Good News

その日の説教で語られる福音を、ショートメッセージにしました。毎週更新の予定です。

7月23日のGood News

2017年07月23日 | Good News
「十字架を担いつつ」(マタイによる福音書10章34〜42節)

イエスさまに対して、私たちはどのようなイメージを抱いているでしょうか?柔和で優しいお方、憐れみ深いお方、どんな罪人をも赦し愛してくださるお方、すべての人の上に平和があるようにといつも祈ってくださっているお方…そのようなイメージを持っている方が多いのではないかと思います。事実、先日の福音書の日課では、イエスさまが弟子たちを派遣されるに当たって、人々に『平和があるように』と挨拶しなさい(10章12節)と、勧めておられました。また、十字架の死から復活したイエスさまが弟子たちに現れて最初に言われた言葉も、『あなたがたに平和があるように』という挨拶でした。イエスさまは、私たちの心がいつも平和で満たされますように…と祈っておられるのです。

しかし、本日の福音は、そんなイエスさまが語られたとは思えないような御言葉です。「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対させるために来たからである。人をその父に、娘を母に、嫁をしゅうとめに…」。イエスさまに対して私たちが漠然と抱いているイメージをことごとく覆すような厳しい御言葉が、ここにはあります。これもまたイエスさまの真実なお姿です。イエスさまは、私たちの耳に甘く心地よい御言葉ばかりを語られたのではありません。こと信仰においては、決して一歩も引かず譲らない姿勢を示されました。

イエスさまは、さらに続けて言われます。「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない」と。人は誰しも自分を育ててくれた両親を愛し、また与えられた子どもたちを愛するものです。肉親の愛情というのは、たとえお互いの間に一筋縄ではいかないさまざまな葛藤を抱えつつも、決して絶つことはできないものです。憎しみながらも愛し、あるいは溺愛するほどまでに愛するというのが人間の性でしょう。しかし、それだけで終わってしまっては、イエスさまにふさわしくない!私たちの罪を担って十字架にかかられたイエス・キリストの愛には、ふさわしくない!と言われているのです。

それでは、私たちはどうすれば良いのか?然り、私たちもまたイエスさまのように、十字架を担うのです。それぞれが負わされている十字架から逃げることなく、しっかりと担って行く−自分の弱さ、醜さ、罪深さから目を背けることなく、むしろそれらをしかと見つめ、主の前で告白し、主の赦しをいただきながら、主に従って行く−たとえ親しい友から揶揄されようとも、愛する人から愛想をつかされようとも、イエス・キリストにのみ従って行く−自分の十字架を担いながら、主に従って行く。イエスさまが私たちに望んでおられることは、ただそれだけなのです。
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