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13億人の指導者/習近平の中国(林望)

2017-06-17 22:34:55 | 読んだもの(書籍)
〇林望『習近平の中国:百年の夢と現実』(岩波新書) 岩波書店 2017.5

 むかしから中国には一定の関心があるので、その指導者に対しては素朴な好き嫌いがある。朱鎔基、胡錦濤さんなどはわりと好き。習近平は、早くから優秀なリーダーと聞いて期待を寄せていたのだが、習政権が誕生すると、言論や市民運動に対する締め付けが一気に強まり、やれやれ、この政治家は嫌いというのが、私の第一印象だった。だが、少し冷静に習近平の中国を俯瞰的に見てみると、好きにはなれないが、そんなに悪い指導者ではないかもしれない、と思うようになってきた(同時代の世界の政治リーダーにどうしようもないのが多いせいもある。特に日本)。

 習近平は、2012年11月、党総書記に就任し、2013年3月、国家主席に選出された。2016年10月、中国共産党は「習近平同志を核心とする党中央」という言い回しを含むコミュニケを発表した。これは習近平の権力が最高レベルに達したことの現れである(知らなかった)。かつて共産党の「核心」と呼ばれた総書記は、毛沢東、鄧小平、江沢民の3人しかいないという。本書は、2011年3月から5年余り、朝日新聞社特派員として現地に滞在した著者が、中国で起きたことと、中国が目指す方向について、分析・記述したものである。

 第1章は外交が主題。習近平の中国は、本気で国際秩序の構築に参画しようとしている。著者はその意思を「世界のあり方をデザインしていくことへの意欲」とも呼んでいる。確かにこの点は、これまでの中国とは一線を画す変化が起きているように思う。当然、最も重要なのは対米関係であるが、相手が前例にないアメリカ大統領トランプというのは、習にとって吉と出るか凶と出るのか。

 習は、鄧小平の「韜光養晦」(能力をひけらかさず力を養う)路線を転換して、積極的な「奮発有為」を掲げている。その強硬路線(特に海への野心)は周辺国とさまざまな摩擦を呼んでいる。尖閣諸島問題もそのひとつだ。しかし中国は、そもそも対日関係にそれほどの関心を持っていないのではないかと思う。

 中国共産党が、抗日戦争での勝利を「統治の正統性の基礎」としてきたことはよく知られている。興味深いのは、第二次大戦の終結から70年目の2015年、中国は、抗日戦争を米英ソとともに戦った「反ファシズム戦争」の枠組で捉えなおすとともに、長らくタブー視してきた国民党の功績に光をあて、「オール中国」の戦いと勝利に位置づけなおした。中国の志向する国のかたち、そして世界の中のポジションが変わりつつあることを示す証左ではないかと思う。

 第2章は内政。改革開放の進展によって、一部の人々は素晴らしく豊かになり、多くの人々が「小康」と呼ばれる状態を享受するようになった。しかし、環境汚染、地位や財産を失う不安、不公平感、モラル崩壊など、さまざまな社会のひずみが生まれている。そしてまだ全国で七千万人が「貧困」状態にあるという。山積する課題の中、十三億人をおおよそ食わせ続け、生活レベルをじりじり上げているのは、まあ指導者としてよくやっているほうかもしれない、と考えたりする。

 著者の友人の中国人は、旅行先のエジプトで「強いファラオを戴いていることをもっと喜ぶべきだ」と言われたという。2011年、中東諸国で起きた民主化運動は独裁者たちを追いやったが、その後に政治的混乱や宗教的対立を招き、民衆は穏やかな暮らしを失ってしまった。それに比べたら、中国は幸せだというのだ。これには一理ある。しかし、一方で趙紫陽の政治秘書だった鮑彤(たん)が語る「(政権は)権力を失ったら共産党は瓦解して、中国はバラバラになると恐れている」「(しかし)国民党が下野しても台湾はそこにあ(った)」というのも示唆に富む言葉である。

 第3章は党について。習近平は「毛沢東でもあり、鄧小平でもあろうとしている」という政治学者・李凡の言葉が印象的だった。毛沢東の時代とは、つまり文革という災禍に襲われた時代であるが、そうした「回り道」も含めて今日の中国があると習は表明している。これは「回り道」をなかったことにする、という意味ではあるまい。このへんも、中国という国家が、一皮向けて次の段階に進んだことを示しているように思う。

 習近平政権が言い始めた「中国の夢」というスローガンは、空疎な感じがして仕方ないのだが、もうひとつの「百年の夢」という言い回しには、むしろ中国人の実感が伴っているように思う。アヘン戦争に始まり、新中国が成立するまでの苦難の百年に対して、共産党の指導の下、再び世界の大国となるまでの百年。私は中華人民共和国の建国百周年(2049年)を見られるだろうか。そのとき、習近平がどのように評価されているかも興味がある。

 複雑な中国の政治事情を豊富な情報から冷静に分析した良書。同じ題名の宮本雄二『習近平の中国』(新潮新書、2015)もよかったけど、本書も大変面白かった。
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