四十の学び舎(旧校舎)

2013年5月~2014年3月までの、学び直しオバサーンの日記です。

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待望のレポートご帰還につき、引っ越し作業の手を止めて。

2014年03月12日 19時01分43秒 | 東洋史概説Ⅰ,Ⅱ
 本日、東洋史概説Ⅰのレポートが戻って参りました。
この科目に取り組んだ先輩方のブログを読ませていただくと、だいたい1ケ月で戻ってきていたようだったので、そろそろ戻って来てもいい頃だなーと、思っておりました。今の棲家から引っ越してしまうと、レポートは新住所への転送扱いになってしまふ、するってーと、迷子になる確率も高くなるのではなかろうかと、ちょっと心配をし始めていたところでした。

 2012年の課題で取り組み、逃げ道を作らず積極的に一発合格を目指したレポートです。不合格だった場合、精神的ダメージは計り知れない。小ぶりの窓付き茶封筒を開く手が、緊張でもたつきます。そして、、、

結果は、まんまと合格
えへへへへ

頂いたコメントは、
「(前略)大変骨の折れる作業を地道になしとげ、自分なりの列伝解釈と、こそから導かれる古代中国像を築きあげようとした、その努力は大いに評価できます」
ありがとうございます!
でも、古代中国像を的確に把握できたぞ!という手応えは微妙だったの、見抜かれているようです。「築きあげた」ではなく「築きあげようとした」ですもんね^^;

続けて、
「やや誤字脱字の多さは気になりますが、」
申し訳ございません
見直しはしましたが、疲れている上に焦っていて上滑りしている感覚はありました。
以後精進いたします。。。

最後に、
「全体的に非常によくまとめられています。ご苦労さまでした。」
・・・こ、これは、
嬉しすぎますーーーーっ

考えることを諦めないでよかった。
思いついてしまった手間のかかるアイデアを、投げ出さないでよかった。
レポートの書き方についても、復習して取り組んでよかった。。。


 今回のレポート作成道中はとっても苦労しましたが、担当していただいた先生にはその苦心を読み取って頂けたようです。やればやっただけの評価を頂けるのだと分かり、大いに励みになりました。
ありがとうございました!

しかし、テキストや参考文献の読み方については、まだ浮ついていて余計な行ったり来たりが多く、要点を押さえて読む力が不足している自覚があります。その点を改善できれば、テキスト科目は1教科1ケ月でレポートを書き上げることが出来るのではなかろうか。
まだまだレポート修行は続きます


あゝ、とっとと引っ越しを済ませて勉強を再開したい。
今は、宮崎市定著『アジア史概説』をリュックの中に放り込んでいて、時間が空いたときにチビチビと読んではおります。が、やはり、手を使って読まないと手応えがアヤシイ・・・
せっかくレポートで合格を頂いたのだから、4月の試験もしっかり勉強して受けたいところです


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受付: 2月14日
返送: 3月11日
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第3稿でようやっと発送~

2014年02月13日 16時22分57秒 | 東洋史概説Ⅰ,Ⅱ
 東洋史概説Ⅰのレポートのことでございます。
昨夜、第2稿を脱稿。今朝それを読み直し微調整しながら、後注の付け間違いなどを修正。えいやッと第3稿4733文字を封筒に放り込みました。

いやー、苦戦しましたw^^;
1月中に投函する予定だったのに、13日も余計に費やしてしまいました。3月末に期限切れを迎える2012年度の課題で取り組んでおりまして、「不合格ならまた別の課題で書けばいいや」という弱気路線を一転「目指せ、一発合格!」という積極路線へと変更致しましたので、慎重になったせいもありますが、、、

なんだか今回のレポートは、これまで以上に、いっぱい読んで、いっぱい考えたなー・・・
すべては、参考文献の宮崎市定著『史記を読む』(岩波文庫)と、司馬遷『史記列伝』が想像以上に面白かったためです。

現時点で、自分が出来る限りのことはしました。
私的には今回のレポートは結構イケているのではなかろうか、という超希望的観測をしております。もう提出してしまいましたし、あれで不合格ならしょうがないや。


レポートは提出したので、4月の科目試験は受けられます。
うふふふふふ。
試験勉強には、宮崎先生の『アジア史概説』(購入済)と『中国文明論集』(レポ完成のご褒美にアマゾンでポチ!)を読むんだ♪



さて、と。
次のレポートは、英語学概論です。
締切りは3月3日の雛祭り。
はてさて、間に合うかな???
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第1稿、脱稿しました(ヌケガラ)。

