日々の覚書

MFCオーナーのブログ

ドリカム・アレルギー

2017年06月10日 22時16分28秒 | 音楽ネタ
ドリーム・アカデミー、ではない(分かってるって)

そんな訳で、今回のお題はDreams Come True(以下ドリカム)である。デビューは1989年だそうで、今年で27年、その間ずっとトップクラスの人気を維持し、一時は社会現象にもなり、ドリカムに影響されて音楽の道を志したアーティストも多いという。そういう点では賞賛に値する、と素直に思う。決して好きではないが(笑)

実は、僕はデビュー直後からドリカムを知っている。当時購読していた音楽雑誌の“今週のニューカマー”みたいなコーナーで、デビューしたばかりのドリカムが紹介されていたのだ。いつもなら、さらっと読み流して終わるのだが、ドリカムに関しては、何故かその名前をずっと記憶しており、彼らがブレイクした頃、あーあの時雑誌で見た連中だついに売れたのか、と思ったのを覚えている。けど、それだけ(笑)

もう10年以上前の事になるが、当ブログで、ドリカム批判って程でもないけど、ドリカムはどうも好きじゃない、あんなのどこが良いのか、というのをネタに記事を書いた事がある(こちらです^_^;) 不人気ブログにしては大きな反響があり、大勢の人からコメントを頂いた。賛同してくれた人、反論してきた人、よく言ったなぁと感心した人、これを聴けば考えが変わるからと音源を送ってきた人、等々反応は様々だったが、好き嫌いにかかわらず、ドリカムが世間の注目を集める存在である事が分かって、改めて驚いた。皆さんドリカムの事は、なんだかんだ言って、よく知っていたのだ。正に“国民的グループ”である。ドリカムと同様に、20年以上の長きに渡りJ-POPのトップに君臨するB'zでも、これほどの浸透度ではないだろう。テレビに出るか出ないかの違いだろ、と言われてしまえばそれまでだが(笑)

うむ、そういえば、25年くらい前、フジテレビ系のドリカムがレギュラーのバラエティ番組を、よく見ていた記憶がある。コントもやってた。結構面白かったな。だからと言って、決してファンだった訳ではないので念のため(爆)

ところで、最近「ドリカム・アレルギー」という言葉があるそうな。ドリカムはどうも好きではない、受け付けない、という人たちを、ドリカム・アレルギーと呼んでいるらしい。これだけの人気グループであれば、熱心なファンが多い反面、嫌いだという人がこれまた沢山いるのは当たり前で、そんなの昔から珍しくも何ともないのだが、何故今話題になるのか? あまりの人気者ゆえ、ドリカム嫌いなどと口にしようものなら、村八分にされ、就職も結婚もままならず、アパートも借りれず、クレジットカードも作れない、という暗黒の時代が長く続いた反動で、今になってアンチが声を上げ始めたのだろうか? って、そんな暗黒の時代あったのか?(爆) 僕、クレジットカード持ってますけど何か?(爆爆)

事の発端は、TBS系の『マツコの知らない世界』という番組だ。この『マツコの知らない世界』、なかなか面白いので、時々見てるが、マニアックな人たち(ほとんどは一般人ではなかろうか)が登場して、MCのマツコ・デラックスに自分の好きな物について熱く語る、という内容で、マツコの痛烈かつ無遠慮なツッコミに耐えたり無視したりしながら、切々と思いの丈を訴える出演者たちが実に健気で(たまに例外はあるが。笑)、ついつい引き込まれてしまう。元々こういうの好きだし(爆) 昔は深夜枠だったが、いつ頃からか、火曜日夜10時の放送になりはしたものの、内容自体は世間に迎合する事なくキープしているのは立派(笑) フリーズドライとかキャラ弁とかリカちゃん人形とかダムカレーとか、それぞれのマニアたちが披露する想いや蘊蓄がなかなかにめくるめく世界で、実にGoodな番組である(笑) そんな『マツコの知らない世界』に、ある日ドリカムの中村正人が出演して、「近頃、ドリカム・アレルギーの人が多い」と発言し、マツコ自身もドリカム・アレルギーである事を認めたことから、SNS等でドリカム・アレルギーという言葉が一気に広まったものらしい。

