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十字架上の7つの言葉 (30分de一巻 Intermission)

2017年10月29日 | Good News
「成し遂げられた」(ヨハネ19:30)
クリスチャンのシンボル言えば十字架。実際、異端の教会の簡単な見分け方は、異端の教会には十字架がない。とは言え、十字架を身に付けていればクリスチャンという訳ではなく、そもそも十字架は処刑道具であり、本来アクセサリーにする様な性質のものではない。十字架刑は、国家反逆罪等の重罪人にのみ用いられた処刑方法で、苦しむだけ苦しめさせておいて、直ぐに死なせない様によく考えられた、史上、最も残忍な処刑方法であった。

古代社会において十字架刑は、ローマ帝国以外でも行なわれていたが、旧約聖書に十字架が一度も登場しないのは、逆に新約における十字架の登場を示唆していたとも言える。ともかく、そういった歴史的史実について、私達がいくら机の上で考えようが、ネットで調べようが、現実の十字架に近付く事などは出来ない。かと言って、全く知りませんでしたで済まされる事ではない。

私たちがイエス様の十字架を見上げる時、それに至らざるを得なかった過程と、十字架上で成された救いの御業を真摯に受け取るためにも、実際の十字架刑が、いったいどの様なものであったのかを知ることは必要なのである。(メッセージより抜粋)



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5 コメント

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十字架の愛 (Kent)
2017-11-05 13:20:32
クリスチャン映画には必ず、イエス様が十字架につけられる場面が登場しますが、聖書や当時の歴史書を読むと、本当はイエス様がどのように十字架につけられたかがわかります。それはあまりにも酷くて、簡単に言葉では言えないほど、十字架は世界で最も残酷な死刑方法でした。神様は、愛する一人子であるイエス様を、私達の罪の身代わりとして、十字架につけられました。それは今まで何度も聴いている事なのですが、今日のメッセージで新たに、十字架による救いを与えられたクリスチャンとして、どのような行動し、どのように生きて行かなければならないのか、改めて考えさせられました。決して日曜クリスチャンではなく、日々の生活の上で、神様の愛と栄光を現すことが出来るクリスチャンになりたいと、思わされました。
驚くばかりの恵み ぱーと1 (Mimita)
2017-11-08 22:33:55
今日は、イエス様の十字架上の7つの言葉に関するメッセージでした。

「死ぬ寸前に何を話すか?」それによって、その人の生き様が見えるような気がします。

1)「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているか知らないのです」(ルカ23:34)
◎全人類に対する執り成し

2)「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」(ルカ23:43)
◎信仰義認宣言

3)「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」「見なさい。あなたの母です」(ヨハネ19:26-27)
◎愛する者への執り成し

4)「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ27:46)
◎詩篇22章2節の言葉。罪によって神様との関係が絶たれてしまった全人類の悲惨な状況に対してイエス様が代弁してくださっている

5)「渇く」(ヨハネ19:28)
◎真に絶望した(渇いている)人でなければ、神様と出会うことが出来ない事が示唆されている

6)「成し遂げられた。」(ヨハネ19:30)
◎ギリシア語で「テテレスタイ(完済)」と言う会計用語。私達人類の全ての罪(借金)が帳消しにされた「完済された」と言うこと

7)「父よ、私の霊を御手にゆだねます。」(ルカ23:46)
◎イエス様がご自身の使命を全うされ、神様の御元に帰る宣言。(4)では「神よ」と言っているが、ここでは、「父よ」と言っている。イエス様と神様との関係が「父と子」であることを明確に表現している

この出来事を見ていたローマの百人隊長は「本当に、この人は正しい人だった」と言って、神様を賛美しました。十字架刑はこの世の中で最も残酷な処刑方法です。その十字架刑に処されなければならなかったのは、イエス様ではなく、この私自身でした。

