「じぇんごたれ」遠野徒然草

がんばろう岩手!

初吹雪の日&修学旅行

2011-12-05 18:59:30 | 思いで

 前日は強風が吹き荒れ、一夜明けると吹雪の朝を迎えましたが風雪は日中も止むことがなかった一日でした・・・

 

我家の庭から

 

矢崎、松崎方面

 

 

 

風の丘の下辺りから・・・

 

 

 さて、毎年、今時期は高等学校の修学旅行シーズンとなっております。

 遠野高校に通う二女(2年)も先月30日から今月4日までの4泊5日の日程で主に京都、奈良の関西方面へ修学旅行に出掛けておりました。

 初日は新幹線を乗り継いで広島までの行程で2日目から関西ということらしいですが岩手の県立高校の場合、ほとんどが京都、奈良の関西方面へが定番となっております。

 ちょうど関西方面は紅葉の頃で景観的には良い感じなのかな?私が高校生の頃は春3月で春休み期間中、2年生から3年生へ進級直前の頃で、関西は桜こそ咲いてなかったけど梅が咲いて、随分暖かいと感じた記憶があり、花巻で夜行列車を降りたら辺り一面雪景色で、随分とそのギャップに驚いたものです・・・

 

 お土産

女の子らしいといえば、そんな感じですが、ほとんどチョコ関連で占められている・

 

 広島の名物は「紅葉饅頭(もみじまんじゅう)」・・・ちょっとネタ的には古いですが、定番なお土産なはず?

 紅葉饅頭がないな?と思っていたら戦艦大和のパッケージが紅葉饅頭とのこと、  本当に欲しかったお土産ではないけど、オヤジの言葉を覚えていて、それで買ってきたということで一応、満足しております・・・

 

 オヤジの頃は4泊5日だったけど、当時は東北新幹線開業前で特急列車(やまびこ?)で花巻駅から乗って東京上野まで約6時間ちょっと、山手線に乗って東京駅まで移動して東海道新幹線で京都まで?大阪だったかな?いずれバスで奈良に移動して観光して宿は京都だったような?翌日は自主研修でクラスの班単位で京都市内を観て回り、翌日は京都の清水寺や平安神宮、嵐山・・・といった観光地を回って宝塚に移動して、宝塚劇場で何組だか忘れたけど「風と共に去りぬ」を観劇した記憶が・・・。

 4日目は姫路まで移動して姫路城を観て、大阪から新幹線で東京へ・・・。

 上野駅で結構時間があって、首都圏に暮す兄姉や叔父叔母、従兄弟・・・と皆さん、面会する時間があって、私も従兄弟と会った記憶があります。

 携帯電話もなく暇つぶしにメールも出来ないし、ゲームだってなかった時代、何をして時間をつぶしたのか記憶がないですね・・・

 そして専用列車かな?4泊目は夜行列車で帰途へ・・・座席が対面式で背もたれが直角なやつで、当然、熟睡なんかできるはずもなく、床に新聞紙を敷いて寝ていた強者もおりましたね・・・中には女の子もおりました・・・

 夜通し、トランプをしておりましたが、流石に夜明け前にはダウンしておりました。

 

当時の写真・・・汗

 

 京都での自主研で同じクラスの女子生徒で京都の大学生だったか?社会人と文通していた同級生がいて、彼女の班はその文通相手の車で観光地巡り、門限に帰って来なくて随分と先生方が騒いでいた記憶も・・・女の子の方が当時は度胸があるというか大人だったかもしれませんね・・・汗

 それと陸上長距離の同級生は京都での全国大会を経験しているということで・・・?・・・彼等は不参加でしたし、当時の遠野農業高校もそうですが遠野高校のソフトボール部は県下の強豪で、東日本の選抜大会?その関係でソフト部の女子生徒も参加してなかったような・・・?