前述したように、僕もドリカムは好きじゃないので、ドリカム・アレルギーの一人という事になる。が、よくよく見てると、世間のドリカム嫌いたちがドリカムを受け付けない理由と、僕がブログに書いたドリカムが嫌いな理由とは、同じようでいて同じではない。彼ら曰く、ドリカム・アレルギーの原因はドリカムの曲の歌詞にあり、あまりにもポジティブでキラキラしてて前向きで明る過ぎるので、却って受け付けられない、という事らしいのだが、僕は、楽曲のレベルが低いのに人気ある、というのがドリカム嫌いの一番の理由であって、そこいらがちと違う。ま、大した事ではないが(笑)

ドリカムに限った事ではないが、最近というか、ここ十数年のJ-POPの歌詞って、似たような傾向にあると思う。確かに、「大丈夫だよ」「心配しないで」「きっと上手くいく」「信じる事が大事」「夢は必ず叶う」等々、意味も根拠もない、ただ単にポジティブな言葉を並べるだけ、というのが実に多い。どういう目的か知らないけど、皆を励まそうとしているのだろうかね(笑) 大きなお世話だが(爆) それと、「君の為なら強くなれる」「あなたといると優しくなれる」なんてのも多いね。上っ面だけの空虚な単語なんで、ちっとも響いてこないし。「立ち上がれ」「前を向いて」などと、鼓舞したり自立を促したりしてるようなのも目立つ。近頃の若者は、歌で激励されたり慰めたりして貰わないと、何も出来ないのか? 作る方・歌う方も、自分たちがみんなを勇気づけている、なんて、あぁ勘違いな妄想にとらわれているのだろう。

こんな感じで、使用する言葉が多少違うだけで、基本的には同じ内容の歌詞ばかりなので、結果的にはどれもこれも同じに聞こえてしまう。これ、聴く方も歌う方も大変ではないか? 同じ内容の曲ばかりだと、区別がつかなくて、歌詞を覚えられないのでは? なんて、どうでもいい心配をしてしまうが(笑)

こういう歌詞ばかりで、どれを聴いても作り手の個性・感性みたいなのが伝わってこないから、近頃のJ-POPはどれも同じで面白くないのだ、と僕は思う。今のJ-POPの作り手たちの大半は、グレードの高い作品を作る事より、聞き手の共感を得る事を狙っている。なので、前述のようなポジティブ・ソングか、そうでなければ、ミョーに独りよがりの世界ばかりが出回るのである。歌詞に深みがないとか、ドラマがないとか、そういうのは、聞き手の共感を得られないから作らない、或いはそんな作品は作れないので、安直にウケる方向に走る。必然的に、作者の特徴というか個性が薄くなるので、どれが何か判別しづらくなる。昔の曲に比べると、最近の曲は歌詞が覚えられないけど、それは決して、特定の世代の記憶力の低下によるものだけではない、と僕は思う(爆)

ついでに言うと、歌詞のみならず曲構成も、ここ20年ほどのJ-POPはパターン化している。ほとんどの曲は、Aメロ→Bメロ→サビ、という構成だ。スローな曲・アップテンポな曲、或いは、明るい曲・悲しい曲、という曲想の違いはあっても、曲構成は同じだがら、何曲か続けて聴いていると、どれも同じに思えてだんだん飽きてくる。バラエティ豊かなアルバム、というのは、曲想のみならず、曲構成・歌詞などの変化によってもたらされる、と思うんだけとね。これ、目立たないけど重要ではなかろうか。

と、話を戻してドリカム・アレルギーだが、そこまでドリカムの曲の歌詞がポジティブだとは思わなかったけど(暗い歌詞の曲も聴いた事あるような気がするし)、ドリカムが好きな人ばかりではなく、嫌いな人がいるのも当然で、ドリカム嫌いです、と公言してもいいのでないかと思う。ま、良い意味での多文化共生だね(違)ま、どうでもいい事ではあるが(爆)

個人的には、ドリカムって、それほど狙ってるとは思わない。中村正人はともかく、吉田美和は狙ってないな。あれ、自然とそうなってるんだろうと思う。中村正人にしても、結構マニアックで、楽曲のそこかしこにそんな嗜好が垣間見れるが、それはあくまでもマニアックな歓びであって、ウケ狙いとは違うものではないか、という気がする。あ、別にドリカムを擁護してるのではありませんので念のため(爆)
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マグニフィセント・セブン

2017年05月30日 23時18分39秒 | 映画
大物ミュージシャンの訃報が続いているが、映画界も例外ではない。ロジャー・ムーアが先日亡くなった。享年89歳。慎んでご冥福をお祈り致します。

