Good News

その日の説教で語られる福音を、ショートメッセージにしました。毎週更新の予定です。

1月29日のGoodNews

2017年01月30日 | Good News
「福音を宣べ伝える者たち」(マタイ福音書4章18〜25節)

イエスさまが最初の弟子たちを召された物語です。彼らの名前は、シモン・ペトロとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ。4人ともみなガリラヤ湖で漁を生業としていた漁師でした。イエスさまはまず、ペトロとアンデレの兄弟が湖で網を打っているのをご覧になり、二人に声をかけました。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」。すると、二人はすぐに網を捨ててイエスさまに従ったと言うのです。いかにもペトロらしい即断のような気がしますが、ここで「すぐに」と書かれているのは、必ずしも時間的な短さを表しているのではないでしょう。二人がそれまで背負って来た重荷や思い煩いの一切をかなぐり捨てて、イエスさまにすべてをかけて従ったその姿勢を「すぐに」という言葉で表現したのだと思われます。同じように、イエスさまが続けて声をかけられたヤコブとヨハネの兄弟も、「すぐに」イエスに従いました。彼らの父親もまた漁師でしたが、二人は父親と舟を残してイエスに従ったのです。自分の仕事を継いでくれるものと期待していた父親にとってはいささかショックだったでしょうが、それでも二人の息子たちはイエスさまの呼びかけに応えることを選んだのです。このように、「わたしについて来なさい」という主イエスの招きに応えることを<召命>と言います。

「あなたには召命観がありますか」とは、牧師を志す神学生なら何度も繰り返し問われる質問です。この質問は、牧師になってからも絶えず問われ続けることになります。となると、<召命>は自分とは関係ないと思われる信徒の方もいらっしゃるかもしれません。しかし本来、召命とは、すべてのキリスト者に起こる出来事なのです。なぜならキリスト者とは、キリストの眼差しを注がれ、キリストによって名前を呼ばれ、その御声に聞き従った者に他ならないからです。「わたしについて来なさい」というキリストの御声に!

「私は罪人でいつまでたっても弱く愚かな人間ですが、それでも何があっても最後までイエスさまにしがみついて離れない、イエスさまにどこまでもついていく、そんな生き方をしたいのです」と、つい先日、ある方が話してくださいました。使徒パウロも、コリントの教会の人々に書き綴っています。「兄弟たち、あなたがた召された時のことを、思い起こしてみなさい。人間的に知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者、家柄のよい者が多かったわけではありません…神は、世の無に等しい者を選ばれたのです。それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。」(第一コリント1章26節以下)私たちはみな、キリストの憐れみと愛によって呼ばれ、召された者たちです。自らの誇りを打ち捨てて、ただひたすらに、愚直なまでに、キリストの招きに応え続けてまいりましょう。
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