暗いブログ
~a blog of darkness~
ただひたすらに暗い。
 

  


いくさじゃいくさじゃ

我ら5百の兵にて、2万の兵を迎え撃つ。

ついに、いくさのはじまりじゃ。

我、ここにあり。

ついに、私の力を開放する時がきた。

いやぁ。

成田 長親、かっこいいっすね。

のぼうの城をみて、そう思いました。


すべての人を愛し、すべての人に愛される

それこそが、最も強い、力となる


俺の戦とは、そういうことだ。

すべての人が、自分の見方になってくれるよう、全力を尽くす。

それこそが、私の目指す道。

それを手にすれば、誰にも負けない。

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ライバルは必ず現れる

どうしようもないくらい、むかつく

あいつさえいなければ、と頭からはなれない

やたらと体力を消耗する

本当にうっとおしい存在

しかしながら、

どこへいったって必ず現れる

いわば必然である

空気のような存在である

常にそこに存在する

そんなものに、いちいち気をもんでいては

もったいない

ライバルは常に存在するものとわりきり

その存在を楽しむしかない

自分を刺激し、向上させるものである

本来ライバルとは、そういうものである。

自分に自信がない状態のライバルは実にネガティブな存在だが

自分に自信があるときのライバルは

これほどエキサイティングなものはない

かつて、すべてにおいて自信があったころのライバルは

まさに自分を成長させる存在であった

いま、ライバルが非常に疎ましく思うのは

自分に自信がないからに他ならない。

ただただ、楽して勝とうと、楽して成功を得ようという、大人の悪い癖が全面に出ているにすぎない

勝つというのは、そうそうたやすいことではないことを

再認識する必要がある。

かつての自分は、自信こそあったが、それなりに勝つための努力をしていた

いまはどうだ

環境に不平不満をいっているだけで、勝つための努力をせず

勝てないことを人のせいにしているではないか。

勝つための努力もせず、勝てない事をなげくとは、

実に情けない

ライバルの存在とは、そんな勝つための努力の必要性を思い出させてくれる

ライバルがいることを、ポジティブに楽しめば、やがて自分の成長が見えてくる。

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さらけ出す事のプロになろう。

さらけ出しに置いては、右に出るものは誰もいない

そんな人間になろう

さらけ出す事によって

よく思わない人間もいるだろう

人は、自分が傷つかないために、

キャラを前にだし、否定されたときもキャラが否定されただけであって

自分自身が否定されたわけではない、と

ダメージを極小化している。

自分をさらけ出した、本物の自分をだした結果否定されると、

ダメージがでかい。

告白してフラれるのと同じような感じだ。

しかし

それがキャラであろうが、自分自身であろうが

どうせ否定されることがあるなら

自分自身で勝負しよう、という考えはどうだろうか。

逆に、肯定されたとき、

それがキャラなのか自分自身なのか

自分自身のほうがうれしいにきまってる。

つまり、キャラはローリスクローリターン。

自分自身はハイリスクハイリターン。

どうせ人間あっというまに死ぬんだ。

ハイリターンを狙って、

極力自分自身をさらけ出して生きてもいいんじゃないだろうか。


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目先の事ばかり気にしていた

すぐ目の前しか見えていなかった

すぐ目の前のことに、一喜一憂して、疲れて、終わってた

それはもっと先をみていないからだ。

もっと先を見ていれば、目の前が荒れた道だって、気にならない。

でも、目の前の荒れた道しか観ていなかったら、

うわっどうしよう、なんて荒れた道なんだ!歩きにくっ!

