見もの・読みもの日記

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肉体を描く/山岸凉子展(弥生美術館)

2016-12-27 22:24:15 | 行ったもの(美術館・見仏)
弥生美術館 『山岸凉子展「光-てらす-」-メタモルフォーゼの世界-』(2016年9月30日~12月25日)

 会期終了間際のクリスマスイブに見に行ったら、驚くほどたくさんの人が来ていた。カップル、若者、初老の男性など、いろいろなお客さんがいたが、いちばん目についたのは、やはり私と同じ、1970-80年代の少女マンガに親しんだ世代の女性だった。

 第1会場は、まず前半に『日出処の天子』、後半に『アラベスク』という代表作の原画を掲げる。私は、雑誌「LaLa」連載の『日出処の天子』はリアルタイムで読んでいたので懐かしい。法隆寺金堂壁画の菩薩たちや、雅楽「蘭陵王」の衣装をまとった厩戸王子など、色付きの扉絵はどれもよく覚えていたが、逃げる厩戸王子、追う蝦夷を描いた作品が、光琳の『紅梅白梅図屏風』を隠しモチーフにしているのは、初めて気づいた。80年代の少女マンガは、こんなふうに、サブカルチャーであると同時に伝統文化への入口でもあったのだ。たぶん読者プレゼント用につくられた関連グッズもあって(よく取ってあったなあ)、懐かしいような恥ずかしいような、微妙な気持ちで眺めた。

 1971年から「りぼん」に連載され、絶大な人気を博した『アラベスク』は、私は読んでいない。70年代にバレエマンガというのは、もう古い感じがしていた。山岸さんの回想によると、担当編集者にも「古い」と言われて却下されたものを、食い下がって認めさせたのだそうだ。登場人物の大きな目、長いまつ毛は、当時の典型的な少女マンガ顔だが、人体の描き方は正確で、とてもきれいだ。ダイナミックで大胆な構図、斬新な衣装デザインにも目を見張った。あらためて、今読んだら面白いかもしれない。扉絵(たぶん)で、背景の街並みだけ萩尾望都が描いたという注釈のあるものがあって、面白かった。なお、『日出処の天子』も最初は担当者にダメ出しをされたのだそうで、当時の少女マンガ家は、いろいろな常識と戦っていたのだなあと思う。

 2階では、デビュー以来の歩みを継時的にたどる。デビュー当時の絵柄は、特に個性が感じられない。ただ丸っこくてかわいいだけだ。それが、次第に「求められる絵」と「描きたい絵」の折り合いを見つけていくように見える。80-90年代デビューのマンガ家は、はじめから個性的な絵を描くことが許されたが、当時はまだそうでなかったのだろう。80年代以降の山岸さんの絵は、肉感的で色っぽいと思っていた。女性の乳房や腰の量感も、少年の薄い体躯も、大人の男性の顎とか肩幅の広さも。

 山岸さんは90年代に「絶不調」に陥るが、2000年から『舞姫 テレプシコーラ』の連載を開始し、同作で2007年度第11回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞する。2014年から、ジャンヌ・ダルクを主人公とした『レベレーション(啓示)』を描き続けている。1947年生まれの山岸さんは、来年70歳になられるのか。びっくりした。でも女流画家には長生きした先人も多いことだし、今後も静かに堂々と創作の歩みを続けてほしい。
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