前回、タイのバンコクで小心者ぶり全開発揮して激しく逃げまくったこと話したけど、恥じかきついでに告白しちゃうと、実は同じようなことがその数ヶ月くらいあとでまたあったんだ。また、怖くなって逃げちゃった、ってことがね。
このときは、インドだった。オールド・デリーという町でのことなんだけど、その時ぼくはメシを食っていたんだ。当時のレートで一食30円くらいのカレーを、食堂という言葉がもったいないような世界最低レベルの汚さの掘っ立て小屋のようなところで食っていたのさ。
食ってるうちにぼくの目の前にヌッと手がさしだされてきた。「ははあ、来たな」とぼくは思った。物乞いが金をせびりにきたということがすぐわかった。
食堂の中に物乞いが!?って驚くかもしれないけど、高級レストランはともかく、インドの庶民的掘立小屋式食堂では、犬だろうと、牛だろうと、にわとりだろうと平気で入ってくるんだから、物乞いの人だって当然入ってくるよ。
よく言われることだけど、インドでは物乞いの人がものすごく多くてその物乞い活動も非常に激しい。持てるものは持たざるものに施すのは当たりまえ、というよりも、持たざるものが持てる者に施しという善行をさせてやるのだから、ありがたいと思って金をすぐ出せ、いま出せ、今すぐ出せ、という態度なのだから、日本から来たわれわれはぶったまげちゃうよ。
ぼくがインドに着いたばかりのある時こんな光景を見てしまったんだ。カルカッタの町を朝早く歩いていると、一人の白人観光客がホテルから出てきた。するとその辺にいた子供が彼のところに走りよって「バクシーシ!」(この言葉が『ほどこせ』という意味であることはもうすっかり有名になってしまったけどね)と呼びかけた。こころ優しい(と思う)この白人は慈悲に満ちた微笑を浮かべながら財布からいくばくかの金をその子に渡した。きっとこの男はアメリカ人のクリスチャンだったと思うよ。そういう雰囲気をプンプンさせていたね。べつにアメリカ人のクリスチャンを悪く言うつもりはないけどね。ぼくもずっとあとでクリスチャンになっちゃったわけだし。
まあとにかく、この男が子供に金を渡した瞬間、それを見ていた周辺の子供たちが、いや子供たちばかりでなく大人たちも、いっせいにかの白人の下に殺到し、口々に「金をよこせ」とわめきたてた。彼らにしてみればその子にやったのなら当然俺にもよこさねばならない、という論理であったのだろうが、全く予期しない事態にこのあわれな白人観光客はもう顔面蒼白だよ。恐怖でパニクッてアブラ汗ターラタラだったね。あげくのはてには金を宙にばらまいて、インド人たちがそれを拾ってる間にその場を逃げ去るという手段に訴えた。「バカなやつだけど、まあ、たしかにあれしか逃れる方法はないだろうな」とぼくは納得しつつ、転がってきたコインを2〜3枚入手してそこを立ち去ったよ。
ことはかの哀れな白人男だけの問題じゃないよ。とにかく圧倒的な数の物乞いがどこの町にも犇めき合っていて、観光客という「持てる者」がやってくるのをてぐすね引いて待っているんだよ。非インド人旅行者はひとたび宿から外に出れば、数十回、数百回も金をせびられ続けるわけさ。「これは物乞いに対する接し方を決めておかねば大変なことになるぞ」と思ったぼくは熟慮の結果、方針を決定したよ。それは、「何があろうともびた一文金は出さない、ただし自分が何か食い物を持っていて、相手がひもじそうである場合はその食い物を分け合って食う」というものだったんだ。
だいぶ横道にそれちゃったけど、30円のカレーを食っていたオールド・デリーの世界最低食堂に話は戻るぜ。
目の前に手が差し出されたとき、「ああ、また物乞いだな」とすぐさま思ったのはそういう経緯があったためなのさ。