2014年02月07日 00時11分41秒 | 東洋史概説Ⅰ,Ⅱ
 ようやく東洋史概説Iのレポート第1稿を書き終えました。
ワープロ可の科目なのに、何故か手書きで、です。どういうわけだか気が向いてしまって、手書にしちゃいました。今のところ400字詰で12枚と、図表1枚。文字数は、アチコチ消したり加えたりしてあって、ようわかりません^^;

 6日中に出すことを目指しておりましたが、第一稿をそのままPC打ちしたのでは、一発合格はアヤシイのではなかろうか? というデキでしたので、諦めました(ゴメンナサイ(-"-)。

 図表を付けなければ説明しきれない部分があって、せっせと表を作ったのですが、それを作ったことで肝心の説明の記述が手抜きになってしまいました。でも、ここを膨らませると、字数がかなりオーバーしてしまいそうです。実に悩ましい。。。

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恒例、レポート苦戦中報告デスw

2014年01月31日 19時33分51秒 | 東洋史概説Ⅰ,Ⅱ
 テキストを読み終わり、参考文献ノ壱・弐・参も読み終わり、材料抽出用の岩波文庫版『史記(列伝)』2~5巻、『史記平準書・漢書食貨志』を用意しして臨んでいる東洋史概説Iのレポート作成ですが、今回も過去の実績にたがわぬ牛歩っぷりです・・・

 参考文献から材料をメモ用紙に書き出していて、『史記(列伝)』1巻もやはり必要であると覚りました。何故かと申しますと、レポートに必要だと思われる記述に添えられた註に、「第1巻の○○列伝参照のこと」とあるものがボロボロと出てくるのです。江戸川区の図書館には岩波文庫版『史記』列伝の第1巻はないし、どうしたものかと考えて、そうだと閃いたのは、職場のある千代田区図書館の利用でした。さっそくWebで検索してみると、まんまと神田に在架がありました。さっそく、出勤前に出向いて図書カードを作ってもらい、目当ての第1巻を借りてきました。

 ハタシテ、『史記(列伝)』全5巻を揃えてから2日が経過しておりますが、作業はちっとも進んでいません。昨日は一体何を確認しようとしたものか、ウィリアム・H・マクニール『世界史』(中公文庫)原始~古代中国の部分を読み耽ってしまいました・・・ まぁ、面白かったンですがね、レポート的収穫はゼロでした。
まったくもって、やれやれです^^:


さて、と。
夕食も食べたし。
グチもこぼしたし(スミマセン)。

材料蒐集に戻ります

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ようやっと、題材を絞り込む。

2014年01月26日 23時52分17秒 | 東洋史概説Ⅰ,Ⅱ
 テキストも参考文献も読み終わっている『東洋史概説I』のことでございます。本日うんうんと考えて、やっとこさレポートの形にできそうなアイデアの絞り込みが出来ました。

 課題は、「『史記』列伝から見た古代中国」というテーマで、古代中国がいかなる世界であったかを自分なりに考えて記しなっさーい、というものです。「史記の『列伝』」と一口にいっても、その記述は、将軍、官吏などの政治的な分野の人々から、宮廷内外の思想家、巷の商人、遊侠、占い師、医者、周辺民族・・・と多岐にわたっております。列伝のどの記述から、古代中国を眺めるのか。その視点を定めなくては、とても4000文字に収めきれるものではありません。無理に押し込めば列伝の箇条書きになってしまい、求められている”自分なりに考えて~”という部分でアウトになってしまうでしょう。

 これは、レポート作成4度目にして、初めて、自分で題材を絞り込まねばならない課題のようです。孫引き防止のために借り出した、徳間書店の『史記』8巻は、文庫本だと思っていたら単行本で、いやはやその重たいコト重たいコトw ひーこらいいながら自宅に持ち帰ったのですが、内容を確認してみると、司馬遷の記述順を、現在読んで分かりやすいように並べ替えてあるらしく、「○○列伝」という見出しがなく、レポートの引用に使うにはチョット不便を感じるものでした。
ショウガナイから、岩波書店の文庫版(←コレはちゃんと確認!)を改めて駆り出したのですが、今度は1~5巻ある『列伝』の第1巻が、近所の図書館にはないといふ、、、
またまたショウガナイから、第1巻に納まっているデアロウ列伝は”題材として選ばない!”という消極策で乗り切ることに決め、参考文献をパラパラパラ、借りてきた岩波文庫の『列伝』をパラパラパラとし始めたのであります。

 いやー、『列伝』(もちろん現代日本語訳です)、面白い!
参考文献を読んでいるときにも面白そうだなと思っていましたが、引用で切り取られたものではない丸々の『列伝』は、実に興味深いものでした。紀元前に生きていた人々や出来事が、生々しく活き活きと描かれていて、その息遣いまで感じられそうな気がします。今の時代にあって、こんなに詳細な2000年以上前の記述を読めるなんて感動もの。歴史家・司馬遷、すごいです。”有難い”とは、まさにこのこと。

