろうか。
相手に利があるようにとしたところで
所詮それは自分が考えたお仕着せであり一方的価値観の強制である。
自己判断が絶対的に正しいといえないならどうして利害を決められよう。
従って凡夫にはウソも方便が正当化する根拠がなく、一方的善意の押し売りになってしまうだろう。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 16:21:31
「空」よりも「実存」のほうがワケわからんけどなあ。

「神」にしてもそうだけど、自分で考え出しといて「絶対」みたいにしちゃうから面倒続出なんだよね、きっと。

ルールのあるところには利益相反がある。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 16:24:33
別に、死んでもいいじゃないか。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 16:36:41
風水とかで、財布の色は何がいいか、とか、あるんだよ。
それで、青とか水色とかはよくないとかいうの。水の泡、みたいなので実らない感じだから、みたいな。
赤もよくないんだって。赤→火ってわけで、お金を燃やしちゃうから、みたいな。
あれ?風水って、紙幣登場以前からあるものじゃないの?
あ、その頃は財布もなかったのかな?

りゅーじゅは「私思うに」って「中論」?を書いたのかな-。
何書いてあるのか知らないけど。
「私思うにこういうことです」って書いてるの?

南さんは「南さんの言う通りです。私もそう思います。」って言って「南さんの法を嗣ぐ」?人っていうの、アリだと思うのかなあ。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 17:11:25
ブーメランって自分の言動が自分にかえってくるってことだよ
Unknown (Unknown)
2017-04-21 17:33:27
数学とかで、定理とかいうのあるじゃない。
証明されました、みたいな。
ああいうの、その証明が合ってるかどうか学者さんたちがよってたかって見直しするんでしょ?
で、間違いなしとなったら定理になる?

中論て「証明終わり」みたいなもんなの?
それとも「定理」になってるの?

定理、なあ。
仏教に?

「ところで定理ってなんだろう?」って思って検索したら
「公準、公理、定義、定理の意味の違いを教えてください」っていう知恵袋質問があって
公理:証明不要な事柄を述べたもの、あらゆる定理の出発点
てなってて「あーやっぱりそういうものは必要なのね」と。

学問的に、というか、ある世界を理論で構成すると、っていうのが「中論」だとしたら
「それ、わたしに関係ありますか?(ないんじゃないかなあ)」的な感覚は、アリだな。
でも「中論」とかでわーわー言ってるでしょ、ここで。
ということは、その人達は「中論」と自分との関わりを感じてるんだろうな。
……………
Unknown (Unknown)
2017-04-21 17:38:06
ブーメランは、獲物にあたったら「自分のところに戻る」んじゃなくて、獲物の場所に落ちてることになると思うよ。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 17:56:48
あー、「言葉の合理」か。

そうそう。「言葉の合理」で救われるタイプとそうでないタイプ、みたいな感じ。
Unknown (スクイズ)
2017-04-21 18:06:20
ほんとうの法華経ってタイトル
面白いね😃

誰?

ホームランって⁉

( ・`o´・)
Unknown (Unknown)
2017-04-21 18:08:25
ブーメランをよけたら
どうなるの❔
Unknown (Unknown)
2017-04-21 18:29:08
どっちがよけるの?
投げた方?投げられた方?

当たらなかったブーメランを投げた人がよけたら投げた人がよける前の場所に落ちる
投げられた方がよけたら投げた人のところに落ちる
かなあ。
でも、投げるの下手だと、当たらなくても戻らないでどっか行っちゃう、もアリじゃないかと思うんだけど。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 18:42:06
「言葉の合理」って、
「ここでは」「この言葉はこういうものだとする」っていう決まりを「その場の参加者」が厳密に守ると、合理か否かを検証することができる、みたいな?

そうだ、それで「中論」は「合理的に釈迦の正しさを証明した」とかなの?

りゅーじゅの頃は「釈迦の正しさを証明する必要があった」ってことなの?

ここで「言葉の合理」をやるのって、大変だよね、たぶん。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 18:48:58
釈迦が正しければ、信じても損はない

いやいや

ほとんど信じる気まんまんなんだけど、あと一押し、何かないかなあ、「確かに!」って思えるような何か…

で、合理的なのに押されるか非合理的なのに押されるかは「好み」だったりして。
「好み」は合理的なのか、みたいな。
机それ自体 (Unknown)
2017-04-21 23:12:43
最近の龍樹研究者は、「空」「無自性」の表記について、「自性に欠ける」というような表現をしてるようです。
机それ自体、というのは抽象概念です。
具体概念(これと指ししめることが出来る)である、例えば「目の前に机がひとつ有る」の場合は有無の有です。その否定が「無い」です。
ところが、机それ自体や自性というのは抽象概念であり、存在の有無と同様に用いると混乱を招くようです。
「机それ自体は自性を欠く」と表現するのが、最近の龍樹研究では主流のようです。
五蘊無我 (Unknown)
2017-04-21 23:27:27
なるほど。

それは、五蘊無我、色は我ではない、受は我ではない、、、と主張し決して「我は無い」とは言わなかった釈尊にも通じますね。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 23:29:50
>別に、死んでもいいじゃないか。

という言葉に、計り知れないものを感じました。

別に死んでもいいじゃないか。
別に怒られてもいいじゃないか。
別に泣いてもいいじゃないか。
受け入れられているような、不安がなくなるような

無記、空の前提からの慈悲のような、優しい言葉ですね。
Unknown (月のような者)
2017-04-21 23:38:17
空の原型は「無常・無我・苦」でしょうね。無記というのももちろんそれらを前提にして存在することは事実でしょうが、どちらかというと苦しみの滅尽には役立たないありがちな問いの実例みたいなものでしょうね。
いずれにしても普通の人が問いたがっているのは自分は肯定されるべき存在なのかということでしょうね。つまり究極的に肯定されると言ってほしいと。机の有る無しで言えば「机」を根拠付けるイデア界みたいなものはどこかにあるのかという問いに近いですね。
仏教徒から言えば、そんな問いを発している自分のことをよく見てやってくださいというところでしょうか。すでに尻に火が着いているんですよと。そんな問いに対する回答はあなたが本当に求めている答えではないことにも気付かず、どんどん自分を苦しくさせているんですと。
自分の執着の保全よりも、自分の苦しみをちゃんと理解してあげた方が自分を良い方へ解放させることができますよと言うしかないですね。
Unknown (Unknown)
2017-04-21 23:51:09
信じるも信じないも

中論とか眼蔵とかって
揺るぎないものを感じる。

ただそれだけ。

仏法を学ばないままでいたら
その存在すら知らずに
うっかり死ぬとこだった。

あぶない、あぶない💦💦
Unknown (Unknown)
2017-04-21 23:54:31
まるでわかったようなことを言う人ですね。
一般化できるほど他人の心の中を知っているのですか?
そういえるほど自分のことを知っているのですか?
Unknown (Unknown)
2017-04-21 23:56:12
考えてみたら肯定って難しいね。
無我を肯定するってこと?とかね。
Unknown (Unknown)
2017-04-22 00:12:07
ん?

「ここでは、この言葉はこういうものだとする」を参加者全員に厳密に守らせようとしたのが
「永平寺のダースベーダー」?
Unknown (Unknown)
2017-04-22 00:22:04
でも、それ、いつ時代なんだろう?

道場の上司は国際部部長さん…???
Unknown (Unknown)
2017-04-22 00:24:50
中論 第18章 第5偈

業煩悩滅故 名之為解脱
業煩悩非実 入空戯論滅

業と煩悩と滅するが故に
之を名づけて解脱と為す
業と煩悩とは実には非らず
空に入れば戯論滅す

業と煩悩が滅すれば解脱がある
業と煩悩は分析思考(分別)から起こる
それら分析思考は、戯論(想定された論議)から起こる。しかし戯論は空性(空であること)において滅せられる。

事物の自性とは「分別」あるいは「ことば」によって構成され成立したものである。すなわち自性の本質は「ことば」である。
だが「ことば」自体には自性というものは無い。同じく自己というものに自性は無い。
何故ならば、「ことば」を認識(意味を理解)する、分析(分別)することで自己が作用するからである。
事物は他のものに依って作用するのであり、自らのみでは作用はしない。
空とは他に依って作用するということである。
作用は無ではない。空なるもの(自性が無いゆえに他に依って作用するもの)に作用は起こるのである。

『神はいる』ということは、世間で声高に同意されているものだからである

これは「作用はある」ということであり空を否定するということではない。
空とは事物が他のものに依って存在するという状態を指しているのである。
他のものに依って存在するということが縁起である。
概念化 (Unknown)
2017-04-22 00:49:37
戯論の箇所を概念化とする翻訳もあるようです。

人類が言葉を発明する以前にも概念化、例えば、食べものとそうでないものの区別をしていたわけです。

言語化される以前に概念化されてます。
Unknown (Unknown)
2017-04-22 01:20:28
「机」は抽象概念である、とかって、なんとなく、微妙に、「???」って感じになる。

なんとなく、「言葉」って、「そこにないもの」を不特定な相手に伝えるために育っていったというか育てられたというか、そういうものだと思ってるんだな、わたしは、たぶん。

「言語化以前に食べ物とそうでないものを区別していた」っていうのは
それは概念化、なのか?って、???ってなる。

食うとやばいことになったっていう出来事の積み重ねがあって
今そこにそれがなくて、食ってないからやばいことは起きてなくても
「やばいよ、やばくなるよ、やばいものだよ」って「みんなに」伝えるために言葉にしたんじゃないかな、と。
「何を」「誰に」っていうのが「これを」「あなたに」じゃないから「抽象」で「概念」なんでは?
Unknown (Unknown)
2017-04-22 01:34:02
「『神はいる』ということは、世間で声高に同意されているものだからである」

あらためて読んでみると、
「神の存在」は「合意の存在」のことだよ
って言ってるってこと?
だとしたら、わかりやすい。
概念 (Unknown)
2017-04-22 01:34:27
アートの世界なんか概念はあるけど言葉で表現出来ない、みたいなのはあると思う。
概念世界の一部が言葉になってると思う。
机の上の真ん中より少し右。この「少し右」、実際それを見れば、そうだとすぐに分かるかもしれないけど、言葉だけの表現では限界があるような。
Unknown (Unknown)
2017-04-22 01:40:50
わからないのは最後の方の(「外」と「非」の思考)
「無常・無我・縁起の立場においては」
みたいな限定かな。
え?そこ限定いれちゃうんだ?みたいな。
Unknown (Unknown)
2017-04-22 01:42:09
概念とはconceptio
conceptio はconcipereという「自分の内に何かを受け容れる」ということである。事物の存在を受け容れる(自分以外の他のものに依って)ことでしか起こり得ないことである。
Unknown (Unknown)
2017-04-22 02:11:55
コンセプチュアルアート、だっけ?
なんかそんなのあったな。

「概念とはconceptio」
………これ、もう学者みたいな人(概念化のプロ)がいた頃の話じゃないの?
たとえば「愛とは神聖なものである」みたいな文章を読んだときのようなモヤモヤ感がある。
 (Unknown)
2017-04-22 03:18:11
仏陀がアングリマーラに言ったことは本当に嘘も方便の例として妥当でしょうか?
子供の虚言を大人たちが真に受けなかったとしても子供は嘘をついたのでしょうか?
もし相手が真に受けない場合は嘘でないなら、殺人鬼だったアングリマーラが、生まれてから殺しはしてないと言ったとしても、相手が真に受けず、嘘ではない可能性が高まります。
アングリマーラの例は、嘘も方便として成立するのか?
嘘はそれが事実でないことをしりつつ相手を騙すことです。
仏教の定義だと、事実誤認や相手が真に受けない(冗談など)は嘘に該当しなかったように思います。
殺生も殺意があり実際殺した場合が、殺生罪になると記憶してます。そうすると過失は殺生罪になりません。
仏陀の読みとしてアングリマーラがそう言ったとしても相手が信じない。元殺人鬼だからです。そう考えると、嘘も方便の例としてどうかな?と思います。
嘘とは (Unknown)
2017-04-22 03:26:54
お笑い芸人の発言や小説で書かれてること、等々、事実に反したことを言っても相手がそれが事実でないと知ってる場合は、それは嘘をついたことにならない。仏教の嘘の定義上。
アングリマーラの場合も冗談と受けとめられた可能性が高い。
嘘について (Unknown)
2017-04-22 03:36:58
尚、嘘や殺生の仏教的な定義についてはミャンマーのお坊さんから聞いた記憶があります。
万能の神が存在している。だから、安心して、自己のベストを尽くす。 (イエスちゃん)
2017-04-22 04:31:27
「無記」の状態のままにしておいて、
「自分」自身が、主体的に、行動を起こす。
その理由は、「釈尊の仏教」が「無神論」だからである。
「行為主義」だからである。

そして、一つの、同じ「ミカン箱」が、
人のその「行為」によって、「机」「踏み台」「収容庫」になる。
これが「空」である。決して「無」でない。

決して「運命論」ではない。
物理法則のような「厳密な因果関係」とも、少し違う感じである。

だから、たとえ、悪が栄えていても、
「自分」の行動には影響はない。

○ ○ ○ ○

どうせ、全ての人間は最後は死んでしまい、「無」に帰する。
だからこそ、今、ここで、「自分」は尽す。

生死、事大
光陰、可惜
無常、迅速
時、人不待

修行者を
「木板」のコーン、コーンの響きを通して、まい朝晩、策励し続けてている。
坐禅が終わると、夜の木立に響き渡る。
そして、ここから、夜坐が始まる。

以下は「行為主義者」である。と思う。

「人事を尽くして、天命を待つ」
「人事を尽くして、天命に聴いて可なり」
「我が事、畢わる」
「少年易老学難成
 一寸光陰不可軽」

キリスト教も、同じことを言っていた。
「天は、自ら助くる者を、助く」
Do the likeliest, and God will do the best.
(最も適切な行為をなせ、そうすれば神が最善の結果をもたらしてくれる)
Unknown (Unknown)
2017-04-22 05:44:52
ホーッホッホッホ
わたくし 通りすがりの喪黒福蔵と申しますです

全てのことは……………




ドーーーーーン



ホーッホッホッホッホッホ
Unknown (桃)
2017-04-22 05:59:59
『すると、この「空」のアイデアの原型は、ゴータマ・ブッダの「無記」になります。』


「一切皆苦」、までは同意する方もいらっしゃるかと思います。その言葉から導かれるニーズに応じるように「現世、または後世の利益」を唱えるのなら、人が集まって教団が成立するのならわかります。

しかしながらゴータマ・ブッダなら、そのような利益などを唱えることはなかったのではないかと思われます。

またゴータマ・ブッダの「無記」を切実なものとして必要としている方は、その当時でも非常に少なかったのではないかと思われます。また「無記」には、人を酔わせる要素が一切入っていないように思われます。


それでも教団が成立したのはなぜか。


私にはわかりません。また憶測でしかないのですが、もしもそれがわかるようになれるのであれば、ゴータマ・ブッダの思想全体が見えてくるのではないかと思われます。
Unknown (たかはし)
2017-04-22 06:57:02
釈迦は、何を求めて出家したのか。地位も財産も親も妻子も捨てて。

そうしないと、悟りは得られない、という当時の思想があったからですよね。

当時のインドにおいては、悟りはそれほどに魅力的だったのでしょう。

現代日本の感覚では、ちょっと想像できないかも。

弱小国の王子だった釈迦は、他国に攻められ殺されるのが怖かった、と解釈した人がいたようですね。実際、釈迦国は滅ぼされ、王族は酷い目に遭ったと伝えられていますね。
Unknown (たかはし)
2017-04-22 07:06:07
大富豪の息子が出家して釈迦の弟子になって、襲われる心配が無くなったから安心して夜寝られると言ったとか。それは、釈迦も同じだったのでは。

でも、釈迦の教団は、当時の最大勢力だったバラモン教から敵視されて、弟子が殴り殺されるなんて事件が起きたようですから、本当の安心は、悟りを得て、命への執着すら無くなったときなのでしょうね。

生を願わず、死を願わず、死の到来を待ち受ける、そんな言葉が初期経典にあります。なんでそこまで至ろうとするのか。現代日本の感覚では、とんでもない話ですね。
Unknown (Unknown)
2017-04-22 07:54:10
たかはしさんのその話面白い。

もっとその よもやま話 聞かせてください!
Unknown (たかはし)
2017-04-22 08:17:37
ノコギリの喩え、というのがあります。

盗賊に捕まって、身体をノコギリで切られて死ぬ時でも、相手を恨んではならない、というものです。

他にもこんな話が。

弟子が危険な地域に説法に行くことを釈迦に許しを請うたところ、釈迦は、殴られる可能性があるぞ、いいのかと言います。すると弟子は、命までは取られないことに感謝する、と言います。

命も取られる可能性があるぞと釈迦が言うと、死にたいような状況にあってもなかなか死ねない時に、殺してくれることに感謝する、と弟子は言います。

それを聞いた釈迦は、よろしいと言ってそこへ行くことを許します。

すんごい話ですね。
Unknown (Unknown)
2017-04-22 08:20:18
「仏教的には嘘にならなかった」件

それは、アングリマーラの頃にすでに成立していたのかな。
そういう決まりが既にあったのなら「生まれてこのかた一度も」っていうのを
「それだと嘘をつくことになる」「なら『聖なる生まれに生まれてこのかた一度も』って言いな」
っていうやりとりはへんじゃない?
あと、出産で苦しんでる女やその家族が仏教徒なのかどうか、っていうこともあるんじゃない?
いくら「仏教的には嘘じゃない」って言っても相手がどう思うかはわからないし、
「うちは仏教やってない」ってなったら、どうするんだ?
(あ、だからりゅーじゅは延々と「釈迦の言うことは確かだ」ってやったってこと?)
あと、「どうせ信じないから言わせても嘘じゃない」と思って、って、
アングリマーラが焦るぐらい苦しんでる女相手に、わざわざそんなことするかな?