その差し出された手を無視して、「だめ、だめ、おれは甘ちゃんの白人観光客とは違うんだからいくら待ってても金は出ないよ、あきらめて他をあたりな」と心の中で言いつつカレーを食い続けていたんだけど、その手がいつまでたってもひっこめられないんだ。「お、結構しつこいな」と思いつつ待ったが相変わらず手はぼくの目の前だ。
いい加減時間がたってまもなくカレーが食い終わりそうになってきてもまだ手はそのままなんだよ。もっと変なのは、その手の持ち主はその間まったくの無言だったってことなんだ。あのおしゃべりのインド人がね。何にも言わないんだよ。気になってきたね。どんな奴だろう、見てみたいな、でも目が合ったらもっとしつこく金をねだられるしな、としばし心中の葛藤。でもついに好奇心が勝っちゃった。で、思わず目を上げて相手の顔を見た。
ところが、その瞬間ぼくは凍りついたね。「あれ、これはいったい何だろう?」目はそこに釘付けになったまま。そして、「ああ、そうか、これはこの人の顔なんだ」とわかるまでに冗談でなく数秒かかったのは、大変失礼ないいかただけど、それが人の顔とは思えない状態であったからで。(「北の国から」風)
やっと気がついたよ、「ああ、そうか、この人はハンセン氏病なんだ」。
それまでにもすでに多くのハンセン氏病の人は見てきたんだ。その初めは汽車に乗っていた時だったよ。プラットホームなんかない小さな駅に止まると目の前に木の棒のようなものが次々に差し出されてくるんだ。で、「なんだ、こりゃあ」と思って窓から身を乗り出して見るとそれは線路に立った物乞いの人たちが差し伸べている手だったんだ。彼らはみなハンセン氏病で手の指を失くしてしまっているので、その手がまるで一本の棒のように見えるのさ。その人たちの顔を見れば、中には鼻のない人、耳のない人なんかがいてね。そりゃあショッキングな光景だったね。だけど、それでも同じような人を何度も見ているうちに慣れちゃった。人はどんなことでもいつかは慣れちゃうんだね。それに、彼らの傷跡、というか病痕はすでに治ってるようで乾いてツルツルになっていたよ。
だがしかし(学術論文風)、このオールド・デリーの食堂で会った人は違ってたね。失礼な言い方だけど、それがその人の顔であると気づくまでに時間がかかるほど、その人の病気はひどかった。「ああ、これは人の顔か。ああ、これはおばあさんの顔なんだ。この人はハンセン氏病なんだ。」という具合に数秒の間に少しずつわかっていったわけさ。
うわあ、この人はハンセン氏病の真っ最中なんだな、ってね。
今まで見た人たちはみんな一応治って傷口も乾いていたからね。でも、このおばあさんは顔中膿みと血とでぐちゃぐちゃで、どこが目やら鼻やら口やらわからないくらいだったんだよ。その後、ぼくの記憶の中でこのおばあさんの姿は随分誇張されてしまっているかもしれないけど、だけど、その時のおばあさんの顔からは、血と膿みとがボタボタと垂れてくるようにさえ思えたんだ。
そこまできた時ぼくはいきなり吐いちゃった。椎名誠さんの「怪しい探検隊」の隊則に「飲んだら吐くな、吐くなら飲むな」っていうのがあったけど、ぼくは貧乏な旅行だったんで、食ったものを吐くなんてもったいないことはそれまで一度もしたことはなかったよ。けど、そんなこと言ってる余裕なんかなかったね。いっぺんで胃の中がすっかりからっぽになるくらいの勢いで吐いちゃった。
吐き終わるとものすごい恐怖に襲われて逃げたよ。椅子を蹴散らして必死で逃げた。そんなバカなことがあるはずないけど、あのおばあさんの血と膿みだらけの手でぼくの襟髪をつかまれそうな気がして、ひたすら逃げ続けたよ。少し泣きながらね。
考えてみりゃあひどい話だね。あのおばあさんはぼくになんの危害を加えたわけでもない。口さえきかなかった。ただ手を出して助けを求めただけだったのに、ぼくはその顔を見ただけでゲロを吐き、ものも言わずに飛び出して逃げて行ったんだからね。なんて失礼なことをしてしまったんだろう。