で終わり。

今の自分を充実させるためにも、将来のビジョンを明確にすべきだ。

ずっと先を見据えている人は、目の前の石ころには目もくれない。

目の前の、多少の障壁など、たいした問題ではない。

いちいちそんなものに悩まされない。

つまり、飲み会の一つや二ついけなくたって、

わざわざ俺のいけない日をわかってて誘ってくるやつがいたって

そんなの気にしなければいい。

俺がまた、企画すればよい。

むしろ、俺が中心になればいい。


いやぁ、先日の社内研修でね。

洗脳されまいと思っていたのですが、なかなかいいですね。

これ、あとから効いてきますね。

ちょっと殻が一つ破れた気がする。

自分をさらけだすことを恐れてはいけない。

大勢の前で、素の自分を、かなり深いところまでの素の自分をさらけ出す

これって、相当なデトックス効果あり

相当すっきりする

慣れるとやみつきになるかも



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人はなぜ、自分にブレーキをかけてしまうのか。

つきぬけたっていいんじゃないか。

ただ偶然そこに存在する細胞の塊が

なにをしたっていいんじゃないか

ただ偶然人として生を得た細胞の塊が

何を躊躇しているんだ

お前ごときが、何をしたって

地球はただただまわっているんだよ

ただ無駄に細胞分裂して朽ちてゆくだけなら

躊躇なんかしてないで、やってみたらどうなんだよ。

失敗したってなにしたって

全く何も、かわりゃしないんだよ。

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このブログ10年以上前に作ったんですね。

昔の見てたら、何にも成長してないですね。

むしろ、若いころの方が、とんがってて頭がさえてますね。

今の私は、若い頃の私の、エネルギーがなくなった版に過ぎませんね。

要するに、うんこみたいなものです。

若いころの方が、恥ずかしげもなく、自分の意見を表現できていたのだと思います。

今は、若いころ以上に、周りを気にしているような気がします。

これを成長というのでしょうか。

周りを気にしたって、何か得な事はあるのでしょうか?

周りを気にして得をした経験は、あまり無い認識ですが、

なぜ周りを気にしてしまうのでしょうか。

周りを気にしながら、気にしなくていいところは気にしない

そんな技術ばかり成長していきます。

気にしている風を装いながら気にしないスキル。

あー

めんどくせぇったらありゃしねぇ

この年になると、バクチはしたがらないですね。

一か八か、玉砕覚悟で突っ込んでみるか!

なんてことはしないわけです。

と、認識した上で、

たまには玉砕覚悟で特攻してみましょうか。

腹を据えた、大人(?)の玉砕というものを

ちょっと、タダなら見てみたいとは思いませんか。

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所詮、動物さ。

人間なんて。

霊長類ヒト科の動物だ。

チンパンジー、ゴリラ、オランウータンと同じさ。

人間は前頭葉が発達しすぎているから悩むだけ。

自身を抑制しようという働きが強すぎる。

それが人間社会を生み出すものであったが

同時に個人を苦しめるものでもある。

ある種、前頭葉を攻略して、動物になる時があっても

しょうがないんじゃないか?

まあ、ゴリラの方がよっぽど理性的に見えることもあるんだが。

チンパンはちょっとクレイジーな印象だが、

ゴリラは温厚で理性的な印象。

人間の方が、クレイジーかもしれないね。

つまり、わけがわかりませんが、

細かいことは、気にしないってことさ。

迷ったときは、周りを気にせず、ありのままの自分でいればいいのさ。

Let it go.

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最近いろいろ悩みが多く、集中できないことが多い。

そして仕事がおろそかになり、やるべきことがどんどん後手に回っている。

そしてどんどん追い詰められていく。

そんな状況にも半ば「どーでもいーや」感を出してやろうとしない。

問題と向き合おうとしない。逃げている。

いよいよ、つけが回ってくるだろう。

どんな結果や決断が下されようが、受け入れるしかない。

自業自得、自分で自覚しながらも手を打ってこなかった結果だ。

覚悟しておこう。

ただせめて、先延ばしにしてきた様々な問題に、

直視してこなかった様々な問題に、

向き合って、本気で向き合って、少しずつ解決していこう。

もう、余計な事は考えず、目の前に積み上げられた課題に、

真剣に取り組んでいこう。

明日から、俺は、仕事中は仕事に没頭する。

朝からフルスロットルだ。

本気の俺、リブート。(2回目。。)