当時の話としてではなく、南さんが「仏教的嘘のルール」に則って記事を書いていないことがおかしいっていうこと?
則ってないのかな?
Unknown (Unknown)
2017-04-22 09:12:16
何故殺人鬼アングリマーラなのか?でしょう。当事有名な凶悪殺人者というのが史実として、アングリマーラが「生まれてこのかた一度も殺してない」は誰も信じない。誰も信じないならそれは嘘にならない。
Unknown (Unknown)
2017-04-22 09:48:51
釈迦はアングリマーラをからかったんじゃないの?だからこれは嘘は方便とか嘘の定義とかじゃなくて、二人だけの会話。
Unknown (Unknown)
2017-04-22 09:59:05
>聖なる生まれに生まれてこのかた一度も

これはヴェーダ思想から導けば簡単だ。
「行為者は私ではない」
ヴェーダからいったら釈迦がいったことはウソにならんのだ。
君たちわからんだろうなあ。
Unknown (Unknown)
2017-04-22 10:59:23
だれも(分娩で苦しんでいる女も)信じないなら、なぜ言いにいかせるの?
「これは嘘にはならない」事例づくりをそんなときにやるの?
ありがたくねえなー。
Unknown (Unknown)
2017-04-22 11:04:36
あー、かなりむかつく。
君らの宗教ってそういうことなのね?
何が慈悲で利他行だよ。
アリバイ作りじゃん。
Unknown (Unknown)
2017-04-22 11:31:14
盛り上がってますね~☺

座禅会
行きた~いヽ(´O`*)ノ

和尚さん
企画ありがとう😃✨
Unknown (Unknown)
2017-04-22 11:38:54
釈迦のユーモアだって。アングリマーラにすれば皮肉ぽいけどね。
Unknown (Unknown)
2017-04-22 11:55:02
却下

Unknown (Unknown)
2017-04-22 14:16:22
こころの時代で、祖師達は唯識論が根本思想とか言ってたけど、そうなの?

心が存在することが唯識なら、無我と矛盾しない?
Unknown (Unknown)
2017-04-22 14:34:56
「空」は、虚無主義に陥る恐れがあるらしいから、解釈を間違えるくらいなら、使わない方が身の為でもあるよね。

「悪取空者」といわれる「悪者」もあるらしいから、気をつけないとね。

それと、自分というのは、「言葉の響き」があるだけなんだって。

それなら、言葉も自分も、何かウザくない?
Unknown (Unknown)
2017-04-22 16:14:23
嘘も方便なら、何故アングリマーラの反論を受け入れたのだろうか?
仏陀の真意は他にあったのでは?
Unknown (Unknown)
2017-04-22 17:20:42
何か鋭いコメント者が現れたね❗❗

難ちいけど😅
Unknown (月のような者)
2017-04-23 00:10:31
今日は横網町公園というところを歩き回って思索をしてきたのですが、ここで4万人の震災犠牲者が出たということがなかなか想像できない上に、震災記念堂や資料館自体もすでに80年以上の歴史を持っていて、凄い出来事の「記憶の縮小」というリアルに対して感慨深くなるのです。そして長い時の流れに想いを馳せていると自分の中の国家というものの実存感がいかに根深く生易しくないものであるかを実感させられて驚くことも事実なのです。
ヒトラーのように国家を強烈に実体視する人の行動を予防することは本当にできるのだろうか?という疑問が出てきます。ナショナリズムとはダイナミックで深遠で甘美でそして残酷な現実と背中合わせの「実体」と呼びたくなるものなのです。現代人と偉ぶってはみても、普段から「物がある」と思い込んでいる我々はたやすく時代を激流にしてしまうことができます。
Unknown (月のような者)
2017-04-23 00:38:58
今現在、震災記念堂は名前が東京都慰霊堂になっていて資料館は復興記念館というんですね。補足でした。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 02:21:48
養老孟司言。

死には二人称しかない。
病院では死者の扱いは生きている患者と全く同じです。

口がきけない、歩けない、動けない・・・と言うだけなら、これは「生きている患者」の事で、

其の上に、息をしていない、という現象が追加されると、「死んでいる患者」の定義になる。

病院内で死者的患者を移動させる時は、
第二人称の周りにいる人は、死者患者に向かって、声をかけたり、「しっかりしてちょうだい」とか言ってストレチャーに乗せて運んでいく・・・・

ハハハ!!ブラックユーモアがあって非常に宜しい!!
Unknown (Unknown)
2017-04-23 05:40:57
不妄語戒。ん?
ウソも方便で許される。あれ?
Unknown (Unknown)
2017-04-23 07:50:54
どれが嘘でどれが本当とかは誰にも決められんでしょう。絶対的な価値基準を持ち出さない限りは(神のような)

わたしたちのような凡夫は真実を語っていると思っていたとしても ある意味嘘をついているわけですよ。

なぜなら絶対的なことなんて ないわけですから。ものごとは常に変化するのですから。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 08:31:38
たかはしさんの話面白いなー

生の釈迦をみてるみたいだー

もっと聞かせてくれー
Unknown (Unknown)
2017-04-23 09:45:45
>どれが嘘でどれが本当とかは誰にも決められん
ですな。わかるんだけどもね。
そしたら嘘も方便が「相対的に決められた嘘」も方便となり
ウソかもしれないほんとかもしれない嘘となりあれ?あれれ?
誰も決められないならウソといっていいか。
ここで思考停止になってしまいますな。

>なぜなら絶対的なことなんて ないわけですから
絶対的なことなんて絶対にないと?あれ?あれれ?

相対主義がややこしいのはほんとはそれ自体に主題になった場合。
相対主義を絶対化するとどうなるかってこと。
ねえこれどうすんの?
Unknown (Unknown)
2017-04-23 09:48:18
なんどもいいますがね、なにいってんのかわからないんですよ。

もっと分かりやすく整理してもらえます?
Unknown (Unknown)
2017-04-23 09:58:24
キミはホームランか?そうなのか?
いいよこいよ。
あつくなれよ!!
ホームラン!!!うおおおお

俺はこじらせた。
こじらせてしまった。
なにいってるのか自分でもわからんのだ。
自分が誰なのか。この問は危険だ。
わからんわ。
自問すると俺のようにこじらせるぞ。
ここに立ち入ってはならない。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 10:08:15
わたしの欲望は他者の欲望だ

わたしの思考は他者の思考だ

わたしが世界を観る形式は他者が世界を観る形式を踏襲している

「我」という主体も 自立する「汝」という他者を想定している

釈尊のような覚者が 目立つのは 凡夫がマジョリティとして相対されるからだ

マジョリティとしての凡夫はマイノリティとしての覚者と狂人との中間にある

空は あらゆるものは流動すること 固定されたものなどなに一つないことを教える

覚者は理解する。覚者が相対としてあるだけだということ。追求は他者の思考や欲望 ひいては他者の世界観のなかでの追求であること。

であるから、覚者はそれらを超えることを教える。思考や欲望や追求が、「我」と「汝」という相対された世界観のなかでのみ通用することであること。

思考や欲望や追求を、「汝」の付随物として、他者としてしりぞけること。

覚者は理解する。「汝」が溶ければ「我」も溶けること。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 10:09:34
wikiの相対主義
相対主義への絶対主義的立場からの批判
ここら見てみろ。ホームラン。
話はそのあとだ
Unknown (Unknown)
2017-04-23 10:10:19
いいや、俺は冷たい。

病気的な熱気を冷ますのだ。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 10:13:18
あなたはまず学べ。

空の考え方と一元論や二元論や多元論の違いがわかるまでまず学べ。

それからだよ。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 10:24:16
病気的な熱気を冷ます
いい表現だ。すばらしい。
その調子だホームラン。
猛烈にあつく冷静でありたいものだな。
なにいってるんすかねというベタな返しいらんから。

ちなみに学べというやつも学ぶべきだ。
俺は学ぶことに無執着だからどうでもいい。
学ぶことにこだわらないのさ。
絶対無執着の境地にいる(つもり
絶対的怠惰ではない!!!
相対的に怠惰(うわなにをいう
Unknown (Unknown)
2017-04-23 10:26:00
開き直り 乙
Unknown (たかはし)
2017-04-23 10:32:16
当時の常識だった存在の本質たる常住不滅の実体(アートマン)を求め続けている人に対して釈迦が言った言葉です。

この国で一番の美人と結婚したいと望む人がいて、その人に対して、お前は、この国で一番の美人が、どんな容姿で、どこに住んでいて、何という名前なのか知っているのかと尋ねたところ、その人は、それを知らないと答えたとする。ということは、その人は、自分が知らないものを求めているということで、それは、ナンセンスだとは思わないですか。

さて、アートマンは不滅で絶対の歓喜だという見解を持つ人に対して、あなたは、それを知っているのか、あるいは、それを認識するための確実な修行法を知っているのか、若しくは、それを実現した者の話を直接聞いたことがあるのかと尋ねたら、やはり知らないと答えたとする。ということは、その見解は、ナンセンスではないですか。

私は、アートマンの概念を捨てるための教えを説いています。その通りに実践するなら、心が浄化され、智慧が完成し、安楽になることを目の当たりに体得するだろうと。これなら、有意義なことではありませんか。

以上は、初期経典のポッタパーダ経の一部を、かなり省略したものです。

これを読んで、消化不良に感じると思います。

その存在が伝承されてきたアートマンは、本当は無いのか、有るのかの問題に決着が付いていませんから。

だから、釈迦の教えは理解が難しいんですよね。

この国一番の美人は、必ずいるから、それを探し続けろ、と言ってくれた方が、多くの人は、やる気が出ますよね。

存在の本質たる不滅のアートマン、絶対の歓喜は、間違いなく存在する、それを求めよ。お前の内にもそのアートマンが有るのだ。お前も永遠の歓喜たる存在なのだ。宇宙の真理とお前も同一なのだ、と言ってあげた方が、多くの人を共感させられるでしょう。ヒンズー教がまさにそうだと思います。

法華経は、その要素を取り入れていると私は感じています。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 14:07:57
そりゃすべて「~だとする」で仮定の話じゃないですか。
だとする。だとする。ならばナンセンス。

前提が仮定に基づくもので事実ではない。
仮定につぐ仮定であり前提になりえない。
都合のいい結論に誘導するための前提をつくっている。

この国で一番の美人である必要はない。
そこらへんにいる美人であってよいならどうするね?
>尋ねたら、やはり知らないと答えたとする。
知っていると答えたらどうなるね?
Unknown (たかはし)
2017-04-23 15:04:35
一番の美人というのが、アートマンの比喩なんです。アートマンは、絶対の不滅の実体、絶対の歓喜、それが存在の本質、という伝承が当時のバラモン教にあったのです。それを認識した時が悟りと伝承されていたのです。だから、みんなそれを求めていたのです。悟りたかったらアートマンを探せという伝承があったんです。

でも、誰もアートマンを認識できていなかったんです。

そして、アートマンなんて無い、と主張する思想家も現れていた。そんな時代だったのです。

そんな中で、釈迦は、私は悟ったと宣言したのです。

それで、アートマンは、有るのか、無いのかと釈迦に質問する人が出てきたんです。

二番目以下の美人じゃ、意味ないのですよ。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 15:22:51
いやだから二番目以下の美人じゃダメっていう前提つくるのがおかしいっていいたいの。

アートマンの比喩ってのはわかりますけどね。
たかはしさんの見解はどっちなの?
釈迦はアートマン概念を否定しただけでアートマン自体は否定してないと考えるのかな?
中村先生の非我説のほう支持する?
無記だから寸止め宙吊り状態で悩ましいな。
ヤージュニャヴァルキヤの論理からいったらアートマンは不可捉でそれ自身を言及できないわけで沈黙は当然の帰結になる。
アートマンは否定する想念さえ消え去った状態主体消滅したときのみいいうるという。
であるなら主体がないので「~である」とはいえず「~ではない」ともいえなくなるわけだ。うーん無記でいいような。どうなんでしょうな。
ニルビカルパサマーディのニルビ。ニルヴァーナ似てるなぁ。同じくさいんですけど。
仏教徒からしたら同一視してけしからんと言われそうです。
Unknown (たかはし)
2017-04-23 15:27:23
二番目以下では、アートマンの比喩にならないんですよ。
Unknown (たかはし)
2017-04-23 15:39:09
バラモン教の聖典に登場するヤージュナバルキアは、中村氏の説では、釈迦以前とされていて、釈迦の時代には、伝承上の人物とされるようです。

釈迦は、アートマンは真実として把握できない、そのようなものに依拠した教えは、愚かと言えないか、と言っています。

私の解釈では、釈迦はアートマンを探したけど見つからず、悟りを実現できなかったから、アートマンへの執着を捨てる、という逆転の発想によって、ついに悟ったと思っています。

つまり、無執着の実現です。

だから、アートマンが、有るのか、無いのかの問題は、釈迦は相手にしていない、その問題に執着していない、ということです。

ちなみに、バラモン教の聖典には、アートマンは無執着である、と記載されています。

だから、無執着を実現した釈迦は、アートマンに到達したのだ、アートマンは有るのだ、と解釈する人がいるようです。

そんなこと、どっちでもいい、というか、アートマンの有無を気にしている限り、釈迦から離れたまま、と私は思っています。
Unknown (美のような者)
2017-04-23 15:46:07
美人薄命っていうよ?