ロジャー・ムーアは3代目ジェーム・ボンドとして知られている。1973年の8作目『死ぬのは奴らだ』から14作目の『美しき獲物たち』までの7作に出演し、出演数は歴代最多だそうな。ワイルドな雰囲気のショーン・コネリーとは異なる、知的な二枚目というボンド像を作り上げて、007シリーズ人気の長期安定化に貢献した。4代目以降のジェームズ・ボンド役の俳優たちは、ショーン・コネリーかロジャー・ムーアのどちらか、或いは両方をイヤでも意識せざるを得なくなってるらしい。ま、確かに、この二人のイメージ強いよな。

失礼ながら、正直言うと、ロジャー・ムーアは007でしか見た事ない。キャリアが長い人で、ショーン・コネリーよりも年上だった、ってのを聞いて驚いた記憶があるが、007以外の映画は全く見ていない。ただ、前述したように、人気のあった前任者から役を引き継ぐなんて、かなり大変で、出来れば引き受けたくないのでは、なんて思ってしまうが、結果的には違うイメージのボンドを作り上げてしまった、というのは凄いことだ。このエピソードだけでも、なかなかの人だったのだろう、という気がする。

所で、007シリーズだが、第1作『ドクター・ノオ』が1962年公開なので、もう55年も続いている訳だ(ちなみに、僕と同い年。関係ない?爆)。最新作『スペクター』まで24作、寅さんほどではないが、かなりの本数である。最初の頃のプロデューサーは、既に亡くなってるというし、『ドクター・ノオ』の監督テレンス・ヤングも、音楽担当のジョンバリーも、この世の人ではない。当時を知らぬ全く新しい人たちによって、007シリーズは存続しているという事になる。これまた凄いというか、何というか。

僕はスター・ウォーズ・シリーズは一本も見た事ないが、007シリーズは何作か見ている。が、『ロシアより愛をこめて』と『女王陛下の007』を除けば、どれも同じに思えて区別がつかない。だから、何作か見た事はあるが、何を見たか、が分からない(笑) 困ったもんだ(意味不明)。

スター・ウォーズ・シリーズは見た事ないけど、『荒野の七人』はシリーズ全部見てる。と言っても、全部で4作しかないけど(笑) ただ、これはちょっと珍しいかもしれない。スター・ウォーズ・シリーズを見た事がない、というのと同じくらいに(笑)

という訳で、『マグニフィセント・セブン』を見た(長い前振り)

ご承知の通り、『荒野の七人』のリメイクである。リメイクと言っても、基本設定は同じだけど、登場人物は全然違うし、リメイクと呼んでいいのかどうかは疑問。けど、無法者から村を守るために、村民がガンマンを雇うという設定も、ミッションを託すリーダーを決めて、その男が連れて行く仲間を集める導入も、村民たちは最初はガンマン達を敬遠するものの、そのうち一緒に戦うようになるという展開も、犠牲者を出したものの、敵の首領を仕留めてガンマンと村民チームが勝って、ガンマンたちは村を後にするというラストも、ほぼ『荒野の七人』と同じ。だけど、『荒野の七人』と『マグニフィセント・セブン』は似て非なる映画である。

いや、決して、僕自身が『荒野の七人』に強い思い入れがあるもんだから、リメイクを認めたくないんだろう、なんて事は全くなくて、それどころか『マグニフィセント・セブン』は実に面白い。終始映画を支配する緊迫感がなかなかだし、ガンファイトはオーソドックスだけど迫力満点。画面も綺麗で風景も美しく、最後まで飽きる事なく、時間の過ぎるのも忘れて見入ってしまう、極上のエンタテインメントだ。素晴らしい映画である。

デンゼル・ワシントンなんて、カッコ良すぎるのでは、なんて思ってしまうが、そのガンマンたちが、白人だけでなく、黒人、アイルランド人、東洋系、メキシコ系、インディアン、と様々な人種で構成されているのも、今時のグローバルな世界観の表れなのだろう(は?) ガンマンのリーダーは黒人だし。

けど、『マグニフィセント・セブン』は認めつつも、やっばり『荒野の七人』とは違う。何が違うのか。これは、時代の違いと言ってもいいのかもしれないが、映画の雰囲気がまるで違う。悪玉一味対ガンマンの戦い(撃ち合い)を描いたという点では同じだが、『荒野の七人』には全編に、どこか牧歌的な雰囲気が漂っていた。もちろん、緊迫する場面はあるのだが、なんかこう、のんびりしてる感じがあったんだな。そこいらが、ストーリーの割には凄惨な印象になっていない要因なのではないか。のどかな風景や大らかな音楽の影響もあると思う。

