●暮らしの落書き帳<319Tany(太田肇司/JF3TBM:著)>

日々の話題を落書き風に綴っています。
文責:太田肇司(319Tany)
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●東大阪市の謎。

2016年12月20日 | ぶらぶら、まち歩き
勤務先の南側の広大な土地に、東大阪トラックターミナルや機械団地、東大阪市役所、府立図書館、府営春宮住宅などが広がる。だが、その北側は『昔の村の中の狭い道』が毛細血管のように進み、そのギャップに違和感を持っていた。理由がなんと・・・。


【写真:トラックターミナルの北側の住宅地は狭小な生活道路で迷路のようである】

まず、位置関係をみてみよう。



JR片町線『鴻池新田駅』から南にいくと、
新庄というあたりまでは、
通称『村の中の道』で旧家やら新興住宅やらが広がる。



ところが、新庄を南下すると、
道幅が急に広がり『再開発』でもしたのか・・・?。
そんな、雰囲気の『機械団地』が現れるのだ。


▲機械団地の中心より少し北側



写真では、少しわかりにくいのだが、
東西に走っていた道が急に45度、
北東に向きを変え生駒山系の『飯盛山』が真正面に目に入る。



タクシーに乗り始めたころから、
不思議な町並みだと思っていた。



せせこましい住宅街の南側には、
変に広大な公園なんかがあったりして、
『なんで、こんな町並みなのか』と不思議だったのだ。



そのギャップの秘密を解くカギが、
写真の『盾津中学校』にあった。
まぁ、自分で見つけたのではなく、
地元に長いお客さんから教えてもらったのだが。



この辺は、戦時中『陸軍の飛行場』だった、そうだ。



盾津中学校の正門の中に『飛行場跡』の説明があった。



さらに、機械団地や府営住宅、
市役所、府立図書館がある地域は、
『陸軍の練兵場』だった。

戦後、大阪府が国から譲り受けて整備したという。

どうりで、ギャップがあるはずだ。
東西の道が『急に生駒山系に角度を変える』のも、
もともと、ここが滑走路や空港設備だったということで、
納得がいった。

どういう離着陸をしていたのかは知る由がないが、
滑走路の延長線上に飯盛山が目に入れば、
そこが航路の目印になる。

今でも『山は航空機の通過ポイント』に指定されているのが多い。

伊丹空港の滑走路が230度の方角に設計されているのも、
きっと、そんな事情で軍の飛行場として設計されたのだろう。



国土地理院の地図にも載っている、
水準点も盾津中学の横にあった。

憶測だが、盾津飛行場と練兵場の跡地は、
一括して大阪府が譲り受け、
戦後の復興とともに機械団地や住宅、
物流基地、市役所、文化施設などに転用されたのだろう。



もともと、このあたりの地盤は緩く、
飛行場とはいえ軽飛行機や、
グライダーの練習程度だったようである。

似たような飛行場は守口にもあったらしく、
共に軽飛行機やグライダーの練習なんかに用いられた。



敗戦から70年以上経過するが、
この地で訓練を重ね、
特攻隊で散った若い命の犠牲のもと、
今の、私たちの安穏とした生活があることを、
忘れてはいけないと、私は思うのである。



▼東大阪の戦跡▼
http://www.do-natteruno.com/con_c/c204/c204.html
▲盾津飛行場の詳細▲

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