見もの・読みもの日記

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地域研究者の役割/イスラームはなぜ敵とされたのか(臼杵陽)

2009-08-15 00:04:35 | 読んだもの(書籍)
○臼杵陽『イスラームはなぜ敵とされたのか:憎悪の系譜学』 青土社 2009.8

 私はイスラームについて何も知らない。とりあえず、何も知らないことだけは自覚しているので、最初の一歩と思って、本書を読み始めた。しかし、私が知りたいと思った疑問「イスラームはなぜ敵とされたのか」に対して、著者はなかなか近づこうとしない。話題は、意外な方向にズレていく。

 2001年の9.11事件以後、ムスリム(イスラーム教徒)は欧米社会の公共の敵と目されるようになったが、かつて、この「敵」の役回りを背負っていたのはユダヤ人だった。そう前置きして、著者は「ユダヤ人問題」について語り始める。これもまた、私には、全く未知の分野である。

 著者は、1860年にパリで設立された万国イスラエル人同盟(以下、アリアンス)に注目する。彼らは、1880年代、ロシア帝国から「第1波」のシオニスト(パレスチナに故国を再建しようとする)ユダヤ人がやってくる以前から、パレスチナにおいて、農業訓練所などのユダヤ人復興事業を行っていた。1900年代初頭には、ロシア・東欧から「第2波」移民が始まる。そんな中で、忘れられたアリアンスについて考えることは、ユダヤ教徒=ユダヤ人=シオニスト=イスラエルという硬直化した認識を崩し、オスマン支配の数世紀間に実現したユダヤ教徒コミュニティの多様性、およびユダヤ教とイスラームの共生を想起する意味がある。

 ここから著者は、自分が研究対象とする地域を「パレスチナ/イスラエル」と呼ぶことを表明し、地域研究にかかわる研究者の責任について考える。アメリカにおける北米中東学会へのバッシング、親イスラエル・新保守主義系シンクタンク・中東フォーラムが運営する「キャンパス・ウォッチ」について、私は初めて具体的な事実を知った。かなり暗澹とした気分を生む現実である。

 それから著者は日本を振り返り、研究対象地域との距離感を考える上で「いつも気になる思想家」だったという竹内好に触れ、大川周明、野原四郎らによる戦前の回教研究を参照する。

 結局、「イスラームはなぜ敵とされたのか」という質問に対して、イスラーム文化の特質や、欧米社会とイスラームの歴史的かかわりの中に、何か実態的な「理由」があることは示されない。そもそも、そんなものを外部に求めることが間違いで、もし理由があるとしたら、われわれの他者(異文化)に対する向き合い方そのものの中にあるのではないか。読み終えて、そんなことを考えた。

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