ま、50年以上も前のハリウッドと、現在のハリウッドは全然違うだろうからね。同じネタで映画を撮っても、違う物になってしまうのは仕方ないし、それが気に入らないとか、昔の方が良かったとか、そういう事を言うつもりは、さらさらない。『荒野の七人』を知らなくても『マグニフィセント・セブン』は面白いし、『荒野の七人』を知ってるなら、このキャラはこっちではこいつだな、とか、ユル・ブリンナーとデンゼル・ワシントンの新旧のリーダーを比較してみるとか、そういうのを楽しむのもいいと思う。あと、安い報酬で危険な仕事を受けるガンマンたちは、一体何を考えているのか、とかね。単に”男のロマン”なのか、そうではないのか。

そうか、”男のロマン”か。『荒野の七人』が女性にはほとんどウケない理由が、なんとなく分かったような気がする。今さらだけど(爆)

という訳で、『マグニフィセント・セブン』久々にオススメです。是非、見て下さい。で、もし『マグニフィセント・セブン』を面白いと思ったら、『荒野の七人』も見てやって下さいね(笑) 
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パンフレットの謎

2017年05月28日 15時35分39秒 | 音楽ネタ
大物ミュージシャンの訃報が続く昨今、また一人偉大なミュージシャンが亡くなった。グレッグ・オールマン、享年69歳。昨年あたりから体調を崩し、ツアーをキャンセルしたりしてたらしい。慎んでご冥福をお祈り致します。

グレッグ・オールマンといえば、兄のデュアン・オールマンとオールマン・ブラザーズ・バンドを結成し、デュアン亡き後も、メンバーを替えたり、解散・再結成を繰り返したりしながら、現在に至るまで活動を続けてきた。間違いなく、アメリカン・ロックの歴史に数ページに渡ってその名を刻むバンドであろう。かつてはデュアン・オールマン、近年ではウォーレン・ヘインズ、デレク・トラックスといった、看板ギタリストを中心としたジャム的プレイで人気を博したバンドではあったが、それらがグレッグやディッキー・ベッツといった人たちの、高いソング・ライティング能力に支えられていたのは否定出来ない。色々な意味でバランスの取れたバンドだった。そういえば、ちょっと前にも、オールマンズのドラマーで、デレク・トラックスの叔父でもある、ブッチ・トラックスの訃報もあった。グレッグもいなくなったし、おそらくオールマンズは解散だろう(実は既に解散しているという話もある)。一度は見たいバンドだった。

という訳で、グレッグ・オールマン追悼の意を込めて、この曲を。

Please Call Home/The Allman Brothers Band

閑話休題

さて、前回の続きというか何というか(笑)

で、整理してたら、こういうのもあった。



見ればすぐ分かる(笑)フォリナー関連なんだけど、これは何かというと....





来日公演のパンフレットである。それも1988年の物だ。この頃はまだ、フォリナーも武道館でコンサートが出来たのだ。それも2回も(爆) その他の会場もキャパのデカいとこばかりだし、昔は人気あったんだな、フォリナーって。





それにしても、懐かしいと同時に貴重な品である。ミック・ジョーンズとルー・グラムのサインまである。大阪時代のバンド仲間のshinさんから、大阪を離れる時餞別として頂いた物だ。ずっと、しまい込んだままだったけど、最近久々に見た。shinさん、元気かな? 去年のフォリナー・セッション以来会ってないけど。



演奏予定曲目、なんても載ってるけど、実際どうだったのか? 実は、1988年来日公演のセットリストを検索してみたが、見当たらなかった。だもんで、当時行かれた方、是非教えて下さい。オープニングが「Long Long Way From Home」だった、というのは聞いたような気がするけど(笑)

そういえば、shinさんとは、例のフォリナーのコピーバンドFOREFINGERで一緒だった。本家がデビュー40周年で、あれこれ記念イベントも行われている今年、FOREFINGERはどうしてるのだろうか?