しかし、私の代わりに罪のない正しい神の子が十字架に架かってくださいました。何のために?「愛している私のために」です。そして、それは、私のためだけでなく、あなたのため、全人類のために、です。これこそ「驚くばかりの恵み」です。
十字架の愛 II (Yuka)
2017-11-27 07:21:39
私はイエス様の十字架を思う時に必ず同じ賛美が浮かぶ。 それは「Amazing Love」という曲だ。あなたが捨てられたから、私の罪を代わりに負ってくれたから、死を打ち破って今も生きているから、だから私には命がある。そんな歌詞の賛美だ。本来、私が受けるべき十字架をイエス様は代わって下さり、その惨たらしい刑を受けてくれた。神様だから…と思うけど、イエス様は完全な神様でありながら、完全な人間でもあるのだ。つまり、受けた痛みは人間が感じるそのままを受けたというわけだ。想像も出来ないほどの痛みが、苦しみがあったと思う。でも、イエス様はその苦みの中でも、父なる神様に向かって私達の為に執り成しの祈りをし、私達人間に慰めの言葉、救いの言葉を下さった。こんな究極の救いがあるだろうか? 他の宗教の神様は、私達のためにこんな苦しみを受けて尚、私達のために祈ってくれるなんてことがあるだろうか? つまり、これは本物だと言うこと! 紛うことなき、本物の救いがここにある。このイエス様の十字架上での執り成しを、私達は決して忘れてはいけないと思う。
主に飢え渇く者の特権 (Ako)
2017-11-28 07:22:29
私が生きていく中で、イエス様の福音、十字架の贖いが一番大切であると思っています。伝道では、イエス様がなされた十字架をどのようなアプローチで語れば良いのか、神様の知恵が必要です。

田中先生がよく言われる、焼き魚か、煮魚か、油でカラッと揚げるのか、蒸すのか。どうにかして相手の方に福音を知らせたいと思えば、十字架を語るのにも何通りもの語り口を私は持っていたいと思うのです。

またクリスチャンに対しても、イエス様の十字架の贖いの理解が一番大切で、それが私たちの霊的な成長、また健康を守り育てるものだと思っています。そのような時に田中師の十字架メッセージは喜びと期待でワクワクしました。

十字架上でのイエス様の7つの言葉。この一つ一つにイエス様の愛の深さ、救いの凄さを思いました。最初のイエス様の全人類に対する罪のとりなし。一番最初に、私たちのためにとりなすイエス様。そして、その次に右側にいる強盗の救い。

普段、イエス様の愛を一丁前に伝えようとしていますが、どこまでいってもイエス様の愛に私は泣いてひれ伏すのだろうな、と思いました。そして、イエス様の愛は私の理解できるものではないほど大きいと改めて思いました。

5番目の乾く。今回はこの言葉が私にとっては大きなポイントでした。宣教において、(人生)私たちの知恵や努力では踏ん張りきれないことがある。祈るのも、聖書を読むことも難しい困難に陥るときもある。しかし主は私の信仰を励まし、ねぎらい(3番目の言葉)、力なく感情は諦めてしまうほど弱っている時、主のみわざ、奇跡を見せられると思いました。

主に飢え渇くとは、砕かれた心、魂であると心に響きます。主のなさることは素晴らしい!自分の努力や働きではなくて、主が素晴らしいということ、それが心から分かるのは、主に飢え渇く者に与えられている特権かと思います。感謝です。
十字架の救い (Takashi)
2017-12-23 17:16:35
十字架上でイエス様が発した7つの言葉には
大きな理由があることを初めて知った。

中でも十字架にかけられた罪人の一人に対して
一緒にパラダイスにいるといわれたところには
聖書も知らずにいた罪びとでも信じるだけで救われる(信仰義人)
そのことがこの場所で示され、

わたしは乾くといった箇所では
本当に飢え乾いている(救いを求めている)人だけが救われるという事、

そして十字架の死によって救いが完成したという事

私たちが救われるためには
唯一十字架の血によるあがないしかない事が本当によくわかった。

又、あがないの意味が奴隷を買い戻すという事で、
奴隷社会になじみがない日本人にとってこの言葉が分かりずらかったが、
奴隷をお金を出して買い取り、奴隷の状況から連れ出し、自由にする。
という意味と知り、イエス様の贖いの意味がよく分かった。

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