時間のしずく time drops 

たいせつなもの。すきなこと。

Bunkamura「ベルギー奇想の系譜」展へ

2017-08-17 | 展覧会・アート のこと

 

不思議な絵はだいすきなんだけれど、気味の悪いのはあんまりみたくない。。。

微妙なところだけれど、「ベルギー 奇想の系譜」を思い立って観に行ってきた。

だいすきなマグリットも数点観れるし!!

今回、クノップフがよかったな~「蒼い翼」「もう、けっして」などなど。

それから、とても惹かれた一枚は
「フランドルの雪」ヴァレリウス・ド・サードレール(1928年)
これはずっと見ていたいような絵だった。

このところ、全然絵を観に行っていなかったなあ。
ミュシャ展以来かな。

アートは、なんていうかこう・・・わたしには栄養源みたいなんだな。
時々、栄養不足になって無性に補充したくなる。

マグリットの「大家族」もまたもやじっくり観れたし
これでしばらくはだいじょうぶだあ~~。(笑)


蓮の花

2017-08-13 | essay





散り際もまた いとおかし(^-^)


つづいてる道

2017-08-10 | essay


どこをどう歩いたらここにでたのか。

長い長い道のり、そんなことはもう わからなくたっていい。

迷走しつつも、その時その時をたいせつに味わいながら歩いてきて
ここへ出たなら もうそれでいい。


ほんとうのおみおくり

2017-08-07 | essay




親友だったアノ子の七回忌法要へ。

お葬式の日もこんな青空だったねと
笑って話すアノ子のムスメとわたし。

前後の記憶が抜けてしまっているのに、あの日の空だけはよく覚えてる。


亡くなったひとの法要は、遺されたひとびとのこころの区切りの儀式。

母の時もそうだった。

最初の頃には想像もできなかったけれど
亡くなって6年の七回忌を迎えるころ、
少しは穏やかなこころで向き合えるようになっている自分に気づく。

こころのどこかで、

もう他のカタチになって
わたしたちのことわからなくなっててもいいから
別の世でしあわせでいてほしい。

そんなことを思う自分に、自分でも驚く。

ほんのちょっと前までは、そのままでわたしたちの近くにいてほしいって
思ってたのに。


まだココにいるわたしたちはみんな
アンタをひと時も忘れないよ。

だからアンタはね、安心してもう忘れて
本当の意味で自由になって
しあわせでいてほしい。

七回忌の法要は、本当の意味でのおみおくりの儀式なのかもしれません。


懐かしい少女漫画

2017-08-04 | essay

わたしも参加しているデパートで開催中のハンドメイドのイベントに
小学校時代のともだちモコちゃんが来てくれて 一緒におひるごはん。

モコちゃんは、私とは180度真逆のセレブファッション系マダム。
なのでわたしの制作するものとはま~~たく似合わない(笑)
でも開催会場からご近所なので、声をかけてみたというわけで。

「40年前、こんな話するようになるとは思わなかったよね~~~!」
と笑い合う。健康のハナシとか更年期のお年頃のハナシとか!

約40年前の小学6年生の頃、ふたりで乗馬の世界に憧れて
父に乗馬クラブに連れて行ってもらったのもモコちゃんと一緒だった。
(月謝も入会金も高すぎて、即諦めたけれど!)

その憧れの元は、乗馬を巡る物語の少女漫画からだったことは確かなのだけれど
わたしはすっかり忘れていたその題名を、彼女がぽろっと思い出した!
「ロリイの青春」

うわ。懐かしい!
探してみようかな~~♪

青かったなあ。あの頃の少女のわたしたち。
すっかりマダムなお年頃なのに、久しぶりにおしゃべりするたびに
11歳にタイムスリップできる貴重なともだちなのでありました。

 まだ青い葡萄♪


なにものか。

2017-07-30 | essay

思えば、20代の頃、強く いつか「なにものか」になりたい って望んでいた。

しか~し、あれよあれよという間に人生50年。

あの頃思っていた「なにものか」にはなれていないけれど
なにものかになんてならなくてもいいんだってことに
いつの間にか気づいていた。

じぶんはひとりしかいない。
あの頃のわたしが掲げてた幻の「なにものか」は自分ではない「誰か」だった。

じぶんがじぶんらしく懸命に生きていれば、
それがもうとっくに「じぶんらしいなにものか」になってるってことなんだなあ。

ナニモノカはわたしのマボロシの理想像だったのね。

でもまあ、悪いことでもない。
若い時はガムシャラに走ることもたいせつ。
たとえマボロシだとしても、上を向いて目指す何かが必要でもあるものね。

少年よ、大志を抱け!?


自分の「ワク」

2017-07-27 | essay

いつの頃からだったか、自分で自分に課した「ジブンノワクハズシ」。
年齢が上がると共にいとも簡単になってきたような気がする。

たいへんにみえても
たいていのことは
案外何でもないことなのであ~る
(本当にたいへんなことはもっと次元が違うのである)

自分の枠を外すってのは
大層なことではなく
自分を俯瞰から眺めること。

「ありゃまあ、たいへんそうね~、アンタ」
「でもまあホドホドによくやってるよ、アンタ!」
と、自分を外から眺めて 自分をホメル。

誰かにほめてもらいたいとか、ねぎらってもらいたいとか
そりゃあそれもとっても大切で、嬉しいことだけれど
そんなの待ってばかりじゃいつもいつも報われるとは限らない。
人生の陽が暮れちゃう。

おてんとさまは見てくれてる。

とりあえず自分をほめておこう。
せっかちなわたしには、手っ取り早い自己充足方法なのであ~る。


ドレミファブック「バンビ」

2017-07-20 | 「ドレミファブック」 のこと



ドレミファブック1巻のB面は「バンビ」

可愛くてとってもすきだったなあ。





夢の広がる絵ですねえ。今こうして改めて観ても、なんてすてきなんでしょう。





丁度その頃、わたしは奈良のコドモで
鹿はファミリアーな存在のイキモノだったせいか、ドレミファブックの中でも特にすきなお話でありました。

奈良公園で、ピンクやオレンジのビニール製のバンビを何度買ってもらったことか・・・!
なつかしいなあ。足に車が付いてるのを部屋の中で連れ回してペットのように可愛がっていたものです。



ドレミファブック。。。
幼い頃、たくさん大切なことを教えてくれた貴重な絵本とレコード。
色彩溢れる素晴らしい絵の数々をじっくりと眺めながらレコードを聴いて過ごした日々は
わたしのココロの根っこにしっかりと沁み込んでいます♪


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世界文化社:ドレミファブック 第1巻
ドレミファ童話「バンビ」原作/F・ザルテン 文/小林純一 絵/武井武雄 語りて/樫山文枝


「活版TOKYO2017」紙とインクの世界

2017-07-17 | 展覧会・アート のこと

NHKで紹介しているのを見て
わ、これはみたいぞ。と 覗いてきました。「活版TOKYO2017」in 神保町。





いいですねえ。手作業ってやっぱり味わいが違います。

紙モノずきとしてはたまらない品々にクラクラ。(会場の熱気にもくらくら)



つるぎ堂さんで購入したポストカード。
とってもツボなイラストの数々、全種類コレクションしたいくらいでございました。

 


いま。ここ。

2017-07-11 | essay



いつか とか 今度 とか どこか とかじゃなくて
いま、ここ、を ちゃんと味わっていきよう。

明日は明日の風が吹くけれど

今日吹く風は、今日だけのもの。
明日は ここには吹かない。

そして、昨日の風を もうここには引き戻せない。


ゆく河の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず。。。