 まっ、とにかく我家の子供達の修学旅行、これで全て終わりということで、しばらくオヤジの頃の修学旅行のことは思い浮かばないものと思いますね・・・

 

 

 

予てより、お知らせいただいたおりました釜石線でのこと・・・

 

ついでに・・・

 

 

お目当ての列車

 

DE-10

 

花巻から遠野駅までレール搬送とのこと・・・。

 

 

場所の設定ミス・・・汗

 

でも、晩秋の頃は凄く絵になりそうな雰囲気、今回は失敗ですが、それでも良い場所を見つけたということで収穫がありました・・・

 

DE-10は12/9も花巻〜遠野を走行いたします。

遠野駅到着 9時50分頃

遠野駅発車 11時25分頃

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懐かしのローカルCM

2011-11-21 18:54:03 | 思いで

                               今季、2度目の降雪・・・

 

 

大地を薄らと雪化粧・・・!

 

 

 

 

そして何よりも寒い1日・・・

 

 

こんな寒い宵・・・ふとっ、何気なく思い出すことが・・・

 

 

 

岩手川60秒CM

 

懐かしい岩手の銘酒のCM

 

私が少年時代から、社会人になっても、しばらく岩手では流れていたCM!

 

他に懐かしいというか思い出に残るCMといえば・・・

 

 

岩〇電気・・・

こちらはテンポ等が何度か変わってはいますが、健在です・・・。

 

 

私が高校生の頃かな、もっとローカル色が強くて昭和のCMという雰囲気抜群でした・・・

 http://www.youtube.com/watch?v=7TN5EE5J2w0&feature=related

 

そして・・・

大震災から復活を遂げた水〇酒造(陸前高田)の銘酒

http://www.youtube.com/watch?v=LJ3g7kfVg_s

 

息の長いCMで、私が中学生頃から大震災が起こるまで数十年、変わらずの映像だったような?

 

岩手ではないけど、おまけ・・・笑

 http://www.youtube.com/watch?v=JavZBvrbVzI&feature=related

 

 

 

 

冬将軍到来・・・色を失いつつある風景となりますが、それでも小春日和の日もあるはず、そんな日がありましたら初冬の遠野の風景をお伝えできれば・・・と思っております。

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青葉城恋唄 1978

2011-02-27 19:48:52 | 思いで

 

青葉城恋唄 (さとう宗幸)

  音が画像より遅いかな?・・・いずれあまり良い動画がなかった・・・謝

 

 

 サブのPCでのエントリー含め、やはり新規画像等の添付に思いのほか難儀することがあって、ちょっと手抜き的な内容ではありますが前回の1978年ヒット曲での続き、個人的な思い出の曲ということで、学園テレビドラマでの「仙八先生」こと、佐藤宗幸さんの青葉城恋唄をどうぞ・・・・・。

 佐藤さんは仙台でのローカルテレビでの夕方の放送のパーソナリティーをされているようで、時折、岩手の番組にも週一で顔を見せておりまして元気な姿を見るのが楽しみでもあります。

(TV岩手、5きげんテレビ)

 

 

 思いのほか、春の足音が強く聞こえた感じの如月、2月・・・

我家の庭から・・・

雪もたいぶ融けてきております。

 

ネネも時折、散歩出かけようか?・・・と起きている時間も長くなったような?・・・・?

 

やっぱりニャー〜・・・もう少し寝ようっと・・・汗

 

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1978春、微笑がえし

2011-02-26 15:59:59 | 思いで

キャンディーズ 微笑がえし

 

 私が高校3年になろうとする春、「普通の女の子に戻りたい・・・」と解散したアイドルグループ「キャンディーズ」。

 大ファンではなかったけど、ひとつの青春の何かが終わったという思いが少しだけした記憶がある。

  また、何か新たに始まった微かな思いもしたのも事実であった。

 若い頃聴いた昭和の歌、青春の歌、その代表的な歌が個人的ながらキャンディーズの微笑がえしなのかもしれない。

  彼女等の容姿、歌声は、私の中では少しも色あせしていない。

 後楽園球場で解散コンサートがあって、無論、岩手から私が行くということはありえないのですが、テレビのワイドショーか何かをみて涙した記憶が・・・。

 

