
監督/シルヴェスター・スタローン(2006・米)
コメディ路線の不調から、『クリフハンガー』でアクション映画に復帰。しかしその路線も『ドリヴン』を最後に終わってしまい、ジリ貧というと言葉は悪いですが、いまいちぱっとしない状態だったスタローンがまさかの復活を遂げたのが、この作品。その後『ランボー/最後の戦場』、現在公開中の『エクスペンダブルズ』と続くのですから、世の中判らない。
映画としては正直、雑というか、乱暴な出来。それは『ランボー/最後の戦場』にしてもそうで、話らしい話がない。今はひっそりと生きている男が復活するために必要な、最低限のドラマがあるだけで、それ以外は必要ではない、と言いたげ。勝手な想像ですが、自分のキャリアがそろそろ終わるかもしれない、とすればその前に、自分の分身ともいえるキャラクターたちにちゃんとした結末を迎えさせたい、という気持ちがあったんではないかと思います。勿論、もう一発当てたい!というぎらついたものもあったでしょうが。なので、これまでのシリーズを観てきていることが前提となるので、今更くどくどと説明する気になれないというのも道理。自分のためであり、今まで支えてくれた観客への別れの挨拶なのですから。しかし、決して静かに退場はしない。ドカンとぶちかまして終わるところが、スターの心意気であり、自信であり自負なのだと思いました。
観ていて思ったのは、スタローンはロッキーを死なせたかったんじゃないか、ということです。あれ、と思ったのは、エイドリアンの命日に思い出の場所を回る中でのスケート場跡。そのシークエンスが終わるとき、画面に背を向けて歩くスタローンの正面から、車のヘッドライトがまぶしいくらいにあたっている場面。まるで天に召されていくようではないかと。同時に、画面の左手に消えるポーリー(バート・ヤング)がスローモーションになっていることに気付きます。そのあと、息子とレストラン前で話す場面でも、息子が画面から出ていくときにスローになります。映画のリズム、というのもあるでしょうが、夢のような、退場する人間がスローになる瞬間が、この世とあの世の境のように見えました。ラストの試合のあと、会場を後にするスタローンの手のアップも、その瞬間にはスローになるのですが、退場=スローがこうして繰り返されるとやはりそこには意味があるのだろうと思います。場内の激しい照明も天国への道を照らすもののように感じられます。決定的なのは、ラストシーン。取ってつけたような、エイドリアンのお墓に花を添えるスタローンの姿。墓を去っていく彼が、ぼけた画面の奥でこちらを振り返る。そのまま丘の向こうに消えても良さそうなのに、そこで文字通りスタローンは消えてしまう。ふっと。死んだとは言わないし、そうでもないんでしょうが、スタローンの心情としてはそういうことなのだ、と私は取りました。死なせたかったけれど、死んでほしくはない、という、ロッキーというキャラクターに対する複雑な感情がそこに表れていると思います。ランボーがあっさりと故郷の牧場に帰ったことを思うと(あれはあれで非常に感動的だった)、ロッキーについては色々思うところがあったんだろうなあ。泣けました。