けど美人のメタファーって
定義が曖昧すぎるよね🙎✨
Unknown (Unknown)
2017-04-23 15:49:30
まずは煩悩の矢を抜けという例ありますね。
わかりますけどね。それは説明から逃げる手段を与えるような気がします。

アートマン、勝義諦も同様に言及不可。

どちらもそれ自体を概念化観念化、対象化を拒絶する厄介な概念だ。
であれば比較しようがないわけで同じとも違うとも言えなくなる。
故にヒンズー教との差別化が難しいと考えるのだが?
いあ却って差別化したい仏教徒にとっては言及不可が唯一の難攻不落の城っとこかな。
言及不可であるが故に守られる不可侵な領域、タブー。


「汝はそれなり」といわれたら大概の人は超越なんとかと自己同化することは快感だから一般受けしやすいのだろう。
自我とアートマンを混同する弊害考えたら否定したほうがいいのかもしれない。
概念化対象化するリスクもあろう。

それにしてもウパニシャッドとスッタニパータの類似点ありすぎだ。
釈尊はヴェーダの達人否定してないじゃないですか。
だったら非我説となってしまうがどうだろうなぁ。
これも執着ですけどね。

仏教徒がヒンズー教との差別化を図る動機は同族嫌悪にあるのでないか?
ヒンズーってなんでも飲み込む図々しさがあるからその恐怖があったりして。
Unknown (たかはし)
2017-04-23 16:01:23
釈迦は、特別な宗教の教祖になる意識は無かった、と中村氏が解説しています。私もそう思います。

釈迦は、悟りを求めた。それは、苦しみの滅尽、輪廻からの解脱です。その悟りの伝承は、釈迦以前からあった。釈迦は、その伝承の実現のために、伝承されてきた修行をやり、自ら工夫もして、ついに苦しみの滅尽、輪廻からの解脱を実現した。

だから、釈迦は、バラモン教の不完全な伝承を、自ら完成させて再現しただけ、と言えるでしょう。釈迦は、古い道を見つけただけ、と言ってますね。
Unknown (たかはし)
2017-04-23 16:07:45
ヒンズー教は、アートマンへの執着を捨てないでしょう。それから、生まれによる身分制度、差別も捨てないでしょうね。

釈迦との違いは、そこでしょうね。

それから、ナンセンスな苦行に依存する姿勢も釈迦と違いますね。でも、釈迦も1日1食ですから、それも苦行と言えるでしょうが。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 16:18:05
たかはしさんありがとう。
よくわかりました。
インドの詩人タゴールは仏教に期待をしていたらしいです。
自らヒンズーでありながら。
おそらくヒンズーの欠点をよく知っているからでしょう。
ネルーは宗教を根絶したかったとかなんとか。
カースト等、実態はひどいものなんでしょう。

とはいえ、まずは自分の毒矢を抜くのが先ですな。
Unknown (たかはし)
2017-04-23 16:28:09
現代においても、インドの身分制度で最下層の人は、殺されても警察が捜査しないとか。2500年前のインドは、どんな状況だったんでしょうね。

そういう最下層の人を、仏教に改宗させて保護しようという運動が数十年前からあって、今そのリーダーが日本人の僧侶らしいですね。

すごいですね。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 17:08:53
改宗させて保護するだけじゃあんまし意味ないと思うけどね。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 17:47:49
根本的な治療でないと 対症療法的なやり方だと 余計にまずいと思うんだよなぁ。

かといってなにか案があるのかといわれるとないんだけどねぇ
Unknown (たかはし)
2017-04-23 18:24:39
戦争して征服して民主化でもしない限り、即時根本解決は無理でしょう。

インドの上層階級の勢力を覆すのは、まあほとんど不可能に近いかと。一時期、身分の低い人が法務大臣になって、改革運動を推進したようですが、それでもインドは変わらないようですから。少しは変わってるでしょうけど。

ところで、北朝鮮どうなるのでしょうねえ。対岸の火じゃないですよね。
Unknown (たかはし)
2017-04-23 18:32:23
チベットに対して中国も酷いことしてるようですね。日本ではニュースにならないけど。

戦時中の日本が韓国にしたようなことをやっているようですね。

朝鮮半島は中国の一部、という発言まで飛び出したとか。

人間の執着というのは、どうしようもない一面がありますね。それが本能だと言ってしまえばそれまでですが。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 18:44:06
なんでも戦時中の日本と比較すんのやめようぜ

今の日本が 今のようにあるのは誰のお陰だよ

戦地で亡くなっていった方々はなんのために苦痛と悲惨のうちに亡くなったんだよ

そういう言い方は卑怯だぜ
Unknown (Unknown)
2017-04-23 19:00:39
現場のない宗教やりたいなら坊さんになればいい
Unknown (Unknown)
2017-04-23 19:10:24
意味がわからない
Unknown (たかはし)
2017-04-23 19:12:00
戦争で命を落とされた人に対しては、なんとも悲劇だったなあ、という思いですね。

命懸けで守ろうとしたものは、戦争で勝つことでしか守れなかったのか、と考えると、重大な判断ミスだったんじゃないかと。

実はその根底には、一部の人間による征服欲があったんじゃないかと。

末端の兵士は、本当に犠牲者だと思います。

まあ、あの時代は、そう判断せざるを得ない状況だったのかもしれないですが。

戦争で亡くなった方と同様に、戦争に反対して思想弾圧され命まで落とした人がいたであろうことを、哀れに思いますね。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 19:16:07
戦時中の日本が韓国にしたようなことって そんな簡単に比較できることかよ

安易に比較混同して なにか分かったつもりかよ

そんな分析 三流なんだよ 馬の糞ほどの役にも立たない分析だな
Unknown (Unknown)
2017-04-23 19:29:05
戦争というものを ひと事のようにそんな淡々と語る人間のいうことは信用されない。

すくなくとも俺は信用しない。

戦争というものは もっとずっと生々しいものだ。肉が砕け 肉が飛び散り、言葉にできない狂気と狂乱と苦痛と恐怖と悲惨をあんたは想像することすらできないらしい。

体験したことはなくとも、想像力さえあれば あんたのように生半可に斜め上から語ることなんかできはしない。

たかはしさんはいろいろ物知りなようだが、それだけならただの几帳面だぜ。知的だとはいわれないな。
Unknown (たかはし)
2017-04-23 19:30:46
国民の自主性を無視した酷いこと、です。

酷いことの詳細な中身の比較は、あまり意味がないでしょう。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 19:31:59
戦争だぞ?

将棋やってんじゃねーんだよ
Unknown (たかはし)
2017-04-23 19:32:33
知的と思われなくてもいいです。誰からも信用されたいとも思っていません。
Unknown (たかはし)
2017-04-23 19:34:29
将棋の駒のように、命のやり取りに駆り出された兵士を、悲劇だと思います。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 19:49:46
国民の自主性ってなんだよ?中学生かよ

わかったふうなこというな。

綺麗事なら誰だっていえるんだよ。
Unknown (たかはし)
2017-04-23 20:05:02
あなたの方が分かっているようですね。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 20:08:17
わかってるとかわかってないとかいう問題じゃない。

想像力の問題だ
Unknown (Unknown)
2017-04-23 20:37:04
たかはしさんの考えが間違ってるとは 俺はおもわない。

むしろ もっともだと思う。

ただ ものごとは一度走り出したら誰にも止められないもんだろう。

ものごとが理屈通りに運んだためしはないな

分析はできるだろうが、判断はできないね。
Unknown (たかはし)
2017-04-23 20:56:52
当時の人の判断の是非を問うよりも、そこから今の人が何を学ぶか、今にどう活かすか、ということなのでしょうね。

歴史を学ぶことの意義はそこにある、と歴史の先生が言ったような。
これが一番ダメな発想 (大日方)
2017-04-23 21:04:33
>戦地で亡くなっていった方々はなんのために苦痛と悲惨のうちに亡くなったんだよ

何のために多くの若い兵士が亡くなったか?完全な無駄死にです。

あの戦争で日本は独立を維持することができたか。
日本軍は国民の命を守ることができたか。
日本軍は日本の領土を守ることができたか。

どれもできなかった。ですから彼らの死は無駄に終わった。だからこそ、熱狂的に戦争を支持した国民世論と官僚主義第一のしょぼい作戦を次から次へと立案・遂行した軍部の責任は重い。

多くの兵士が亡くなったのは意義あることであった、と思いたい優しい気持ちはわからないでもない。しかしそういった感傷は、なぜ戦争に負けたかという分析の障害になる。分析を怠り、教訓を学ばなければ、我が国はまた戦争に負ける。今日のいわゆる「愛国者」達は、感傷に浸ることを優先し、何事も都合よく解釈しようとする。これはダメな発想です。

ついでに、

>ただ ものごとは一度走り出したら誰にも止められないもんだろう。

これも典型的な我々日本人お得意の責任逃れ。いつまでこんなことやってるんですか。
Unknown (たかはし)
2017-04-23 21:15:57
無駄死にと判断したくなる気持ち、分かります。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 21:53:12
奇妙な人たち

誰だって戦争はしたくない

けれども一度戦争が起これば 必ず勝たねばならないんだ

あらゆる人間の思惑が絡むんだ

あんたがたが思うようにスマートに戦争ができるばずがない

国のため 水漬く屍 草生す屍となった方々に対し 無駄死に とはなんという侮辱だろう

日本の今あるは誰のお陰か

あんたがたのように どのような人間であっても 故人に対して簡単に断罪できるような人間にものごとを理解できる力はない

国防は最大の福祉だ

先祖に対し 尊敬と誇りを持てないような国は亡ぶ

あんたがたは亡国の卑怯者だ。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 22:16:14
わかったふうなこというな。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 22:16:53
不思議な人たち

ある時には あらゆることどもを一緒くたにして ごちゃ混ぜにして語り

ある時には あらゆることどもが繋がっていることを忘れ 見当違いのことを語る

その口は 騒がしく 口角泡を飛ばして 仏教を騙るも 人間に対する理解はまるでない



ものごとは一度走り出したら止まらない というのは経験的に皆 了解してることであって、これが理解できないというのは 物事に真剣に向き合ったことがないんだろう。

己の無知を証明して余りあるな。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 22:23:08
綺麗事なら誰だって言えるんだよ。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 22:25:44
敗戦後の国民が受けた民主的教育によって歴史を評価するならば、亡くなった戦死者が「無駄死に」という形容で語られたとしても、それは事実としては正確さを欠くものである。
実際に戦地で亡くなった当事者と一緒に行動を共にしていた人、あるいは残された遺族としては、到底受け入れ難い思いを持つものである。
ちなみに日本国民という概念は、壬申戸籍 明治4年4月 太政官布告第170号前文に書かれたことを発端とした、歴史的には浅いものである。
もし愛国を標榜するものならば、これくらい覚えておいても損はない。
思い込みの議論は無駄である。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 22:37:55
強い者を見るや否や 攻撃し 排除しようとする輩ども

ぬるま湯に浸かり 箸にも棒にもかからない事柄を延々と騙る

ルサンチマンの塊

あなたがたにできることは 単なる事大主義

己の思考が規格化され配給されたものだと気づかず、有難がって消化するだけの畜群

哀しいかな
Unknown (Unknown)
2017-04-23 22:47:16
誰が愛国を標榜したのか

先祖に対し 尊敬と誇りを持つことは 愛国以前の問題だ。

相手の主張を理解せずに 単純化して判断することは稚拙なことだ

日本国民という概念が云々というのはどうでもいいこと。

日本という風土に産まれ 育まれ 継承されてきた歴史が日本人を形づくるんだ

概念云々なんてどうでもいいこと。なんの話してんだよ。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 22:52:56
ルサンチマンなんて、まだまだ苦が浅いわ。

たかはし?さんなり、ルサンチマンの問題は解決済みなのではないのですか。
実生活において、深い深い苦しみを体験されているのではないのかな。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 22:57:32
ルサンチマンなんて まだまだ苦が浅いわ

?????意味がわからない

苦をどうして比較できる。1聞いて10理解する人間もいれば1つの経験で人の10倍も苦しむ人間もいるだろう。感受性の問題だろう。

単純に比較できるあんた どうかしてるぜ。人間をまるで知らないな、あんた。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 23:13:49
「敗戦後の国民が受けた民主的教育によって歴史を評価」
できちゃうんだ?すごいな。

歴史の評価も結構だけど…
北朝鮮なあ…
今だって実際エッジの上なんだと思うよ。
こんなのんきにコメント入れてるけどさ。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 23:27:11
できるはずがない

できると思ってる人は 当時の雰囲気 焦燥感 逼迫感 悲壮感といったものを想像することができないんだな
Unknown (Unknown)
2017-04-23 23:42:50
ニーチェ大好き先輩へ送る言葉。
ニーチェ先生は以下のようにおっしゃっております。

国家は、善と悪についてあらゆる言葉を駆使して、嘘をつく。国家が何を語っても、それは嘘であり、国家が何を持っていようと、それは盗んできたものだ。
国家における一切は贋物である。

善人も悪人も、すべての者が毒を飲むところ、それを私は国家と呼ぶ。善人も悪人も、すべてがおのれ自身を失うところ、それが国家である。すべての人間の緩慢なる自殺、それが「生きがい」と呼ばれるところ、それが国家である。


国家フルボッコですね。国家は偽物ですってよ。
畜群、ルサンチマン語って国家はスルーはないですよ。
きっちり引用しましょう。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 23:50:39
ニーチェが大好きなわけじゃない、便利なだけだよ。

この間抜け!日本国という国家がなければ あんたはどう生きていくんだ。空想を話してんじゃないんだよ。実際的な話をしてんだよ。
Unknown (Unknown)
2017-04-23 23:55:24
ニーチェ好き好き先輩まじかっこいいです。
荒ぶる獅子ですね。わかります。

どう生きていくかですか?
超人なんで心配ないっすよ。
発狂予定ですけど。


Unknown (Unknown)
2017-04-24 00:07:42
アホかよ

仏教だって根本的なところではアナーキズムだろう。違うか?

空の考え方は 固定されたものを一切認めない。権威を認めない。権威には根拠が必要だからだ。

ニーチェの言ったことは 正しいかもしれないが、大方の人間にとっては実際的ではない。ニーチェが言ったことに得心し 実践できる人間はごく僅かだ。その少数の人間を支えてるのは多数の人間だ

ここでも 少数と多数を混同して 見当違いのことをいう あんたはどうしようもないな。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 00:09:53
大丈夫

発狂しそうなのは あんただけじゃないから

みんな そうだから
Unknown (Unknown)
2017-04-24 00:16:14
遅くまで つきあってくれて ありがとう

楽しかったよ
Unknown (Unknown)
2017-04-24 00:59:29
「空」の「解釈」が「正しく」できると、

どうなるんです?
Unknown (Unknown)
2017-04-24 01:01:23
正しい「解釈」

間違った「解釈」

あるだけだな。

神が存在するだけだ
Unknown (Unknown)
2017-04-24 01:40:10
本気でいってるのか
冗談でいってるのか分からない。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 01:52:01
スマ長老の説法によると、釈迦に対して、自分には難しいことは分からないから、一言で簡単に言ってくれと頼んだ人がいたそうです。

それに対して釈迦は、執着を捨てることです、と答えたそうです。それが書かれた初期経典を私はまだ知りませんが、なるほどそうだろうなあと思います。

苦しみの原因は執着である。執着がなければ、苦しみはない。その実現が悟り。

どうやったら、執着を捨てられるのか。それが問題。

大乗の言う全ての存在が空だというのは、そこに常住不滅の実体は無い、無常だ、こちらの意向に関係なく変化してしまうという意味で、すなわち、全ては、執着しても思い通りに行かずに最後は苦しむことになるものだということ。だから、苦しみたくなかったら、執着を捨てろということ。

なんだ、そんな簡単なことか、と思うかもしれないが、それを頭で理解しただけでは、分かっていても止められない、というのが普通の人間。

頭で理解しただけでは、それは知識に過ぎず、仏教における智慧ではない。

知識を仏教の智慧にするのが、実践修行。

どんな修行をするかは、各宗派でいろいろだけど、基本は、瞑想。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 01:57:30
瞑想方法は、初期経典においてもいろいろ説かれている。

しかし、悟りの実現のメカニズムは、それを読んでも、詳細に書かれているようで、実は、よく分からない。

私の理解では、瞑想で最高に深いところまで達したそこでの経験が、執着の鎖を完全に断ち切る、智慧が生じる、ということらしい。

執着を捨てるなんてナンセンス、それで何のための人生か、そんなことする必要が無い、というか人間には不可能、と思う人は、初期経典には縁が無い。釈迦は、これは執着を喜んでいる人には理解できない、と言っている。

初期経典の釈迦に従うことだけが素晴らしいことだとは、私は思わない。むしろそれは、他の思想では救われないという変わり者のすること、そう思います。

仏教各派で、悟りの理解や修行法が微妙に違うから、自分が共感できたものを選択するというのも一つの方法だと思います。

ただ、各派に共通の態度は、執着を捨てる、ということだと思いますね。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 02:02:52
仏教の膨大で難しい言葉の数々は、それは、なぜ執着を捨てる必要があるのかを説明したもの、と私は思っています。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 02:06:42
無駄死に?
犠牲者でしょ?

