(Number Web)
32カ国が出場するワールドカップは、たった1カ国の勝者と31の敗者を生み出す大会である。
ブラジル?ワールドカップのスタジアムでは、過去の大会を振り返る映像が流される。ヨハン?クライフを擁して世界に衝撃をもたらした1974年大会のオランダも、満身創痍のディエゴ?マラドーナが牽引した-90年大会のアルゼンチンも、ロベルト?バッジョがポニーテールをなびかせた-94年大会のイタリアも、優勝国のすぐそばで悲嘆に暮れている。決勝戦で散った彼らは、“最後の敗者”だからだ。
参加国によって現実的な目標があり、グループステージ突破やベスト8進出で達成感を得られる国もあるが、どの国も勝ち進むほどに勝利への飢餓感は膨らむ。16強入りや8強進出といった目標を果たした満足感は、「こうすれば良かった」とか「ああすれば結果は違ったのでは」といった「if」を誘うものでもある。満たされた思いでブラジルを去る敗者は、これまでも、これからも現れないだろう。
例外があるとすれば、コスタリカだ。
W杯における“正しい負け方”とは?
W杯には“正しい負け方”があると考える。周囲を納得させる意味ではなく、チームの未来への足掛かりとなるような負け方だ。
イタリア、イングランド、ウルグアイとのグループステージは、コスタリカにとってのハイライトではなかった。ワールドカップ優勝経験を持つ3カ国とのサバイバルをくぐり抜けても、彼らのフィジカルとメンタルは枯渇していなかったのである。
ギリシャとのラウンド16では、肉体と精神をさらに追い込んだ。「後半終了間際に1対1の同点になったときは、もう試合は終わったと思ったよ。僕自身はふくらはぎ、太もも……身体中のあちこちが痙攣していたし」と、主将のFWブライアン?ルイスは振り返る。
60分過ぎに退場者を出したコスタリカは、残り30分強を10人で戦っていた。スリリングな逃走劇は、残忍な死刑執行へと変わりつつあティンバーランド 激安た。
ギリシャ戦の死闘さえハイライトではない!?
しかし、28歳のキャプテンが「信じられないほど」と語ったチームメイトのハードワークは、絶対的守護神ケイロル?ナバスに輝きの機会をもたらした。
延長戦を懸命に乗り切ったコスタリカは、死地からの生還を果たす。PK戦でギリシャを振り切り、史上初のベスト8へ進出したのだった。
ところが、ギリシャ戦もまた今大会のハイライトではなかったのである。
7月5日に行なわれたオランダとの準々決勝で、コスタリカはギリシャ戦をさらにしのぐパフォーマンスを発揮する。ここまで4試合で大会最多の12得点をあげてきたオランダを無失点に抑え込んだのだ。
幸運に恵まれたのは事実だろう。ナバスの好守に加えてバーとポストが助けてくれなければ、延長戦だけでも3点は奪われていた。
それでも、座して死を待ったわけではない。
コスタリカは世界のメディアに対し復讐を果たした。
アリエン?ロッベンの恐るべきドリブルと、クラース?ヤン?フンテラールが加わった前線の脅威に直面しながら、鋭い槍のようなカウンターアタックを放った。
ナバスがいなければ延長だけで3点を失ったかもしれないが、相手GKシレセンがいなければ1点は返していた。キックオフ直後からチームを貫いた攻撃的なスピリットが、スペインも、チリも、メキシコも成し得なかったオランダ相手の無失点につながったと思うのである。
「We left everything on the pitch」
フットボーラーにとってのロシアン?ルーレットとも呼ばれるPK戦に敗れたナバスは、そう言って穏やかな表情を浮かべた。今大会での彼らの歩みに照らせば、「我々は持っているものをすべて出し切った」と訳せばいいだろうか。体力と気力を余すところなく振り絞ったコスタリカは、彼らをW杯の部外者扱いした世界中のメディアやサッカーファンに、心地よい復讐を果たしたのである。これ以上の「負け方」は、おそらく望めない。
コスタリカとは対照的と感じるのが、ベスト4入りしたアルゼンチンである。
どうにも物足りないアルゼンチンの試合。
内容はともかく結果を残すのは、強豪が持つ強みである。それにしても、アルゼンチンのゲームは見どころが少ない。“レオ”ことリオネル?メッシは、あきれるほどに運動量が少ない。ピッチを散歩しているようだ。
前線で動かないのも、戦略のひとつにはなる。しかし、ゴンサロ?イグアインがメッシを追い越してプレスバックするのには、首をひねってしまう。そのイグアインにせよ、メッシと揃って前残りすることが多いのだが。
前線との比較でタレント不足が指摘されてきた最終ラインは、大会前の評価を上回る手堅さを見せている。ハビエル?マスチェラーノとフェルナンド?ガゴのセントラルMFは、猛烈なハードワークでピッチを駆け回っている。アルゼンチンが-86年以来の世界制覇を成し遂げたら、僕はマスチェラーノをMVPに推したい。
攻撃と守備の著しい分業は、メッシの攻撃力を最大限に引き出すためなのだろう。だとしても、連動性や流動性に乏しい。スイス戦、ベルギー戦と、スペクタクルにはほど遠いサッカーが続いている。
ベルギーとの準々決勝では、アンヘル?ディマリアが負傷してしまった。機動力豊かなこの26歳は、攻撃に変化をもたらす重要な存在だった。
筋肉系のケガは、すぐに回復しない。彼のブラジルW杯は、おそらく終わりを告げただろう。アルゼンチンが表現してきた数少ない魅力が失われてしまった。
ブラジルW杯が終わったとき、アルゼンチンは、メッシは、「すべてを出し切った」と言えるのだろうか。ユニフォームの左胸に三つ目の星が加われば、試合内容は問わないのだろうか。
コスタリカのような熱情の感じられないアルゼンチンの乾きが、僕には物足りないのである。ひとまずいまは、「準々決勝までは」と付け加えておくが。
文=戸塚啓
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