見もの・読みもの日記

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大阪あいりん地区の経験/貧困と地域(白波瀬達也)

2017-03-20 23:03:48 | 読んだもの(書籍)
〇白波瀬達也『貧困と地域:あいりん地区から見る高齢化と孤立死』(中公新書) 中央公論新社 2017.2

 東京育ちの私も「あいりん地区」の名前くらいは聞いたことがある。たぶん「愛隣」なのだろうと推測していたが、それが正しかったことを初めて確認できた。大阪市西成区の「あいりん地区」は、東京の山谷(さんや)、横浜の寿町と並ぶ「日雇労働者の町」として知られてきた。1966年に大阪市・大阪府・大阪府警本部の「愛隣対策三者連絡協議会」によって地区指定され、今日に至るまで、主に日雇労働者を対象にした治安、労働、福祉、医療などの対策が講じられてきた。同地区は「釜ヶ崎」と呼ばれることもあるが、本書は「あいりん地区」を用いる。著者は、院生だった2003年から同地区にかかわり、調査・研究と並行して地域福祉施設の職員もつとめ、さらに新しいまちづくりの取り組みにも関与している。

 歴史を振り返ると、釜ヶ崎は田畑が広がる農地であったが、20世紀に入ると、貧困層が集住する木賃宿街となった。名護町(いまの浪速区日本橋界隈)のスラム街の強制クリアランスによって、貧困層が移住してきたと考えられている(へえ!日本橋はスラム街だったのか)。その後、太平洋戦争下で釜ヶ崎は焦土となったが、戦後、下宿旅館の町として復興し、1950年代には全国有数の「ドヤ街」となった。ただし、当時は男女の人口比があまり変わらず、子供の姿も見えるなど、ドヤ(個人的・一時的・流動的)というよりスラム(家族的・恒久的・固定的)であった。

 1960年代後半、「大阪万博建設に伴う労働力需要の急激な高まり」が、あいりん地区を単身日雇労働者の町(=寄せ場)に変質させたと考えられている。東京人の私は、考えたこともなかった歴史で、びっくりした。大きな経済的プロジェクトは、よきにつけ悪しきにつけ、町(社会)のありかたを根本から変えてしまうんだなあ。なお著者は、図式的に考えすぎないよう留意を求めつつ「概ね的を射ている」と評している。

 同じ頃から、労働運動に従事する若い活動家たちが流入し、ラディカルな労働運動(新左翼運動)が活発化する。公的機関によるあいりん対策も続いた。女性、児童、高齢者など弱い立場の人々に対しては、キリスト教関係者が支援を展開した。外国人宣教師による活動もあった。はじめは布教に熱意を持っていたが、やがて信者を増やすことよりも「人を人として」向き合うようになる。先日読んだ、沖浦和光『宣教師ザビエルと被差別民』を彷彿とさせる。

 90年代、バブル景気の崩壊や建築工法の高度化によって寄せ場の求人が激減し、高齢化した日雇労働者は野宿生活を余儀なくされるようになる。著者は、日本で中高年の単身男性が野宿者となる理由として、彼らが労働市場から「雇用するに値しない」と見切られると同時に、行政からは「稼働能力がある」と見られて、福祉サービスへのアクセスを断たれていると指摘する。考えてみると、こういう二律背反は、よくあると思う。

 さまざまな支援の取り組みによって、あいりん地区では生活保護受給者が増加し、野宿者は減少した。同地区は、再び定住型の貧困地域に変化しつつある。簡易宿泊所を転用し、多様な支援を提供するサポーティブハウスの取り組みや、社会的孤立や孤立死への対策として、新たな地縁の構築も試行されている。キリスト教と仏教が協働する事例も報告されていて、興味深い。

 さて、2011年12月に就任した橋下徹大阪市長は、あいりん地区の改革に関心を注ぎ、「西成特区構想」計画を提示した。著者は、あいりん地区を「金のかかる町」から「金を生み出す町」に変えていこうという橋下構想に一定の理解を示しつつ、その歩みは平坦なものにならないだろうとの危惧を表明している。手厚いケアは「強い管理」と一体であり、さまざまな事情から匿名性の中で生きている人々を圧迫するものであること。再開発によって地価が上昇すれば、生活困窮者は排除され、手厚いケアは有名無実化せざるを得ないこと、など。そして、「生活困窮者をあいりん地区だけに押しつけてしまっている社会のあり方」でいいのかどうか。必要なのは、彼らの問題を我々の問題として考える態度だと思う。
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