横浜スローライフ -- My slow life in Yokohama

オープンソースGIS、地理情報、その他日常生活から思ったことを気ままに記す不定期のんびり日記

カーシェアリングを利用してみた

2012-03-18 18:37:20 | スローライフ
 最近、カーシェアリングをあちこちで聞くようになっていたが、実際に使ってみたので、その感想を少々。

 クルマは納得のいく一台を所有したい、という気持ちは、私の育った世代には比較的強いのではないかと思う。私自身は、結構メカ好きだし、完成度の高いものにはお金を払ってでも所有したい、という衝動が働く。この衝動は、特に20代の頃は自分自身でコントロールすることができず、25歳(1988年)でBMWの3シリーズを購入してしまって、お金が続かずに2年後に泣く泣く手放すなど、失敗も体験している(でも、すごくいいクルマだったなぁ〜)。

 己の所有欲を満たすためにいくら「浪費」を許容するのかは、その人の懐事情と価値観によって大きく異なるが、冷静に考えれば考えるほど、クルマを所有することは無駄が多い。私の場合、結婚以降は一切クルマに浪費をしなくなっており、結局もう10年以上マツダのデミオを乗り継いできて来た。取り回しが良く、燃費も裏切らない。ここ数年は、レンタカーでもデミオを指定しているので、スイッチの操作も身体になじんでいる。

 私自身がどのくらいクルマに乗っているか、ということで言えば、最近はクルマで会社に行くことが無くなったので、週末を中心に月に2〜3回あるかないかの頻度だ。それも、遠出ではなくて、ちょっとした買い物や荷物の運搬など、近場に短時間で済むものばかりである。経済的に考えれば、これはもう、カーシェアリングが圧倒的にお得である。

 ということで、タイムズ24が運営するカーシェアリング「タイムズプラス」の会員となった。これは、月額1000円の会費が徴収されるが、その会費は実際の利用料に充当されるので、利用さえすれば無駄金にはならない。実車は近隣のタイムス24の駐車場に止めてあり、ネットで予約ができる。タイムズ24の運営会社(パーク24)は、2009年にマツダレンタカーを100%子会社にしたため、マツダデミオを利用できる(ここが私にはとても大きなファクター!)。

 私の現時点の住居の近くで探してみると、徒歩7〜8分の場所にクルマがあることがわかった。事前に予約をしてそこに行ってみたら、以前とある事情で妻と2度ほど利用したことのある駐車場で、ちょっと因縁めいたものを感じてしまった。ともあれ、会員カードをかざしてロックを外し、クルマに乗り込む。特に難しい操作は一切無しで、”勝手知ったる”デミオを運転して、買い物の用事を済ます。

 ここでちょっと不便なのは、自宅にクルマを置けないことだ。買い物の荷物をいったん自宅に置き、改めてクルマを運転して駐車場に戻し、そして歩いて自宅まで戻る必要があるのだ。あいにく雨が降っていて、特にそれを感じた。

 利用料金は、実時間と距離によって決まる。近場ならば距離料金は不要で、今回は1,400円(1時間33分)となった。ガソリン代、保険代等もこれに含まれている。予約時刻よりも早く返せばそれだけ安くなる。月額1000円の会費もこれに充当できるので、実質400円で使えた、と言えないこともない。月に2回ほどの利用であれば、合計で4000円程度で済むことになり、年換算で5万円弱。これはコンパクトカーの年額の保険代にもならない水準だ。月に4回と、倍の利用をしたところで、そのお得感は圧倒的である。

 この、カーシェアリング、都会に住む人にとっては、ベストのチョイスだと感じた。願わくば、自宅から徒歩1〜2分で、その駐車場があって欲しいが、その気持ちが高じると、将来は「カーシェアリングの駐車場があるそばに住む」という家探しが実際に起こりそうだ。
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設立満10年にあたり

2012-03-17 14:08:12 | ビジネスetc
 先週、3月13日に、オークニーは設立満10年を迎えた。10年は長いか短いか、という点では、10年分の数々のドラマが詰まっているため、短いとは感じられない。ともあれ、節目とされる10年になったということだ。この間、オークニーを支援していたただいた、お客様、そして広い意味でのサポーターの方達に心よりお礼を申し上げると共に、仕事を通じて日々貢献をしてくれた社員の皆さんにも大変感謝している。