 関東では春一番が吹いたらしい・・・ヒット曲「春一番」と最期の曲「微笑がえし」が今時期、早春のイメージソングとして今でも思い出す曲である。

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境内は薄雪化粧

2010-12-10 18:09:38 | 思いで

  今時期の降雪は別に珍しいわけでもないですが、まだ本格的な雪化粧もほとんどないに等しい気候で、少し面食らっているというか、何処かで安心しているというか、とにかく変な気候が続いていて、何をするにも色々と考えてから・・・そんな昨今となっている。

 

 そんな朝は勤務地で迎えましたが積雪が3センチ程、太陽も顔をのぞかせていたので、帰宅する頃は雪も融けだすか?と思いながら、家路を急いで帰宅するや菩提寺へ・・・・。

 

逆光を抑えつつ、陽に光る雪がついた木枝を狙うも、イマイチ・・・汗

 

屋根の雪が融ける前に・・・と思うもやはりダメでした。

 

陽が遅く当る場所では・・・

 

薄化粧といったところ・・・。

 

 本日は妻の叔父(厳密には妻の叔母の旦那さん)が荼毘に伏される日、午後からの案内を受けておりましたが、薄化粧した菩提寺境内を軽く散策しながら、己の汚れを落とすかのように・・・汗・・・・。

 小生の亡父は、地元鹿子踊りや神楽舞の大夫を長年しておりました。

 また妻の叔父も芸達者な御仁で地域の神楽舞の大夫(太鼓)の師匠でもありました。

 私の親父が亡くなった日は、今日のような雪で薄化粧した日でもあり、また妻の叔父が荼毘に伏される日もまた同じような日でもあって、何かの因果といいますか、共通する何かがあるのだと勝手に思ったりもしております。

 妻の叔父の遺影は半纏姿で神楽の太鼓を叩いている最後の雄姿とか?地元で喧嘩したままの二つの神社の権現様を仲直りさせた日に最後となる大夫の姿を見せた写真だったと聞くと、なおさら目頭が熱くなるのを覚えました。

 地域の宝がまたひとつ消えた瞬間でもありますが、残された方々で地域の郷土芸能を盛り上げて行かれることをご期待しております。

 

 

 

 

  故人の娘さんと嫁さんは従姉妹同士、その娘さんの旦那が小生と高校時代の同級生で4月に福島の高速SAで偶然に再会しておりますが、本日は空き時間に夏に開催された高校同窓会の模様やら同級生の知っている限りの近況などを教えたりして、懐かしく昔なんかも語ったりもした。(彼は同窓会は欠席)

 正月2日は帰省する予定とかで地元同級生達によるプチ同窓会にお誘いしましたので、同級生の皆さま、よろしくお願いします。

 中学は柔道部、高校はバレーボール部、早瀬町出身・・・北上市在

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オヤジの「ですこ」黄金時代

2010-05-29 19:07:18 | 思いで

 毎年のことであるが、田植え前後の季節は少し肌寒い日がありますが、それでも今年は少しいつもより寒いような・・・朝晩はストーブやコタツの復活となっている。

 心配されるのは冷害、凶作であろう・・・なんとか天候の持ち直し、自然の恵みが秋の収穫期にありますように・・・と祈るのみである。

 

 ということで、まずは昨日の花っこ画像の続き・・・汗

 

 

 

 

 

 青春時代、1970年代後半から80年代前半に流行ったディスコソング、ちょっとダンス感覚が鈍かったので踊りは得意ではなかったが、聴く分にはたいへん楽しませていただき、当時の愛車マツダコスモのカーコンポからは「アラベスク」「ボニーM」「アースウインドファイヤー」「ビージーズ」「シック」・・・等の有名処がいつも流れていた・・・汗