それにしても、「フォリナー 来日公演」とか「フォリナー 来日 セットリスト」とかで検索すると、割と上位にMFCオーナーのHPやらブログやらが並ぶのはどうかと思う(爆)


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からくり箱の謎

2017年05月21日 23時36分02秒 | 与太話
実家に置いてある荷物の整理をしていたら、こんなのが出てきた。



寄せ木細工の箱である。普通に開けようとしても開かないのである。勝手に「からくり箱」などと呼んでいたが、開くとこうなる。



古い物であるので、開けるのにも難儀する。

で、そんな「からくり箱」があったとして、開けるのが大変となれば、何かが隠してあるのではないか、と勘ぐってしまうのは当然であるし、一体何が隠してあるのか、と詮索したくなるのも人の常である。で、おそらく30年ぶりくらいに開かれた、寄せ木細工の「からくり箱」には、一体何が入っていたのか、というと....















定期である。何故か、僕が大学生の時に使っていた定期券が、「からくり箱」の中から出てきたのである。おそらく、この中に定期券を入れたのは、まぎれもなく僕自身だと思うのだが(笑)、何故そんな事をしたのか、動機その他一切不明。つーか、何にも覚えてない(爆)

という訳です。どなたか、この謎を解き明かして下さいませ(爆)
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運命の変化

2017年04月30日 20時06分55秒 | 音楽ネタ
いささか旧聞ではあるが、J・ガイルズとアラン・ホールズワースが相次いで亡くなった。どちらも、知る人ぞ知るミュージシャンであり、ジョン・ウェットンのような有名人ではないので、メディアの扱いは小さかったけど、それにしても残念だ。慎んでご冥福をお祈り致します。

アラン・ホールズワースについては、実はよく知らない。改めて経歴を見てみると、ソフト・マシーン、テンペスト、UK、ブラッフォード等々、なかなかに有名なバンドを渡り歩いているのだが、10代の頃の僕の趣味とは、ほとんどシンクロしてないので、その名前すら知らなかった。初めて知ったのは大学で軽音楽サークルに入った頃。サークルで最初に組んだバンドのギタリストが、ホールズワースの熱狂的なファンで、色々とホールズワース関連を聴かされたおかげで、名前だけでなく、そのギタープレイや音楽性もようやく知る事が出来た。個人的には、ビル・ブラッフォードのプロジェクトによるアルバム『ワン・オブ・ア・カインド』が気に入って、よく聴いてたな。80年代前半にはソロで来日公演を行い、結構盛り上がっていた記憶がある。

その後、ホールズワースはマイペースで活動を続けていたらしい。そういえば、2003年の春、京都のRAGでホールズワースのライブを見た事があったなぁ。トリオ編成のバンドで、ドラムはチャド・ワッカーマン。よく分からんけど凄い演奏だった。ブルースっぽいフレーズを弾こうとしたけど上手くいかず、苦笑いしながら本来のスタイルで演奏再開した場面があったのを思い出す。ブルース苦手らしい。なんとなく、なるほど、と思ったものだ。

訃報に接し、追悼しようと思ったものの、ホールズワース関連の音源が全くなくて愕然とした。前述したけど、僕の趣味とシンクロしてないので、レコードも買ってないのだ。唯一聴いてたブラッフォードの『ワン・オブ・ア・カインド』もカセットコピーだけだし、UKだってトリオになってからしか聴いてない。なんということか。

話変わってJ・ガイルズだが、もちろん、あのJ・ガイルズ・バンドのギタリストである。さすがに、名前を知ってる人も多いはず。自身の名前がバンド名になってるんで、リーダーかと思われがちだが、聞いた話だと、駆け出し時代にライブハウスと契約する時、J・ガイルズの名前が入っているのが条件だったので、こういうバンド名になったらしい。

初めてJ・ガイルズ・バンドを聴いたのは、1976年に出たライブ盤『狼から一撃!』だったと思う。当時FMで聴いた「デトロイト・ブレイクダウン」に、中学生はあっけなくノックアウトされたのだ(笑) ま、暑苦しいまでに男臭いバンドであったが、今聴くと、その暑苦しさがたまらない。良くも悪くもB級感漂うバンドだった。後に音楽性をポップな方向に修正してヒットを出したが、その後分裂してしまった。よくあるパターンといえば、よくあるパターンなんだけど。分裂後は、ハーモニカのマジック・ディックとプルース・バンドをやってたらしい。90年代に、CDを見かけた事がある。あと、知らなかったけど、J・ガイルズ・バンドの再結成ツアーとかもあったみたい。