 10年前、2月末で勤務先が閉鎖され突然失職し、その理不尽さ故にサラリーマンをやる気は失せてしまっていた。さりとて、起業の準備など全くしておらず、ともかく何か稼がないと・・という状態から始まった。ただ、仮にもう一回サラリーマンをやるにせよ、自分で事業を興すにせよ、当時閉塞的に感じた地理情報の業界を変える側に回りたいと思っていたのは確かだ。そんな中で、会社だけは設立しておこうと、資本金300万円で有限会社オークニーを作ったのが、2002年3月13日だった。

 地理情報システムの導入支援の仕事を細々と行っている中で、オープンソースの地理情報ソフトウェア(今はFOSS4Gと呼ばれる領域)の可能性に気がついたのは、それから1年少々が経った頃だった。日本国内で、それをツールとして使っている事例はごくわずかに存在していたが、事業テーマとして取り組んでいる企業は見あたらなかった。だが、私には、事業テーマとして、理屈抜きにとても魅力的に感じた。理屈抜きだったので、オープンソースを事業とする際のビジネスモデルを見出すまでに1年以上かかり、それを専業にするまでにさらに1年以後の2005年も終わりの頃だった。それまでの間は、国内での導入支援に留まらず、タイ、マレーシアでのカーナビ事業立ち上げなどのプロジェクトの支援をするなど、食べるためには好き嫌いを言わずに飛び回っていた。

 B2Bの地理情報分野は、ここ10年、一貫して逆風である。民間分野ではドットコムバブル崩壊とデフレの継続、そして公共分野では財政赤字による歳出削減の三重苦が続いている。今思えば、そんな分野を選んでしまったな(苦笑)とふと思わないでもないが、でも私はこの分野にやりがいを強く感じているのだから、仕方ない。そういう厳しい中にあっても、事業テーマのFOSS4Gは、じわじわとお客様の支持を集め、オークニーも売上を少しずつ増やすことができた。何よりも嬉しいのは、日本という国を、世界でもFOSS4Gの利用が大変活発な状態にすることに大きく貢献できたことだ。

 もし、FOSS4Gに出会っていなかったらどうだったか? 間違いなく、組織をここまで大きくできなかっただろうし、それ以上に、社会に対する影響力もほとんど持ち得なかっただろう。どこかのベンダーの製品を使ったカスタマイズを行うだけでは、何ら差別化できないため、収益的にも大変厳しいものになっていただろう。

 経済全体のパイが縮小するような時代においては、皆がやることに合わせる、というのは新参者には「死」を意味する。差別化こそが適切解だ。例示すれば、「他が皆Oracleをやっているから、うちもOracle」ではダメで、「他がOracleをやっているから、うちはPostgreSQL」とならないとダメだ。さらに、オープンソースは、最大の貢献者が最大の受益者になる。結果論として言えるが、「他がESRIをやっているから、オークニーはFOSS4G」で、「コミュニティに貢献し続けるから、事業が継続できる」のだ。

 事業戦略としては、振り返ってみれば間違ってはいなかった。ただ、組織作り、人作りという点では、それはそれは大変苦労をしてきた。それなりのサラリーマン経験の蓄積があったからといって、「経営者」として会社の組織を作るということは、私には未知の領域だった。最初の5〜6年は失敗ばかりしてきた。手痛い体験もしたし、悔しくて夜も眠られない体験もいっぱいある。そう、この「夜も眠られない」という体験は、経営者になってからというもの、ほとんど数日に1回の割合でするようになる。あれほど身体は疲れているのに、どうして眠られないのか、それは、この立場にならないとなかなかわからないだろう。ともかく、経営者は孤独なのだ。

 ただ、私にとって、本当に幸せだったのは、そんな私を様々な面から辛抱強く支えてくれた妻がいたことだ。一方、私のペースで彼女の人生を引きずり回してしまったことを反省している。そして、私の夢に共感してくれる社員が育ち、大きな力に成長してくれたことも、かけがえのない財産となった。残念なことに私は、自分の感謝の気持ちを素直に表現することができない損な(罪な)性格なのだが、そこまで見抜いてサポートしてくれるメンバーがいてくれることに、心から感謝していると同時に、それに安住するのではなく、具体的な行動において、私も社員に報いていきたい。

 また新しい10年が始まった。ITの世界では、90年代から続いてきた基盤が大きく変化してきている。FOSS4Gもそれだけで永遠の存在ではない。大切なことは、変化に速やかに対応することだ。それは、これまでの蓄積を一部においては否定することにもなり得る。オークニーという会社が、これからの時代にも、社会から必要とされる存在になり続けるよう、いっそう努力をしていきたい。
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