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浅見雅男 『華族誕生 名誉と体面の明治』 1999年 中央公論社 1-2ー4

2017年06月18日 | 日本近現代史

          ▲浅見雅男 『華族誕生 名誉と体面の明治』 1999年 中央公論社

 

浅見雅男 『華族誕生 名誉と体面の明治』 1999年 中央公論 1-2ー4 


浅見雅男 『華族誕生 名誉と体面の明治』 1999年 中央公論社 1-2ー4 

 第1号の華族427家の行政布達以後、華族令公布までに約15年。この間に76家の華族が誕生、これを、華族第2号と呼ぶとして、これらの76家の華族には様々な相違点があるが、華族になった背景を探る。私が注目しているのは、南朝系の忠臣華族のこと、琉球王のことなど

今回は第2章の華族第2号以下の抄録

華族第2号について 第1号の華族427家の行政布達以後、華族令公布までに約15年。この間に76家の華族が誕生、これを、華族第2号と呼ぶとして、これらの76家の華族には様々な相違点があるが、華族になった背景を探る。

華族第2号で、私が注目しているのは、南朝系の忠臣華族のこと 琉球王のことなど

浅見雅男は、明治2年の布達以降明治17年の華族令までに新しく華族となった76家をその内容に応じてABCDEFの6種のグループに分類している。

その中には、琉球王や、南朝方の末裔とされる家などが新たに華族に加わり、明治維新の政治を考える上で、有益な情報が得られる。

A は7家

Bは17家

Cは26家

Dは20家

Eは3家

Fは3家

Aグループ 華族第1号と同じく、もともとの公卿、諸侯、あるいはそれに準じながら、華族になるのが遅れた家

琉球王家尚家

明治5年9月14日に華族になる。

琉球王国は、琉球藩となり国王尚泰は藩王に任じられ華族とされた。宮内卿からではなく、外務卿が勅語を伝達。「琉球藩主」ではなく「琉球藩王」とされ、ほかの華族とは、別格の扱いとした。叙爵内規でも尚家のために一項を立てている。琉球王族の伊江、今帰仁両家も明治12年3月11日に華族とされた。

  ▲ 浅見雅男 『華族誕生 名誉と体面の明治』 (48頁)

 

 Bグループ   

天皇の「徳旨」により分家させ、華族とするという奥の手もあった。

本人の功労 もしくは祖父や親兄弟の功績

さしたる功績もなしに天皇の「徳旨」により分家し華族になったものもある。

三条公美(8歳)、岩倉具徳(4歳)は親・兄弟の七光組。この二人は露骨な恩典

(浅見雅男 『華族誕生 名誉と体面の明治』 )(46-54頁)

   

つづく

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