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読書録 今年の古書・新刊混淆ベスト

2016年12月31日 | 私的読書年表小史

                   ▲ 『歴史学研究』173 岩波書店 1954年 7月 

 

読書録 今年の古書・新刊混淆ベスト


読書録 今年の古書・新刊混淆ベスト

 

読書録 今年の古書・新刊混淆ベスト 現役の頃は、新刊・叢書が、購入本のメインだったのだが、退職後は、未読の資料や、資料的、論文集の類書探しに明け暮れた。当然ながら、新刊書コーナーは、御法度だったのがつらかったのだが、そのおかげで、今年の古書の資料に思わぬ収穫もあった。その収穫とは?

 

▲『歴史学研究』173 1954年 7月 岩波書店

『歴史学研究』誌は、戦後青木書店から刊行されていると誤解して、なかなか、この号を「見つけることができなかったのだが、戦後すぐには、1954年頃は、発行は岩波書店だったのだ。戦前・戦後の復刻版、及び現在の『歴史学研究』は、青木書店なのだが。

うっかり、出版社を青木書店で、検索したばかりに、随分入手するまでに苦労したのだが、一度は、確かに、「日本の古古屋」のデータベースにあったはずと、『歴史学研究』 と、発行年のみで、再度アクセスしたところ、売れ残っていました。

この『歴史学研究』173号の目玉は、ねず・まさしのノート(論文) 「孝明天皇は病死か毒殺か」 (28頁~36頁)である。

『孝明天皇紀』 と『中山忠能日記』 を時系列に対比し、比較検討を行い、孝明天皇の刻々と変化する症状を洗い出し、タイトルにあるような、「孝明天皇は病死か毒殺か」 について、見通しを立てた、画期的考察であったと言われていた。

 ▲ 『歴史学研究173号』  1954年 掲載のねずまさし 論文 

私は、石井孝の本を読んでいた時、孝明天皇の死について先行する重要な論文であると書いていたので注目して、いずれ買い求めようと、マークしていたのだが、1954年発行当時80円の雑誌が、今では5000円を越える販売価格のため躊躇し、長い間、買いたい本のメモの山に埋もれていたただけであった。

しかし、幕末維新期における、歴史意識・認識の急速な変化・巨大なブラック・ボックスの謎を解明することなしに、尊王攘夷・公武合体・倒幕・王政復古・明治維新の急激な展開を合理的に見通せないのではないか?

この論考は読むしかない。よむべしという故石井孝の強い彼の著書の印象に促され、私は、ねずまさしの論文を入手した。

やはり、孝明天皇の死を挟んだ、幕末の価値意識の急激な転回の謎、この疑いは、ねずまさしのこの論文を読むと的に鋭く当たっていたように思う。

その次第の詳細は、2017年の第一に取りかかるべき、私の課題なのだが、明治150年を前にして、思うことは、参入すべき入り口が作為されたものであった。近代そのものの入り口が、作為されたものであった可能性が大であるということだ。2016年の日本史の読書の古書の収穫は、まず私にとって、このようなものだ。

石井孝、田中彰らに導かれて、幕末・明治維新期の謎を教えられることになったのだが、ねずまさしら、彼らの死後、この分野に触れる研究者が、現れていないように思われる。

在野の作家 鬼塚英昭『日本の本当の黒幕』 上・下 2013年 成甲書房を、私は今年に入ってから読んだのだが、ねずまさしや、石井孝の問題提起を受けて書いている。

幕末・明治維新の研究は、このところ、2000年前後に吉川弘文館より、『幕末維新論集』12巻が刊行されて、論文集成が行われて以降、ますます、大学研究者の研究は多岐にわたり隆盛して、研究が進んでいるように見えるが、日本の経済が、この四半世紀の下降に合わせるかのように、日本近代への礼賛的・懐古的記録も、増えているようにも感じられる。

 

今年の新刊書・新刊に近い本では、

 

長谷川貴彦 『現代歴史学「への展望 言語論的転回を超えて』  岩波書店 2016年 5月


F・ヒュレ 浜田道夫・木下誠 訳 『歴史家の仕事場』 藤原書店 2015年 

の2冊が、歴史意識の問題や、歴史家は何をつくるのか、大いに示唆するものがあった。

デカルトは、ものを見る私は疑うことはできないと、見る私の主体の統一性を自明のものして、考察を始めたのだが、その私の主体の自明性や、方法をも考察の対象として、考察する主体の非自明性・非特権性から語らざるを得ないのが、「大文字の歴史」が消失した後での歴史家の仕事なのか?