もう亡くなってしまったろうけど、もしもう一度あのおばあさんに会えたら土下座して謝りたいと思うな。
このときは、インドだった。オールド・デリーという町でのことなんだけど、その時ぼくはメシを食っていたんだ。当時のレートで一食30円くらいのカレーを、食堂という言葉がもったいないような世界最低レベルの汚さの掘っ立て小屋のようなところで食っていたのさ。
食ってるうちにぼくの目の前にヌッと手がさしだされてきた。「ははあ、来たな」とぼくは思った。物乞いが金をせびりにきたということがすぐわかった。
食堂の中に物乞いが!?って驚くかもしれないけど、高級レストランはともかく、インドの庶民的掘立小屋式食堂では、犬だろうと、牛だろうと、にわとりだろうと平気で入ってくるんだから、物乞いの人だって当然入ってくるよ。
よく言われることだけど、インドでは物乞いの人がものすごく多くてその物乞い活動も非常に激しい。持てるものは持たざるものに施すのは当たりまえ、というよりも、持たざるものが持てる者に施しという善行をさせてやるのだから、ありがたいと思って金をすぐ出せ、いま出せ、今すぐ出せ、という態度なのだから、日本から来たわれわれはぶったまげちゃうよ。
ぼくがインドに着いたばかりのある時こんな光景を見てしまったんだ。カルカッタの町を朝早く歩いていると、一人の白人観光客がホテルから出てきた。するとその辺にいた子供が彼のところに走りよって「バクシーシ!」(この言葉が『ほどこせ』という意味であることはもうすっかり有名になってしまったけどね)と呼びかけた。こころ優しい(と思う)この白人は慈悲に満ちた微笑を浮かべながら財布からいくばくかの金をその子に渡した。きっとこの男はアメリカ人のクリスチャンだったと思うよ。そういう雰囲気をプンプンさせていたね。べつにアメリカ人のクリスチャンを悪く言うつもりはないけどね。ぼくもずっとあとでクリスチャンになっちゃったわけだし。
まあとにかく、この男が子供に金を渡した瞬間、それを見ていた周辺の子供たちが、いや子供たちばかりでなく大人たちも、いっせいにかの白人の下に殺到し、口々に「金をよこせ」とわめきたてた。彼らにしてみればその子にやったのなら当然俺にもよこさねばならない、という論理であったのだろうが、全く予期しない事態にこのあわれな白人観光客はもう顔面蒼白だよ。恐怖でパニクッてアブラ汗ターラタラだったね。あげくのはてには金を宙にばらまいて、インド人たちがそれを拾ってる間にその場を逃げ去るという手段に訴えた。「バカなやつだけど、まあ、たしかにあれしか逃れる方法はないだろうな」とぼくは納得しつつ、転がってきたコインを2〜3枚入手してそこを立ち去ったよ。
ことはかの哀れな白人男だけの問題じゃないよ。とにかく圧倒的な数の物乞いがどこの町にも犇めき合っていて、観光客という「持てる者」がやってくるのをてぐすね引いて待っているんだよ。非インド人旅行者はひとたび宿から外に出れば、数十回、数百回も金をせびられ続けるわけさ。「これは物乞いに対する接し方を決めておかねば大変なことになるぞ」と思ったぼくは熟慮の結果、方針を決定したよ。それは、「何があろうともびた一文金は出さない、ただし自分が何か食い物を持っていて、相手がひもじそうである場合はその食い物を分け合って食う」というものだったんだ。
だいぶ横道にそれちゃったけど、30円のカレーを食っていたオールド・デリーの世界最低食堂に話は戻るぜ。
目の前に手が差し出されたとき、「ああ、また物乞いだな」とすぐさま思ったのはそういう経緯があったためなのさ。
その差し出された手を無視して、「だめ、だめ、おれは甘ちゃんの白人観光客とは違うんだからいくら待ってても金は出ないよ、あきらめて他をあたりな」と心の中で言いつつカレーを食い続けていたんだけど、その手がいつまでたってもひっこめられないんだ。「お、結構しつこいな」と思いつつ待ったが相変わらず手はぼくの目の前だ。
