
監督/カン・ウソク(2010韓国)
音信不通だった父の死を知った青年は、葬儀の為に、ある小さな村へと向かう。父の死因について多くを語ろうとしない村人の反応に不審をを抱いた青年は、そこに住みながら、死の真相を追いかけ始めるが…。
以下、映画の内容、結末に触れています。
横溝正史的なミステリーを想像させるような宣伝をされており、見た人の感想の多くにもそういう意見があると思うのですが、はっきり言ってミステリーではありません。監督のカン・ウソク自身も、ミステリーではなくスリラーと言っており、個人的にはサスペンス映画、という感じ。ミステリ趣味もあるにはありますが、その辺に関して、特に本格ミステリ的な期待をするとがっかりすると思います。それよりも、父の死の真相を追いかけるうちに見えてくる、村長とその取り巻きたちのどす黒い人間関係にこそが、この映画の面白さ。161分という長尺にもかかわらず、退屈させずに見せるところはさすがベテラン職人らしい技といいますか、カン・ウソクの圧倒的な力量を感じました。自然光を使った撮影も良くて、パク・ヘイルが手斧をもったオヤジに追いかけられる所はその白眉。あんまりにも穏やかな空気の中で、緊迫した状況になっているそのギャップが激しい恐怖感を覚えさせるシーンになっており、盛り上がります。村をひとつをセットで作ってしまったことによる、村そのものの存在感も素晴らしい。村長宅から、村の全てを見下ろせる作りになっていることの不気味さなど、全体をきれいに計算しないと表現出来ないもので、その手間をかけただけの説得力が確かにありました。
にもかかわらず、映画としてはいまいち整理が行き届かず、そこが惜しい。本来ならばクライマックスで明かされて、観客がええっと衝撃を受ける筈の部分が、ちっともそうなっていないのは、何かがおかしい。集団自殺事件や、父の死の真相など、話の持って行き方で、いくらでももっと重く衝撃的になるはずですが、これは物語の構成上でのミスとしか思えない。このどこか話の肝をずれている感じは、終盤で急速にねじ込まれてくるユソン の視点もそうで、それまで主に、ヘイルや、村長のチョン・ジェヨンの視点で語られてきた物語が、突然別の視点に移るのも違和感がありました。しかもそれが話の核の部分に係わっている。どうしてこの段になって?と思っていると、ラストショットでは、全てがユソンによって仕組まれたことではなかったのか、と匂わせてあり、実は最初からそこを念頭に置いた物語の作りだったのか?と、そこに衝撃を受けました。そう思えば、妙にあやふやな作り方になっているのも、意外と計算高いものがあったのかも…と思わなくもないのですが、まあ例によって考え過ぎでしょう。
しかしカン・ウソクは『シルミド』でもそうでしたが、顔で語りますね。特にクライマックスでは、顔のカットの切り返しばかりで構成されていて、アップも多く、強引なまでの老人メイクにこだわっていることも含めて、顔そのものこそが重要だ、と言いたげで面白いと思いました。だからこそ、イイ顔のオヤジたちがキャスティングされてるんだなあ。