トランプ現象で、フランスでも「自国第一主義」が勢力を増してるようだね。

人道主義のドイツにまで、その影響が来てるみたいだけど、EU崩壊すれば、テロがなくなる、失業者が減るとは限らないし、それだけの問題ではないよね。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 02:15:47
>「空」の「解釈」が「正しく」できると、どうなるんです?

世界の認識が変わるんじゃない。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 02:38:25
世界の認識が変わると
どうなるんです?
Unknown (Unknown)
2017-04-24 02:39:40
執着を捨てることに執着する


もう耳タコだなこれ
Unknown (Unknown)
2017-04-24 02:53:12
緩慢なる自殺。いいね、使わしてもらお。ニーチェパイセンアザース
Unknown (たかはし)
2017-04-24 03:08:14
最初は悟りに執着する。だから出家して修行する。執着を捨てることに執着する。

やがて、悟りへの執着も捨てる。執着を捨てることへの執着も捨てる。

執着を捨てることへの執着を捨てることへの執着も捨てる‥。

それって、どいうこと。

それは、瞑想で体得せよ、もはや言葉で語れない。

そういうメカニズムでしょう。

禅宗で、悟るために坐るのではない、ただ坐るのだ、と言うのも、そういうことなんだと思っています。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 03:16:34
戦死者は個々に名前を持つ人である。
その名前をつけた親や身内がいたはずである。それを「無駄死に」と評する者にとって有益なこととは一体何なのか?
Unknown (Unknown)
2017-04-24 03:19:20
ほう。
もはや言葉で語れない、と。

出家して修行して下さいね
Unknown (たかはし)
2017-04-24 03:36:52
初期経典の出家をする覚悟は、私にはありません。親を捨てられません。財産を捨てられません。修行に耐える体力に自信がありません。

釈迦がやったことを学び、それを在家で、自分のやれる範囲で実践しているものです。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 04:05:29
世界の認識が変わると、、、

エラクなる!!!
v( ̄ー ̄)v

どう?
日本人の「いい人になりたい」病 (大日方)
2017-04-24 06:35:49
>戦死者は個々に名前を持つ人である。
>その名前をつけた親や身内がいたはずである。それを「無駄死に」と評する者にとって有益なこととは一体何なのか?

いったい皆さんは無条件降伏の意味をどう理解しているのですか???我が国は、多くの兵士の命を犠牲にして戦ったにもかかわらず、結局外国軍による占領という屈辱を無条件で受け入れることになった。若い命を無駄にしたという以外どういう言い方があるのですか?

戦争というのは、多くの尊い命を全く無駄に失わせる。なんでこんな簡単な事が分からないのです?

大事なのは、都合の悪いこと、受け入れたくないことからも目を背けることなく、教訓を学ぶということです。ここのやり取りでも明らかなように、戦没者の死は有意義であったと思いたいが故に、敗北の原因となった戦時中の政策、価値観、社会の在り方を肯定したがる人がいる。失敗から学ばなければ、また失敗するでしょう。

戦時中や敗戦直後ならば、遺族の気持ちに配慮しろという主張も分かります。しかし、もう70年以上たっている。あの戦争を直接体験した方々はもうそう多くはない。このコメント欄の参加者は、「戦死者を冒涜するな」と呑気に書いている人を含め、ほぼ全員平和しか知らない世代でしょう。あんな屈辱的な敗北を経験していながら、そこから教訓を引き出そうとしないのは、平和の時代に生まれた人間が、平和な時代に生きているからできる贅沢です。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 07:21:57
平和ボケはあんただよ。 人間の尊厳というものを理解しないんだからな

人の尊厳というものをわかっている人間なら どのような死であっても その死に対して無駄死に なんて言葉が吐けるはずはない。

無条件降伏したから無駄死にだった なんてこの上なく間抜けな論理だ。論理でもない、あんたの気分で無理やりくっつけた魔術だな。あんたのいうことは幼稚な結果論だね。

敗北の原因となった戦時中の政策 価値観 社会のあり方を肯定したがる?いい人になりたい病?どこ見てそんなことわかる?酷い思い込みだ。

都合の悪いこと 受け入れたくないことから目を背けることなく 教訓として学ぶ為にこそ 戦死者 一人一人がどのように死なねばならなかったのか、なぜそのようでなければならなかったのか想いを馳せなければならない。

無駄死に などという侮辱は絶対にあってはならない

誰も戦争を肯定などしていない。勘違い酷いな。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 07:42:57
無駄死に、これがすなわち死者への侮辱かどうか。言葉の印象って、人それぞれですね。

身内が戦死したら、無駄死にと言われたら、侮辱された気になって怒りを覚えそうですね。

でも、私の大事な先祖を無駄に死なせやがって、と死者を大事に思うからこその想いも生じると思えるのですけどね。

なお、勝ってれば有益な犠牲、負けたから無駄死に、と結果によって、評価が分かれる。

これもまさに、空だから。

戦争による死の評価には、不滅の本質が無い。勝ったという結果が原因になって有益な犠牲という評価が生じ、負けたという結果が原因となって無駄死にと評価される。そこに不滅の本質があるなら、結果によって評価が変わるというのは、ありえない。不滅の本質なのだから。

つまりは、縁起であると。

テーマに沿った話になってきましたね。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 07:51:04
たかはしさん あんた上手いね
Unknown (たかはし)
2017-04-24 07:51:47
般若心経に、是諸法空相‥、不垢不浄‥、という言葉がありますよね。

全ては空だから、汚い、きれいという評価には不滅の本質が無いのだ。だから、汚いだとか、きれいだとか、そのようなものに執着するな、という意味に私は理解しています。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 08:43:47
んだ んだ

おめーさ いうどーりだっぺ

ありがたや ありがたや
Unknown (Unknown)
2017-04-24 09:57:55
前回坐禅会には参加出来ませんでした。今回もかなり難しいのですが、なんとか1回は参加したいと思っています。東京在住当時は「仏教私流」の講義を拝聴しておりましたが、以来、南老師のお顔を直接拝見しておりませんし、やはり、恐山には一度は伺いたいです。
それにしても、東北は遠い。ぜひ関西エリア開催もお願いしたいです。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 10:02:45
へんなものだな

「ただ坐ればいい」
とか簡単に言うのに
「ただ生きればいい」
とはならないんだな

たかはしさんの「実践」て、「考える」こと?
それは「神の作成」なんだろうと思う。
わたしもここでこんなふうに「だらだらと」書いて「無駄に」過ごしてるわけだけど、これを何かの「実践」というか「無駄なおしゃべり」というか、というのが、太平洋戦争?第二次世界大戦?の戦死者を「無駄死に」ということがふさわしいかどうか、っていう「おしゃべり」なんでしょ?
わたしは全体として「おしゃべり」だと思ってるよ
Unknown (Unknown)
2017-04-24 10:09:13
あ、しゃべり言葉だと「おしゃべり」で、業界・専門用語がいっぱい入ってると「実践」みたいな区別はしてない、わたしは。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 10:11:22
死に対しての評価ではなく、紛れもなく戦争という国同士の犠牲者であって、ただでさえ誰しも思うようには死ねないんだから、死に方(生き方)を強制させられた犠牲者に変わりはないと思う。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 10:17:23
ブルーインパルスって、いくら費用かかったんだろう?

熊本城の上空を、復興や励ましの名目の元、飛ばせてみせて、その姿みて喜んでる市民がいる。

戦争を臭わせる光景に、ゾッとしたのは私だけ?
Unknown (たかはし)
2017-04-24 10:33:40
実践とは、基本的に瞑想ですよ。

そして瞑想には、二種類あります。釈迦以前からあったとされる、サマタ瞑想(止瞑想)と、釈迦が発見したとされるビパッサナー瞑想(観瞑想)です。その詳細はネットで調べられます。

それから、コメントしたりするのは、自分の理解を確認するためでもあります。自分の理解に合理的な反論があれば、それを参考にしたいということです。

スマ長老は、論理的なものが全て真理ではないが、真理は結果的、必然的に論理的である、釈迦の教えを理解したものは、どのような反論にも論理的に対処できると言います。

その確認のためにコメントしてるという意味合いが強いですね。

それから、ここは禅宗の方のブログだと思っていますので、関連した話が聞きたいという希望もあります。

大乗仏教の僧侶で、スマ長老のように毎月定期的に法話をネット配信する方を私は知りません。そういう人が出てきてくれるとありがたいのですが。我が家が檀家になってる寺の僧侶は、勉強会とか座禅会ということに積極的ではないし。田舎暮らしで出歩くのは経費的にも体調的にも大変ですしね。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 10:33:54
「第二次世界大戦の教訓」

でも、もう今、かなりやばいでしょ?
「あの戦争から学ばないと、また」的なことをわたしも言ったりするかもしれない。
でも「うそだなー」と思うんだよ。
だって、そう思うんなら「今のやばさ」になんとか「手出し・対応」ができるようにうごいてなきゃだめじゃん。
でも全然わからないもの、どうすればいいか。漫然とテレビとか見て「えー、やばいじゃん」って思ってるだけだもん。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 10:35:06
>戦争を臭わせる光景
そんなこといったら3.11で自衛隊が救助活動をするのをゾッとしてもいい理屈になるわな。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 10:47:07
たかはしさんおねがい答えてちょうだい。
>全ては空だから、汚い、きれいという評価には不滅の本質が無いのだ。だから、汚いだとか、きれいだとか、そのようなものに執着するな、という意味

だったらウソ、ホントの評価には不滅の本質がない。
これは評価基準がないと言い換えられる。

疑問①真偽かの判断基準の実体がない=真偽に執着しない、こだわらない、気にしない
同様に判断基準がない=真偽の見分けがつかない=どれが真偽がわからない
判断基準がないならウソ、ホントという言葉がなぜあるのか。
対義語があるのはどういう理屈か。

疑問②倫理基準の実体がない=善悪に執着しない、こだわらない、気にしない
同様に倫理基準の実体がない=善悪の見分けがつかない=どれが善悪がわからない
判断がつかないなら善悪判断ができない。善悪が成立しない。
執着しないことは「善い」or「悪い」?
善悪判断を放棄すると善悪もないとなってしまう。
善悪判断を放棄すること自体「善い」or「悪い」どっち?
詐欺しても、ウソついても執着しないことは「善い」or「悪い」?

疑問③結局のところウソも方便と不妄語戒とどう矛盾なく整合させるのか。

面倒だろうし③だけでもいい合理的に説明してください。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 10:54:39
無駄な死など無い、とする。
「無」なんだからね。

日常でも、溺れようとしてる誰かを助けようとして、どちらも助からなかったら、無駄死にになるの?


そもそも、無駄死にと思う元は何か?
戦争に対しての批判なのか、悲しみの裏返しか、バカバカしさからか?

無駄とするなら、戦争そのものだと思うけどね。

無駄と思われがちなオシャベリも、こうして語れるんだし、というか何が無駄かは、不毛かどうか?
Unknown (Unknown)
2017-04-24 10:57:23
たかはしさん
そうですか、頑張って下さい

その答えを聞いても「実践って考えることなんだな」って思う。

「論理的に対処できる」ことによって「真理」を得たと確認する、その「場」は、「ここ」言葉の世界なんでしょ?
「世界」は「全て論理的」ではないので、「言葉の世界」で上手くいったからって、「その他」が残っちゃうでしょ。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 10:57:45
鋭い意見きたね。
たかはしさん、さあどうする!
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:01:20
戦争って国家間のケンカでしょ。
国家やら民族やらで勝手に線ひいてでっちあげてありがたがって信仰する。
国家は幻想といいながらそれに依存するしかない矛盾がありますな。
自国やら他国やらわざわざ線ひいてさ。
あほくさ。
他国から資源をひいてきても所詮ゼロサムってことなのにさ。
国益やらなんやら我田引水ばかりじゃない。
搾取しあい利用しあい潰し合う。
おかしいよな。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:05:31
あ、わかった
「おれの対応に論理的に納得できないのは、きみが釈迦の教えを全く知らないからだ、勉強しなさい」
みたいなのって、そういうことか。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:07:26
だから、死ぬかもしれない人を前にして
「ほら、信じないでしょ、これうそじゃないから」とか
悠長なことやりはじめようって考えたりするんだな。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:08:31
救助活動と、アクロバット飛行って同じこと?

それで本当に助かるの?
Unknown (たかはし)
2017-04-24 11:08:38
世俗の社会は、善と悪、汚いときれい‥、ですよね。そしてそこは、苦しみの世界。

世俗の世界では、社会のルールとして善悪の相対評価が必要。

出家して世俗を捨てて修行して悟りを目指す人は、善悪にさえ不滅の本質が無いと見て、善悪すら超越するとされます。そこが勝義諦。

でも、善悪を超越するからといって、悪いことしていいというものではありません。修行には戒律を守ることが求められます。さらには、あらゆる生き物への慈しみの心を育てることも求められます。それが心の浄化に合理的だからです。

そういう修行の果てに、善悪の相対概念を超えるのですから、悟った人が悪いことをするのは、ありえないでしょう。

自分は解脱したと宣言して、暴飲暴食、酒池肉林、挙句にテロなんてのは、偽物だということですね。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:11:01
世界を無視する方法?
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:15:21
いやいや、たかはしさん

たかはしさんは「出家しない」んでしょ?
出家して悟りを目指す人の話がどうしたっていうんですか?
Unknown (他のような者)
2017-04-24 11:15:54
「その他」は、思うようにいかないからね。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 11:17:08
嘘と方便の問題は、悟っている人が嘘をついたとしたら、それは適切な方便であるのは間違いないでしょうね。本当に悟った人ならね。

問題なのは、悟っていない我々がつく嘘は、相手のことを考えた方便のつもりでも、実は自分の欲望のためで、それ故にトラブルにつながる可能性が高いでしょうね。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 11:19:34
釈迦の悟りとは何か、どうやってそれは実現されたかを学ぶことと、それを今の自分がどこまでやるかは、別の問題です。混同しないで。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 11:23:47
考えることも実践ですよ。

聞いて、考えて、行動する。それが修行とされてますよね。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 11:23:48
考えることも実践ですよ。

聞いて、考えて、行動する。それが修行とされてますよね。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:24:37
>救助活動と、アクロバット飛行って同じこと?