・・・と熱く語ってみても、これが良いレポートにつなげられるかどうかはまた別のオハナシでして、そこがツライところですが^^;

とにかく書く。
2月になったら、もうひと科目、書く。
そして、4月には科目試験を受けるのです。


エイエイオー( ´Д`)!
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帝国の理念

2014年01月18日 13時24分08秒 | 東洋史概説Ⅰ,Ⅱ

『史記を語る』(著:宮崎市定、岩波文庫)

 上の参考文献の参、読了。これは期待以上の本でした。ものすごくシゲキテキ! 何にそんなにシゲキされてたのかと申しますと、著者の視点の広さです。「古代中国の民は、ギリシアやローマと同じような自由民であった」という論には目から鱗が落ちました。

 「(前略)人民の主体は城壁を廻らした農業年に住む自由民であった。彼らは毎日、朝早く城門を出て城外にある自作農地に赴いて労働し、暮れには城内に帰って休養するのを常とした。その余暇には城内の市と称する交易場に集合して、それなりに娯楽を追及することが出来た。市こそはギリシア、ローマにおけるアゴラ、フォーラムに匹敵するものである。」(『史記を語る』28頁)

 第2章にこの記述を見て、私の頭の中には『西洋史概説I』で学んだ歴史が用意されたようです。読み進めるうちに、自然と西と東を比較しながら読み進める(著者によって、そのように誘導されているに違いない)ことになり、それがとてもシゲキテキだったワケです。私の頭は世界史を求めておりますので、まさに願ったり叶ったり、という本なのでした。

 読了後に暫しボーッとしていて閃いたのが、「帝国の理念」というヤツです。『西洋史概説I』のレポートで取り組んだテーマがこれでした。「理念」というものが良くわかず誤魔化して見事D不合格を頂き、改めて取り組んだレポートでした。ローマ帝国からシャルルマーニュのフランク帝国に引き継がれた「帝国の理念」。私は、多様な地域とそこに暮らす人々を一つの価値観の下に抱擁するためのモノ、と理解し、その方向でレポートを書き、幾つか『不十分』欄にチェックは頂きましたが、一応合格を頂くことが出来ました。
 だから、きっと、この理解で間違っていないだろう、といことを前提にして考えると、秦から漢の時代にあった帝国の理念も、ローマ帝国やフランク帝国にあったものと大差はないように思われます。理念を達成するために、「法」、「支配制度」、「思想or宗教」という3点セットを利用するという意味で、違いはないのではなかろうか、と。

 古代のアケメネス朝ペルシア帝国は、中央政府から支配地へ行政官を派遣するサトラップ制度によって、中央集権を確立させました。この制度は、ローマ帝国からフランク帝国へと引き継がれておりました。さらにこの制度、秦帝国でも郡県制度の参考にされていたようです。提唱者の商鞅は、どこでこの制度を学んだのでしょうか??? 興味は尽きません。

 慶應通信に入学し、歴史の学び直しを開始して2度目の冬。宮崎市定先生の著書のおかげを持ちまして、少し私の頭の中の世界史が広がりを持ったようです。さっそく『アジア史概説』(著:宮崎市定、中公文庫)をアマゾンでポチっとな致しました。東洋史概説の参考文献として、心強い味方になってくれるに違いありません。



・・・これでちゃんとレポートが書けるかどうかは、まだ別のハナシですが^^;
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其ノ参に安堵

2014年01月15日 12時10分05秒 | 東洋史概説Ⅰ,Ⅱ
 参考文献その弐『史記---中国古代の人びと』を読了。これも面白かったです。しかし、レポートを書くことを考えると、ハタシテこれで書けるのかどうか、と不安は増すばかり。司馬遷が「」の中ではなく地の文章で心中を告白してしまうような、小説的構成がイケナイのかしらん。。。

 困ったなぁ、と思いつつ、参考文献その参『史記を語る』を開いて、安堵しました。この本なら、司馬遷が地の文で喋りだすようなことはなさそうです。今はもう、とにかく読んで、レポートに取り組まなくてはなりません。目標の1月中に提出を果たせるかどうかは、この本に掛かっている、と言っても過言ではないのです。なにとぞ、なにとぞ、良きアイデアご教授下さいますように(-人-)。

 其の参を読み終わるタイミングで、図書館に予約した徳間文庫の『史記』シリーズの借り出しが可能になる手筈です。参考文献の壱~参から『史記』を引用すると孫引きになってしまうので、整理しにくいかなと考えたのですが、上手く利用できるかどうか。。。
 試行錯誤も学習のうちと思い定め、レポート作成に臨みたいと思います。

エイエイオー(`・ω・´)!