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考えるから、あれやこれや、気になってしまうんだ

考えて、気にしたって、何の解決にもなりゃしない。

何も解決しないのに、全く無駄な時間だ。

無駄どころが、時間を掛けて、心にダメージを与えている。

考えて、どうでもいいことを気にして悩む事は、全く悪でしかない。

考えてもしょうがないと、少しでも思ったことは、考えるのをやめよう。

気になって頭から離れないときは、

まったく別のことをする。

仕事やゲームに没頭する。

そうしよう。

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僕は

人間として成長するのが目標なんです。

「我が人生に一遍の悔い無し」といって笑って死んでいくのが僕の夢なんです。(。。。)

物事のポジティブな側面を見るのが、僕の得意技なんです。(ブログタイトルと逆行している気がしますが)

ボク、生い立ちが若干、ホントに若干ですが恵まれないことがあったから、

ポジティブな面を見ないとやってられなかったんだと思います。

その経験があったからこそ、今の自分があるのだと、

自分に色を与える良い経験であったと、

ポジティブに、本当にそう思っているんですが。

しかし、なんだか最近つらいんです。

ネガティブな面ばかり見てしまうんです。

ビッグバンのように、最初の初速だけで勢いに任せて突き進んできたけど

ついに、勢い収まって、収縮のときをむかえたかのように。

マイナス方向にまっしぐらなんです。

難しいことが考えられなくなり、ますます自分に自身がなくなり、

ちょっとしたことで情緒不安定になり、イライラがとまらなくなり、

細かい事は気にせず、見掛けに寄らず大らかでいるのが僕の特徴だったはずなのに

今はそれができない、全く。

ボクの目標と逆行している。

成長どころか、退化している。

どんな些細な事でも、楽しい面を探そうとする自分が、

今はどんな些細な事でも気になりイラつく。

抑えられない。アウトオブコントロール。

ボクは、絶対うつ病にはならないと思ってた。

だって、根底がうつ病だから。

でも、甘かった。これはうつ病の前兆だ。

ならない自身は全くない。

なる。あとトリガー一つで、間違いなく発症する。

脳内物質のバランスがおかしい。全く自分の精神ではコントロールできない。

それがまた、自分を滅入らせる。

気持ちとは裏腹に、反対方向に感情が突っ走ってゆく。

つらい。

ただね、そのきっかけって、ホントに些細な、微細な、ナノメートル級のどーでもいいようなことなんです。



あ、わかった。

ボク、欲が出てきたんだ。

マイナスから始まった(と思っている)ボクの人生

欲が出てきたんだ。

今までは、「ネガティブなポジティブシンキング」だったんです。

「あー、くだらねぇ、どーでもーよそんなこと。財布無くしたら新しいの買えるじゃん。やったね。」

「辛い経験は、自分を鍛える糧になるよ。辛いと思っているこの瞬間、自分は強くなってるんだよ。やったね。」

ダメージを少しでも軽減するための、いわば守りのポジティブシンキングだったんだ。

ただ、そのステージはもう終わったんだ。いや、やっと終わって、人並みになったんだ。

これからは、「ポジティブなポジティブシンキング」をするときなんだ。

でも、ボクはあまり人生の楽しみ方を知らないんだ。

どうすればこのニュートラルなスタートラインにたった自分を、

ポジティブな方向に走らせるかが、わからないんだ。

楽しんでいいんだよ。

ボクは、人生を楽しんでいいんだよ。

無邪気にはしゃいで、いいんだよ。

恥ずかしがることはないんだよ。

些細なことに、一喜一憂して、振り回されていいんだよ。

きれいな、美しい野原があったら、我を忘れて、身体を投げ出して、駆けずり回っていいんだよ。

「野原だ、綺麗だね。空気がおいしいね」なんて、気取って湧き上がる感情を押さえ込まなくていいんだよ。

叫びたければ、思い切り叫べばいいんだよ。

もう、いい子を演じる必要はないんだよ。

さあ、自分の殻を破ろう。

本当の、ポジティブシンキングを手に入れよう。

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