そう解釈するんだ驚いた。
ごめんごめん。
自衛隊の成り立ち考えてみ。
なにから変わったのさ。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:25:31
いやいや、たかはしさん。
それって教えから離れてない?

中道精神から離れてない?
Unknown (たかはし)
2017-04-24 11:26:08
コメントがダブリましたけど、削除機能はないのでしょうか。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:27:33
ライト兄妹から変わったんでしょ?
Unknown (たかはし)
2017-04-24 11:27:43
どの部分が、どういう理由で中道から離れてますか。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:29:31
たかはしさんそれで合理的に説明したつもりになられても困りますね。
みなさんそれで納得するんですか?
じゃ「わしはほんとうにほんとうに悟った」と言い張ったらウソは許されるっていう理屈になるんですね?
悟ったか悟ってない基準はあるんですか?
基準ないんじゃなかったっけ?
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:30:54
極端な思考かな。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:32:31
悟り自体わからないことを持ち出すところかな。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 11:36:05
悟ったと宣言しても、理性的な目で観察すれば、偽物はバレるでしょう。

仏教の悟りの定義に照らせば、分かると思いますよ。

スマ長老の法話を聞いていると、スマ長老でさえ、完全には悟っていないと感じます。でも、経典の理解とその実践は、高いレベルにあると感じていますから、法話を聞いています。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:36:11
>善悪の相対概念を超えるのですから、悟った人が悪いことをするのは、ありえないでしょう。

無我だったら超える主体はなんになるんですか。
面倒だからそれはさておき。

善悪の相対概念を超えるとなぜ悪いことをしないといえるのかその根拠いってください。
根拠はないが、たかはしさんがそう思ってるだけですか?予想ですか?
相対概念をこえるこえないの基準はどこにあるんですか?
基準がないんですよね?
だったら超えるもなにもないでしょ。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 11:37:44
とりあえず、なんでもいいから経典を読んでみてください。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 11:40:46
釈迦が悟った後に悪いことをしたという伝承がありません。

煩悩を滅した人には、悪いことをしようという欲が生じようがないでしょう。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:42:25
無我だから 超える主体とかないよ

善悪を超えるってのは 善悪の区別がなくなるってことだよ。ただ縁起があるだけよ

超える超えないってのは言葉の綾だよ。

分かれよ。そんぐらい。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:43:40
ライト兄妹
うけたww
妹いないから。
そして時代遡りすぎだし。
ほんと君ら発想おもしろいわ。
予想できんレスがつく。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 11:44:33
無我なのに、何が何を超えるのか、という問題は、超えるという言葉の表現の弊害で、そこが、言葉を超えた世界たる勝義諦を、言葉で表現することの限界なんです。

涅槃に入る、という表現もそうです。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 11:44:34
無我なのに、何が何を超えるのか、という問題は、超えるという言葉の表現の弊害で、そこが、言葉を超えた世界たる勝義諦を、言葉で表現することの限界なんです。

涅槃に入る、という表現もそうです。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:46:40
言葉のアヤか。
じゃ嘘も方便、言葉のアヤで済むんだね。
なんでもありだ。
言語は虚構で理由つける類じゃん。
ぜーんぶ言葉のせいですって??
ハハハ
思考レベル低すぎ。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:46:54
>問題なのは、悟っていない我々がつく嘘は、相手のことを考えた方便のつもりでも、実は自分の欲望のためで、それ故にトラブルにつながる可能性が高いでしょうね。


そうかな?

ガンで死ぬ間際の人に、どんな治療をして、どんな状況かなど教える必要もないのに、主治医がこんこんと説明されたと聞いて、医療体制にも疑問を感じたけどね。

そんなことより、どうやって苦を取り除いてあげるかが先でしょ。

相手のことを本気で考えたことなら、多少トラブっても、後で真意は伝わるはず。

バカだから、真意が伝わらないだけ。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:49:44
縁起がなにか示してみなよ。
なんだねその縁起ってのは?
なんでもかんでも偶然を縁起といってもいいじゃん。
眼にみえんなにかも縁起でおk。
ぜーんぶ縁起にぶっこんで終了。
で結局縁起ってなに?
言葉にできないなんとか。(プ
それ解答なってませんから
Unknown (たかはし)
2017-04-24 11:50:42
極端だから中道から外れるですか。

悟りって、極端ですよね。
Unknown (妹のような者)
2017-04-24 11:50:42
ね。面白いでしょ。
無駄なオシャベリなんかじゃないでしょ。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:51:50
ぜーんぶ説明できないことを勝義諦にいれて説明したつもりになったらダメっすよ。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 11:54:50
基礎的知識のない人に、涅槃、勝義諦の話をするには、私の体力が追いつきません。まず誰の本でもいいので、仏教学者の書いた仏教入門でも読んで下さい。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 11:56:28
>悟りって、極端ですよね。

「悟りが極端」とか
考えてること自体
外道の外道だね。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:00:55
たかはしさん バカ相手にするのも疲れるよね

反論するための反論してくるからね

動機が卑屈だから 駄目だよ

カッコつけて いろいろ言葉持ってくるけど、本人 理解してないから いってることチグハグだしね。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:00:59
悟っている人はみればわかる=フィーリング
ほう明確な基準ですな。
で悟っている悟っていない境界はそのフィーリングってやつですか?
オーラとかその辺ですかね?
雰囲気でもいいな。
まあ合理的で明確な基準ですこと!!
Unknown (たかはし)
2017-04-24 12:01:05
あなたの悟りの定義って何ですか。

煩悩の滅尽、もはや苦しみが生じない、輪廻からの解脱とは違うものですか。

その定義の根拠は、何ですか。

私の根拠は、初期経典です。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:02:59
自分の責任と罪悪感で、むりやり事実を伝え、欲望を満たそうとする主治医に、よっぽど悪意を感じたけどね。

まあ、慈悲と智恵のある方便は、バカには使えないってことだね。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:04:05
そうだね

あなたのことだね
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:07:06
仏教学者がアテにならないから、ココに来てるんでしょ。

たかはしさん
南さんの記事を読み返して出直してね。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:07:57
あんたが出直せ
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:09:38
方便は、バカ同士では成立しないね。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:10:41
あなたが一方的にバカなんだけどね
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:13:36
たかはしさんの概念って
南さんが、耳にタコ焼きができるくらい聞かされてきた、どうでもいいことだから、他へ行った方がいいかもね。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:15:46
まず その反論のための反論やめろよ

反論するんなら ちゃんと整理して意見しろよ

そして 相手のいってることを理解しようと努力しろよ。

たかはしさんは丁寧に教えてくれてるだろう

耳にタコができるくらい聞いたことを理解しないあんたが鈍いんだよ
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:17:52
1月記事の「T氏への応答」
T氏って、たかはしさんのこと?

(@ ̄□ ̄;)!!
Unknown (たかはし)
2017-04-24 12:19:36
何か特異な宗派で学んだか、全くの初心者なのか。

学ばずに自分の先入観だけで仏教を判断しているのか。だから仏教学者の解説に満足しないのか。

論理的議論以前の問題ですね。

このブログでコメントしている人が、そういう人だったというのは、意外でした。ブログの記事の中身とコメント者のレベルが、あまりに違いすぎるのに驚いています。

というか、この事態を分かっているから、他の多くの読者は、コメントしないんですかね。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:19:47
たかはしさん

俺はあんたを応援するよ
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:20:57
おお たかはしさん

やっと気づいてくれたか
代弁 (Unknown)
2017-04-24 12:25:21
私は出家して以来、このテの話を、上座部から大乗まで様々なデザインで、それこそ耳にタコどころか、顔中にタコができるほど繰り返し聞かされて、心底から辟易しきっています。大変申し訳ありませんが、私は、「悟り」と「本当の自分」が出てくる言説には、もはや全く興味も関心もないのです。面白いとも役に立つとも思いません。ただの駄法螺にしか聞こえず、自分には端的に不要なのです。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:27:02
さとりの定義ですか?
それが分かってれば苦労しないのですが。
そう言われてみれば悟りってなんなんでしょうね。
涅槃?見性?っていっても言葉でしかわからないのですがね。
見性は道元さんは否定したんですよね?たしか。
経験したことがないので全くイメージがわかない。
言葉があるのでいわゆる超越体験のことを悟りと曖昧に考えていたんですがね。
違うのかな?
定義となるといやはや困ったな。
言葉は多くありますね。
滅尽定だの非想非非想だのと。
身心脱落か。
んー悩ましいですね。
誰の説を採用すればいいのかわからない。
わからないことを定義できますかね?
主張する人によって違ったりするし。
しかしなぜか悟りという言葉はある。

たかはしさんが誰かを「悟った」と判断できるなら明確に基準があるものと思ってましたけど?
ちなみに私は悟りがなにかわからないので判断できません。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 12:28:44
T氏って、私じゃないんじゃないかと。ハンドル名が、たかはしですか。

ただ、記憶に自信ないのですが、記事を読んでも思い出せないです。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 12:30:52
代弁という方は、このブログの管理者さんですか。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:31:04
効く方便って、賢い人にしか使えないんだ、って知らされた一件だったね。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:31:44
あんまり「思ってた通り」の展開になってるからわらえる。

たかはしさん

「論理を理解できないのはおまえが業界の常識をしらないせい」って言った時点で「現実的な対応に失敗してる」でしょ。
「だっておれは悟ってないから」って言うなら「ここでしゃべってないで瞑想してくれば?」だし、「たかはしさんの実践って論破することかい?」だし。
論破合戦楽しいな、ならそれでいいじゃん。修行とか実践とか言い出すのがうそくさすぎる。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:32:06
悟りは単なる目安だよ

悟りも言葉の綾だろうよ

ただの象徴だよ
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:33:53
たかはしさん。
南さんに手紙を書いたかどうかさえも忘れたの?

いくら道元さんが
「忘るるなり」って言っても
忘れ過ぎじゃない?
Unknown (たかはし)
2017-04-24 12:35:04
嘘臭く感じるのは、私の未熟さ故ですね。

それにしても、面白い展開でした。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 12:37:23
ごめんなさい、T氏って手紙を書いたのですか。記事を全部読まなくてすいません。手紙は書いてないです。それは間違いありません。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:37:52
たかはしさんは難しいことはいってないと思うけどなあ

こんな優しい論理を理解できない時点で あんたの方が現実的な対応に失敗してるぜ

見ることも 聞くことも 食べることも 話すことも 考えることも 寝ることも 歩くことも ぜんぶ ぜーんぶ実践なんだよ

アホたれ
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:38:42
だから目安って目盛りのことだろう。
メジャーかモノサシと同じ。
基準と同じで単なる言い換えだろうって。

言葉のアヤで説明した気になるな。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:41:13
たかはしさん。
お疲れ様でした🙏
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:41:18
目安がなかったら

どうやって説明するんだよ

アホか
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:42:42
誰が目安が目盛りのことだっていったよ

拡大解釈するな

とんちんかんなこというねえ
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:46:14
目安って曖昧なフィーリングかい?
基準いえないっていったら正直にいいなよ。
曖昧模糊。
~な感じ?(語尾上げ
スポーツ新聞の見出しみたいにちっちゃい?でもいいんやで
トンチンカンおつかれちゃん。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:47:27
「こんな優しい論理を理解できない時点で あんたの方が現実的な対応に失敗してるぜ」

いや、「ここ」で確認できることは「言葉の上でのこと」だよ。
あたりまえです。
現実には「業界の常識」を知らない人はごまんといるし、
そういうひとが「ここ」に入ることを防ぐものがない以上、「ここに業界の常識を知らない人がいる」のは不思議でも何でもない。

たかはしさんの「実践」を嘘くさく感じるのは、わたしにとってたかはしさんの「実践」ってことばが嘘くさく感じられるからだよ。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:48:35
反論のための反論だとか言っちゃう感じ?
揚げ足取りとか言っちゃう感じ?
卑屈だとか価値観持ち出してくる感じ?
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:54:45
わし悟っちゃった感じ?
わし悟りを得ちゃったっぽい?
目安はフィーリング。雰囲気。オーラ。
納得の論理ですね。(ため息
Unknown (たかはし)
2017-04-24 12:55:04
私に理解を示して下さった方、ありがとうございました。

管理人さんから出禁を指示されない限り登場いたしますので、よろしくお願いします。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:58:25
「お前がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな」
悟りもこの程度である。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 12:59:30
だってたかはしさんは(たぶん)悟ってないのに、例のスリランカ人を「完全には悟ってない」と思うわけでしょ?
でも法話を聞くのは「経典の理解とその実践は高いレベルにある」とたかはしさんが「判断できる」から、なんだよね?
わたしに理解されない(?)のはたかはしさんが未熟だから?
例のスリランカ人のレベルを判断できちゃうのに?
うそくさー。「わたし(たかはしさん)が未熟だから」も「レベルを判断できる(たかはしさん)」もどっちもうそくさい感じ。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 13:03:08
>基礎的知識のない人に、涅槃、勝義諦の話をするには、私の体力が追いつきません。
説明できないことを巧妙に責任転嫁する論理です。
説明できないだけ。
言いっぱなしの人間が追求されて苦し紛れでよく使うやり方です。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 13:09:48
あとね、遡るけど

「釈迦の悟りとは何か、どうやってそれは実現されたかを学ぶことと、それを今の自分がどこまでやるかは、別の問題です。混同しないで。」

これ、何言ってるの?
「たかはしさんの『実践』とは?」って言ってるところで「出家した修行者のはなし」を並べたのはたかはしさんです。
そんなはなしじゃないでしょ?っていうのが
「たかはしさんは「出家しない」んでしょ?出家して悟りを目指す人の話がどうしたっていうんですか?」
というわたしのコメントです。
つまりわたしは「混同していない」んですよ。
大丈夫ですか?
Unknown (たかはし)
2017-04-24 13:20:42
スマ長老の発言から、完全には悟っていないと判断したのは、例えば、次のようなことです。

通販でCDを買って、ちょっと聴いて止めて、そういうもので部屋がいっぱいで見せられない。

皆さんから、出家僧は子育てに煩わされなくていいですね、と言われるが、私は逆に子育てで忙しい母親を見ると羨ましい、私もそんな経験がしたいと思っちゃう、男の子を育ててみたい。

とまあ、そんな発言があったからです。

煩悩を滅尽したなら、それはありえないでしょう。

でも、スマ長老の初期経典の解説は、とても参考になります。また、スマ長老は教団の伝統的な解釈から踏み出して、これは私の解釈だが、と私見もいいます。それが的を得ていると感じることが多いのです。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 13:21:23
基準 基準 基準 ……うるせーなあ

基準なんてねーから 空なんだろ

いいかげん 理解しろよ
Unknown (たかはし)
2017-04-24 13:23:04
出家しないなら、出家した人の話はするな、という意味ですか。すいません、あなたの言いたいことが分かりません。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 13:23:48
たかはしさんのことじゃないですよ
Unknown (Unknown)
2017-04-24 13:28:31
>基準なんてねーから 空なんだろ
だったら悟りも悟らないもないだろっていってんだよ。
基準厨の勝利である!!
反論は認める
Unknown (Unknown)
2017-04-24 13:29:52
だから悟りも悟らないもないんだよ

だから空なんじゃないか
Unknown (Unknown)
2017-04-24 13:35:00
基準や根拠があったら空じゃなくなるだろう

空の考え方と一元論 二元論 多元論を一緒にしちゃいけないんだって

いいかげん 理解してくれよ
Unknown (Unknown)
2017-04-24 13:35:53
じゃなんで悟りとか言葉があるんだよ!!
それじゃ悟りを無効にしてしまうぞ。
だったらもっともらしい悟りとか最初から言うなよ。
なんもないのかよ。
それ虚無主義になっちまうぞ。
いいのか?それ?
違うだろ・・・
Unknown (Unknown)
2017-04-24 13:38:55
悟りって言葉はだから方便だよ

空を体現する人を説明する方便なの
Unknown (Unknown)
2017-04-24 13:47:34
だから方便でなんでも許されるのかって上でいってきただろうがって。
みてないのか?
なんでも方便方便で通るか!