いい加減時間がたってまもなくカレーが食い終わりそうになってきてもまだ手はそのままなんだよ。もっと変なのは、その手の持ち主はその間まったくの無言だったってことなんだ。あのおしゃべりのインド人がね。何にも言わないんだよ。気になってきたね。どんな奴だろう、見てみたいな、でも目が合ったらもっとしつこく金をねだられるしな、としばし心中の葛藤。でもついに好奇心が勝っちゃった。で、思わず目を上げて相手の顔を見た。
ところが、その瞬間ぼくは凍りついたね。「あれ、これはいったい何だろう?」目はそこに釘付けになったまま。そして、「ああ、そうか、これはこの人の顔なんだ」とわかるまでに冗談でなく数秒かかったのは、大変失礼ないいかただけど、それが人の顔とは思えない状態であったからで。(「北の国から」風)
やっと気がついたよ、「ああ、そうか、この人はハンセン氏病なんだ」。
それまでにもすでに多くのハンセン氏病の人は見てきたんだ。その初めは汽車に乗っていた時だったよ。プラットホームなんかない小さな駅に止まると目の前に木の棒のようなものが次々に差し出されてくるんだ。で、「なんだ、こりゃあ」と思って窓から身を乗り出して見るとそれは線路に立った物乞いの人たちが差し伸べている手だったんだ。彼らはみなハンセン氏病で手の指を失くしてしまっているので、その手がまるで一本の棒のように見えるのさ。その人たちの顔を見れば、中には鼻のない人、耳のない人なんかがいてね。そりゃあショッキングな光景だったね。だけど、それでも同じような人を何度も見ているうちに慣れちゃった。人はどんなことでもいつかは慣れちゃうんだね。それに、彼らの傷跡、というか病痕はすでに治ってるようで乾いてツルツルになっていたよ。
だがしかし(学術論文風)、このオールド・デリーの食堂で会った人は違ってたね。失礼な言い方だけど、それがその人の顔であると気づくまでに時間がかかるほど、その人の病気はひどかった。「ああ、これは人の顔か。ああ、これはおばあさんの顔なんだ。この人はハンセン氏病なんだ。」という具合に数秒の間に少しずつわかっていったわけさ。
うわあ、この人はハンセン氏病の真っ最中なんだな、ってね。
今まで見た人たちはみんな一応治って傷口も乾いていたからね。でも、このおばあさんは顔中膿みと血とでぐちゃぐちゃで、どこが目やら鼻やら口やらわからないくらいだったんだよ。その後、ぼくの記憶の中でこのおばあさんの姿は随分誇張されてしまっているかもしれないけど、だけど、その時のおばあさんの顔からは、血と膿みとがボタボタと垂れてくるようにさえ思えたんだ。
そこまできた時ぼくはいきなり吐いちゃった。椎名誠さんの「怪しい探検隊」の隊則に「飲んだら吐くな、吐くなら飲むな」っていうのがあったけど、ぼくは貧乏な旅行だったんで、食ったものを吐くなんてもったいないことはそれまで一度もしたことはなかったよ。けど、そんなこと言ってる余裕なんかなかったね。いっぺんで胃の中がすっかりからっぽになるくらいの勢いで吐いちゃった。
吐き終わるとものすごい恐怖に襲われて逃げたよ。椅子を蹴散らして必死で逃げた。そんなバカなことがあるはずないけど、あのおばあさんの血と膿みだらけの手でぼくの襟髪をつかまれそうな気がして、ひたすら逃げ続けたよ。少し泣きながらね。
考えてみりゃあひどい話だね。あのおばあさんはぼくになんの危害を加えたわけでもない。口さえきかなかった。ただ手を出して助けを求めただけだったのに、ぼくはその顔を見ただけでゲロを吐き、ものも言わずに飛び出して逃げて行ったんだからね。なんて失礼なことをしてしまったんだろう。
もう亡くなってしまったろうけど、もしもう一度あのおばあさんに会えたら土下座して謝りたいと思うな。
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