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「マラキ」30分de一巻 Vol.39

2017年09月17日 | Good News
いよいよ旧約最後の書巻である。ややこしい時代検証も、取り敢えず今回で最後になるので、捕囚後からマラキに至るまでの時系列をもう一度確認しておこう。

エレミアの預言の通り、イスラエルの民はバビロンによって70年間捕囚の身となった。その後、支配はペルシャに移り、信仰のある人々は70年ぶりにイスラエルへ帰還した。ゼルバベル、イエシュア、ハガイ、ゼカリアの活躍によって、帰還から約20年後に神殿は再建された。当時、イスラエルはペルシャの属国だったが、ペルシャには王妃エステルがいた。

それから60年後、民族復興の情熱に燃え、エルサレムに帰還したエズラが見たものは、神の民としてのアイデンティティを失い、信仰的にも社会的にも堕落していたイスラエルの姿だった。彼は「神よ、私は御前に恥じ入るあまり顔を上げる事が出来ません!」と、服を引き裂き、呆然と座り込んでしまった。

それから13年後、神殿城壁をつくるためにネヘミヤがペルシャからユダヤ州総督としてエルサレムに派遣されて来た。このエズラとネへミアの改革によって、イスラエルは仮庵祭を復興するまで持ち直す事が出来たのだが、問題はここからである。神は旧約時代最後の預言者・マラキをイスラエルに遣わした。その時、彼を待っていたのは、「神よ、あなたは“どのように”私達を愛されたのでしょうか?」と言う、驚くべき民の言葉であった..。(メッセージより抜粋)



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6 コメント

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あぁ、勘違いクリスチャン… (Mimita)
2017-09-24 11:18:37
今までの旧約聖書に出て来るイスラエルの民は、神様から罪を指摘されると
「私たちは罪を犯しました」と
素直に悔い改めているか、
神様に反抗し、全く悔い改めないか、
と言うパターンだったけど、
神様の前で「シラバックレル」パターンは、初めて。
このパターンは、正に新約時代の律法学者やレビ人の特徴。
神様も、律法の限界、人の悪の計り知れなさに切り札のイエス様を登場させるタイミングを考えていたに違いない…というマラキ書の時代。
しかし、これこそが今を生きる、イエス様再臨前の私たちの時代と同じと言う事に気づかされました。
「毎週、教会に行ってます。」
「献金も欠かさずしています」
「神様は私たちを愛してくださっているもんね〜」
「私たちは神の家族、神様を愛してます!」
なんて、教会では、言っているけど、日々の生活では…?!

マラキ書は3つに分けることができます。
1)イスラエルの罪→現代の私たちの罪
2)祭司への警告→現代のクリスチャンへの警告
3)悔い改めの勧め

旧約聖書は、闇で始まり、闇で終わっています。
古い契約、つまり、律法を守る契約では、人は救われないという事を示しています。
しかし、神様は、それで終わりにせず、マラキ書1章6節にあるように、必ず、「子が父と向かい合う」(神=父と人間=子の関係が修復できる)ことができるように新しい契約、イエス・キリストを私たちに与えてくださったのです!

新約聖書のメッセージも期待しましょう!!