 懐かしさもあってか、今も時折、「アバ」や「アラベスク」・・・のベストアルバムCDは常に愛車の中でスタンバイしております。

 別に英語の歌詞を理解していたわけでもなく、口ずさんでも適当で発音とか全く無関係でしたが、気分だけでも高揚でき、ひとつの青春の思い出ということになりますね・・・・。

 

 

70's - 80's Disco music 51 mix

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思い出の愛車

2010-01-31 18:30:26 | 思いで

ついこの間、正月を迎えたと思ったら、1月も31日・・・

早いものである・・・と年々時の速さを感じながら・・・・

ちょっと探し物があって、色々と部屋の中を物色していると・・・・

 

目に止ったちょっと古いアルバムを発見・・・。

 

 社会人となり、さらに結婚して何年かの写真の中に歴代の愛車をみつけて、懐かしさに浸っておりました。

 

1980年

 

マツダコスモ(中央)

 県立遠野病院が新穀町(現とぴあ)から松崎町白岩に移転したての頃で、遠野バイパスが新張(JA生活センター)から遠野病院までの僅か100数十メートルのみ開通していた頃・・・・幼馴染の同級生3人とゴールデンウイークに再会して記念撮影をしたものと思われる。

 左はトヨタコロナ2ドアハードトップ2000GT(T100型)

 右は日産ブルーバードU2ドアハードトップ1800(SSS)

 そして中央は我愛車でマツダコスモAP2ドアクーペ2000カスタム(レシプロ)

 

1982

マツダコスモ(3代目) 

2ドアHT2000XGS(レシプロ)

 当時、付き合っていた彼女に振られ・・・涙

 気を紛らわすべく衝動買いしたコスモ2ドアハードトップ・・・汗

 前愛車のカーローンが残1年程、下取り分がそのローン残金へと消え、まるまる諸費用含めで全額借金、まさに車地獄、車沼・・・大汗・・・。

 でも、後半部分は少しは貯金もできていたような・・・・天下の農協から年末払いの3年払いで借金、親父が組合員でもあったので、少し農業収入等でも助けられたのも事実であった。

 リトラクタブルヘッドライト(ヘッドライトは普段は格納)の採用とメーター類は液晶デジタルで自分的にはカッコ良いと思ってました。

 

 画像は「たかむろ水光園」にて・・・。

当時から風呂好きであったことがうかがわれる・・・笑

 

 

1985

日産セドリック4HT2800ディーゼルSGL(430型)

 憧れであったセドリック・グロリア・・・人気の430型で白色のセドリックがあるという情報で某販売店へ・・・2800ディーゼルで力も強く、ガソリンに比べれば軽油は安価で経済的のふれ込みで気持ちがグラッと・・・汗

 後日、茶色を白に塗装した車と判明するも、相場よりは安くするということで中古で購入・・・・。

 当時でいうハイオーナーカーの仲間入りで気分はウキウキ・・・が・・・手元に来て3日でタイミングベルトが切れ、電気系統の故障が相次ぎ、修理費が嵩んで金食い虫状態・・・。

 買って半年後くらいに嫁さんと知り合い色々とドライブ等に行くも、いつ車がイカレルかと心配しながらのドライブであったことを思い出す。

 

画像は嫁さんの実家にて・・・汗

 

 

1987

日産セドリック4ドアHT2800ディーゼル エクセレンス(Y30型)

 結婚して半年後についに前車を手放すことに・・・・。

 まだまだ人気の430系ということで、茶色を白色に変わっていること、トラブル続きにも関わらず、案外良い値で引き取っていただいた記憶があります。

 新婚当初から車のローンを抱え、しかも実家から出てアパート暮らしも始めてましたので、生活は苦しかったが正直なところ・・・汗

 Y30系のセドリック・・・今でも時折、車で走っている夢のシーンに出てくる愛車でもあります・・・笑

 

 