・・・それにしても、たいして数を読んているわけでもないのに「参考文献はコウアルベキ」というヘンテコリンな先入観が出来つつあるとしたら由々しき事態です。面白すぎて不安に思う壱&弐からも材料を取り出せるよう、もう一度読み直してみなくては。『テキスト科目履修要綱2012』に参考文献として取り上げられているのですから、使えないハズはないのです。
ハテサテ難儀なことでございます。。。
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司馬遷リレー

2014年01月11日 13時31分06秒 | 東洋史概説Ⅰ,Ⅱ
 参考文献『入門 史記の時代』を読了。
これは、ちょっとばかり面白すぎて危険を感じる。ちょうど吉川英治著『新・水滸伝』を読んでいた時に通じる読み心地は、私の中国史に対するステレオタイプな感覚かもしれない。遅読をモットー(違)とする私にしては珍しく軽快に読み進めつつ、ハタシテこれでレポートが書けるのか、と心の隅っこで不安を覚えしまうくらい、面白い本だった。

 とくに、第4章の『父と子』が最も興味深く読めた。司馬談・司馬遷親子が、”何故”『史記』を記し、後世に残そうとしたのかについて書かれている。本書最後の一文は、改行された一行「司馬遷の没年は分かっていない。」というもので、これが与える読了直後の余韻がすごい。

 次に読むベシと決めていた貝塚茂樹著の『史記 中国古代の人びと』は、第1、2章が「ある死刑囚にあたえる手紙」で、どうやら『入門 史記の時代』の最後に書かれている司馬遷に関する記述と直結しているようだ。司馬遷についての記述の連続性を狙って決めた読書順ではなかったから、偶然以外の何物でもないのだけれど、これはツイでいる。「司馬遷の没年は分かっていない。」のすごい余韻に浸っているところなので、なおさら嬉しい。



・・・あ、まずい。
もう13時半を回っているではないか。きょうは、出勤日なのである。


(きゃーぁーーー!行ってきます( ´Д`)!!!!)

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テキストから『史記』の世界へ

2014年01月09日 15時59分30秒 | 東洋史概説Ⅰ,Ⅱ

 元日から七草までの7日間をかけて、テキストを読み終えました。地図帳だけでなく、『東洋史概説II(中国史)』もずいぶん役に立ってくれましたw
IIのテキストは、扉を開くといきなり落語の”熊さん八っぁんと横町の隠居”が出てくる風変りなテキストです。パラパラっと見てみると、レイアウトがまるで『早わかり○○史』シリーズのような、こりゃー斬新極まりないのではなかろうか、と思われる構成です。古代中国の歴史地図もさることながら、付録されている”関連歴史年表”が実にシンブルで使い勝手がよいのです。

 『東洋史概説II』に付録されている年表は、上に中国アジア、下に欧米諸国の主要な出来事が実にシンプルに表記されております。『西洋史概説I』で学んだ部分と、『東洋史概説I』で読み進めている部分とを、重ねあわせながら、地図上でその距離を確認しながら、じっくり7日間のテキスト生活でした。

 私の歴史を勉強する目標は、哲学、語学、文学などの詳細へ向かう前に、「頭の中に世界史放り込む」、というもの。若かりし頃、中学~大学で学んだ歴史は、悲しいかな断片として時折浮上してくる程度。社会人になってからは、歴史小説、時代小説が大好きでしたので、日本史&中国史、ちょっと韓国史は小説やらテレビドラマやらマンガ、アニメなどなどで触れてはいたけれど、『史学概論』で”歴史観”や”歴史理論”に触れてみれば、自分の歴史認識のアヤシさばかりが思われ、アレヤコレヤ平坦ではない歴史街道ですけれども、目標に向かって何とか前進はしているようです^^;

 さて、テキスト読了後、あらかじめ用意していた3冊の参考文献を前に、少し頭をひねりました。ハタシテ、ドノ本カラ読ムベキカ? 
 とりあえず著者の年齢と経歴を軽く調べ、著者の誕生日が遅い順と決定。冒頭に掲載した写真の向かって左から、『入門 史記の時代』(小倉芳彦=1927年生まれ、ちくま学芸文庫)、『史記 中国古代の人びと』(貝塚茂樹=1904年、中公新書)、『史記を語る』(宮崎市定=1901年、岩波文庫)の順番です。

 ここからは、レポート作成を念頭に、読み進めたいと思います。
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