前述したけど、J・ガイルズ・バンドはデビュー時のアトランティックからキャピトルに移籍して、音楽性を修正してヒットを出したのだが、そのキャピトル移籍第一弾となった『サンクチュアリ』というアルバムを、今は聴いてみたいと思っている。

といった事を踏まえて(意味不明)、最近買ったCDについて、あれこれ。



Loud Hailer/Jeff Beck

ジェフ・ベックが凄いのは、本来の自分のスタイルとかルーツとかにとらわれず、何でもやってみることだ。もちろん、若手との共演にも積極的。去年出た6年振りの新作は、ボーンズというバンドのメンバー、ロージー・ボーンズ(Vo)とカルメン・バンデンバーグ(G)という2人の女性ロッカーと組んだアルバムだ(ちなみに、このカルメンというギタリスト、エイドリアン・バンデンバーグと何か関係があるのかないのか?)。娘どころか孫、いや曾孫と言ってもいい二人とがっぷり四つに組んで、古くも新しいロックを聴かせるベックは、クラプトンとは違った意味でやっぱ凄い。革ジャン着たベックが、この若い二人の女性ロッカーと並んでいる写真があるが、全く違和感がないのもご立派。

後人的には、前作の時にも感じたけど、ベックはボーカルものの方が良いと思っているし、こういうベックの方が好きだ。自分一人で弾きまくるより、ボーカルと対峙した方が、そのプレイがより映えるような気がする。インストをやるなら、ベックと同格のプレイヤーがいないとダメ。いわば、競争相手がいないと生きないタイプ。70歳を超えた今も、若手と並んでも違和感ないのは、そういう性質によるものなのでは、という気がする。いくつになってもロック小僧。円熟とか成熟とかいう言葉は似合わない。ベックって、やっぱ凄い。



Morin Heights/Pilot

ブリット・ポップといえば、1990年代のオアシスやブラーをはじめとする、当時活躍したイギリスのバンドたちによるムーブメントだった訳だが、実は似たようなのが1970年代にも起こっていた。ベイ・シティ・ローラーズの成功に刺激され、似たような音楽性やスタイルのバンドが、雨後の竹の子の如く登場し、活況を呈したというか、訳分かんない状態だったというか(笑)、ケニー、アローズ、フリント・ロック、ハローといったバンドの名前が挙げられるが、このパイロットも、そのムーブメントの中で一括りに紹介されていたような記憶がある。ま、BCR人気に便乗してでっち上げられたバンドもあったと思うが、パイロットはそういったバンドとは、その時既に一線を画す存在だった。何しろ、1976年の時点で、彼らは「マジック」「ジャニュアリー」といったヒットを放っていたからである。もっとも、BCRに在籍していたメンバーもいたらしいけど。

この『モーリン・ハイツ』はパイロットの3作目。ヒットを出した前2作と比べると、地味な扱いらしいが、内容は悪くない。つーか、僕はパイロットのアルバムを聴くのは初めてだけど(笑) 当時、中学生だった僕は、FMで聴いたパイロットの「カナダ」という曲が好きで、その曲が入っているという事で、この『モーリン・ハイツ』を買ったのである。ポップだけどひたすらポップというのでもなく、どこか捻れた感じがするのがイギリスっぽいな、なんて思ったりして(笑) ちなみに、プロデューサーは、あのロイ・トーマス・ベイカー。知らなかった。



I'm Nearly Famous/Cliff Richard

50年の長きに渡り、イギリス音楽界の第一線に君臨するクリフ・リチャードの、1976年発表のアルバム。当時の邦題は確か『君想う夜』。タイトル曲はシングルカットされ(原題は「Miss You Nights」、アルバム・タイトルとは違うのでご注意。笑)、FMでよくかかってた。格調高いバラードで、アート・カーファンクルとかも取り上げていたのではなかったかな。

当時は知らなかったのだが、クリフ・リチャードは70年代に入ってから、活動が地味になっていたらしいのだが、このアルバムで復活したのだそうな。ま、確かに、今聴いてもなかなかの内容で、ヒットするのも当然、という感じの作りだ。「デビル・ウーマン」がアメリカでもTOP10に入るヒットとなり、後の「恋はこれっきり」のヒットの下地になったような気がする。

