Jerry Emma Laura

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Laura、、、セメンツァ博士が亡くなってもう55年だよ

2016年10月25日 | 毎日の話

パヴァロッティの曲を聴きながら、書棚から、彼に関する書籍(1993)を見つけ出し改めて読み返している。時間が経つのが早くて、次はジャンルの違うクリスボッティのCDが流れている。

Chris Bottiは、オレゴン州生まれのフュージョン界のトランペット奏者。もう54歳になったんだなぁと改めて思う。端正な顔立ち、今風にいえば「イケメン」、女性のファンが圧倒的にいるのは当たり前。ジャズマンとして、注目されるミュージシャンの1人だが、アルバムは全世界で5000万枚以上のセールスを誇り、すでにスーパースターだ。悔しいことに、グラミー賞も獲得し、「People誌」で「世界で最も美しい50人」に選ばれるほど、神は二物を与えずというが、明らかにミステイクの賜物。今、彼の2006年の「To Love Again, The Duets」を聴いている。バーのカウンターで何気なく流れるのが似合う音楽。「マスター。ちょっとボリュームを上げてくれない」なんて言って、バーボンなんかを飲みながら、(彼女との)待ち合わせの時間まで過ごす。そんな感じの音源。(源太郎には似合わないなぁ「おやっさん。熱燗もう一本」)

 

ところで、パヴァロッティの本の脇に古い記念出版の本を見つけた。源太郎の諸先輩(皆さん天国で酒盛り中)は、あの著名なCarlo Semenza さんの指導を受けた人が多かったが、その方々のエッセイをまとめた本だ。セメンツァ先生が他界されたのが1961,ott.30(ott.はイタリア語の10月の略)だから、今年で55年経ったことになる。きっと先輩たちは天国で難しい講義を聴講しているに違いない。そんな先輩が書き残したセメンツァ先生とのエピソードの一節を原文どおり記載してみよう。当時のことが生々しく伝わってくる。

 昭和31年のまだ御山谷に雪渓が深く残っている頃、立山越えでイタリアの世界的に有名なとても偉い博士を含む調査団が(御前沢)一泊するということで、その接待の準備について様々な注文を受けた。

 トイレは洋式に改造をという注文には、どうして良いか困った。というのは、当時現場では誰ひとり洋式トイレを見たものがいなかった。何しろ日本人のように、しゃがみこむことはできないので、腰掛けるようなトイレを作るようにとアドバイスを受けた。ベテラン大工の苦労が実り、ネズの木造りの洋式トイレが完成し和式の上に設置した。ところが洋式バスまでは気がつかなかった。

 日本人並みに風呂に入るものと信じていたところ、木製浴槽を洋式バスがわりに使用したので浴槽は真っ白に石鹸の泡だらけとなり、シャワーやかけ湯もなかったので三助担当は大忙しであった。二人目以降の入浴の際は浴槽を洗い流し、水を張り替えて薪を焚く等、みんな力を合わせ風呂焚きに忙しい思いをしたものだった。

 セメンツァ博士は高齢と聞いていたので、上下山の際、大井川の川渡しに使用した四人担ぎの台を作り待機したが、不機嫌の様子であっさり拒否された。後で聞いたことによると、博士はヨーロッパのアルプス山岳会の所属の登山家でもあったことから、真に失礼なことをしたものだと後悔した。一方博士の助手でまだ若い大柄のペルギンス氏の方が、雑木を杖代わりに足を引き摺りながら、大きな豆をつくって歩く姿を博士から叱られていた等、懐かしく思い出されます。

時代を感じますね。そんな本を読みふけっていると次はこんなCDが流れている。


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