ない!ない!ないと絶対的にいうわけ?
絶対的なものは絶対にないとか
はあああ????
それで仮設概念持ち出してきて「仮に」とかいうんだろ?
その手には基準厨には通じません。

Unknown (Unknown)
2017-04-24 13:55:57
そうだよ

なんでもかんでも方便なんだよ

絶対的なものなど絶対ないんだよ

基準厨なら なんで禅やってんだよ
Unknown (Unknown)
2017-04-24 13:58:27
指月の譬えってあるじゃないか

言葉はすべて方便なんだよ
「上座部仏教・つまり、スマナサーラ長老たち」の限界 (イエスちゃん)
2017-04-24 14:09:56
曹洞宗から出発したこの二人が、
バージョン「1.0仏教」に魅かれて(道元)…入門し、

次に、バージョン「2.0仏教」に接触し、知り、
「上座部仏教・つまり、スマナサーラ長老たち」の限界を知って、
(たとえば、パオ瞑想センターの修行者千人ぐらいで、コースを完了できるのはせいぜい十人くらいなもの。
・・・これでは、実際の病人を治せない)

最後は、バージョン「3.0」に到達した。

それは、それは、道元が「もともと」説いていたことに他ならない。

更に、それは、ブッダが「既に」説いていたことであった。

「アップデートする仏教」
藤田一照、山下良道

読む興味がある人へ…
Unknown (Unknown)
2017-04-24 14:13:57
ああもうやだ。
開き直りやがった。

次元がちがうわ!わしと!
あなたとは次元が違うわ!

俺11次元までいった宇宙意識だから。
根拠は絶対無い
Unknown (たかはし)
2017-04-24 14:20:00
11次元まで行ったという話、興味深いです。

そこは、どんな世界でしたか。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 14:27:10
あ?え?あ、いや
11次元ですか?
そ、そうですね
こ、言葉にならない!!(うっとり

すいません嘘ついてました。
ウソも方便ですので圧倒的無罪。
反論の余地なし!
誤解「なんでもかんでも方便なんだよ」 (イエスちゃん)
2017-04-24 14:30:46
『なんでもかんでも「方」便なんだよ』

これは、全く理解していない人の言う事。

『「方」便』

とは、「正しい」方法である。

という事は「正しくない」方法があるということ。

『なんでもかんでも』

ではないということ。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 14:33:14
キリスト教と仏教の二股かけてる中道さんがなにいってるかわかりませんね。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 14:40:11
キリストへの信仰と仏教の空の考え方とどう両立できるんだよ

イエスちゃん 教えてくれよ
Unknown (Unknown)
2017-04-24 14:41:25
わたし:たかはしさんの「実践」って?
たかはし:出家した人はどーだこーだ
わたし:いや、たかはしさんの話してるんだよね?
たかはし:出家者の修行ととわたしの実践を混ぜないで
わたし:はあ?

Unknown (Unknown)
2017-04-24 14:44:38
キリストへの信仰と仏教とが両立できると思ってるイエスちゃんの方が全く理解してないね
Unknown (Unknown)
2017-04-24 14:49:48
子育て中:出家僧はいいなあ
スリランカ人:お母ちゃん達はいいなあ
たかはし:煩悩を滅尽したなら、それはありえないでしょう

さあ?
例のスリランカ人的な、とういか、その界隈ではちゃんと通用する常識に則った「方便」かもしれませんが。
(わたしにはわかりません。あの人の話って、何言ってるのか自体に興味が持てない。)
Unknown (Unknown)
2017-04-24 14:50:24
イエスちゃんさぁ

あげ足とりするなよ
わかってるよ そんなこと。

あげ足とりでないならさぁ
正しい 正しくないの判断の基盤がなきゃいけないじゃないの。

それと空の考え方とどう整合すんのさぁ

引用するのに時間かかるのか?
Unknown (Unknown)
2017-04-24 14:57:52
何故この世に仏教があるのか?
生きることは苦しく且つ面倒なことだからである。
それ以外の理由はない。
E=mc2 やマスター方程式と同じである

悟りに至らなければ苦しさは解消されず生まれてこない方がいいという事に解釈されたとしても仕方のない事である。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 14:58:22
でも、「未熟なたかはしさん」は例のスリランカ人のレベルを「見抜ける」わけでしょ?
いや、うそくさいわ、それ、とわたしは思う。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 15:07:13
あ、たかはしさんて
「たかはしさんは「出家しない」んでしょ?出家して悟りを目指す人の話がどうしたっていうんですか?」
を、
「出家した人の話って言うのはたかはしさんのことですね?(マジ)」
って読む人なの?

混同はしてません。
それは別のことでしょ、と言ってるんです。
出家して修行してる、「たかはしさんじゃない人」の話をするんなら、
その話と「たかはしさんの『実践』」の関連付けをして下さい、ということです。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 15:11:42
でも、もう関連付け、いいですよ。

たかはしさんの「実践」ってここのコメント欄で論破するための理論武装なんだな
って納得しちゃったんで
Unknown (たかはし)
2017-04-24 15:17:16
私が紹介したスマ長老の発言が、スマ長老が方便を使ったものである可能性は否定しませんが、私の判断は、そうじゃないというものです。

その私の判断を、他者に押し付ける気はありません。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 15:22:14
議論することで、私の理解を確かめるのが第一の目的。私が理解したもので相手を論破できるか試している側面があります。

そして、まだ知らないことを教えてもらえるのではないかという期待もあり。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 15:26:49
>「たかはしさんは「出家しない」んでしょ?出家して悟りを目指す人の話がどうしたって
出家して修行してる、「たかはしさんじゃない人」の話をするんなら、
その話と「たかはしさんの『実践』」の関連付けをして下さい、ということです。

ごめんなさい、まだ分かりません。

出家修行している人がやっていることを、私のやれる範囲で実践していますが、それで回答になってますか。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 15:28:48
例のスリランカ人に対する判断が正しいかどうか、妥当かどうか
ではないんだな。
だってわたしには「わからない」んで。

たかはしさんの「言葉」がうそくさいんです、わたしにとっては。それだけのことですよ。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 15:31:39
いえ、もう回答いりません。
「実践している」という言葉があるだけです、ここには。
そしてわたしは、「たかはしさんの言葉ってうそくさい」と思っちゃったので、
終わっちゃいました。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 15:35:11
私の言葉が嘘くさいのは、私が未熟だからでしょう。

それが今の私です。

もし、嫌悪感を与えるとしたら申し訳ないですが、ここへの参加は、管理人さんから出禁の指示がない限り続けさせて頂きます。御了承願います。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 15:42:34
ここにあるのは言葉だけだから、確認できるのは言葉だけ。
「世界は言葉だけじゃない」と、わたしは、思っているので
(だって、たかはしさんが「瞑想」しているかどうか、ここに書いてあるだけじゃわからないでしょ?)
「論理的なものが全て真理というわけじゃない」という、たかはしさんが引用したスリランカ人のお言葉を、
わたしからも差し上げようかしらね、みたいな。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 15:54:44
真理は、結果的、必然的に論理的である、という言葉を送り返しましょうかね。

最後までちゃんと読まないと。

自分に都合のいいところだけを切り取るのは、三流マスコミのやることでしょうね。

ちなみに、スマ長老のその言葉には、論理が崩れていたら真理ではない、とも続きます。

それから、もし、私が瞑想実践してるなんて嘘臭いと感じるとしたら、私の瞑想が未熟だからでしょうね。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 15:58:41
それから、このコメント書いてる時も、感情的になるのを避けるために断続的にビパッサナー瞑想してるんですけど、それも嘘臭く感じるのでしょうね。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 16:03:26
ちなみに、論理的なものが全て真理ではない、と私に投げかけるということは、私の言葉は論理的で破綻がないと受け止めている、ということですかね。

論理的だから嘘臭く感じるのですかね。うまい話には裏がある的な。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 16:22:11
「ビパッサナー瞑想してるんですけど…」

はい。うそくさく感じます。
あなたが瞑想だと言っているものは、瞑想なんでしょうか?
戦闘前の深呼吸では?

全部読むなら前提は大事でしょう?
「論理的なら真理というわけではない」という前提抜きに「真理は論理的なものだ」だけを頑張って押しても「三流マスコミ」でしょう?
あなたは「未熟」なんでしょう?
なのに相手の「論理の熟し方」を測れるんですか?それは正しいんですか?

たかはしさんは、「たかはしさんに理解を示した」人に「ありがとう」って言ってたけど
「たかはしさんに理解を示した人」はどんなふうに「論理的」だったんですか?
「たかはしさんに理解を示した人」とたかはしさんの間で、どれくらいの論理的なやり取りや合意があったんですか?
たかはしさんが「ありがたい」と思ったのは「何を理解した人」なんですか?
わたしにはとても「論理的なやり取り」がなされたようには読めなかったんですけど。
たかはしさんの味方みたいな人の書いたものも、たかはしさんに理解を示さない人の書いたものと違わない調子だと思いましたよ。
Unknown (たかはし)
2017-04-24 16:29:14
ビパッサナー瞑想を知らないんですね。

呼吸による腹部の変化、体の感覚、自分の思考や感情に気づいている状態を作るのがビパッサナー瞑想なんですよ。だから、日常生活の全てをビパッサナー瞑想にできるんです。

これから用事が出来て出かけます。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 16:29:58
え?
すっごいうぬぼれ。

あなたが「論理的」?
あなたはいっしょうけんめい「論理的であろうとしている」と思いますよ。
ここ、言葉だけの場所で。
「論理的なものが全て真理というわけじゃない」という、自分が引用した文章の、最初の「おことわり」をすっとばして
「言葉でやり込めることのできるおれ、すごいんだから」って頑張ってるなあって。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 16:31:42
感情的だと思われると「論理性」が減点されるから「瞑想」して感情をコントロールしないと
ってわけでしょ?
それは「戦闘前の深呼吸」です。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 16:53:35
君たち
論争続け過ぎじゃないですか?

コメント欄
閉じられても宜しいのですか?
Unknown (たかはし)
2017-04-24 17:39:15
戦闘前の深呼吸に思えるということなら、そう感じるのを、私にはどうしようもありませんので、私の言葉が嘘臭く感じ、戦闘前の深呼吸してるようにしか受け取れないということで、了解いたしました。

じゃあ、もういいですかね。

他の方から注意も入りましたし。

コメントにお付き合いいただいて、ありがとうございました。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 18:54:42
たかはしさんもunknownさんも

コメのやりとり楽しかったよ

俺はたかはしさんを見習わなくちゃなあ
Unknown (Unknown)
2017-04-24 19:24:20
君たち
院代様を見習いたまえ。

間違えたら間違えたで
キチンと詫びを入れる精神。

素晴らしいではないか!!!

拍手喝采👏👏
Unknown (月のような者)
2017-04-24 20:54:45
目に映る現象は何でもブルブル震えているわけです。机があると思ってしまう自分の心がいつでも震えているからです。
人のことは言えないヘボな仏教徒ですが、どうしても仏教を嫌がる普通の人にはせめて自分の中の汚れなき部分を大事にする気でいてほしいと思っています。私が仏教にこだわるのも理想を求めるがゆえでしょう。
仏教が分からない魂はさまよい続けるのが論理的な結論というものでしょう。では純粋さのパロディにならないように気を付けつつとことんさまよって本当のクリスタルな魂を目指してくださいと願います。それでクラッシュしたら改めて仏教に向き合えるかもしれません。心はどこに向かうべきか、どこに向かいたいのか。それは赤ん坊よりも柔らかく、しがらみのない苦しみのない方向ではないでしょうか。人間の営みの目的は実に分かりやすいものです。仏教はそのための最もシンプルでダイレクトで優れた方法論です。面倒臭いのは我々の心なのです。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 22:06:28
たのしいなあ

ここは

活気があっていいじゃないの

言い争いも 一つの華だよねえ

わかったとわからないも 結局 どうでもいいんだよねえ。わたしとしてはさ
Unknown (Unknown)
2017-04-24 22:21:59
さあ 世界情勢が、 なんか雲行きが怪しくなってきましたよ

いよいよ 人間というものが試される時がきましたな

でも 試されるのも これが最後かな?
Unknown (Unknown)
2017-04-24 22:37:52
たかはしさん、有り難うございました。
私は論争を読んでいただけだけれど、とても勉強になりました。

たかはしさんがそこまで仏教に追及することなり、論理的破綻を嫌う理由はなんなのか、私はそれを知りたいな。
(月のような者)のコメントのような、とてつもない苦しみがあったのですか?

まあ、人物を追及するな、ということが、修証義にありましたが…やっぱり知りたい。
Unknown (Unknown)
2017-04-24 22:43:36
たかはしさんと競り合ってたunknownさんもよかったよ

お祭りだった わっしょい わっしょい
Unknown (Unknown)
2017-04-24 23:14:30
言葉は ギリギリまで人間を引き上げてくれる

でも それ以上はいかない

南さんにとって理論的なことはもう終わったことなんだろなあ

南さんは超人になったんだ

そう、伝説のスーパーサイヤに!
Unknown (Tのような者)
2017-04-24 23:36:13
南さんにとって、ロリコン的なこと、もとい、ロンリ的なことが終わったんなら、ブログしてないんじゃない?

ところで、どちらのunknownさんのことだろうね?

論争する時は、ティーとかディーとかでも名乗ろうよ。
Unknown (くるま)
2017-04-24 23:52:01
名前見ると あなたも初見じゃないか、人のこと言えないでしょ

あとね、ロリコン的なことって 冗談でもそんな失礼なこというもんじゃないよ

南さんにとって仏教の理論的の学習はもう一通り目処がついたんじゃないかなって思ったの。それだけ。
Unknown (轟)
2017-04-25 00:22:33
初見だろうが何だろうが
ハンネはあるじゃない。

ロンリ的なことは
孤独的なことだよね。

ロンリーナイト🌃✨だね。
Unknown (くるま)
2017-04-25 00:29:57
あなた おもしろいから

コメントがあるたびに それに噛み付いてくれ

おもしろいから。見物するわ
Unknown (轟)
2017-04-25 00:48:25
ワン🐶

あなたも
ソコソコ面白いよ。

ワンダフル🎵
なんつって。
Unknown (Tのような者)
2017-04-25 00:56:20
>南さんにとって、仏教の理論的の学習はもう一通り目処がついたんじゃないかな

そうかもしれないし
そうじゃないかもしれない。

何事も無常だしね。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 01:12:53
ああ 哀しいかな 超人は理解されない

畜群は超人を彼方に追いやり信仰の対象にしてしまう。畜群は耐えがたい苦痛と苦労と屈辱とを超人に負わせ、なすりつける!それはただ 畜群が同情したいが為にだ!畜群は超人を地上に引きずり落とし、そうであってはじめて畜群は超人を癇癪を起こさずにみることができる。そうでなければ畜群の眼は潰れてしまうだろう。

超人は何も知らない。苦痛と苦痛と屈辱とは超人のものではない。超人は全きものだ!

畜群は超人を理解しないだろう。畜群は叫ぶだろう。「われわれの欲するものを与えないならば ここから出ていけ!!」超人は幾度も殺される。畜群は超人を殺害し またそれを後悔し、超人を信仰の対象へと祭り上げるだろう。そうして畜群は満足するだろう。
問い合わせ (蓮の花)
2017-04-25 01:20:06
院代さまへ

第2回:8月26・27日の坐禅会に参加するにはお寺に直接電話すればいいですか?
また、飛行機の予約状況が確かでない場合でも仮予約できるのでしょうか?