マラキ感想 I (Kent)
2017-09-24 12:32:42
旧約の終わりに入って一番大事なポイントはいくつかありますが、何よりも大事なのは、「自分にしてほしい事を相手にしなさい」という、旧約聖書の教えの要点です。クリスチャンだけではなく、人間は、お互い磨き上げながら成長します。時には自分にとっては損をするから嫌だなと思う時もありますが、神様は、「自分を愛するように人を愛しなさいと」命じられました。この事は言う易し、行なうは難し、物凄く難しい事だと思います。愛というのは、自分で言うのも恥ずかしいですが、「受ける事ではなく与える事」僕はクリスチャンンだと自分で名乗る限り、人に愛を与える事が出来る者になりたいと思っています。日々、主に祈り、聖霊に満たされ、進んで行きたいと思います!
マラキ感想 II (Kent)
2017-09-24 12:45:37
マラキ書の中でも特にこの箇所は、多くの教会や、クリスチャンの間でもよく話題になります。献金に関してです。ある統計によると、実際に十一献金をしてるクリスチャンは、プロテスタント教会全体の6%だけなのだそうです。この献金に対しては様々な意見がありますが、今回のメッセージを聞いた結果、そのほとんどの論議は間違いだと言う事が分かりました。実は献金は旧聖書が教える献金は十分の一ではない事も分かりました。何故神様は、クリスチャンに献金の事を話したかと言うと、お金にその人の本音が現れるからです。その人が人生において何を優先してるかは、その人のお金の使い方で分かります。聖書には天国や地獄と言った喩え話しよりも、お金に関する話しが一番多いそうです。この世で、見えるものの王様はお金であり、見えないものの王様は、主なるイエスキリストです。イエス様は、お金と神を同時に愛する事は出来ないと、はっきり言っておられます。実はお金は私達のものでは無く、神様からの預かりものなのです。即ち、いくら献金をしたら良いのかと言う問題ではなく、献金を捧げる人の心を神様が見ておられます。神様は、献金や捧げ物を通して、私を試しなさいと言っておられます。神様はクリスチャンに必要なものは与えて下さると約束して下さっています。献金は僕にとっては大切なクリスチャンの生き方の現れでありますので、僕の人生における経済そのものを、神様の栄光の為に使いたいと願っています。
旧約を終えて (Mu)
2017-10-06 08:27:55
旧約最後の書簡であるマラキ書。旧約聖書の総決算としてのこの書が、どのように終わっているのか。これがわかっていないと、次の新約に進めない、今までの学びの結論にも至らない、と言われたものの、私もマラキ=献金でしかなく、今回の宿題のような視線でマラキ書を読んだことはなかった。 旧約の最初、創世記では、「聖書は「光」で始まり「光」で終わる。しかし、創世記は闇と死で終わる」と学んだ。そう、聖書は神様の栄光の光であるシャカイナグローリーで始まった。が、すぐに闇になってしまった。そして旧約の最後、神様は「破滅をもってこの地を打つことのないように」と呪いにも似た言葉で締めくくられる。第一の書、創世記の終わりに繋がるように感じる。 これは、神の民としてのアイデンティティを喪失し、霊的盲目状態にあったた当時のイスラエルの民に対しての言葉であり、また終末時代の今、同じように無自覚で「形だけクリスチャン」を生きて(?)いる現代の私たちに対しての警告でもある。 最初の光がすぐに闇になってしまったように、人間社会も律法も「すべきではない」という限界に目をくらまされ、真の「光」を見失ってしまった。しかし、神様はそれでも私たちを「子」と呼び、愛し、一緒にいると言い続けてくださっている。光を求めよ、愛が必要なのだと。人は創造主たる神様と離れては、生きてはいられない。本来切っても切れない神様との関係に戻り、礼拝し、愛を回復させてこそ、ほんとうの意味で生きる。それが真の光であるイエス様に出会うこと。イエス様と共に歩んで、闇から光の人生を歩むことができる。 マラキ書ってすごい!聖書ってすごい!!と実感した(毎回?)旧約最後の学びでした。100%の私の人生を献げて、イエス様を待ち望みます。光の子として生きるために。
忘れないで (Yuka)
2017-10-17 08:35:13
マラキ書は、旧約の最後の書簡ということ以外、実はあまり知らなかった。本書はいきなり、「わたしはあなたを愛した」「え?愛してくれましたっけ?」などという、正直ビックリすぎる内容で始まっている。4000年もの間、神様は人間と神様の関係を回復しようと色々与えて守ってくださったにも係らず、結局人間は、何一つそのことを覚えていないという、何と悲しい結果(現実)!!

ありとあらゆる苦難と危機から人間を助け、何度も何度も赦してくださった神様に対する、あまりにも酷い仕打ちである。そんな恩知らずの人間を、それでも助ける為に、最後の最後の手段として、イエス様の十字架を与えて下さった神様は、本当に哀れみ深いお方だと実感した。

4000年掛けて、努力や律法では人間は救われないという事が実証された。私達は、イエス様の十字架の犠牲、そして常に守られ、愛され続けている事を決して忘れないように生きて行こう。そして、常に感謝し続けて行こう!
神の嘆き (Takashi)
2017-10-17 13:28:18
今までマラキ書が、旧約から新約へと続く重要な書であるという事を知らずに、どちらかというとさらっと読み流していた。しかし、イスラエルに対する神の嘆きと、何故新約が必要だったのかという事が示されている、とても重要の書簡であることが良く理解出来た、

旧約聖書が「闇」から始まり、マラキ書の『呪い」で終わる。最初と最後の重要なメッセージ性を感じた。また、3章のバプテスマのヨハネの出現、黙示録、再臨、エリヤの出現等、新約につながる箇所が数多く書かれてあることを見ても、新約へつながる重要な書であることはよく分かる。

加えて、「ヤコブを愛しエソウを憎む」という箇所の、「憎む」という意味が、優先順序を示したものであることを知って、今までの違和感が取り払われた事も、私にとっては収穫だった。

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