 別に車で見栄を張らなくても良いのにと今は思いますが、当時は何故か車がひとつのステータスみたいな考えがあって、つい無理をしていました。

 社会人となり、さらに結婚して数年・・・連続10年くらいは車の借金払いが収入の大半を占めていたといっても過言ではありません。

 もちろん今はそんな余裕もなく、間もなく10年となる車を、まだまだ乗り続けるつもりでもあります。

 若い時の思い出、苦しかったけど実は楽しかったも本音で、色々と思いだされた一日でもありました。

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ふりかけ最高 (・ω・)bグッ

2009-05-27 19:00:01 | 思いで
 夕方に自宅周りの草刈作業を行う、大した面積ではないが久し振りということで、たいへん疲れた・・・・。
 一番風呂に入って汗を流し、普段はしない晩酌ながら本日は350缶を1本いただくも、どうも食欲がイマイチ・・・。

 こんな時は、これに限る・・・・




 ふりかけである。
 特に「のりたま」は少年の頃から食べ親しんだ変わらぬ味、熱いご飯にタップリと・・・・食欲のない朝、おかずがちょっと・・・という時はこれに限る・・・。


 丸美屋の「のりたま」
 1960年(昭和35年)発売・・・なんか誰かさんと同じ年輪を重ねているような・・・汗
 「のりたま」は商標登録されているれっきとした名称、他社は同じような商品でも「のりたま」の使用はできないという。
 「のりたまご」とか「たまご」という類似名で対抗しているようですが、やはり「のりたま」の名は不滅でもあるようです。
 親父になった今でも美味しいと思ってますから・・・・笑


 さらに画像では「味道楽」・・・こちらも丸美屋のふりかけ・・・これもなかなか美味い、できればもうひとつ「すきやき」というふりかけがあるが、これも揃えておきたいところです・・・笑
 
 子供の頃、おかずがなくてもふりかけで美味しく食べた記憶、親父になっても忘れられぬ味で今も大好きである。


 しかし何かおかずが欲しいということで、ワラビの煮付け・・・。
 これも最近ほぼ毎日食べている・・・






 そういえば昔、ふりかけにエイトマンのおまけシールが付いておりました。
 家を建て替える前まで10数枚あったような・・・はて・・・?・・・何処に仕舞ったのだろう・・・・

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網張へ

2009-05-25 19:50:54 | 思いで
 本日も藩都、不来方の藩立養療所へ・・・・。

 用向きが終わると、何を思ったか車を雫石方面へと走らせていたが、若き頃の思い出多き、雫石町の網張にでもドライブと久しぶりに洒落こみました(お洒落な内容ではないのですが・・・汗)


かつての小岩井有料道路料金所があったところ(第一の料金所)



 小岩井農場を過ぎ、しばらく走ると第二の料金所がありましたが・・・その場所




 小岩井農場から網張温泉スキー場までの間に料金所は確か3箇所あったと記憶してますが、第3の料金所は昔の岩手高原スキー場(ペンション村入口)付近にあったと思う、しかし料金を支払うのは最初の2箇所だけだったような・・・・。


 ということで、網張スキー場は当時、岩手山麓国民休暇村と呼ばれた宿泊施設でしたが、現在は休暇村岩手網張温泉というらしい。
 この施設に幼馴染で同級生が就職しており、この同級生を訪ねて時折、網張に遊びに行っておりました。
 また、やはり小生と遠戚で松崎町駒木出身で一つ上の女性も勤務していて行きやすい環境ではあったのです。
 他に遠野出身の方々が数名居りました。

 実は当初はスキーではなく、冬以外の季節に遊びに行っていたのですが、間もなくスキーにハマって毎冬通うことになります。

 小岩井有料道路利用は往復の料金がかかるのですが、小岩井農場と雫石スキー場との間に一般道路があって、こちらを利用すればお金がかからずも、スキー場があるという環境で大雪地帯、当時FR車の愛車では行き着けずという事態もあって、行きは有料道路、帰りは一般道としておりました。