『ゲンロン0』 (Unknown)
2017-04-25 02:08:52
絶望を超える可能性

本書には、切迫する時代に書かれざるをえなかった、説得力と熱量が具(そな)わっている。時代を刻む論考として、後世に記憶されることだろう。

毎日新聞にて。
https://mainichi.jp/articles/20170423/ddm/015/070/027000c
Unknown (たかはし)
2017-04-25 02:59:17
おはようございます。この時間に目が覚めます。そして眠れなくなるので、瞑想を断続的にですがやることになります。まあ、これも嘘臭い話に受け止められるのでしょうね。

コメント続いてますね。まだ大丈夫と思わせて頂いて、私への関心のコメントがあったので、お答えします。初期経典にハマったのは、なかなか治らない目眩の病で途方に暮れていた時に、心の拠り所がないと鬱病になってしまって自殺すると思って、それにはやはり仏教だろうと、本屋で探したら、ひろさちや氏の、般若心経・生き方のヒントという本を見つけて、病の時は、幸福な病人になればいい、という言葉に、これかな、と思ったのが最初ですね。

そして初期経典の存在を知り、現存最古の経典というスッタニパータを読むに至り、あ〜、これだなあ、俺のためにあるような経典だと感動しましたね。

そして、初期仏教、原始仏教というという言葉から、初期仏教を自認するテーラワーダの存在を知り、日本語で話す外国人僧侶たるスマ長老を知り、その法話を聞きまくった、ということですね。並行して仏教学者の解説を読んで。

原始仏教という言葉から、古い論文をネットで見つけて、それは、駒沢大の学長だった人の書いたもので、そこでは、禅宗と原始仏教、初期経典の類似点、禅宗が原始仏教の正統ということが書かれてました。それで禅宗に興味を持って。我が家は、曹洞宗だったこともありまして。

何を読んでも、聞いても、基本的に論理的な破綻を感じませんでした。死んだ人に対して聞いても意味の分からないお経を唱えるなんて類の話もありませんでしたし。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 03:08:37
たかはしさん。

おはよう。
|ω・)ノ

張り切ってるね。
刺激論 (Unknown)
2017-04-25 03:11:02
パーリ語に、ヨーニソマナシカーラという言葉があります。これは大変重要な言葉ですので覚えておくと役に立つでしょう。

ヨーニソは「因果法則に則って、論理的に」という意味、マナシカーラ「観察する」という意味です。

そこでヨーニソマナシカーラは「因果法則に則って観察する」という意味になります。ヨーニソマナシカーラが無いとき(論理的に物事を観察しないとき)、私たちは色・声・香・味・触・法のいずれかに引っ掛かって苦しみます。

一方、ヨーニソマナシカーラがあるときには、心は冷静沈着ですから、安易に引っ掛かることはありません。何にも囚われず、自由に生きていられるのです。

したがって私たちが愚かな原因、混乱して苦しんでいる原因はただ一つ、ヨーニソマナシカーラが無いということです。それだけなのです。

お釈迦さまは「ヨーニソマナシカーラがあれば、すべての問題は解決する」と教えられました。物事を客観的に論理的に観察することができれば、すべてうまくいくのです。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 03:16:54
不合理なものは信じられないというのが、持って生まれた私の気質なのでしょうね。不合理ゆえに我信ず、という話は、私には無理です。

そういえば、ネットで、子供の時からキリスト教に親しんだけど、どうにも疑問が膨らむばかりで聖書を徹底的に研究して、その間違いを認識するに至り、ついにキリスト教を捨て、仏教を勉強したという人の解説が、すごく参考になりましたね。これは私と同じ気質の人だなと。

スッタニパータが、なんで私のためにあるような経典かと思ったのかは、いろいろ問題抱えてるけど、このまま孤独死、野垂れ死にしても何も問題無い、とそんな気持ちにさせてくれるからです。

とまあ、こんなところですね。これもビパッサナー瞑想を断続的にやりながら書いてます。書きつつ、気づきつつ、という感じですね。

まあ、嘘臭いですかね。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 03:23:28
>お釈迦さまは「ヨーニソマナシカーラがあれば、すべての問題は解決する」と教えられました。物事を客観的に論理的に観察することができれば、すべてうまくいくのです。

こういうところが、読んでて胸がスーッとするんですね。初期経典は、そういう言葉の宝庫、というのが私の印象です。
Unknown (浅野)
2017-04-25 06:09:06
どうせ死ぬのになぜ生きるのか、他者も自分も信じられないが、どう生きるのか、自分は何をしたいのか、また、するべきなのか、自己とはどういう器であり存在なのか、、これらの疑問を解決できなくとも、溶かしてくれるのが、私にとっての南さんです。
不合理、不条理を飲み込ませる勇気、知恵を与えてくれる。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 06:28:02
>不合理、不条理を飲み込ませる勇気、知恵を与えてくれる。

不合理を飲み込ませる知恵、とても興味があります。それはどういうことなのか、そこにも実は合理があるのではないか、なんて想像しちゃいます。記事を読むのがますます楽しみになります。
お答え (院代)
2017-04-25 07:11:14
※「坐禅と講和の会」申し込みは、電話でも郵送でもかまいません。ただし、郵送の場合は往復ハガキにてお願いいたします。
※恐れ入りますが、仮予約はお避け下さい。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 07:18:46
別にキリスト教が仏教より劣っているわけではないでしょう。

聖書を徹底的に研究してその間違いを認識するに至った、なんて とんでもない傲慢ですよ。

そんな認識は見当外れの認識です。稚拙です。

そんな簡単なものではない。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 07:28:10
そういう反応来るかな、と思いました。

付け加えておくべきでした。逆のケースがあることを。仏教で救われず、キリスト教で救われたという人もいました。

それから、同じ仏教でも、以前コメントしましたが、浄土真宗だった宮沢賢治が法華経に感動した例や、禅を外国に紹介したことで有名な鈴木大拙が、最後は阿弥陀仏信仰と禅を融合させて独自路線を貫いたとか。

本当に一概には言えないと思っています。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 07:45:26
そういう反応くるかなと思いました。とか余計ですよ

なんか妙に 癪に触ることを 時々言われますよね
Unknown (たかはし)
2017-04-25 08:09:53
余計なことでした。すいません。

なお、キリスト教の素晴らしさは、私も経験しています。キリスト教の外国人ボランティアに大変お世話になった経験がありますし、神の信仰により集った人々の善良さ、そして信じ続けようとする姿勢に感銘を受けたことがあります。

さらには、イスラム教のボランティアとも接し、最初は、おっかなびっくりでしたが、イスラム教は、ごく一部の過激派のせいで悪いイメージが植え付けられてしまったが、本当のイスラム教は、そういうものとは違うと話すボランティアは、キリスト教ボランティアと同じ柔和な顔をしていました。

神の信仰の素晴らしさに触れた瞬間に思えましたね。

でも、しかし、あくまで、私の場合は、初期経典の合理性に強く共感します。仏教学者の中村氏が、一般的には法と訳すところを、理法と訳した、そこに共感しています。

あくまで私の場合です。みんながそうあるべきと言っているものではありません。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 08:11:17
あとね 鈴木大拙が阿弥陀仏信仰と禅を融合させたわけではないでしょう。

ふたつとも 根本的に同じものです。阿弥陀仏信仰は方便ですから。

仏教の基本は空でしょう?なぜそこを忘れる。たかはしさんの理解はなんか あやふやですね。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 08:17:24
それにしても、嘘臭いとか、癪に触るとか、私もひどい言われようですよね。まず初対面の方には面と向かって言わない言葉ですよね。

それもネットの秘匿性があるからこそで、長所でもあると思っています。実生活で周囲の人は、口には出さないけど、多分そのように思っているんだろうなあ、と気づかせてくれますね。

これからも遠慮は無用に願います。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 08:21:33
鈴木大拙の理解で新説に触れた思いがしますね。今後の検討課題とさせていただきます。ありがとうございました。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 08:48:33
たかはしさん

たとえばウィトゲンシュタインの 論理哲学論考 や 哲学探求などは読まれたことはありますよね

バタイユなんかも当然。

まさか読んだことなくて 非合理は云々なんていわないですよね。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 09:23:33
ウィトゲンシュタインの、語り得ぬものを知った者は、沈黙するしかない、という言葉しか知らないですよ。

それでは、非合理の話をしてはいけないんですか、また新説に触れた思いがします。今後の検討課題にさせていただきます。ありがとうございます。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 10:31:15
合理性にすごくこだわるわりには ウィトゲンシュタインもバタイユも読んだことないんだね

たかはしさん お得意の合理性で

瞑想がどう合理的なのか教えてくれる?
Unknown (Unknown)
2017-04-25 10:34:58
たかはしさん!

西田幾多郎の絶対的矛盾的自己同一ってどっちですか?

合理的なんですか?非合理的なんですか?

教えてください。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 10:40:13
絶対矛盾的自己同一でした

入力ミス 訂正
Unknown (Unknown)
2017-04-25 10:45:18
たかはしさんがそこまで論理にこだわるからには 当然 論理学はお勉強されたんでしょうね。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 10:49:48
瞑想の合理性ですね。

何も存在しないと思うことによって煩悩の激流を渡れ、という初期経典の言葉を知っていますか。スッタニパータにあります。

初期経典の、小空性経、大空性経を読んだことはありますか。

それを読んだことがない人に説明するのは、骨が折れます。

コメントのやり取りが膨大になりそうですが、いいのでしょうか。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 10:52:39
たかはしさん!

実際の生活感覚としては因果も生も滅もあるわけですよね。

けれど 龍樹は「八不」をいわれ、それを否定するわけですよね?

ここの関係 合理的に説明できます?
Unknown (たかはし)
2017-04-25 10:57:37
論理学については、仏教を理解するには、日常会話における論理性が理解できれば十分と思っています。

釈迦は、日常の聞いてわかる言葉で教えを説いたとされます。そして、論理的に語れとは言ったが、仏教を論理学にするなと言ったとスマ長老が解説したのを聞いた覚えがあります。

仏教には、それで十分と私も思っています。

経典の言葉を、その都度、これまで受けた教育の範囲内で論理的に考えていれば、そこに答えを見つけられると実感しています。むしろ、論理学にこだわる人が迷路に入っているという印象さえ持っています。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 11:00:09
コメントのやりとりが膨大になっても構いません。お願いします。

経典は関係ないでしょう。経典に頼らなければ たかはしさんは合理的に説明することができないのですか?

たかはしさんの合理性とはその程度のものですか?

なんのための合理性なのですか?合理であるならば全ての人に 理想的には理解できるよう説明できるはずです。

何も存在しないと思うことによって とはなぜそう思うことができるのですか?論理の飛躍があります。

煩悩の激流を渡れとはどういうことですか?煩悩とは合理的なものですか?煩悩の激流を渡れという言い方は全然合理的でないでしょう。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 11:06:38
だから なんのための合理ですか?

結局 最後にはスマ長老の見解を持ち出してくるあたり 全然 合理的でないでしょう。それじゃ最初から合理性なんて強調しないほうがいいんじゃないですか?それよりか 「わたしはスマ長老の見解を信じます」といったほうがよっぽど誠実ですよ。

合理 合理こだわりますけど たかはしさんの言ってること 全然合理的でないですよ。 ただ たかはしさんの好みに合ってるってだけじゃないですか?
Unknown (たかはし)
2017-04-25 11:10:22
質問が多いですけど、いいんですか。コメント欄、大丈夫ですか。

日常生活における生滅には、不滅の本質が無い。だから生滅を繰り返せる。生滅に不滅の本質があったら、新たに生じることはあり得ない。滅することもあり得ない。なぜなら、不滅とは、常にその状態にあるということだから。

そう理解した人は、不滅の本質を持たない生滅という表面上の現象への執着を捨て、相対概念に過ぎない生滅を超える。

それを、言葉にすると、八不になる。しかし、その八は、単に代表的な相対概念を例示したにすぎない。この世の一切が相対概念に過ぎないと知って、その概念を超越した者がたどり着く境地、それが涅槃。だから、涅槃は言葉に出来ない。

こんな感じでどうでしょう。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 11:13:48
全然 駄目ですね。

その本質という言葉と 仏教の空の考え方とどう整合するんですか?

不滅の本質があるといったら 実体があることになるじゃないですか。

それじゃ一元論ですよ。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 11:16:39
スマ長老の言葉に合理性が無かったら、引用しません。わたしの頭で検討して、合理的だと判断したものを引用します。鵜呑みにはしません。私は、スマ長老の盲信者ではありません。

それは合理的に考える上で、基本的なことですよね。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 11:23:53
私のコメントの真意が伝わらないようです。あなたには、私の能力では伝えられません。

残念ですが、あなたへの対応は、私には無理です。

ちょっとお聞きしますが、あなたの言説の理解者は、おられますか。

このブログの管理人さんがそうなのですね。

そいうことなら、もはや私は、いいですね。

これまでお付き合いありがとうございました。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 11:31:29
合理は理に適うともいう。
理法、道理、真理、論理これらに共通するのは「理」である。
理という言葉に本質がないなら上記の理にまつわるすべてない。空理空論だ。
これいかに。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 11:35:52
理によって理を超える、そこが涅槃。

筏の喩え知ってますか。

これも伝わらないんでしょうね。

徒労に終わるのは虚しいですね。
人生訓 (jun)
2017-04-25 11:39:02
若い頃に逃げてきたことは、オッサンになってから挽回や対処が難しいレベルで襲いかかってきます。

-

何かを消費してる時の「楽しい」と、何かを生産している時の「楽しい」は絶対ごっちゃにしちゃいけない。漫画読んだりゲームしたりして楽しいのは、それらが消費されるために作られたものなんだから楽しいに決まってる。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 11:54:10
あ、それ。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 12:05:06
たかはしさん

たかはしさん、あなたのいってることのほうが 出鱈目ですよ。

スマ長老の見解をたかはしさんが合理的だと判断したら受け入れる?

その見解が合理的だと判断できるのはどうしてですか?そして その判断が合理的だといえるのはどうしてですか?判断できるためには 判断するための基盤が必要でしょう。理解してますか?

結局 たかはしさんの好みではないですか。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 12:21:54
筏の喩え

登り終えた梯子は捨てなければならない と同じ意味でしょう

たかはしさん 、あなたはわたしの質問に答えていない。

わたしがあなたのいっていることを理解しないのではなく、あなたがわたしのいっていることを理解していないんですよ。

理によって理を超える。そこが涅槃。

ぶっとんでますよ。あなたが合理的でないものは受け入れられないといわれたんですよ。あなたのいわれていることは それこそ矛盾しています。

理によって理を超えると どうして涅槃に至るのか
合理的に説明してくださいよ。あなたが合理的なものでなければ受け入れられないといったんだ。説明できないのなら そりゃ ただそう信じてるだけじゃないですか

いいですか、合理を求めるということと そう信じるということは全く別の事柄ですよ。

なぜ龍樹が八不を説いたのか 全然理解していないじゃないですか。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 12:32:05
ちょっとお聞きしますが、あなたの言説の理解者は、おられますか

あなたのお答えは?
Unknown (たかはし)
2017-04-25 12:40:09
今度は、新しい方が登場されましたか。

私がこれまで教育を受けた合理的思考を基準にして、合理的かどうか、矛盾はないかを、私が判断して、私が活用するのです。

そこに、私が判断して合理的と思える反論があれば、私が判断して、私が活用します。他者にそれを押し付けません。

相手が合理的だと思い、こちらが合理的でないと思ったら、その違いが生じた理由を、議論によって突き止められたら理想だと思っています。

そうやって、議論していくと、違いの原因が見えてきます。その原因が、そもそもの合理的という概念の違いとか、根本的なものであった場合は、そこで議論終了です。

お互い納得できるでしょう。

一番困るのは、お互いの意思疏通が、そもそも出来ない、という事態です。一見すると問題ないように見えて、実はそうだった、というのが今回のケースと私は判断しました。その判断は、あくまで私の判断です。相手がそれを否定しても、もはやそれは受け入れられない事態と私が判断しました。その私の判断への批判は、受けます。

しかし、あの方との継続は不可という私の判断は変わりません。終了させていただきます。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 12:41:45
たかはしさんは 仏教と一元論をごった混ぜにしていますよ。

空と 不滅の本質 というものをどうして整合できるんだ

合理の合の字もないじゃないか。

結局 経典やスマ長老などといった 他人の言葉を持ち出して納得させようとするのは 虎の威を借る狐もしくは権威主義というんですよ。合理とは全く別物でしょうが。

理によって理を超える、そこが涅槃。おっしゃる通りです。けど それは方便でしょう。空の思想にあっては上下もなければ内外も大小も遠近もない。であるならば合理も非合理もないわけでしょう

合理的なもの 非合理的なもの 秩序としてのコスモス 非秩序としてのカオス、両方を受け入れて はじめて空が成り立つのではないですか?

