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『アメリカ帝国の基礎知識』ー永久戦争の帝国ー 作品社 2004年 1-2-5

2017年11月29日 | 帝国・帝国主義・軍産官報複合

       ▲『アメリカ帝国の基礎知識』ー永久戦争の帝国ー 作品社 2004年

 

『アメリカ帝国の基礎知識』ー永久戦争の帝国ー 作品社 2004年 1-2-5

 

『アメリカ帝国の基礎知識』ー永久戦争の帝国ー 作品社 2004年 1-2-5

なぜアメリカは戦争が好きなのか?  「民主主義の名のもとに」軍事侵略は当たり前、「戦争を予防する」といって、(予防)先制攻撃を是認し、国連を無視し、「グローバリゼーション」の推進で世界のすべてを収奪することを企て、「テロの脅威」の大義のもと、批判する者を圧殺し続けているアメリカ合衆国。2001年9.11事件の後の2004年の著作であるが、今もって、「アメリカ=永久戦争の帝国」をわかりやすく、ずばり核心に切り込み解明する世界市民必読の、座右に置きたいパンフレット。

 

はじめに 永続戦争の帝国・・・・・・11月24日 (金)当ブログ記事

 1章 「民主主義」の軍隊は何をやってきたのか  1-2-1 11月25日(土)

 1章 「民主主義」の軍隊は何をやってきたのか  1-2-2 11月26日(日)

 2章 いかにして合衆国は「帝国」となったかー覇権主義から一極支配へ  

 3章 合衆国の中東支配の野望

 4章 なぜ「グローバリゼーション」は戦争が好きか?

 5章 合衆国を支配しつづける「軍産複合体」

 6章 「国際テロの脅威」を口実にした人権無視体制

 7章 泥沼に陥った合衆国

 8章 帝国に抗する世界市民たち

                ・

                ・

  1章 「民主主義」の軍隊は何をやってきたのか 1-2-5 本日 11月29日(水)

 

 

 3 反共を口実にした悪逆非道・・・1945~1980

 民主主義の軍隊は何をやったか ・・・・・・中東・ラテンアメリカ・アフリカ

「1950ー1960年代

「中東、ラテンアメリカ、アフリカでは正義と民主主義とは何の関係もない、容赦のない秩序破壊と軍事介入が行われた。」

1953 イランでは、CIAとロンドンが、イランの石油産業を国有化したムハマド・モサデク首相の政府を転覆

1955

 イラクでは、ヌリ・アル・サイードが、政党を禁止し、1955年「バグダット条約」に署名。これにより合衆国は、ソ連に対抗する、軍事同盟の連続ラインを構築することができた。

このラインは、NATOによるヨーロッパから出発して、中東を経由して、東南アジア条約機構(SIATO)によるアジアにつながるものだった。

 1958年 レバノン 親西欧政権が倒れないよう、「アイゼンハワー・ドクトリン」により、アメリカ海兵隊レバノン上陸

1950年代中米

グアテマラ

ユナイテッド・フルーツ社(現チキータ)が所有の16万ヘクタールの非耕作地を国有化したハコ・アルベンツ大統領政権が、ホンジュラスとエルサルバドルの安定にとって脅威となるからという口実で、転覆。

タヒチ タヒチの秘密警察「トントン・マクート」合衆国が教育

キューバ  フルヘンシオ・バティスタ

ドミニカ  ラファエル・トルヒヨ

ニカラグア アナスタシオ・ソモサ ら、最悪の独裁政権を援助した。」 (26-27頁)

アフリカ

「1960年代を概観することによって、ワシントンによる介入主義に好意的考えをもつようになることはあり得ない。この時期は、アフリカでは、植民地の独立が、急展開で進んでおり、これに対し、合衆国は、この大陸への影響力の強化を決意した。」

コンゴ

1960年、ベルギーからの独立、初代首相に「は、パトリス・ルムンバが選ばれた。しかしCIAと結びついたセセ・セコ・モブツは植民地秩序の維持を批判し、経済的自立を求めるルムンバを排除し、・・・・クーデターを起こした。1961年、ルムンバは暗殺された。

1965年セセ・セコ・モブツは、やはり、CIAの援助で、政権を奪取した。彼の封建的独裁は1997年になるまで終わらなかった。」 (27頁)

ケネディ

「不平等と低開発に対する戦いのための、宣言をしたにもかかわらず、ケネディ大統領は、アフリカであまり良心的でない政策を続けた。」

ルムンバ暗殺の後、合衆国は、コンゴ・アンゴラ・ナミビアに起こっていたアフリカ独立運動を分断させる作戦を展開した。」

中米

1961年 キューバに対するコチョン湾上陸作戦の失敗を隠蔽。

ジャマイカ ユナイテッ・フルーツ社などの利益を守るため、ジャマイカに介入。

エルサルバドル ペンタゴンは、クーデターを支援し、リベラ大佐を権力の座に据えた」 (27-28頁)

 アジア

1961年 南ベトナムのゴ・ディン・ジェム政権の暴君政治を援助するために、多数の軍事顧問を送り込み、「特別な戦争」を決意。

リンドン・ジョンソン・リチャード・ニクソン

トンキン湾における船舶事故(トンキン湾事件)を口実にして北ベトナムに対して戦略爆撃を開始。1965年18万人、1968年には最大の55万人に達した。

1975年 ベトナム戦争  サイゴン陥落で、終結。この間、200万人以上のベトナム人、合衆国市民58000人以上の生命が失われた。

 

フィリピン マルコス

タイ    タノム・キッテイカチョーン の腐敗した政権をワシントンは支持した。

インドネシア

同時代、もう一つの戦略的拠点は、インドネシアだった。

アシュメド・スカルノ

1955年 インドネシアで「バンドン会議」いわゆる「非同盟諸国会議」を開催し、合衆国の援助を拒否。彼のことばでは「追放」した。

その後、クーデターで、スカルノが失脚させられた上で、

1965年 合衆国の膨大な援助を受けたスハルト将軍は、共産主義者と中国系住民の虐殺開始。アムネスティの調査によれば、死者は150万人。

南米

ブラジル

1964年 ブラジルの将校たちのクーデターの際、合衆国の空海軍が配置につき、クーデターに関与していた。合衆国大使は、この血なまぐさいクーデターを「民主主義の前夜祭」だと表現した。・・・・・・

ドミニカ

1965年 「四月革命」に対し、共産主義の脅威を唱え、海兵隊を送り込み、粉砕した。

ギリシア 

1968年ー1974年 将校たちのクーデター支援 ファシスト独裁政権。・・・・

チリ

1973年 9.11 サルバトール・アジェンデ大統領、ピノチェット将軍のクーデターで、死去。憲法廃止・政党禁止・議会廃止 (合衆国ニクソン・キッシンジャーの関与)

 

ジミー・カーター

安全保障担当大統領補佐官 ズビグニュー・ブレジンスキーの主唱で、ソ連によるアフガニスタン侵攻に異議を唱えるため、アフガニスタンにおける合衆国の秘密作戦に着手。

ブレジンスキーにとって、ユーラシア大陸は、地政学上の将棋盤上の決定的な一齣であった。これ以降、合衆国の戦略は、もはや、ソ連のアフガニスタン侵攻を阻止するだけでなく、ユーラシア大陸を目指すようになった。

 イラン

1979年 合衆国が支持してきたイラン国王 打倒され、イラン革命起きる。」(28~30頁)

次回は、

第1章 「民主主義」の軍隊は、何をやってきたのか 

4 「アメリカ・イズ・バック」 <強きアメリカの復活> 1980~2000

 

つづく

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