 その後、いつ頃からですかね、1980年代後半?には有料道路が廃止になりました。



御神坂駐車場


 同級生を訪ねて網張へ行く際、少し時間的に早いという場面もあって、その際は途中の御神坂駐車場で昼寝をしたり、カーラジオを聴いて時間調整をしておりました。・・・冬は駐車場が雪で埋まって入れず・・・。

 また、今の職業での初任教育で長期研修中に矢巾町の南昌山と岩手山登山がカリキュラムに組まれており、岩手山は滝沢村の馬返しから登り、下山は此処御神坂口へと下りて来て、何度か昼寝をしていた場所と判ると何故か妙に恥ずかしくなったりして・・・笑

 その思い出のひとつも、今から3年程前(平成18年夏)に岩手山からもの凄い土石流が発生、駐車場はもちろん、道路を寸断、さらに下方へも甚大な被害に見舞われた。




 さて、高原道路といいますか、爽やかな風や新緑の景色に触れながら進むと・・・・



 岩手高原スキー場

 以前はもう少し先に岩手高原スキー場があったのですが、以前のスキー場は今はコースに木々が生い茂り、僅かに廃れて錆びたリフト等の残骸が草の中に埋もれている状態でもありました。(画像なし)

 岩手山は半分雲に隠れてましたが、徐々にその姿を現しはじめておりました。



休暇村、網張温泉館(別館)



 当初の建物で小生が通っていた頃は別館と呼ばれていた。
 古い建物ながらも趣があって特に温泉は昔ながらの雰囲気で最高であった。
 白濁色で強い硫黄の匂いが、なんとも効きそうな温泉という思いにさせたのが此処の湯っこでもありました。

 増改築等がなされたみたいで外観上は当時の雰囲気とは違っておりました。



 こちらは本館



 こちらも何やら遊歩道みたいなものが作られておりました。
 なんでも山中の露天風呂等に行く道とか・・・。



休暇村網張温泉本館


 

網張スキー場




 岩手山登山用のリフトの稼働点検中か?こちらからのコースが一番手強い岩手山ルートだったはず・・・?



上部のスキーコース


 向って左端のコースがスラロームパーン・・最大斜度37度、スキーに夢中だった頃は、不整地でなかなか厄介なコースでした。

 隣2つは白樺スロープ、最大斜度28度、適宜な斜度があって、よく滑ったコースでもありました。

 今は怖くて滑れないものと思われます。



休暇村本館とスキーハウス


 手前のスキーハウスは木造の山小屋風でした。


網張からは秋田駒?が間近にみえる。



 折角来たのだから温泉を堪能したいところですが、やはりサウナ付という小生自身のスタイルがあって、止めにしました。
 また同級生は未だに此処の施設の職員として頑張っていたはず、しかし数年前もそうでしたが、彼の休みは月曜日だったと記憶しており、また仕事中にお邪魔しても迷惑だろうと判断して帰途に着きました。

 途中に網張温泉ありね山荘という施設がありましたが、こちらもパス・・・しかし帰宅してから調べますとサウナもあるとか…失敗しました・・・汗・・・次回の候補としたいと思います。




 
 本日のランチ・・・。

 スキー場通い往復の道路沿いながら一度も入店したことがありませんでしたが、意を決して本日入店。




 盛岡市内の支店には一度入ったことがありましたが、支店の味が小生好みでなかなかでしたので期待大といったところ・・・。







 やはり美味い・・・
 小生好みのスープ、そして辛味のキムチ・・・これもクセになりそうな盛岡冷麺・・・美味い。 




 小岩井界隈といえば・・・・

 誰が呼んだか、名付けたか?・・・・笑

 
 ひとよんで・・・○づくり村・・・大汗




 白い恋人達も炎の如く・・・・



 最後の締めがこれでは・・・・

 秀峰岩手山も許してくださるはず・・・ようやくその全貌が見えました。




 雫石町長山辺りから・・・。
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釣りキチ三平の郷

2009-05-09 19:11:45 | 思いで
 本日も晴天也・・・世間一般でいうゴールデンウィークは終わりましたが、当直を終えて帰宅しますと嫁さんが休みというこで、連休期間中は何処へも行けなかったこともあり、急遽、何処かへ出かけてみるか?ということで、数日前に何かのテレビ番組でチラッと観た記憶を元に西の方角へ一路車を走らせました。


