Good News

その日の説教で語られる福音を、ショートメッセージにしました。毎週更新の予定です。

3月12日のGood News

2017年03月13日 | Good News
「あなたの望みは何ですか」(マタイ福音書20章17〜28節)


受難と十字架を目の前にしたイエスさまに対して、弟子のヤコブとヨハネは一つの願いを申し述べます。「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください」と。つまり、イエスさまがまことのメシアとしてこの世を治められる時、あなたに次ぐ地位と名誉を私たちに与えてください!というわけです。イエスさまが3度も繰り返された受難予告の直後にしては、あまりにも能天気な願いです。彼らには、イエスさまが大いなる愛と覚悟をもってこれから引き受けようとされている受難や十字架が、まったく見えていないのでしょうか?それとも、あまりにも辛くて悲しいので、敢えて見ないふりをしているのでしょうか?

いずれにしても、イエスさまは未だにそんなことしか祈り願えない弟子たちを放っておくわけにはいきませんでした。「あなたがたは、自分が何を願っているのか分かっていない」と、そう優しく教え諭されました。そして、続けて二人に語りかけられたのです。「このわたしが飲もうとしている杯を、あなたたちは飲むことができるか」と。「杯」とは、イエスさまがこれから味わわれる受難と十字架の苦しみを指しています。それゆえこの杯を飲む者は、イエスさまと同じように、他者のために血を流す覚悟がなければなりません。それがあなたにも出来るか?そう、イエスさまは問われたのです。すると、二人は即座に「できます」と答えました。本当かい?そんなに簡単に答えられるのかい?彼らの行く末を既に知っている私たちは、そう突っ込みを入れたくなりますが、少なくともこの時点では、彼らは本気でそう思っていたのでしょう。栄光の時、自分たちがイエスさまの右と左に座らせてもらえるのなら、たとえ苦い杯であろうと、どんな痛みや苦しみであろうと、甘んじて引き受けようではないか!と。そのような二人の熱い思いを、イエスさまも否定はされません。「確かに、あなたがたはわたしの杯を飲むことになる」と、おっしゃるのです。とはいえ、たとえそうだとしても、イエスさまの右と左に誰が座るのかは、イエスさまが決めることではない…それは、父なる神が決められることなのだ、と言われました。なんとなれば、十字架に死なれるイエスさまを引き上げ、復活させて、天の国の王座に座らせられるお方も神なのですから。神ご自身がお決めになることを、人が勝手に求め願うことはゆるされないのです。

イエスさまは、私たちにも常に問うておられます。「あなたはわたしに何を望んでいるのか」と。イエス・キリストの十字架以外に、何を望むことがあるでしょうか?キリストが、私たちのためになされた愛と赦しの御業の他に、何を望みましょうか?本当に必要なものはただ一つだけ。それを見失うことなく、歩んで参りたいと思います。
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