時期を逸してしまい、今年中にコメントができなかったが、

 

山本有造編 『帝国の研究 ー原理・類型・関係』 2003年 11月 名古屋大学出版会

が、2017年以降のアメリカ・ロシア・中国の覇権国の帝国への抗争・構想の激突が予想されるだけに、より、危機感を持って再読されていくのではと思われる。

 

また最後になったが、2016年、事実を語っているとされる、NHKの「ドキュメンタリー」番組や、個人の資格で投稿している、「フェイスブック」や、「ツィッター」記事をその出自や検証を怠った上で、引用する「ねつ造」的な記事が、NHKの記事に目立ってきたことがあげられる。知らず知らずのうちに、プロパガンダの偽記事を受け入れる土壌や雰囲気が、見つかるのである。

シリアのアレッポから脱出した、7歳のバナという名の少女が、投稿し、何十万回もアクセスされた女の子のことを、「現代のアンネの日記の少女」のように取り扱い、シリアの民間人の悲劇を子供の目線で訴えている」 という記事なのだが、

私の12月24日の記事 ここ▼ を参照してもらうとありがたいのだが。また、「櫻井ジャーナル」の12月後半の記事を参照してもらうと、それらの記事が、プロパガンダのための偽記事であることがわかるのだ。

ソーシャル・ネットワークに潜むプロパガンダを監視する市民 大手柄

 http://blog.goo.ne.jp/jfk1122zzzya/e/caea85b273cb5d530d516aaade588fae

実はこのバナさんという名の少女、シリアの反体制活動家の子供であり、、父は、ISの旗が掲げられている壁に、武器を持って写っているものが、SNS上にある。反体制武闘組織と一緒の写真もあり。その写真と、トルコのエルドアン大統領に招かれているバナちゃん家族の写真を比べると、お父さんの顔と髪のはげ上がりの形が同じであることが分かる。

バナちゃんノお父さんは、トルコが支援する武闘派組織の一員であることがわかる。穏健な反体制派なんてものじゃないわけだ。

極最近、アレッポが、シリア政府軍に奪還されたため、父親を含む家族はトルコに逃れ、トルコのエルドアン大統領に招かれ、大統領府で記念撮影された映像写真が、エルドアンの公式SNSに載っているので間違いないことがわかる。

すべて、このバナさんという少女とその家族は、仕組まれた、プロパガンダの工作によって発信されていることが、一民間人のSNS監視行動によって暴かれたようだ。

「現代のアンネの少女バナさん」 というメッセージ性、政治性に潜むものは、

かつて、ユダヤ人=虐殺の被害者、ドイツ人=ヒトラー=虐殺者 という歴史を転換し利用しているのだ。

シリア・アサド政府=虐殺者、 ロシア=虐殺の同盟者として単純化しているような深い病弊がある。選挙で選出された大統領が外国の傭兵を主体にしたテロ組織を攻撃すると人道に対する攻撃だというが、国家主権を暴力で奪う攻撃をテロと呼ばないという全く真逆の世界がまかり通っているようだ。

反体制派・反体制下のシリア民間人=虐殺の被害者 「現代のアンネの少女バナさん」というプロパガンダ

12月16日のNHKのニュースブログには、「少女バナさんの投稿」が紹介されていた。

しかし、その少女バナさんの父親は、民間のSNSプロパガンダ監視者の情報ではトルコと連携しているシリア反体制武闘組織のメンバーであるようで、バナさんのSNS投稿のID獲得などは、英国で取得しているという情報がある。シリア反政府武装活動と、その援護組織は、国際的な、活動の連携が間違いなく存在しているようだ。

またシリア激戦地アレッポの地下室で、シリア政府軍に捕縛された将校たちの国籍には、アメリカ、サウジアラビア、トルコ、カタール、ヨルダン、モロッコ、イスラエルなどの名が、ほかの情報には、英国・フランスの名も記されている。詳細は、『櫻井ジャーナル』、『スプートニク』など。インターネット・ブログを参照されたし。

NHKは何も知らなかったと言い張ることはできないはずである。こんな嘘八百のSNSプロパガンダを見抜けず、堂々とインターネットで流しているところを見ると、ますます、宗主国に対して何も言えない属国メディアだと、ますます、宗主国連合はつけあがるだけだろう。

「現代のアンネの少女」という神話に加担しているNHKの嘘八百に怒れ!

2017年、来年も、プロパガンダ放送と情報の洪水が始まるだろうが、まずは、情報の根元を確かめずには、情報を鵜呑みにするな!でいくしかない。 

日本国民の新聞・テレビ情報の信頼度は世界一のようだが。

根源的な病弊のひとつかも知れない。

 

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