見もの・読みもの日記

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西武沿線の思想史/レッドアローとスターハウス(原武史)

2012-10-14 00:31:43 | 読んだもの(書籍)
○原武史『レッドアローとスターハウス:もうひとつの戦後思想史』 新潮社 2012.9

 鉄道論から天皇論まで、原先生の著作は、ずっと追いかけてきたが、少年時代の実体験と戦後思想史を重ね合わせた『滝山コミューン1974』は衝撃的だった。ほぼ同じ時代を同じ東京で過ごした私には、無条件に「よく分かる」部分もあれば、全く「分からない」部分もあった。前者は、私もまた、戦後思想史の中で成長してきたのだ、ということを再発見させてくれたし、後者は、東京西部の団地育ちの著者と、下町の(狭いながらも)一軒家育ちの自分の文化的差異を認識させてくれた。

 本書は、いわば「滝山コミューン前史」である。記述は、1915(大正4)年、西武池袋線の前身である武蔵野鉄道の池袋-飯能間が開業した当時まで遡る。武蔵野鉄道は1935年に破産し、西武の総帥となる堤康次郎が経営再建に乗り出す。1930年代から40年代にかけて、この地域(清瀬市~東村山市)には、ハンセン病患者や結核病患者の療養所が次々に建てられ、西武の各駅は患者や見舞客に利用された。

 戦後は、西武の「天皇」と呼ばれた堤康次郎によって、沿線の開発が進められた。猪瀬直樹の『ミカドの肖像』を読んだのはずいぶん前だが、団地の話は出てきたかなあ。本書によれば、50年代から70年代にかけて、西武沿線には公団や都営の大型団地が次々に建てられ、「団地を主体とした西武的郊外」が現れる。これは、堤のライバル・五島慶太が東急沿線に、時間をかけて一戸建て主体の郊外を作ろうとした戦略とは大きく異なっていた。

 興味深いのは、その意図せざる結果である。集合住宅の設計は、1920年前後にオランダやドイツで始まったが、量産住宅(マスハウジング)の工法は、主に社会主義諸国で普及していく。日本でも、初期の団地にはスターハウスやテラスハウスなど個性的な設計が見られたが、やがて「団地サイズ」に規格化していく。その結果、堤康次郎が徹底した「親米反共」主義者であったにもかかわらず、西武沿線の風景は、限りなくモスクワに近づいていった。確かに、著者が撮影したモスクワの集合住宅の写真を見ると、キャプションがなかったら、見慣れた日本の団地風景にしか見えない。

 さらに、団地周辺の不十分な社会インフラは、入居者の問題意識、政治意識を目覚めさせた。活動の中心となったのは主婦であった。また、この頃、多くの共産党員や共産党支持者が、西武沿線の団地に入居している。

 1968年、滝山団地の分譲が始まり、著者の一家も69年に移り住む。久留米町(当時)の町長は、団地の代名詞ともなったひばりが丘が全戸賃貸であったため、住民意識が育たないこと、共産党の地盤になりやすいことを案じて、分譲タイプの団地を希望した。しかし、滝山団地の自治会は、事実上共産党によってつくられた、と著者は指摘している。彼らが、ひばりが丘団地自治会から継承した問題意識は、西武鉄道の通勤ラッシュに対する無策・放置だった。

 にもかかわらず、西武はラッシュ緩和よりも観光開発を優先した。69年、秩父線が開通し、特急レッドアロー号が走り始めた。団地自治会の反応は冷ややかだったが、西武のイメージを大きく変えることになる。これにはリアルタイムの記憶があって、70年代はじめ、東京下町の私の一家は秩父に一泊旅行に出かけた。たぶん(高級感のある)レッドアロー号が走っていなかったら、わざわざ出かけなかっただろうと思う。

 著者がレッドアロー号の開通をもって、主な記述を留めているのは、1970年が戦後史の転換点とみなされているためだろう。あとは駆け足で、70年代以降、より大規模な「ニュータウン」の時代に入っていくこと、80~90年代には、団地住民の高齢化と人口減少が進み、一戸建て主体の開発を進めてきた東急沿線の「成功」との対照が際立つようになったことが語られる。

 このように、西武沿線、中央線沿線、東急沿線では、鉄道インフラの性格の違いが、沿線住民の生活を規定し、それぞれ異なる政治意識を生み出す母体となった。それゆえ著者は「戦後思想史を一国レベルで語ることの危うさ」を指摘する。ナショナル・ヒストリーの克服には、海域アジアのような、より大きなエリアで人・物の流れを考える方法もあるが、本書のようにローカリティにこだわるのも、ひとつの方法であると思う。

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