カマーと共に・・・。






 さらに西へ・・・・
 奥羽山脈を越えて陸奥国から出羽国へ・・・・。




 でっ、目的地到着・・・。




 
 此処です・・・笑




 秋田県横手市にある「まんが美術館」






 入場料、大人一人1千円前後を覚悟するも、なんと入場無料・・・・驚・・・今時、凄いことだと感心せずにはいられませんでした・・・喜






 さて、横手市増田(旧平鹿郡増田町)は、漫画家 矢口高雄先生の故郷ということで、矢口先生の代表作「釣りキチ三平」がメイン的なイメージキャラとなっているようです。

 釣りキチ三平は少年時代の矢口先生が釣り好きだったそうで云わばモデルといっても過言ではないキャラですが、そういった意味では「釣りキチ三平」すなわち主人公の三平三平(みひらさんぺい)少年の故郷ということになります。

 1973〜1983までの10年間、「週刊少年マガジン」「月刊少年マガジン」で連載され、人気漫画のひとつになり、後にテレビアニメ化されたり近年は実写版の映画にもなり、未だに根強い人気を誇っている。


 小生は漫画そのものを購読してはおりませんでしたが、床屋(理容店)さんに行くと週刊少年○○○といった雑誌が必ず置いてあって、まとめて読んておりましたし、この釣りキチ三平だけは単行本で10冊程買って持っておりました。
 少年の頃、渓流釣りが大好きで釣りキチ三平がひとつの釣り参考書みたいな存在であったこと、今も忘れておりません。
 
 小生が高校生の頃の話しでもあります・・・汗





 まんが美術館そのものはこじんまりとしたコーナーといった感じですが、地元のご出身、矢口高雄先生のコーナーを皮切りに、国内漫画家の先生達・・・手塚治虫、千葉てつや、水木しげる・・・等・・・巨匠の方々を含む先生方の紹介と一部作品が展示されております。

 結構見応えがあり、各作品の単行本も置かれ、静かに読むこともできるようです。

 いずれ漫画ファンにはたまらない施設かと思います。






 施設内で見つけた遠野・・・・笑





 ただ固いだけの遠野物語発刊100周年を知らせるポスターでは味気ないと思ってましたが、水木しげる先生の漫画が入ったポスターもあったとは・・・遠野市の担当もなかなかやりますな・・・笑



 折角秋田県横手に来たということで、昼食は・・・横手名物「横手やきそば」をいただく・・・。

 どのお店が美味しいとか、事前調べは未実施ながらも街中の食堂の方がいい味だしているのではないのか?・・・と考え、駐車スペースがあるとあるお店へ入店してみました。








 名物だけあって確かに遠野辺りで食べる焼きそばよりはなかなかいい味でもありました。
 ソースが違うのかな?・・・まずまずな内容ということで、少し満足といったところです。



 帰りは、湯田の峠山?・・・いつも秋田道を走行する際は立ち寄る「錦秋湖SA」でしばし休憩・・・。
 小生一人のみ、温泉を堪能する・・・汗




 出羽国横手(秋田県横手市)といっても高速道を使えば遠野から2時間弱で到着いたしますし、近くには温泉もあって、まんが美術館でも観て、やきそば食べて、温泉に入って・・・こんな一日を過ごすのもよいかもしれませんよ。

 秋田ふるさと村もありますし、歴史好きには「横手城」や「後三年の役」関連史跡もありますしね・・・・。
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