どうでもいいが、このCD、HMVの通販で買ったのだが、注文してから届くまで実に5ヶ月かかっている。注文する時は、1~2週間で出荷となっていたが、その後入荷の目途が立たない、入り次第連絡します、というメールが何回か来た末にやっと届いた。何故、そんなに時間かかったのか。同じクリフ・リチャードのCDでも、他は在庫ありがほとんどなのに、このCDだけは在庫無し、納期未定状態が長く続いていた。不思議だ。ま、深くは追求しないけどね(爆)



Change Of Fortune/Soul Asylum

去年出た、ソウル・アサイラム5年振りの新作。同時に、去年ソウル・アサイラムは約20年振りに来日公演を行った。ところが、僕は新作の事も来日公演の事も全く知らず、後で聞いて唖然とした。ぴあとかイープラスとかローソンチケットとか、毎日のようにお知らせメールが来てて、一応目は通しているんだけど、ソウル・アサイラム来日情報は全然気づかなかった。というか、載せてないだろ、って感じ。ま、知ってたとしても、見に行ったかどうかは分からないけど(笑)

その20年前、ソウル・アサイラム来日公演の事を知り、前売り券発売日にひたすら電話し続けたものの、3時間近く電話が繋がらなくて泣く泣く諦めた、という事があったのを思い出した。あの時の会場は、渋谷オンエアだったような。う~む、やっぱり行きたかったな(笑)

という訳で、新作である。ジャケットを見て、ウォークマンだかのCMを思い出す人も多かろう(笑) 聴いてみると、相変わらずのソウル・アサイラムではあるものの、違う雰囲気も感じられる。で、ライナーを見てみると、メンバーが替わっていた。ギターのダン・マーフィーがいない。ボーカルのデイブ・パーナーと共に、バンドのオリジナル・メンバーだったのだが、家庭の事情その他で脱退してしまったらしい。一体どうすんだ?って感じ。

ま、バンドのオリジナル曲は、ほとんどデイブ・パーナーが書いているので、ダン・マーフィーがいなくても、大きな変化はないのかもしれない。しかし、ライナーにも「誰も僕に干渉せず自由にやれた」というデイブ・パーナーの意味深な発言があり、事実今までに見られなかった曲調も目立っている、という事を考えると、実はダン・マーフィーの影響力は大きかったのではなかろうか。もちろん、内容は悪くない。

しかし、それにしても、ソウル・アサイラムの特徴でもあるのだが、全編に漂う“若手感”がハンパない。メジャーデビューからほぼ30年、『グレイブ・ダンサーズ・ユニオン』でブレイクしてからも25年、既に立派なベテランの域である。フォロワーが生まれ、若手によるトリビュート・アルバムが作られても不思議ではない。にもかかわらず、この“若手感”である。先のジェフ・ベックにも通じるが、これは凄い事だ。どんなにベテランになっても、常に前を、上を向き続けるソウル・アサイラムというかデイブ・パーナーの今後に注目。



Sing Street-Original Motion Picture Soundtrack

先日、妻がレンタルしてきた『シング・ストリート』を見た。面白かった。80年代中頃のアイルランドはダブリンを舞台に、バンド活動をする高校生を描いた作品なのだが、その手の映画での楽しみは。なんといっても音楽。これが実に素晴らしい。もちろん、ストーリーも良かったけどね(笑)

ダブリンの高校に通う高校生が、一目惚れした自称モデルの女の子の歓心を買う為に、バンドやってると口から出まかせを言ってしまい、行きがかり上メンバーをかき集めてバンドを結成する訳だが、イカしたバンドには黒人がいる、という理由で、学内ただ一人の黒人少年をスカウトに行ったり、といったエピソードが笑える。結成して最初はデュラン・デュランのコピーとかをやってるんだけど、主人公のロック好きの兄から、オリジナルやらないとダメだ、と言われて、オリジナルを作るのだが、これが実に良い出来なのである。それが聴きたくて、このサントラ買ったようなものだ(笑) あの頃のニューロマンティックの香りがする。素晴らしい。ついでに言うと、オリジナル曲のPVを作るのだが、これがまた楽しい。素晴らしい出来映えなんである。ロック好きは、このあたりだけでも十分に楽しめると思う。

単にバンドだけがテーマの映画ではないけど、あの当時の空気を上手く切り取っていると思う。特にサントラは80年代全開である。バンドのオリジナルと当時の既成曲が全く違和感なし。映画見てなくても楽しめるのでは。

ただ、音も見た目もイカしてるバンドなのに、“シング・ストリート”というバンド名だけはイカさないなぁ(笑)
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