たかはしさんのように 非合理的なものを認めないならば テストだったら赤点です。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 12:44:38
世の中には、こんな変わり者の自分と同じことを考えている人がいるんだなあ、とビックリしたほどに見解の一致した方がおられましたよ。一人だけですが。それから、概ね一致した方が二人ですね。一致の度合いは違いますが。あ、それから、以前コメントした、キリスト教を捨て仏教を学んだ人も、ほぼ一致だと感じています。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 12:50:17
院代様。

お問い合わせした者ではありませんが、ご返信ありがとうございます。

仮予約と予約の違いは、キャンセルの可・不可ということで宜しいのでしょうか。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 12:50:34
たかはしさん 本気でいっているのですか?

前にも言いましたが、合理であれば 理想的には 全ての人に理解されるものでなければならないのですよ?

あなたは信仰と合理をごちゃ混ぜにしています。

たかはしさんの合理性とは 自らに都合の良い それこそご都合主義に過ぎませんよ。

あなたには自惚れが散見されます。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 12:58:16
>合理であれば 理想的には 全ての人に理解されるものでなければならないのですよ?

理想的には、でしょ。

現実を無視しちゃ駄目です。

自分が書いた文章で、自分がやり込められる。そこに気づけない。そんな人がいるのが現実なんです。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 13:11:33
たかはしさんは あまり理解力がないようだ

理想的にといったのは 人間の理解力は様々だから 実際全ての人が理解できるという訳にはいかないだろう。けれども 合理なのであるから それこそ合理的に考えて ある人は理解できるが ある人は絶対に理解できないということはないはずだ。という意味ですよ。

仏教の方便という言葉は何ゆえ 方便といわれるんですか?あなたは次々とボロがでてくるな。

現実と合理とを混同するなんて たかはしさんのほうがよほどぶっとんでますよ。わたしなど比較になりませんわ。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 13:14:12
「ちょっとお聞きしますが、あなたの言説の理解者は、おられますか」



たかはしさんがunknownさんに質問した言葉を引用しまして、unknownさんがたかはしさんの質問に答えてない、ということです。
すみません。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 13:19:43
言説の理解者がなぜいるんだ? 権威がないと駄目なのか?

何の為の 合理だよ。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 13:36:27
たかはしさん

合理と非合理とを分ける判断は どのようにして可能でしょう?判断の根拠がいりますよね。その根拠の根拠は何でしょうか?その根拠の根拠の根拠は?

無限に遡れますね。ついには 原因なき原因という実体を措定しなければなりませんね。

でもそれじゃ一元論ですね。仏教徒であるスマ長老の見解とは 合理的に考えて 絶対に整合しませんね。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 13:40:15
終了です。もし、続きがしたかったら、ご自分のブログを開設して下さい。そちらに伺います。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 13:49:46
ヴィパッサナー瞑想を云々言う割には、素直に 自らの理解力不足を認めることはできないんですね

あるがまま 己に正直であることが必要ではないですか?
Unknown (Unknown)
2017-04-25 16:50:36
たかはしさんは 張りぼてだね

謙虚な振りをしてるだけ。

人を 遠回しにバカにしながら、自分は 分が悪くなると逃げていくんだね。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 17:28:14
わたしは矛盾したことは言っていないと思いますよ。 この程度の論理が理解できないのは、たかはしさんの理解力が貧弱だからでしょう。

たかはしさんの「信じる」合理性なんて その程度ですよ。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 17:50:14
たかはしさんが言われた ブログの内容とコメントのレベルが違い過ぎる。というお言葉。

そのまま お返ししますよ。

あなたのレベルも大したことない
Unknown (Unknown)
2017-04-25 18:13:01
わかったわかったもうわかったから
仲良くしましょ?
Unknown (Unknown)
2017-04-25 18:44:07
>ブログの内容とコメントのレベルが違い過ぎる

違うといってもどっちが上か下かいってない。
なら都合よく
ブログの内容<コメントのレベル
そんな解釈もありうる。
え?ちがうの?
>あなたのレベルも大したことない
レベル「も」ってことはブログの内容もってこと?
ひどいんだ!南先生誹謗してる!
え?ちがうの?
Unknown (Unknown)
2017-04-25 18:52:50
弱い奴ほど よくつるむってね

あなたは はじめから相手にしてない。

あなたは もういっぺん小学校から国語をやり直して来い。
Unknown (月のような者)
2017-04-25 19:24:43
冷静に考えれば昔の日本なんてどうしようもない下らない人間が幅を利かせる吐き気のする社会だったに決まっているんです。しかし関東大震災で死んだ人達にあなた達はどこに行ってしまったのですか?タイムマシンで会いに行きますと思わず言いたくなるのは、「机がある」と思ってしまうパブロフの犬的な性と絶対的に共通する人間らしさでもあるんです。
確かに千年経っても人間は今と変わらないチンピラのままだと思います。私は一年中一人でも怒ってますが、本来「人間」というものは究極的には怒る価値も見いだせないものです。完全な解脱に達するまではその都度の幸福という「瞬間芸」を大事にすればいいだけの話で、そのためには怒りとは損でしかないということですね。過去や未来の人に言いたいのは結局そういうことかなと。
Unknown (同じような者)
2017-04-25 19:43:08
自国第一主義って?
自分第一主義と同じようなもの?
Unknown (Unknown)
2017-04-25 20:25:47
合理性とは結果に対して原因が無理なく説明できるということであり、結果を無理なく受け容れるということ、すなわち自分にとって受け容れ易い都合の良い選択ということに他ならない。好みの問題である。そして都合の良さは権利でもある。

民主制とは個々人の都合のよさが多種多様である為に、調整をしなければ全体としての決定ができない非合理的な対象に対する合理的政治体制である。
全体の合理と個人の合理は必ずしも一致しない。個人単位の合理性、家族単位の合理性、会社としての合理性、自治体としての合理性など、目的によってはそれらの合理的判断が別の者にとって都合の悪い非合理なものになる。
先だってのアメリカ大統領選がいい例である。
国民全てが合理的でありさえすれば民主主義などは必要ないのである。
「たかはし様」と「 unknown さん方達」のやり取りは大変興味深いです。 (keitra02)
2017-04-25 20:26:07
1、今回の、「たかはし様」と「 unknown さん方達」のやり取りは大変興味深いです。よい機会、ありがたいことです。

2、しかし、第三者として、少し、話のやり取りが見えにくい所があります。

3、まず、たかはし様に同調する人が何人いらっしゃるのか? 複数人いらっしゃるなら、どの発言がどの方のものであるのか解りにくいです。(発言者名は「 unknown さん」ばかりなので。)

4、又、反論する方も何人いらっしゃるのか? 同じく、複数人いらっしゃるなら、どの発言を、同じ方がおっしゃつているのか解りづらいです。

5、そこで、お願いできましたらですが、これからも続くようでありましたら、

6、この場だけでよろしいのですが、各発言者の発言が、私くしを含めて、囲りで見ている人にも、たどれますように、

7、「たかはし様に賛成する1」「たかはし様に賛成する2」とか、「たかはし様に反論する1」「たかはし様に反論する2」とか「どちらでもない1」とか「どちらでもない2」とか名乗って載けないものでしょうか。もちろん、実名でも、ハンドルネームでもかまいません。

8、又、タイトルも掲げて載ければ、なお、ありがたいところです。

9、当方としては、「たかはし様」の考えは良く解るのですが、「 unknown 」様達の発言が今一つ見えてこないところです。自分にも心あたりがあるのか、
気になる所です。

10、結果、発言しにくいということで、会話に水をさすこといなるなら、・・・。(無視して下さい。)(でも、より良く解らないのは惜しいですね。)

Unknown (同じような者)
2017-04-25 20:56:12
Unknown17/04/25 20:25さん。
説明ありがとう。

そうだね。
議論する時は特に、何でもいいからハンネを明示した方が読みやすいよね。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 21:00:23
ごめんなさい。あの方とのやり取りは、この場で私からはしません。コメント数がすごいことになってますので。

あの方が自分でブログを開設したならば、そちらに伺うつもりではいます。

今後も、このブログで記事に対してコメントさせていただきたいと思っていますので、その都度、他の方とも対話できたらと思います。

ブログでは、相手の実の様子が見えないので、やり過ぎる傾向がありまして、今回もちょっとどうかなと危惧しています。
Unknown (ヒヨっ子)
2017-04-25 21:13:22
今回の論バトについての
南さんのご見解が聞きたいな

ダメかな?
たかはしさんに賛成 (大日方)
2017-04-25 21:34:08
私なんぞに賛成されても、たかはしさんは迷惑かもしれませんが、私が読む限り、たかはしさんの議論には無理がない。私がたかはしさんの言われることを全て理解できているとは思いませんが、一貫性のある議論だと思います。

一方、たかはしさんに議論を吹っかける人たちは、屁理屈のこね方は立派ですが、後はあまり評価できるところがない。言葉の端を捉えて的外れの質問を連発し、あとは中傷をつけ足しただけのコメントが多い。

では、なぜそんな揚げ足取りに熱くなれるのか。私の憶測にすぎませんが、次の様な事情だと思います。我々一般人の多くにとって、仏教の教えは複雑すぎて理解できない。頭の悪い連中はそれでフラストレーションためていく。そういう人にとって、たかはしさんの様にご自身の知識に一応の折り合いをつけた方の存在は、腹立たしいと同時に自分を不安にさせる。だからあそこまでムキになるのだと思います。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 21:53:01
理解していただいてありがとうございます。

私のことを、道場破りに来た生意気な奴、というふうに受け止めたのかな、と私は思っています。

何年か前に、僧侶のブログにコメントしたときに、その弟子あるいは信者と思われる人から、総攻撃を受けた経験があります。トンチンカンなこと言うな、分かるまで来るな、という感じで追い出されました。

今回も、このブログの参加者の一部の方に、そういう受け止め方をされたと感じます。

でもまあ、以前にコメントしたように、私の腕試しの意味合いがあるのも確かですから、それも仕方ないと思っています。

師のいない私にとっては、私の解釈で大丈夫かという不安があるので、他者との議論で確かめたいという気持ちがあります。それでいろいろブログでコメントすることになっています。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 22:07:13
論点は何だ
Unknown (Tのような者)
2017-04-25 22:10:00
どうぞどうぞ
たかはしさん。

和尚さんも
これくらいのこと
どうってことないでしょ。

耳にタコヤキ🐙が
できるくらいでしょ。
Unknown (たかはし)
2017-04-25 22:10:40
今回ここに登場するきっかけは、他のブログで、このブログの記事の引用を読んでその存在を知ったからです。

南さんのことは、永平寺で相当長期に渡り修行を続けた人というのを何かで読んだことがあるだけでした。それで禅宗の人だと思い、集まっている人も禅に長く親しんだ人というイメージを持っていました。

私の中では、禅宗は、初期仏教と共通点が多い、すなわち理詰めで、しかも一足飛びに理を越えようとする宗派というイメージです。ただ坐れ、不立文字という言葉に象徴されるように。

でも、私に反論された方は、どうもそうじゃないという感じで、何か、不合理ゆえに我信ず、という方に寄っているかな、何か霊的なものを信じるというか、そう思えました。恐山信仰に関係あるのかな、なんて思いました。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 22:12:57
紹介不要
Unknown (Unknown)
2017-04-25 22:26:27
つまらんな。同意。
冗長すぎる。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 22:29:03
論理なら論理で。
感情論は排除でいい。
そんなの相手してられん。
きちっとわけて
揚げ足とりだろうがなんだろうが
論理でケリつけろ。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 23:06:16
たかはしさんとUnknownさんの論争楽しく読ませて頂きました。

イエスちゃんさんとか南京ハゼさんとか、ハンドルネームで投稿している人は、論理や理論が一貫して他者コメントに対して疑問を投げ掛けてない、逆にUnknownの質問に答える。

私を含めUnknownで投稿する人は不安なんですよ。ここで色んな知識を持った方に様々な角度から質問して、そして、誰かしら答えて下さってくれるので、有り難く、取捨選択をしています。
ハンドルネームを強要されたら、コメントしずらいです。
あさのさんやzipさんは不安定なのにハンドルネームつけて、強いなぁって思ってます。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 23:16:25
たかはしさん即答する必要はない。
時間かけるのも自由だ。保留OK。
いきなりみんなに質問されて困っただろう。
回答は強制でもなんでもない。
選択した質問のみ答えるなり自分のルールを明らかにしたら反論しやすい。
大事なのは合理性、論理性だと思う。
仏教自体矛盾あるので完璧は土台無理だろう。
矛盾を明らかにすればそれなりに価値があると思う。

反論する側は率直に正直に。
イラっとしたことを反論ですり替えてないか確認しよう。
人格否定しないように注意しよう。
Unknown (Unknown)
2017-04-25 23:41:32
でもよく考えてみれば合理性、論理性といいながら実は人間好き嫌い、感情、情動で動いているとも言われるわけで。
本当に大事なことは合理だなんだより好き嫌いなのかもしれませんな。
後付の理屈で表面なでるだけで我々の動機づけは情動だったりするのかもしれない。
だったら問題設定間違ってる気がする。
論理性一辺倒でもダメなような気がしてきた。
Unknown (Unknown)
2017-04-26 00:41:30
自覚できない奥底に潜む欲求、願いをどうやって自覚すればいいのだろう
満たされない不全感、孤独による寂しさ将来への不安、死への恐怖をなにかで紛らわす。
これらはある程度予想はできるしわかった気にはなる。
記憶による習慣、快楽への反復的、無自覚な追求。苦痛の回避。
これらもなんとなくわかる。
しかし自覚できない欲求をどうすれば表面上にあぶり出せばいいのだろう。
自覚できないものをどうやって自覚すればいいのだろう。
どうやれば客体化、可視化し観察できるのだろう。
超越者、神や仏を追求する裏に潜む動機はいったいなにか。
その動機は純粋なものではない。
Unknown (Unknown)
2017-04-26 01:02:00
ゴリゴリに仏教やって悟りに至った時、振り返ったら人ではなくなっていました。とさ、めでたしめでたし。
Unknown (Tのような者)
2017-04-26 01:32:02
>今回ここに登場するきっかけは、他のブログで、このブログの記事の引用を読んでその存在を知ったからです。

たかはしさん。
これってイエスちゃんのことですか?

イエスちゃんも有名なんだね。

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